俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.04-2 妖刀 紅一文字の記憶

私があのお方と出会ったのは四百年ほど前の夏の日でした。

 

当時の稲荷狐様が一人の男を助けたのです。

空腹で門のところに倒れていたと仰いましたが、その時の私には聞こえていませんでした。

彼の魂の輝きに魅入られていたのです。

 

まっすぐで力強く、それでいて暖かな魂。

 

私はすぐにマヨイガの意思に私が彼の下へ行くと宣言しました。

マヨイガに呼ばれた者はマヨイガの妖怪を一つ持ち帰れるのです。

本来彼の下へ行く予定だった米俵が苦笑しながら譲ってくれたのを覚えています。

 

持て成しを受けてすっかり元気になった彼に、稲荷狐様が私を手渡します。

あらゆる物を断ち切る事が出来る最も御神刀に近い妖刀『紅一文字』、これを高潔な魂を持つ貴方に授けましょう──と。

 

いや~稲荷狐様、褒めすぎですよも~。

 

彼は私を受け取ると一言断ってからわずかばかり鞘から抜きます。

私の刀身が日の光を反射し、虹のごとく輝きました。

 

ふっふっふ。

眼を見れば分かります。これは惚れましたね。

当然です。妖刀の中の妖刀、紅一文字。

天下人だって持ってない最高の刀なんですからね。

 

しかし、彼は私を稲荷狐様に返しました。

え!? 何でですか! 最高の妖刀なんですよ! 普通なら一生かかっても手に入らない刀なんですよ!

 

彼は言います。

自分はまだ修行中の身。それなのにこれほどの刀を手にすればその力に溺れて剣の道を外れるかもしれないと。

 

いいんですよ、溺れても。

私が貴方を最強の剣客にしてあげます。

私を振るうだけで、手柄も思いのままですよ。

 

そう訴えますが、霊感の無い彼には私の言葉は届きません。

彼は頑なに私を受け取ろうとはしませんでした。

 

しかし、と、彼は続けます。

自分はいずれこの刀を手にするに相応しい人物になって戻ってくる。どうかそれまで待ってはもらえないかと。

 

その言葉に私はきゅんと心が締め付けられる思いがしました。

そ、そういう事ならそれまで待ってあげます。

その代わり、必ず戻ってきてくださいよ。

ずっと待ってますからね。

 

 

 

彼がマヨイガから去り、私は定位置の床の間に戻りました。

見てましたか? 妖刀仲間の宵桜(よいざくら)ちゃん。

あんな情熱的な求婚をしてくるだなんて、彼ったら完全に私にほの字ですよね。

お互いに一目ぼれとくればこれは間違いなく運命です。

 

え? 彼が惚れたのは稲荷狐様じゃないかって?

またまたぁ。そんな訳ないじゃないですが。

だって人間の女に化けていたとはいえ、稲荷狐様は(オス)ですよ。

 

 

 

それから1年が経ちました。

まだ彼は戻ってきません。

ま、まぁ、私に相応しい人になるんです。一年やそこらでは難しいでしょう。

 

 

 

あれから10年が経ちました。

まだ彼は戻ってきません。

そ、そうですよね。私を振るう剣客なのですから剣の道くらい極めていないと。そりゃぁ、10年もかかりますよね。

 

 

 

 

あの出会いから30年が経ちました。

まだ彼は戻ってきません。

お、おかしいですね。そろそろ戻ってきてもいいはずですが。

もしかしたら明日にも戻ってくるかもしれません。

 

明日にはきっと……

 

明日にはきっと……

 

明日にはきっと……

 

 

 

あの日から────

 

 

 

その日私は彼の死を知りました。

 

私と彼の縁が、私と彼の約束が、途切れたのです。

妖刀仲間達の励ましも、稲荷狐様の声も、私には届きませんでした。

 

なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで────戻ってきてくださらなかったのですか。

 

貴方が戻ってきてさえ下されば、私が貴方を認めて差し上げたのに。

私を振るうにふさわしいと、言って差し上げたのに。

たとえ剣の道など極めていなくとも、老いてかつての熱を失ったのだとしても、戻ってきてくれたなら、ただそれだけで、約束を果たしたと、認める事が出来たのに。

 

 

 

それから時が流れ、稲荷狐様も代替わりし、刀など振るうものもいなくなりました。

それでも私はあきらめる事が出来ませんでした。

 

