俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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今年も残すところあと少し。


File No.39  『歳月、人を待たず』

餅つきも無事終わってルミナ神達が帰った後、俺たちは正月に向けた準備に追われていた。

大まかな内容としては煤払いの仕上げと正月飾りの準備である。

 

正月の準備は12月の13日から行うのが良いとされ、この日を「正月事始め」という。

元々はもう少し早かったらしいのだが、12月13日は「鬼宿日(きしゅくにち)」という吉日である事から江戸時代の頃にこの日になったらしい。

ちなみに「鬼宿日(きしゅくにち)」は鬼が宿から出てこない日であり、鬼が悪さをしないから何事も上手く行く日とされている。

 

まぁ、旧暦の話なので現在(グレゴリオ暦)の12月13日と鬼宿日(きしゅくにち)には関連性はなくなったのだが、正月事始めの日付は今も変わらず12月の13日とされている。

各地の神社などで煤払いが行われるというニュースは見た事がある人も多いのではないだろうか。

 

「煤払い」というのは新しい年を迎えるにあたり歳神様をお迎えする為に家の内外を奇麗に清める事を言う。

煤は煙に含まれる黒い汚れの事だが、昔は(かまど)や囲炉裏を使っていたために室内に煤が溜まってしまうのだ。

そんな状態で歳神様をお迎えする訳にはいかないので、煤を払い落として掃除する必要があった。

現在も年末には大掃除を行う家庭も多いだろうが、それはこの煤払いが由来となっているのだ。

 

とは言っても別に一日で掃除を全て終わらせなければならない訳ではない。

13日には神棚などの神聖な場所を重点的に清め、その後28日くらいまでに家中を掃除できれば問題は無い。

煤払いには煤梵天(すすぼんてん)という竹の先に笹や藁などを付けた道具を使用し、煤だけでなく穢れも一緒に祓う。

とはいえ一般家庭だとそこまでするのは流石に難しいので普通の掃除用具でいいだろう。

 

そして煤払いにはもう一つ重要な役割がある。

 

『百年の時を経た器物は精霊を宿し付喪神と成る』

 

つまり妖怪化する訳だが、昔はそれを防ぐ為に煤払いのときに古くなった道具を捨てる風習があった。

まぁ、捨てたら捨てたで腹を立てて妖怪化したりするのだが。

ちなみにこの百年というのは『長い年月』という意味なので厳密に百年である必要は無い。

 

むしろ付喪神になって欲しい百重御殿からすればやる理由は無いが、そう言う意味もあるよという紹介でした。

 

 

 

現在の日付は大晦日まであと三日といったところ。

もっとも地球の暦を一年の日数すら違う異世界に当てはめるのは無理なため、春分の日から逆算しておおよそこの辺りが地球の正月だろうという事で日付を決めただけだが。

 

ぶっちゃけもう準備はほとんど終わってはいるのだ。

神棚や稲荷神社の掃除は正月事始めのときに済ませ、日本屋敷の中も15日かけて隅々まで綺麗にした。

後はもう餅つき会場と使った道具の片づけくらいのもの。

マヨイガ妖怪達と協力して手早く終わらせる。

 

それが済んだら正月飾りの取り付けである。

 

正月飾りは早ければ13日から飾り始めるが、昨今はクリスマスが終わってからという家庭が多いだろう。

俺の家も結構遅く、験担(げんかつ)ぎも兼ねて末広がりの二十八日に飾っていた。

 

ただ、31日に行うのは避けた方がいい。

年神様をお迎えするのにたった一夜しか飾っていないのは失礼にあたるためだ。

葬儀と同じ一夜飾りになるのは縁起が悪いという意味もある。

また、29日に行うのも9が苦に通ずる事から「苦立て」とされて縁起が悪い。

30日は……別にいいと思うが避けるべしという人もいるので、気になるようであれば28日までに済ませておくのが無難だろう。

 

 

 

正月飾り自体は既に準備できているので順に飾り付けていく。

 

まずは門松。

これは年神様が降りて来られる際の目印になるもので、邪気や厄を祓う役目もある。

流石に正月飾りのマヨイガ妖怪はいなかったので、全部俺の自作だ。

 

門松は松と竹などを用いた玄関に飾る正月飾りで、これに使用する松を13日の正月事始めに取りに行くことを「松迎(まつむかえ)」と言う。

松は一年を通して葉がついている常緑樹で、生命力の象徴となっている。

また神様を「(まつ)る」にも通じるおめでたい木で、竹の方が目立っているが門松の主役はその名の通り松である。

 

