碁を一局打ち終える。
「これで込みを含め、我の二目半勝ちとなる……これが最近流行り出しておるという自由布石碁か」
「ええ、最近頭角を現してきた秀砂と名乗る碁打ちが提唱している碁の新たな形ですな。他にも先ほど説明した布石や込みといったこれまでに無かった概念を広めております」
確かにこれは今までの碁に比べて自由度が高く、好むものも居よう。
これが今後の碁の主流となるか、早々に廃れるかは今後次第であろうが。
「で、だ。わざわざ碁を打ちに来ただけではあるまい」
我の言葉に、サルタビコは是とかえす。
「これについて調べたところ、どうやら秀砂自身が考えついたものではないようで、本人曰く『異界の仙人に教わった』と」
数ある異界の事を考えれば、そのようなことがあっても不思議ではない。
それに実際に仙人かはともかくそのように振舞う妖はおるし、相手にその気は無くとも秀砂という人間が勘違いしたという場合もある。
「そして素性を隠して実際に会ってみれば、どうやら碁の精に憑かれているようで」
碁の精か。
まぁその方面の知識が無ければ碁の精も碁を打つ仙人も同じように見えるであろうな。
「そこまでは良かったんじゃがな、問題はその碁の精の生まれがどうやら百重御殿らしく」
なに、百重御殿だと!?
我が娘が米俵のを授かり、今も我らが食材の取引をしている異界。
異なる世界から来た狐憑なる神の住む妖の屋敷。
「それは……本当に碁の精であったか?」
「少なくとも儂の目にはそう見えましたな」
そこから妖が来た、というのは問題ない。
そのような事をするかもしれぬという話は聞いている。
秀砂なる人間に碁の精が憑いている、これも問題ない。
碁に限らずそういった話はよくある事だ。
だが、百重御殿から碁の精が来たというのはおかしいのだ。
碁はこの世の遊戯であり、この世とは異なる世界から来たという百重御殿にはある筈がない。
言葉だけであれば、異なる世界に碁と極めて近しい遊戯があれば意思疎通の為の呪いでこちらの知っている言葉に置き換えられているという説明がつく。
しかしそれでもその妖は異なる世界の遊戯の妖でしかない。
それをサルタビコが見誤るとは思えん。
故に考えられる可能性は限られる。
狐憑がこの世に来てから新たに生み出した妖である可能性もあるにはあるが、そこまでする意義があるかは疑問だ。
で、あるならば。
「我が國に碁という文化を広めたのは、一人の男だとされております。かつて日乃國の神話を纏め上げ、それを時の天子に献上した人間」
サルタビコも同様に考えていたらしく、確かめるようにその可能性を口にしていく。
その人間の名は仲足。
もっとも、あくまでそう名乗っていただけで本名なのか偽名なのかは既に知りようがないが。
「彼は平城の京から来たと言っていたそうですが、当時の日乃國にそのような地は無かった。これはスサノオ神もご存知なところ」
平城の京とは何処の事だったのか。
訛りのせいで誤った表記がされていただの、箔をつける為に架空の都市をでっち上げただの、あるいは土地ではなく組織の名であったのだ等々、様々な説が今もなお囁かれているのは知っておる。
その中に、かの人物は違う世界からこの世にやって来たのではないかという説もあった。
「仮に平城の京が異なる世界にあるとして、碁が元々その世界の遊戯であり、百重御殿が同じ世界から来ているとするならば……」
辻褄は合う、か。
仮定に仮定を重ねる考察であるが、百重御殿が異なる世界から来ておる以上、荒唐無稽という程ではない。
「かの人物は碁のみならず我が國に革新的な技術や思想を数多くもたらしたそうですな。それが異なる世界由来のものであったとするならば、此度の百重御殿との繋がりは食に限らず日乃國にとって重要なものになるやも知れませんぞ」
確かに一理あるな。
幸いにして百重御殿との関わりについては姉上の賛同を得ている。
ここで新たな利を示せれば、他の神々の説得にも拍車がかかるだろう。
「良かろう。必要なものがあれば申し出よ。なんなら娘を連れて行っても構わん。本神には我から言っておこう。ただし、今の取引に支障を出さぬようにな」
「はい、心得ております」
かつて日乃國を繁栄させたのは異なる世界からの訪問者であったかもしれぬか。
それならば日乃國と百重御殿の様式が似ているというのも納得だ。
まだそうと決まったわけではないにせよ、その可能性は十分にある。
この世とは違う、神々ですら見たこともない世界。
そのような世界からの訪問者がこの國に何をもたらす事になるのか。
今はまだ、姉上ですら見通すことが出来ぬという。
必要であれば我自ら向かう事も考えねばならんな。