戻る事の無かった彼との約束は、彼の死によって破られました。

だったらもう私が待つ必要は無いのです。

私が探せばいいのです。

マヨイガの意思を通して、マヨイガの認めた者を招き入れる力を使って、私は探し続けました。

 

生まれ変わって私の事を覚えていなくてもいい。

あの時恋焦がれた魂の輝きは、生まれ変わってもきっと失われていない筈だから。

 

彼が人でなくなっていてもいい。

(あやかし)となって私を手に取る事ができるまで、私は貴方の側に居続けよう。

 

私を愛してくれなくてもいい。

貴方の側にいられるだけで、私は幸せだから。

 

例え拒絶されたって構わない。

貴方が私を受け止めてくれるまで、何度生まれ変わったって探し出してみせるから。

 

 

 

そして月日は流れ、マヨイガごと違う世界に隠されたある日、私は見つけました。

彼の生まれ変わりを、ついに見つけました。

 

彼の魂は変わってはいませんでした。

まっすぐで力強く、それでいて暖かな魂。

私が惚れこんだ、そのままの魂でした。

 

いささかマヨイガと距離がありましたが、私たちの繋がりを拒めるものではありません。

彼が格の高い橋を渡った時、彼に呼掛けました。

縁を辿ってマヨイガと繋がった境界から、彼を招きました。

マヨイガの『神隠し』の力を使い、彼を連れ去りました。

そしてすぐさま彼の下へ行こうとして──

 

 

 

──稲荷狐様に止められました。

 

 

 

何をするんですか!

私と彼の間を引き裂くなら、稲荷狐様とて容赦はしませんよ。

 

しかし稲荷狐様は言います。

 

「このままかの者に飛びついても其方は出どころの分からぬ怪しい刀。いくら何度でも待つ覚悟を決めたとて、此度の縁をふいにしたくはあるまい。儂が間を取り持つ故、しばし待ちなされ」

 

うぐぐ、確かに彼にとっては私は見知らぬ刀。

前世からの縁があるとはいえ、確かにそれだけでは心もとない。

功を焦って台無しにするのは愚の骨頂。

彼には確実に私に惚れ込んでもらわなくては。

 

四百年待ったのです。

あと一日ぐらい待ちましょう。

 

 

 

彼が湯浴みを終えて客間に戻ってきました。

その(たくま)しい体が清められ、新たな魅力を放っています。

もういいですか? もう行ってもいいですか?

 

(駄目じゃ、まだ待て)

 

残念です。

 

 

 

彼がマヨイガに間借りしている人間の料理を口にしていました。

美味しそうに料理を頬張る姿に、私の心が跳ね上がります。

私も人の姿に変じて料理を覚えるべきでしょうか。

それはそれとして、そろそろいいですか? そろそろ行っていいですか?

 

(いや、まだ駄目じゃ。まだ待て)

 

まだですかぁ。

 

 

 

彼が妖札で遊んでいました。

あまり遊びなれていないのか、四位、五位と低い順位が続いています。

彼が負ける姿を見たくはありません。

私が行って助太刀を──

 

(まてまて、札遊びに刀が乱入とか何する気じゃ。五郎左殿を信じてもうしばし待て)

 

もう限界ですよぉ!

 

 

 

彼が妖札で一位を取りました。

二位以下を大きく引き離しての完全勝利です。

 

(出番じゃ。式神を向かわせたから準備しておれ)

 

稲荷狐様の声に、私はマヨイガを通じて客間を覗いていた意識を刀に戻しました。

いよいよですね。

いざ感動の再会です!

 

 

 

稲荷狐様の式神に抱えられ、ついに私は彼の下に訪れました。

 

四百年前からお慕いしております。

貴方の頼れる愛刀、紅一文字ですよ。

 

彼は私を見ると目を丸くします。

天下一の妖刀ですからね。さもありなんです。

丁重に私を受け取り、礼の言葉を述べる彼。

 

やりました! 受け取ってもらえました!

やっぱり私たちは結ばれる運命なのですね。

 

彼の腰には既に刀が帯びられていますが、妖刀にすらなっていないただの刀など話になりません。

すぐにでもその場所は私のものです。

 

彼は稲荷狐様に一言断り、私を少しだけ鞘から出しました。

もぅ、そんなに私の刀身(からだ)が気になるのですか?

いいですよ。

私の刀身(からだ)、好きなだけ見てください。

ふふふ、綺麗でしょ。

 

「号を紅一文字。あらゆる物を断ち切る妖刀ぞ。其方なら使いこなせよう」

 

なんせ貴方専用の刀ですからね。

貴方の手に馴染むように柄巻(つかまき)を調整したのですよ。

 

な、何を泣いているのですか。

侍たるものそう簡単に涙を見せては……

え? 感極まって涙が出てきた?

