俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

77 / 93
File No.38-1 『食うた餅より心持ち』

 

 

もち米を使って作る食べ物で、一般的には蒸したもち米を杵で()いた()(もち)の事を指す。

うるち米などの穀物を粉にして湯を加えて練り上げた練り餅の事も餅というが、こちらは団子と呼ばれる事の方が多いか。

 

古墳時代には現在と近い製法で作られていたのではないかともいわれており、さらに遡れば縄文時代に行きつくという歴史ある食べ物である。

 

奈良時代に編纂された『豊後国風土記』においては「豊後の国*1のとある(こおり)に住む百姓が余った米で大きな餅を作り、それを弓矢の的にすると突然餅が白い鳥に変化して飛び去ってしまった。するとたちまち田畑は荒れ果て米が作れなくなった」という話がある。

これは意訳かつ大分端折っているが、要するに餅を粗末に扱うと罰が当たるという事である。

また同書において「とある村に白い鳥が集まって来て餅へと変じた。そしてさらに数千株の芋となって花や葉が生い茂った(意訳)」という話もある。

 

また『山城国風土記』においては同様に「餅を的に矢を放つと餅が白い鳥となって山の峰へ飛び去り、そこで子を産んだ。後にそこは神社となった」という話がある。

これも先の話と同様に教訓的な話とされているが、こちらの方は粗末にしたのではなく農耕的な神事だったのが意図的に捻じ曲げられたのではないかとも言われている。

 

これに記された神社こそ伏見稲荷大社。*2

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を主祭神とする、稲荷神社の総本宮である。

このようにお餅は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と密接な関係があるのだ。

 

 

 

それじゃあ一通り語ったところで、餅を搗くぜ!

 

 

 

準備は万端。

妖怪米俵に出してもらった大量のもち米。

水を吸わせる工程は妖怪釜が一瞬で終わらせてくれるし、大型の妖怪蒸籠がいい感じに蒸し炊き上げたもち米をどんどん量産中。

広々とした場所でやる為に妖怪木臼(きうす)や妖怪(きね)は既に庭に運び出しており、餅をこねる為の作業台も設営済み。

 

本日は年末年始に向けた餅つきだ。

 

もち米を木臼にいれ、搗き始める前に水に濡らした杵で木臼に押し付けるように潰していく。

妖怪しゃもじを使ってもち米を裏返し、粘り気がでてくるまで全体が均一になるように潰すのだ。

いい感じにもち米全体を潰すことが出来れば、ここからいよいよ搗き始めだ。

 

今回はゲストとしてミルラト神話圏からルミナ神とフェルドナ神にフォレアちゃん、日乃國(ヒノクニ)からサルタビコ神と何故かウカさんが来ている。

ミルラト神話圏には餅がないということで興味本位でやってきた三柱と、餅はあるそうだが百重御殿の餅が食べたいという理由で来た日乃國(ヒノクニ)の一柱と何か巻き込まれた感のある化身一名だ。

 

アシスタントとして人の姿に化けられるマヨイガ妖怪たちが二十名ほど。

中には初めて人の姿になっているところを見た妖怪や、思わずきみ化けれたの? と思ってしまった妖怪もいる。

また人型で力持ちという性質上、化けてはいないが大鎧のマヨイガ妖怪も参加して大いににぎわっていた。

 

「それじゃいくぞ、ミコト!」

 

「いつでもいいのだ!」

 

「せいっ!」という掛け声と共に杵を振り下ろし、ぺったんと餅を搗く。

その隙に手水をした(手を濡らした)ミコトが、俺が杵を持ち上げている間に合いの手を入れる(餅を折りたたむ)

手水をするのは熱々の餅から手を守る為でもあるが、餅に適度な水分を与える意味がある。

水分が少ないのは拙いがつけすぎもよろしくない為、返し手を素早く行わなくてはならない。

そしてまた杵を振り下ろすのサイクルをリズムよく熟していく。

 

去年の餅つきは慣れない事もあり苦労したうえにほとんどコンに頼り切りになってしまった。

一昨年までは電動餅つき機を使っていたから杵と臼での餅つきとか初めてだったし。

 

しかし、今年は違う。

この日の為に怪力の妖術を習得したのだ。

流石にまだ人間離れした力は出せないが、杵くらいであれば軽々と振ることが出来る。

さらにミコトとの連携を強化すべく二人で事前に練習もした。

あまり時間をかけると餅がさめて硬くなってしまうからな。

 

