俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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あけましておめでとうございます。
今年も「俺と天狐の異世界四方山見聞録」をよろしくお願いします。


File No.40-2 『一年の計は元旦にあり』

「あけましておめでとうございます」

 

「「「「「「「あけましておめでとうございます(なのだ/なのです)」」」」」」」

 

日も変わって元旦。

皆と新しく年を迎えたことを祝う挨拶をする。

ミルラト神話圏や日乃國(ヒノクニ)ではまだ年は明けていないが、そこは異文化体験という事で。

 

ちなみにこの挨拶の意味だが、主に二つのことがある。

 

一つは無事に年を重ねたことへのお祝い。

昔は産まれた日を一歳として元日を迎えるごとに年を重ねるという数え年が使われていた。

つまり元日は全員の誕生日に等しかったのだ。

 

かつては一年間を生きのびるだけでも大変な時代だった。

特に子供の死亡率は現在の比ではない程に高い。

だから年が明けたことを皆で祝うのだ。

 

「お互い無事に一年を生き抜いて年を重ねることが出来ましたね。とてもおめでたいです」と。

 

もう一つは年神様をお迎え出来たことへのお祝い。

年神様は元日に福や豊作を運んできてくれる神様。

「今年も年神様をお迎え出来ておめでとうございます」というわけだ。

まぁ、流石に異世界にまではお迎えできなかったが。*1

 

 

 

挨拶も終えて皆で朝食を済ませる。

朝は白米のご飯と魚の切り身の塩焼きにきゅうりのお漬物。

それとお雑煮。

昨日いっぱい食べたので量は少なめに。

 

それから庭に出て日本伝統の、特に正月の遊びを体験してもらう。

 

「えいっ」

 

「てぃ!」

 

「あっ」

 

ウカさんとフォレアちゃんがしているのは羽根つき。

羽根つきは元々女の子の成長を願い、厄を祓うとっても縁起の良い遊びだ。

どちらかが打ち損なうまで羽子板を使って羽根を打ち続ける。

勝負事というよりは打ち合い続ける事を楽しむという面が強い。

落としてしまった方は顔に墨を塗られてしまうが、これは魔除けのおまじないという意味もあるのだ。

 

また羽根についている黒い球には「むくろじ」という木の種が使われている。

むくろじは漢字で「無患子」と書き、子供が患うことが無いようにという願いが込められているのだ。

羽根の形は病気を運ぶ蚊の天敵であるトンボの姿に似ていることから、お正月に羽根つきをすると夏になっても蚊に刺されないと言われている。

 

羽子板自体にも邪気を除ける力があり、初正月を迎える女の子に羽子板を送る習慣も室町時代には既にあったそうな。

 

「おお、結構高くまであがるのだな」

 

女の子の成長を願うのが羽根つきならば、男の子の成長を願うのは俺とサルタビコ神のやっている凧あげだ。

江戸時代には男の子が産まれた家ではその子の健康と厄除けを願い、正月に凧を上げていたそうな。

他にも「立春の季*2に空を向くは養生に良い」と言われ、健康を願う遊びでもあった。

 

これは知っている人も多いかもしれない雑学だが、昔は凧の事を「いか」と呼んでいた。*3

江戸時代ではイカの形をした凧が一般的だったからだ。

しかし江戸時代に喧嘩凧という凧で相手の凧の糸を斬り合う遊びが流行った。

それに勝とうと糸に刃を付けたりして度々事故や喧嘩が起こり、建物の損傷や死者まで出る始末。

とうとう「イカノボリ*4禁止令」が出されてしまった。

しかし人々は「これはイカではなくタコだ」と屁理屈をこねて凧あげを続けた。*5

その為に当時日本にはなかった「凧」という漢字まで作ってしまったと言われている。

なお、「イカノボリ」は漢字で書くと紙鳶。

 

ところでサルタビコ神、日乃國(ヒノクニ)にも凧はあるそうですが上がる高さに感心してるって、もしかして異界(百重御殿)の広さを測ってます?

