俺が部屋に入ると、ミコトは上機嫌で紙に筆を走らせていた。
紙は
何を隠そう、ミコトは漫画を描いているのだ。
しかも現代的にデフォルメされた画風に大和絵調の色彩で色付けされている。
ミコトは元々作者である
そこに
俺自身は漫画も絵も描かないので専門的な知識や技量なんてものはないが、それでも効果線といった技法や漫画的表現の概念くらいなら知っている。
あくまでミコトが受け継いだのは技術と知識であって記憶ではないし、全部が全部受け継いでいるわけでもない。
というか、むしろ受け継げない知識の方が大多数である。
そんな中で
残念ながら現代の文字の知識は受け継げなかったので勉強する必要があったが。
ミコトはそんな漫画の知識を取り入れ、自分なりの漫画に挑戦していた。
どうやら以前の試練でウカさんが四コマ漫画を描いているのを見て自分でも書きたくなったらしい。
内容的には日常系の四~六コマ漫画にイラストが添えてある感じ。
登場人物は妖怪屋敷の住人たち。
まぁ、モデルは俺らだな。
「できたのだ~」
丁度描き上げたらしいので覗いてみると、紙の左右に一つづつ合わせて二つの漫画が描かれていた。
こっちは見た事あるやつで、こっちが新作か。
そのオチにクスっと笑うと、ミコトの顔がほころぶ。
感想までは聞いてこない。
その反応だけで十分だったらしい。
ふと気が付くと、いつの間にか
百重御殿の蔵書の管理を一手に担っている
現代で言えば仕事先で使う書類をあらかじめ車に積んでおく感覚に近いか。
これを人力あるいは牛などが引くことで移動させるのである。
また火災などの災害時に重要な蔵書を守る役割もあった。
木造建築の日本家屋では一度火が回り出すと書庫から蔵書を運び出すのは非常に困難である。
しかし、それ自体が移動可能な
まぁ蔵書を満載した
そして
江戸時代の浮世絵師である
その手紙とは主に恋文であるという解釈がされる事が多く嫉妬深いなどのキャラ付けをされる場合もあるが、百重御殿の
基本的に無口で必要な時にふっと現れ、役目を終えればいつの間にかいなくなる。
普段は
俺も新刊が完成したら見せてもらうことがある。
そんな
後は乾かして保管するのだが、その辺りは
数えてはいないが、これまで描かれた漫画は結構な数になっている。
その内
「ところであなた、どうしたのだ?」
「ああ、おやつを一緒に食べようと思ってな」
「食べるのだ!」
懐に入れた妖怪巾着袋から飴の入った袋をいくつか取り出す。
袋から飛び出している棒を引き抜くと、その先に魚の形をした飴が姿を現した。
「おお、金魚さんなのだ」
日本の伝統文化、飴細工である。
飴が庶民のお菓子として日本で親しまれるようになったのは、江戸時代からと言われている。
それまで雨は現在のようなものではなく米を原料にした粘液状の水あめであり、直接食べると言うよりも甘味をつける調味料として使われる事が多かったそうな。
その歴史は古く、日本書紀にも紀元前500年以上前に水飴を作ったとみられる記述が存在する。
それに関してはあくまで神話の部類とするにしても、少なくとも日本書紀が編纂された奈良時代には既に水飴は存在していたのだろう。
現在のような固形の飴になったのは江戸時代に入り原料となる砂糖の流通が増えてからになる。
それによりべっ甲飴や黒飴と言った種類の飴が作られるようになっていった。
江戸の下町では熱する事で形成しやすくなる晒し飴の特徴を利用し、鋏や筆を用いて客の前で様々な動植物を造形する飴売りが現れ、彼らが加工した飴は『飴細工』と呼ばれるようになる。
彼らが作り出す飴細工は江戸の住民の心を掴み、江戸の、そして縁日などでの風物詩となって各地に広まっていった。
今回の飴細工は妖怪菓子箱に出してもらった既製品だが。
金魚の飴細工をミコトに渡し、自分用に新たに棒を引き抜く。
棒の先にあったのは
無事
飴を口に入れると、その甘味が口の中に広がっていく。
同時に感じるのは滑らかなメロンのような味。
江戸時代の飴細工にメロン味なんてものは無いが、そこはパワーアップした妖怪菓子箱。
現代でそれなりにメジャーと言える味の飴であれば出す事ができるようになっている。
ミコトの方に目をやると、飴の棒を加えたまま一生懸命嘗めているのが口の動きから見て取れる。
甘いものは人を幸せにすると言うがそれは妖怪も同じらしい。
ついついその姿に目が行ってしまい、気づいたらミコトは一つ目の飴を嘗め終えてしまったようだ。
名残惜しそうに棒を口から離すと、用意しておいた
そして二本目の飴に手を伸ばした。
どうやら今度のは
口の中で小さくなった飴を嘗めながら、ふと考える。
マヨイガの外はそろそろ冬と呼べる時期。
まだ雪は降っていないが時間の問題だろう。
現在急ピッチで進められている
