俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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浄火という言葉の意味を誤って使用していたため、過去話を一部修正しました。
「神や仏に捧げる穢れなき炎」という意味で「穢れを祓う炎」という意味はないんですね……


File No.41-1 『寒さの果ても涅槃まで』

百重御殿は基本的に春先くらいの過ごしやすい気候となっているが、暑かったり寒かったりする日がない訳ではない。

ここ数日の百重御殿には雪が降り積もり、真冬の様相を呈していた。

どうやら陰陽の流れのバランスを調整する必要があるらしく、明後日いっぱいまでこの寒さは続くとの事。

 

普段は人間形態(にんげんモード)獣人形態(じゅうじんモード)でいることの多いミコトも、今ばかりはもふもふ毛皮な経立形態(ふったちモード)で過ごしていた。

妖怪であるミコトは寒さで体調を崩す事は無いらしいが、それでも寒いものは寒いそうだ。

 

そんな訳で、炬燵(こたつ)を用意しました。

 

百重御殿に炬燵の妖怪はいない。

というのも、炬燵が現代の形になったのは大正時代頃。

腰掛式の掘りごたつにしても明治時代である。

マヨイガの妖怪として生まれるにはちょっと新しすぎた。

 

現代人の俺が主になった事で現世に戻ればそのうち生まれてくるかもだが、今現在いない事に変わりはない。

 

とはいえそれはあくまで現代の形の炬燵の話であって炬燵自体は室町時代から存在しており、当時の炬燵は囲炉裏の上に(やぐら)を組んで布団や衣服をかけたものだったそうだ。

江戸時代に入ると火災防止の観点から火鉢と櫓を組み合わせたものになる。

 

俺が用意した炬燵は江戸時代のものに近い。

テーブル状に組んだ木材を妖怪火鉢の上に乗せ、自作の炬燵布団をかぶせている。

江戸時代にはなかったが炬燵板もちゃんと用意した。

 

中の妖怪火鉢は木製で円形のくりぬき火鉢。

百重御殿の妖怪火鉢には箱型の長火鉢もいて、こっちは炬燵の外の暖房として活躍してもらっている。

 

炬燵のサイズは結構大きめで、八人は楽に入れるだろう。

これは電気炬燵と違って熱源が床置きな火鉢なので、ある程度大きさが無いと足を延ばすのが難しいためだ。

 

素人製作ではあるものの、なかなか悪くない出来なんじゃないだろうか。

評判もそれなりに良く、今日も今日とて俺を始めとしてミコトやヤシロさんが入り浸っていた。

半面、マヨイガ妖怪たちは暑寒に強いのかあんまり来ないな。

百重──多分成っているのは宵桜──が偶に来るくらいか。

 

各々炬燵で暖を取りながら思い思いに過ごしている。

コンは白狐の姿で丸まってお休み中。

ヤシロさんは蜜柑を剥いては口に放り込んでいる。

ミコトは人間形態(にんげんモード)で漫画を描いていた。

いつもの日常漫画ではなく、バトルもののようだ。

 

描きあげられたものを見るに、話の内容はおそらく俵藤太(たわらのとうた)の百足退治だろう。

ただ話そのままという訳ではなく、かなりアレンジが入っている。

なんか大百足が悪役らしいセリフを喋って(いかずち)の雨を降らせているし、俵藤太は俵藤太で剛刃一閃(ごうじんいっせん)とかいいながら光の矢を撃ち出していた。

雰囲気が完全に少年漫画の異能系かファンタジー系の読み切りバトル物のそれだ。

 

ミコトの描く絵や漫画のジャンルは幅広く、たまにこういうのを描く事がある。

思いついたらその時の気分で何でも描いてみるというのは、狩谷(かりや)栄玄(えいげん)から受け継いだ気質なんだとか。

漫画ではまだないが絵であれば春画とかも描いてたし。

 

『うむ? タケルよ、フェルドナ神とフォレア神が来たようじゃ』

 

コンの耳がピクリと動いたかと思えば、そう言うと炬燵を抜け出して人に化ける。

今日は十五歳くらいの姿か。

 

その熱を名残惜しみながら炬燵から抜け出し、コンと共に親子女神を迎えに行く。

特に今日来ると言う話はなかったし、遊びにでも来たのかな。

 

玄関につくとそこには二柱の姿があった。

 

「あ、キツネツキ神とミョウブトウメ神。こんにちはなのです」

 

「キツネツキくん、コンくん、こんにちは。うぅ、ここなら暖かいと思ったのにぃ

 

タイミングが悪かったですね……

 

もとが蛇だからなのか、フェルドナ神は寒さが苦手だ。

既に肉体は失って久しいため冬眠する(活動できなくなる)ことはないそうだが、それでも寒くなればうまく体が動かせなくなることがあるらしい。

 