竹の方は「松は千歳を契り、竹は万歳を契る」と言われ長寿の象徴だ。

竹の先を斜めに切ったものを思い浮かべる人も多いと思うが、これは「そぎ」といい切り口が笑い顔のように見える事から「笑う門には福来る」という意味がある。

「そぎ」は江戸時代に広まったと言われており、それまでは真横に切った「寸胴(ずんどう)」が主流だったそうな。

 

今回用意したのはそぎの門松だが、これは妖刀である宵桜を使って切断した。

宵桜は【あらゆる縁を断ち切れる】縁切り刀であるが、【斬りたい縁だけを斬れる】縁切り刀でもある。

つまり「必要な縁は決して切らない」のが宵桜なのだ。

竹は斬るとも良縁は斬らずという俺なりの験担(げんかつ)ぎである。

 

そんな門松を百重御殿の門の左右に一つづつ。

玄関向かって左に黒松を使った雄松(おまつ)、右に赤松を使った雌松(めまつ)

置き方は二番目に高い竹が両方とも内側に向いている「内飾り」。

これは外から内に福を呼び込むという意味がある。

ちなみに外側に向けた場合は「外飾り」といい、内から外に悪いものを掃き出すという意味になる。

 

百重御殿は御稲荷様を祀った神社があるとはいえ、それそのものは独立した怪異である。

年神様をお迎えする理由もないため正月飾りなどしたことは無かったが、一応とはいえ俺が住んでいるという事で去年から飾らせてもらっている。*1

 

そもそも今の百重御殿は異世界にあるので年神様も来るのは無理というものだが、そこは敬意を忘れておりませんよというアピールでもある。

単純にいままでやって来た伝統行事をやらないのも寂しという心情的な理由もあるが。

 

次に準備するのはしめ飾り。

注連縄(しめなわ)紙垂(しで)(だいだい)などの縁起物を飾り付けたもので、結界で悪いものを入れないようにする役割がある。

しめ飾りの「しめ」は注連縄の「しめ」だが、これは神様の「()め」る場所という意味だ。

 

今年用意したのは「紙垂(しで)」と「(だいだい)」に「裏白(うらじろ)」と「ゆずり葉」というオーソドックスなもの。

(だいだい)」は家が()()続いていくようにという意味。

裏白(うらじろ)」は白髪が生えるまで長生きできる。

「ゆずり葉」は新芽が出てから葉が落ちる、つまり「子が育って親が代を()()」ので家が途切れずに続いていくという縁起物である。

またゆずり葉は年神様の乗り物でもある。

 

門と神棚にしめ飾りを吊るす。

これも一から俺が作った。

作り方を教えてくれたコンには感謝しかない。

 

 

 

ちょうど神棚に来たのでお札も新しいものに交換する。

 

神棚には神宮*2より授かった神宮大麻(じんぐうたいま)氏神(うじがみ)神社のお札、崇敬(すうけい)神社のお神札(ふだ)の三種類をお祀りするのが基本とされている。

 

神宮大麻(じんぐうたいま)は日本の総氏神様とも呼ばれる太陽神、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の宿られるお神札(ふだ)で神棚の祭祀(さいし)の中心を成す。

 

氏神神社のお神札(ふだ)氏神様(その地に暮らす人々を守って下さる神様)をお祀りする神社から授かったお神札(ふだ)

基本的に自分が暮らしている地域の氏神神社から授かり、俺の場合は八幡神(はちまんしん)をお祀りする八幡宮(はちまんぐう)からとなる。

 

崇敬神社のお神札(ふだ)は個人的に信仰している神様が祀られている神社から授かるお神札(ふだ)で、俺にとって宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のお神札(ふだ)はこれにあたる。

 

なお崇敬神社は複数あっても問題なく、神棚に祀るお神札(ふだ)を三枚ではなく三種類と言ったのはこのためだ。

 

神札(ふだ)の納め方は神棚の扉の数によって異なり、扉が三つある三社造りの場合は中央に神宮大麻(じんぐうたいま)、右側に氏神神社のお神札(ふだ)、左側に崇敬神社のお神札(ふだ)を納める。

扉が一つだけの一社造りの場合は手前が神宮大麻(じんぐうたいま)、二枚目が氏神神社のお神札(ふだ)、三枚目以降が崇敬神社のお神札(ふだ)となる。

 

百重御殿にある神棚は俺が自作した一社造りのものだけなので後者になる訳だが、異世界に来ている関係上神宮大麻(じんぐうたいま)と氏神神社のお神札(ふだ)がどう足掻いても手に入らないので、止む負えず宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のお神札(ふだ)のみ納める。