 

「こうぐるぐる巻いて、えいっなのだ」

 

「えいっ、上手く回らないなぁ」

 

独楽廻しに挑戦しているフェルドナ神と回し方を教えているミコト。

どうやら投げゴマと呼ばれる、糸を独楽の胴体に巻き付けて回すタイプに挑戦しているようだ。

正月の独楽廻しはお金や物事が円滑に回るに通じる事から縁起が良く、上手く回ると子供が早く独り立ちできると言われている。

独楽は中心にまっすぐ一本の芯が通っていることから「筋を通す」「想いを貫く」「一本立ち*6」という縁起物でもあるのだ。

さらに独楽に使われている色にも意味がある。

江戸独楽に使われている江戸五色は赤が健康、黒が力、黄色が富、緑が豊作、紫が高貴な物を表していて、長寿を授けて身を守ると言われているそうな。

 

「こんなのはどうじゃ?」

 

「そんなところに立つんですの!?」

 

独楽は独楽でも扇子の上にのせて回す「地紙止め」を披露しているコンとそれを観るルミナ神。

他にも糸の上を移動させる「糸渡り」や着物の袖の上から反対側の裾の上まで移動させる「衣紋流(えもんなが)し」などを行っていく。

独楽は世界中で独自の進化を遂げているが、日本でも江戸時代に大きく発達したと言われている。

博多ではそれまでの独楽よりはるかに安定していて長く回り続ける博多独楽が作られ、それを使って曲芸をおこなう曲独楽(きょくごま)は京や江戸の町で大流行したそうな。

 

皆さん楽しそうで何よりです。

 

 

 

 

 

「楽しかったのです」

 

「すみません、お湯を下さい。うぅ、顔中真っ黒」

 

「フォレアの顔も凄い事になってる。はい、洗うからこっち来て」

 

「お湯と手ぬぐいをお持ちしました」

 

「いっぱい遊んだのだ」

 

「久しぶりに(わらべ)になったような気分じゃわい」

 

「この独楽、一つ持ち帰ってもいいかしら」

 

「えーと……妖怪ではないので別に構いませんが、気に入ったんですか」

 

あれから全員で羽根つき大会をしたりメンコとかけん玉とかお手玉とかやってみたり、他にも日本の遊びをひとしきり遊んでから屋敷に戻って来た。

 

時間もそろそろ良い感じなのでお昼にする。

 

本日のお昼はおせち。

正月を彩る縁起物の料理であり、歳神様への供物でもある。

とはいえ好みの問題もあるので他の料理も用意しているが。

前にごぼうを食べたルミナ神とか、複雑な顔をしてたし。

 

食事の挨拶を終え、皆が食べ始める。

 

おせちに使われる料理には様々な願いが込められている。

 

例えば黒豆は豆*7に暮らせるように。

無病息災を願うゲン担ぎである。

また黒は邪気を払う色とされている。

 

田作りは豊作を祈る五穀豊穣。

材料であるカタクチイワシは昔畑の肥料として使われていたためだ。

 

たたきごぼうはごぼうが地面の下深くまで力強く根を張ることから子孫繁栄や延命長寿。

ごぼうを叩いて開くことで開運を願うという意味もある。

 

かまぼこは切り分けた形が半円になる事から日の出を意味し、白い色は清浄や神聖さを表す縁起物。

ちなみに今回は用意できなかったが紅いかまぼこの色は魔除けの意味がある。

 

伊達巻は形が巻物に似ていることから学業成就。

材料である卵は子孫繁栄や殻の形が家内安全に通じると言われている。

鮮やかな黄色が黄金を連想させるのも良き。

 

栗きんとんは金運上昇、商売繁盛。

きんとんとは金色の団子や座布団という意味であり、その色が小判を連想させるからである。

材料の栗も()(ぐり)*8が勝ちに通じる事から勝負運を向上させる縁起物とされている。

 

他にも海老は不老長寿、手綱こんにゃくには良縁成就、里芋には子孫繁栄といった意味がある。

 

そしておせちを食べるときに使われる祝い箸。

これは箸の両端が細くなっていて、片方を自分が、もう片方を神様が使う事で神様と同じものを食べ神様の御力を頂く神人共食(しんじんきょうしょく)のための箸だ。

神様が使われる部分なので反対側を取り箸に使ったりしないように注意しよう。

祝い箸には大晦日に家長が家族の名前が書かれた箸袋に祝い箸を入れて神棚に供え、お正月におろしておせちを頂くといったような儀式もあったりする。

 