なんせ今年は去年より遥かに多くの餅を作る必要があるのだ。

無理は禁物だが、手を抜いてはいられない。

 

途中で餅をひっくり返しながら何度も何度も搗き続ける。

米の粒が無くなり、餅がよく伸びるようになれば搗き終わりだ。

 

出来上がった餅を餅とり粉*3の敷かれた板に乗せ、食べやすい形に形成していく。

餅とり粉は餅が手や板にくっ付かないようにする為のもので、もち米を原料にして作られる澱粉だ。

最近ではジャガイモやトウモロコシを原料にした餅とり粉も多いらしいが。

また地域によっては餅とり粉ではなくうるち米から作られる上新粉を使う所もあると聞く。

 

こちらはこんごうさん達を始めとしたマヨイガ妖怪達にお願いしている。

俺達はまだまだ餅を搗かないといけないからな。

 

別の臼ではコンとサルタビコ神が餅を搗いていた。

つき手(餅を搗く方)がサルタビコ神で返し手(合いの手を入れる方)がコン。

手伝いを申し出てくれたゲストの神々には餅を丸める作業をお願いしたのだが、サルタビコ神は本神(ほんにん)の強い希望によりこちらに入ってもらっている。

そのため元々その立ち位置を担当する予定だった妖怪大鎧は運搬係にまわる事になった。

 

野外に用意された作業台ではフェルドナ神やウカさんが「あつ、あつ」言いながら餅を丸めている。

フォレアちゃんは炎の力を持つだけあってか多少の熱は平気なようだ。

熱さに動じず次々と餅を丸めていく。

 

そして意外だったのがルミナ神もこれに参加している事だ。

言っては何だが、どちらかと言えば参加するより出来上がるのを待ってる立場の神だと思ってたんだが。

奇麗に餅を丸めると、時折餅の表面をなぞるようなしぐさをする。

術とかを使っている感じでは無いが、何をやっているのだろうか。

 

餅を丸くするのは「角が立たず円満に過ごせますように」という願いが込められている。

一方で四角い餅である角餅はのし餅を切り分けたものであるが、これは「敵をのす(うちのめす)」に通じる事から武家の縁起担ぎとして食されていた。

単純に江戸の人口が増えすぎて量産の容易なのし餅でないと供給が追い付かなかったという事情もあり、関ヶ原を境目として西日本では丸餅が、東日本では角餅が雑煮に入れる定番となっているそうな。*4

 

もちろん角餅の方もマヨイガ妖怪たちが作っているぞ。

 

 

 

しばらく餅を搗き続けていると、そろそろ用意したもち米が尽きるという連絡が来た。

流石にこれだけ搗けば十分だろうし、残りはコンとサルタビコ神にお願いする。

使い終わった妖怪杵と妖怪木臼をねぎらったあと、洗うのをマヨイガ妖怪に任せて俺たちも餅を丸めるのに合流する。

ひとつ絶対に俺がやらないといけない作業があるのだ。

 

餅は古来より霊力の宿る神聖な食べ物として捉えられていた。

そのため正月などのハレの日には欠かせない縁起物となっている。

その最たる例が鏡餅である。

 

鏡餅は三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)、あるいは心臓を形とったものとされている。

鏡のようなお餅という事で鏡餅というのだそうだ。

その役割は正月にお越しになる年神様への供物にして依り代。

それを現人神とはいえ人間である俺が作らずにどうするのかという話である。

 

 

 

鏡餅にするためのお餅を丸め、万が一にも誤って食べてしまわないように家の中に移しておく。

皆が作業している庭に戻ってくると、どうやらコンとサルタビコ神の方も搗き終わったらしく餅を丸める作業に合流していた。

コンなんて油揚げを持ってきて餅巾着を作っているし。

作業台に乗せられた餅も残り少なくなっており、ヤシロさんやマヨイガ妖怪たちが餅を調理する為にせわしなく台所と庭を行き来していた。

 

それじゃああと少し、頑張りますか。

 

 

 

全ての餅の形成を終え、簡単に片づけをしたところでいざ実食タイム。

 

つきたての餅から始まって磯辺餅にきな粉餅、餡餅草餅ずんだ餅。

目の前には様々に調理された餅たちが並べられている。

これが自分で搗いた餅だと思うと、ひと際うまそうに見えてくるな。

 

今回は餅自体のおいしさを味わってもらおうという事で、雑煮やお汁粉は用意していない。

そっちはまた今度のお楽しみ。

 