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のお神札(ふだ)はコンに用意してもらった。*3

 

 

 

あと残っているのは鏡餅か。

 

三方*4四方紅(しほうべに)*5を敷き、裏白(うらじろ)を載せて餅を二つ重ねて橙を置く。

地域によって飾りつけは様々で、餅が三段の場合もあれば紅白の餅を使う場合もある。

他にも御幣(ごべい)やゆずり葉、昆布に串柿などが飾られる。

 

鏡餅が丸いのは八咫鏡(やたかがみ)あるいは心臓を表しているとされていて、大小二つの餅を重ねるのは「円満に歳を重ねる」という意味。

橙を乗せるのはしめ飾りと同じ意味もあるが、八咫鏡(やたかがみ)と同じ三種の神器の八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)に見立てているからだ。

ちなみに残る一つである天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は串柿。

 

これを床の間と、小さいものを神棚にも備える。

鏡餅は年神様への供え物であり正月の間過ごしていただくための依り代だ。

 

年神様は豊穣神であり来訪神であり祖霊であり福の神であるという複数の側面を持つ神である。

『古事記』においては須佐之男命(すさのおのみこと)神大市比売(かむおおいちひめ)の子であり、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の兄である大年神(おおとしのかみ)とされる。

同時に山の神*6となった祖霊とも同一視され、山の神は春になると山を下りて田の神になると言われている。

 

「年」とは稲の実りのことであり、正月に年神様をお迎えするのは豊作を祈願し福を授かる為の大切な儀式なのだ。

 

 

 

正月飾りはこんな所か。

 

俺が飾りつけをしている間ミコトたちはどうしているのかというと、正月に食べるおせちづくりに精を出している。

一日で作りきるのではなく大晦日までの数日をかけて完成させるのだが、本来であれば各々の料理の消費期限を考慮しながら作る順序を考えないといけない。

 

しかし妖怪蠅帳や妖怪氷室がいる百重御殿なら傷みやすい料理も早めに作っておくことが可能だ。

特に今年は異界の年越し体験と称してルミナ神やサルタビコ神達も誘ったのでかなりの量を作る必要がある。

 

前にルミナ神が興味を示していたから誘ったらサルタビコ神が食いつき、その流れでフェルドナ神とフォレアちゃんも来ることになった。

ウカさんだけは日程の調整が上手くできるか分からないから即答はできないという話だったが、一人分くらいなら余っても食べきるのは難しくない。

 

「飾りつけ終わったぞ。お、田作(たづく)りか」

 

「あ、あなた。美味しく作れたのだ」

 

台所に入ると、コンの指導の下ミコトとヤシロさんが田作りを作っていた。

田作りは小さい片口鰯(カタクチイワシ)を乾燥させたもの、およびそれに醤油やみりんなどで作ったタレを合わせた佃煮の一種。

五万米(ごまめ)とも言われ、豊作を願う縁起物としておせち料理にも使われている。*7

 

異世界では片口鰯(カタクチイワシ)が用意できなかったのだが、ヤシロさんにそれっぽい魚を取って来てもらったところ、これがまた佃煮にすると凄い美味かったのだ。

以心伝心の呪いで(イワシ)と翻訳できる程度には(イワシ)のようなので、もうこれでいいやと片口鰯(カタクチイワシ)の代わりに使っている。

 

田作りを作るにあたっての功労者は間違いなくヤシロさんだろう。

妖怪網を携えて鰯の群れに突撃するヤシロさんはまるで鯨の如くだった。

 

「私も頑張りました」

 

「ええ、ありがとうございます。いつも助かっていますよ」

 

何処か自慢げなヤシロさんは、実際誇ってもいいと思う。

ヤシロさんの頑張りのおかげで妖怪生簀の中はかなり賑やかな事になっていた。

俺達が海の幸を堪能できるのもヤシロさんのおかげである。

 

「さて、田作(たづく)りも出来た事じゃし次は──」

 

異世界に来て二度目の正月。

それはもう目前にまで迫って来ていた。

 

*1
タケルが正式に百重御殿の住人(主)になったのは作中で今年に入ってから。

*2
伊勢神宮の正式名称

*3
コンは百重御殿稲荷神社の宮司

*4
神饌を乗せる台

*5
四方を紅で縁取った紙

*6
山に宿る神の総称

*7
おせちの内容は地域によって異なる




歳月(さいげつ)(ひと)()たず』

時間は人の都合などお構いなしに過ぎ去っていくのだから、時間を無駄にしないように生きようという意味。
それにしても時が過ぎるのは早すぎる。
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