そ、そういう事でしたら許してあげます。

 

「さて、もう一戦と言いたい所じゃが、準備が出来たようじゃ。名残惜しいが本題に入るとしよう。其方の頭痛、それはある妖怪に呪いをかけられておるのじゃ」

 

「なんと!」

 

彼にそんな事をするなんて許せません。

そんな呪い、私が断ち切ってやります

 

「其方を一目見た時から気付いておった。故に我が式神に呪いの出どころを探らせておったのだ。今しがたその妖怪を見つけたとの報告があっての」

 

「それは、ではその妖怪を退治すれば拙者の頭痛は治るので?」

 

「うむ。しかしただ退治するだけでは駄目じゃ。その紅一文字で呪いの元、すなわち妖怪との縁を断ち切らねばならぬ」

 

任せて下さい、得意分野です。

妖怪だろうが呪いだろうがスパッとやっちゃいます!

 

「さて、式神に案内させよう。その刀で呪いを断ち切るがよい」

 

「かたじけのうござる」

 

彼は再び頭を下げると、式神に連れられてマヨイガを後にします。

その途中に私は離れていくマヨイガをじっと見つめていました。

さらば仲間たち。さらば私の半生を過ごした家(マヨイガ)。私はこの方に嫁ぎます。

 

 

 

 

 

式神に連れられてやってきた山中(さんちゅう)

ここに例の妖怪がいるのですね。

 

だんだんと濃くなってくる霧が雰囲気を醸し出します。

って、霧濃すぎないですか!?

この霧、妖気を含んでいます。

まさか例の妖怪の仕業!

 

ならばこの霧、私が断ち切って見せましょう。

 

「いけますか? 紅一文字殿」

 

私に手を掛け、彼が問います。

殿なんて水臭いです。紅一文字と呼び捨て、いえ、(べに)と呼んでいいのですよ。

 

あらゆるものを断つのがこの妖刀紅一文字。

形なきものとて例外ではありません。

私を一閃してくだされば、霧はたちどころに晴れるでしょう。

さぁ、初の共同作業です。

 

 

 

彼は私を鞘から抜き放ち、横薙ぎに振るいます。

するとあれだけ濃かった霧が上下に分かれ、霧散していきます。

 

視界の晴れたその先に、それはいました。

禍々しい妖気を纏った髑髏(しゃれこうべ)が浮いていたのです。

あの髑髏(しゃれこうべ)から彼への縁を感じます。

あれが例の妖怪で間違いないでしょう。

 

「紅、準備は良いか?」

 

いつでも行けます!

彼を害する妖怪よ! この紅一文字が痛みを感じる間もなく断ち切ってあげましょう。

髑髏が陰の炎を飛ばしてきますが、そんなもの彼には当たりはしません。

 

「はぁ!!!」

 

裂帛の気合とともに振るわれた私は、彼に繋がる縁ごと妖怪を切り伏せました。

髑髏は真っ二つに割れ、妖気は既に残り香しかありません。

 

「おお、今まで鳴りやまなんだ頭痛がぴたりと()んだ」

 

おめでとうございます。

 

「お前のおかげだ、ありがとう。紅」

 

いえいえ、貴方様の刀として当然の事をしたまでです。

 

 

 

……ちょっといいですか?

もしかして私の声聞こえてます。

 

「うむ。紅一文字を手に取った時からどこぞより声が聞こえると思っておったが、お主だったのだな」

 

え? え? え?

本当ですか!?

ふふふ。これも私たちの愛のなせる(わざ)ですね。

以前会った時は何度叫ぼうと聞こえなかったというのに。

来た、これは来ましたよ。大当たりです。

 

「紅は昔、拙者とあった事があるような口ぶりをするが、生憎だが拙者にはとんと覚えがない。紅さえよければ何があったのか教えてくれないか?」

 

いいですよ、いいですよ。

何度でもいくらでも語りましょう。

私たちの始まりを。

待ち続けた四百年を。

これからの未来を共にあるために。

 

 

 

ところで、そろそろ人間の女子(おなご)(へん)じようと思うのですが、どんな娘が好みですか? ()()()




先代の稲荷狐様が女に化けていた理由は『楽だから』。
狐は陰に属する動物なので、オスでも人間に化ける時は女性の方が化けやすいのです。

ちなみにコンはメスですよ。
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