とりあえず普通の餅を砂糖醤油でいただく。

つきたてのもちもちとした噛み応えと素朴な味わいに甘塩(あまじょ)っぱい砂糖醤油が映える。

 

ん~~~~、うま。

 

シンプルながら濃い砂糖醤油の甘味と塩味に決して負けないだけの包容力があり、噛めば噛むほど口の中に広がっていくのはまさしく大地の恵みの味。

何個でもペロリといけてしまいそうな美味しさだ。

しっかりと咀嚼して飲み込めば、その暖かみと食べ応えにもっと食べたくなる。

うーん、これは太りそうで怖いな。

 

見れば皆思い思いに餅を食べているのが見える。

 

なんかあん餅にばっかり手が伸びているような気がするフェルドナ神。

串に刺した餅を自分の炎で焼いて食べてみるフォレアちゃん。

月のように見えるからか、どうやらきな粉餅を気に入った様子のルミナ神。

磯辺餅を豪快に食べるサルタビコ神。

化身とはいえ人間の胃袋でなるべく多くの餅を堪能すべく小さめな餅を選ぶウカさん。

 

コンは餅巾着にご執心。

ミコトは遠くの餅に手を伸ばすためか、大人の姿で餅を選んでいる。

ヤシロさんはマヨイガ妖怪達からもう人手は十分だからみんなと一緒に食べに行くよう促されていた。

 

あん餅はいうまでもなく餡子を餅で包んだもの。

餡子の甘味が餅とよく合うのだ。

ちなみに似てはいるが大福とは製法からして別物である。

 

きな粉餅は煮たり焼いたりした餅にきな粉と砂糖を混ぜたものをまぶしたものだ。

きな粉は大豆を炒って挽いた粉であり、黄色いが故に黄な粉という。

餅ときな粉の味のコントラストは見事の一言。

餅を煮ることで柔らかさがさらに増しているのも良き。

 

磯辺餅は焼いた角餅に醤油をつけて海苔で巻いたもの。

磯の香りが食欲をそそる。

餅と絡み合う海苔の旨味が素晴らしい一品だ。

ちなみに海苔はマヨイガ妖怪産である。

 

お餅は非常に美味しいのだが、粘着力の高い餅は喉に詰まって窒息する危険性もある。

日本において窒息の原因となる食べ物第一位なのだ。

人間の体温付近ではもう固まってしまう為、よく噛んで細かくしてから飲み込むようにしなければならない。

もちろん先んじて注意喚起はしたし、万が一の為の対処手段は準備しているが気に掛けておくに越した事は無い。

まぁ、日乃國(ヒノクニ)には餅があるからサルタビコ神達は理解しているようだし、ミルラト神族の三柱にしても完全霊体の神が窒息するのかと言われると疑問ではあるが。

 

さて次はどれにしようかと餅を物色していると、表面が凹んでいる餅がある。

よく見るとそれは蟹のような模様を描いていた。

これはあれだ、異世界の月の模様。

さっきルミナ神が何かしてたのはこれか。

 

せっかくだからこれにしようと手を伸ばすと──

 

「「あっ」」

 

──同じ餅を取ろうとした大人の姿のミコトと手がぶつかりそうになって反射的にひっこめる。

するとその餅を手に取ったミコトは半分に分けようとして。

 

「はい、あなた」

 

餅は切れる事無く伸びて繋がったまま、その半分を俺に渡してきた。

 

「あ、ありがとう。ミコト」

 

ふと恥ずかしさがこみあげてきて様子を窺うように見回すと、ルミナ神が目くばせをしてきた。

ルミナ神、こうなる事が分かていて仕込みしてましたね!?

はぁ、ミコトの可愛いところが見れたので一応感謝しておきます。

 

では改めて。

 

 

 

それじゃぁ餅を食うぜ!

 

*1
現在の大分県

*2
伏見稲荷大社はかつて山の上にあったそうな

*3
手粉ともいう

*4
もちろん例外は沢山ある




なお、ルミナ神が餅に月の模様を描いたのは単なる茶目っ気で、タケルがミコトと同じ餅に手を伸ばしたのは単なる偶然である

()うた(もち)より心持(こころも)ち』
餅をごちそうになるのも嬉しいが、ごちそうしてくれた心持ち(心づかい)が尚うれしいという意味。
『餅』と『持ち』をかけた洒落。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。