「これは美味い。幾らでも食べれそうじゃな」

 

「この栗きんとんという料理、いいですわね」

 

「海の幸なんて中々食べられないし」

 

「から揚げおいしいのです」

 

……ところで、今まさに神様と一緒に食事をしているんだがこれも神人共食(しんじんきょうしょく)になるんだろうか。

 

 

 

 

 

昼食を終えて少し休憩したあと、昨日宣言していた通り異界神(キツネツキ)の試練と称した道中演戯(どうちゅうえんぎ)という遊びを行う。

 

道中演戯(どうちゅうえんぎ)はコン曰く妖怪たちの間で流行っていたという対戦型ボードゲームだ。

いくつかバリエーションがあり、ものによって○○道中演戯というような感じで呼び分ける。

今回やるのは一番オーソドックスなもの。

 

普通にボードゲームとして遊ぶ場合にはサイコロとカードを使って自陣営を強化し、一番早く目標まで得点を集めた人が勝ちとなる。

しかし演戯(えんぎ)の名が示すように芝居が如く物語(ストーリー)の中で指定された役柄を自由に()()()という要素があり、これを入れた場合には様々な遊び方ができるのだ。

 

いわばボードゲームの要素を持つTRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)

物語(ストーリー)によってはバトルロイヤルだったりチーム戦だったり全員で協力して目標を達成するなんて事もある。

 

これに試練という名目で参加するのはフェルドナ神とウカさん。

そしてそれぞれへの加勢としてルミナ神とサルタビコ神の計三柱と一人がプレイする。

 

試練に挑むのはあくまでフェルドナ神とウカさんであり、ルミナ神とサルタビコ神は困難に立ち向かう勇者に力を貸しているだけなので参加しても問題は無いという理屈らしい。

フォレアちゃんは人数的に公平を期すために残念ながら今回は見学である。

 

試練的にはゲームクリアよりもその過程、内容が重視されることとなっている。

遊戯という芸を奉納し、それに異界神(キツネツキ)が満足するかどうかが試される、といえば分かりやすいか。

そういった理由でゲームマスターはコンにお願いした。

ゲームクリアできるかどうかを試すものなら俺がやってもいいんだが。

 

 

 

「やり方は分かったな。では始めるとしよう。時は今より四百年の昔────」

 

 

 

 

 

 

『攻め立てるは今ぞ!』死怪王に魔封刃。賽の目は五・六・一、成功じゃな。一点と封印の異常を与える」

 

「優先判定。死怪王は虚空の渦を使用。この術は生命点を減少させる術が自身に使われた時、その術を無効にする。判定は二・二・六・一、成功じゃよ。『無駄なことよ、そのような術が我に効くものか!』

 

「優先判定ですわ。前の(じゅん)で破壊した滅びの衣はまだ復活していない。でしたら今ならこれが通る。天地返し、三・四・六、成功ですわ。虚空の渦の六の目を一に変更。これで虚空の渦は失敗。『俺様がいることを忘れてもらっては困るぞ』そう言って投げ槍で虚空の渦を妨害しますわ」

 

『な、なんだと! ぐわ!』魔封刃を虚空を操る力で防ごうとした死怪王だったが、そちらに注意を向けた僅かな隙に差し込まれた槍によって制御を失い、魔封刃をもろに喰らってしまう。死怪王の残り生命点は九点じゃ。封印の対象は、二じゃから羅生壁が使えなくなったのぅ」

 

「ナイスですわ、サルタビコ神」

 

「いやいや、ルミナ神の援護のお陰よ。これで死怪王は守りの術を失った。この(じゅん)のうちになるべく死怪王の生命点を減らすのだ」

 

「次の手番は私ね。捨て身の構えを使用、五・二・二、成功。そのまま激裂剛心拳、四・四・五、成功。死怪王に四点『これが私の全力だぁ!」

 

「死怪王に防ぐ術はない。『ぐおはぁ!』渾身の力を込めた一撃がさく裂し、死怪王はたまらずたたらを踏んだ。残り生命点は五点じゃ」

 