もちろんそれで完成という訳ではなく、あくまで
それまでに降臨の方法を考えておく必要がある。
それもなるべく派手に、というのがルミナ神のオーダーだ。
別に一般人を巻き込むほど盛大にやれという訳ではないが、イナリアの神社に駐在する神官たちが神の降臨を確信できる程にはインパクトが欲しいらしい。
神官とは言っても全員が神の姿を見る事が出来る訳ではない。
辛うじてお告げを聴きとることが可能なレベルというのがほとんどらしい。
むしろ神官のほとんどが一応でも神の声を聴く事が出来るというのがミルラト神話圏の神官の質の高さを物語っていると思うのだが。
まあそんな訳で百鬼夜行でもしようかなと考えている。
百鬼夜行とは文字通り百──この場合の百は沢山のという意味なのできっちり百体である必要は無い──もの妖怪が練り歩く事を言う。
百も集まれば妖怪が視えずとも何かいることを肌で感じ取れる者は多いだろうし。
ここで問題になるのがとりあえず二つ。
距離の問題と俺の肉体の問題だ。
前者は言わずもがなだろう。
百重御殿からイナリアまでは相当な距離がある。
ルミナ神に眷属蟹を借りることができれば話は早いだろうが、流石にそこまで頼りすぎるのもどうかと思うし。
近場に強く縁を結べる場所があれば境界を通じて数を送り込めるのだが。
一応、百重御殿にも大量輸送能力を持つ妖怪は存在する。
なんで海もないマヨイガに
七福神が乗っているアレである。
そもそも
とはいえ、実は
昔の日本の船にしては珍しく、竜骨を持つ船でもあるし。
これは
妖怪は類似性の高い妖怪と重ねられることで同様の性質を獲得することが出来るのだ。
これは未知のものに既知のものを当てはめて推測しようとする人間の心理から来ている。
同様の現象を利用したものに『名を纏う』なんてのもあるが、話が逸れるので説明は省略する。
そしてその他の船というのが江戸時代に建造された軍船形式の
かの船には舟霊が宿っており、
その結果
あと、七福神を乗せて海の外からやってくる宝船のイメージも影響していると思われる。
普段は
しかも何とこの
この辺も宝船のイメージの影響だろうか。
おかげで内陸にあるイナリアにも行くことができるが、異世界でそれをやるとなると
とはいえ
もう一つの問題である俺の肉体の問題だが、俺自身は現人神となったとはいえ肉体的には普通の人間と大差ない。
つまり霊感が無くとも俺を見る事は出来るのだ。
想像してみて欲しい。
百鬼夜行を引き連れてやってくる俺────から他の妖怪要素を全部失くした状態を。
常時
神の降臨でこれは無い。
コンを始めとしてヤシロさんや宵桜のように変化で
そして声を聴くことは出来ても見る事は出来ない人間は降臨に対応する事になる神官の中にも大勢いるのだ。
しかし
イナリアの神社まで来てしまえば
流石に神域の内側にまで入ってしまえば中にいる間は肉体における魂の影響力が高くなるので霊感が無くともマヨイガ妖怪達を見ることが出来る。
百重御殿にも似たような効果はあるのだが、神域のそれは訳が違う。
完全に霊感が無かったとしても神の姿を見る事が叶うだろう。
コストを考慮しなければ
ただ、まだ時間的な猶予もあるので他の案も考えてみるが。
また一本、ミコトが飴を嘗め終えた棒を塵紙の上に置く。
一つの袋に入っていた飴が無くなり、次の袋から新たな飴を取り出す。
そこでミコトの動きが止まった。
「あなた、コレあなたが作ったのだ?」
「ん? ああ、コンに習ってな」
ミコトが取り出したのは飴細工と一緒に用意しておいた妖怪用油飴だった。
肉食や雑食の動物妖怪にはだいたい好まれるらしく、ミコトも以前コンの作った油飴を美味しそうに食べていたのを覚えている。
なお、妖怪用に調整されているので人間が食べるのはお勧めしない。
「ミコトの好きな物なら俺も作れるようになりたいなって思って」
途中でなんか小恥ずかしくなって妖怪菓子箱に出してもらった飴細工の袋に混ぜたんだがミコトには一瞬で看破されてしまった。
「ふふん。あなたの愛情がいっぱい詰まってたからすぐに分かったのだ」
ストレートにそう言われると恥ずかしいものがあるな。
ルミナ神も言っていたが、ミコトにもそういうのが分かるのか。
「あなた、ありがとうなのだ」
そう言って顔を近づけたミコトの唇が俺の唇に触れた。
何をされたのか認識する前に、ミコトは俺の腕なかにするりと入り込んでくる。
そしてそのまま俺に背を預けて油飴を嘗め始めた。
九本の尻尾が揺れ、俺の体を撫でる。
きっと今の俺の顔は赤くなっていることだろう。
『
他人の為に尽くしたことは、一見無駄なように見えて結果的に自分の為になるという意味。
味噌に入れる塩は溶け込んで見えなくなるが、味を調えたり保存を助けたりする。