「捨て身の構えの代償で私にも二点、残り二点かぁ。次狙われたら生き残れないかも」

 

「私の番です。えーと、狐火です。六・六・六、極限成功っ! 極限成功の効果は威力の上昇を選びます。上がる威力は……四! 狐火の一点と合わせて五点です! やりました!『これがみんなが紡いできた意思、受け継がれてきた願い、そして、ここまでの道を切り開いてくれた絆の力だぁ!』

 

「おお!」

 

「素晴らしいですわ!」

 

「やったわね!」

 

『な、なんだと!? 我が、我がこんな奴らになど、ぐああああぁぁぁ!』極大の業火となった狐火が死怪王を焼き焦がす。断末魔と共に崩れ落ちる死怪王の────」

 

 

 

三柱と一人の協力によってラスボスは打ち倒された。

ゲームマスターのコンによってエピローグが語りはじめられる。

 

結果だけいうのなら凄く盛り上がったな。

流石は高位の神と言ったところか、キャラクターの魅せ方が上手いわ。

シナリオは王道の勧善懲悪ものだったが、二柱によって笑いあり涙あり感動ありの大冒険が繰り広げられる事となった。

難易度は初心者を相手にするにはえげつなかったけど。

フェルドナ神とウカさんに対してはかなり手心を加えられていたので、実質二柱への試練だろこれ。

ちなみにこの高難易度の物語(シナリオ)を選んだのはコンである。

 

エピローグが一通り終わったのを見て、俺も口を開く。

 

「両陣営、まこと見事でした。その素晴らしき奉納に報い、両者ともに菜の花の種を授けましょう。育て方を書いた紙を入れておきますので枯らさないように気を付けてくださいね。帰りにでもお渡ししますよ」

 

最初の方はそれっぽく喋ったが、面子が面子だけに威厳を出す意味も無いので後半は普通に喋る。

育て方については意味を伝える(まじな)いを込めたうえでコンが書いてくれるそうだ。

 

「なかなかに楽しかったのう。役柄を演じる為の教養と演技力、困難に立ち向かう知恵と機転、流れを掴む運と判断力。そして仲間と力を合わせて目標を乗り越える団結力。それらを見極める試練であったのだな」

 

あ、いえ。

特にそのような意図はないです。

とはいえここで水を差すのもアレなので空気を読んで黙っておく事にする。

 

 

 

道中演戯(どうちゅうえんぎ)を終えたフェルドナ神達は、続けて福笑いや達磨落としなどの室内遊戯に興じた。

かるたがね、意味は伝えられても音と文字と認識が一致しないから皆では出来なかったのが悔やまれる。

 

その後はいい時間になったので夕食を食べてみんな帰っていった。

道中演戯(どうちゅうえんぎ)は結構時間のかかる遊びなのだ。

 

やる事はだいたい終えたので居間で寛いでいると、ミコトがお茶をもってくる。

 

「はい、あなた」

 

「ありがとう」

 

お茶を受け取り、ひとくち頂く。

あったまるなぁ。

 

「今年は何とも騒がしい正月になったものじゃな」

 

お茶をすすりながら、コンがそうつぶやいた。

確かにそうだな。

去年なんかは特に慎ましく静かな正月だったし。

 

「でも楽しかったのだ」

 

「違いない」

 

そうなんだよな。

楽しかった。

 

異世界に来て、みんなと出会って、バカ騒ぎが出来るくらい仲良くなって。

今年も楽しい年になる。

そう思えるのはきっと、ふたりが一緒にいてくれるから────

 

 

 

「なぁ、コン。ミコト。今年もよろしくな」

*1
ワンチャンあるかなと思ったがやっぱり駄目だった

*2
昔の正月は立春の頃にあった

*3
もちろん時代や地域によって呼び方は異なる

*4

*5
当然タコノボリ禁止令も出された

*6
一人前になる

*7
勤勉や健康といった意味

*8
乾燥させた栗を搗ちて殻と渋皮を取り除いたもの。搗ちとは臼で搗いたり棒で叩いたりすること




『一年の計は元旦にあり』

何事も最初が肝心という意味。
私の今年の目標はこの作品を一旦完結にまで持っていく事。

皆さんにとって今年が良い年になりますように。
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