フォレアちゃんはフォレアちゃんで寒いと炎の力を保つに必要な神気の量が跳ね上がる。

これは「冬」や「寒」が五行における「水」に属している為、水克火により「火」に属するフォレアちゃんの炎を衰退させてしまうからだ。

表面上は平気そうにしているフォレアちゃんだが、消耗しやすいためかいつもの元気がないように見える。

 

「とりあえず奥へどうぞ。温かい甘酒を用意させていますので」

 

 

 

いつもの座敷と違い、今日は居間へ案内する。

二人は単に遊びに来た*1だけなので、寒いし炬燵のある居間の方がいいだろうとなったのだ。

 

「いらっしゃいなのだ」

 

居間では精神感応を受け取ったミコトとヤシロさんが熱々の甘酒を用意して待っていた。

それを受け取った二柱は一口飲むと、ほっと一息つく。

 

「ささ、こっち入ってください」

 

「キツネツキくん、これは?」

 

「炬燵という、こっちの暖房器具です。暖かいですよ」

 

火鉢を使った炬燵がどの程度暖かいのかは知らないが、少なくとも百重御殿の妖怪火鉢にかかれば現代の電気炬燵と遜色ない暖かさを提供できる。

お手本として入ってみせると、おっかなびっくりといった感じで二柱は炬燵に足を入れた。

 

「凄い暖かいのです」

 

「え? これどうなってるの!?」

 

フェルドナ神が興味深々に炬燵布団をめくって中を覗く。

あ、念のため顔は入れないでくださいね。

妖怪火鉢とはいえ、炭を燃焼させて熱を作っていることには変わりない。

少量の炭でとんでもない熱量を生み出す能力をもっているので普通の火鉢より一酸化炭素中毒などになる危険は低いが、それでも絶対安全とは言えないのだ。

まぁ、二柱に関しては大丈夫な気もしないでもないが。

 

「なるほど、少ない熱で効率的に暖をとる工夫なのね」

 

普通は燃料を買うにも隙間風を防ぐにもとにかくお金がかかりますからね。

 

日本の夏は湿度が高くじめじめしているせいで非常に不快に感じやすい。

かの日本三大随筆の一つとされる「徒然草(つれづれぐさ)」にも「質の悪い家で過ごす夏ほど耐え難いものはない(意訳)」という記述が見られるほどだ。

それでなくとも高温多湿だと熱中症のリスクが高い。

そのため昔の日本家屋には通気性の良いということが大前提として求められてきた。

 

しかし、通気性が良いということは熱がこもらず冬になると非常に寒いという事でもある。

寒さをしのぐために暖をとりたいが、囲炉裏を焚いても暖かい空気は逃げていくばかり。

どうにかして温まりたいと考えた誰かが、囲炉裏の上に衣服をかぶせて熱を逃がさないようにするという方法を思いついた。

 

原初の炬燵の誕生である。

 

炬燵は日本の環境が生み出した生活の知恵なのだ。

ちなみに炬燵は日本独自のものと思われがちだが、同じような構造の暖房器具なら日本以外にもいくつか存在している。*2

 

しばらく炬燵であったまりながら談笑していると、今度はサルタビコ神とウカさんが来たと言う知らせが届いた。

今日は賑やかだな。

 

コンを伴ってふたたび玄関までいくと、でっかい魚を吊るしたサルタビコ神と着ぶくれしたウカさんがいた。

 

「いらっしゃい。今日はどうされました?」

 

「なに、上等な寒鰤(かんぶり)が手に入ったのでこいつを肴に一杯どうかとおもってな」

 

「おお、良いな。久しぶりに儂が腕を振るおう」

 

コンが魚を受け取り、献立は何がよいかサルタビコ神と相談を始める。

サルタビコ神の持って来た魚はゆうに1mを超えており、俺の手にはあまりそうだったのでコンが捌いてくれるならありがたい。

 

「とりあえず、あがって下さい。温かい甘酒を用意させますので」

 

 

 

サルタビコ神とウカさんを連れて居間に戻ってくる。

すると炬燵から30cm近いサイズの白蛇の頭が二つ生えていた。

一瞬ウカさんがびっくりしたような反応を見せたが、その反応は分からなくもない。

えっと、フェルドナ神とフォレアちゃん(白蛇の姿)だよな。

 

「そこのはフェルドナ神とフォレア神か。お主等も来ておったんじゃな」

 

流石というべきか一瞬で白蛇たちが何者かを看破するサルタビコ神。

それに対して二柱も鎌首をもたげて挨拶を交わす。

 

「というか、何しとるんじゃ?」

 

「コタツっていう異界の暖房器具を体験してたの。暖かいわよ」

 

そういってフェルドナ神は気持ちよさそうに目を細める。

 

「サルタビコ神とウカさんもこちらどうぞ」

 

言われるがままに一柱と一人も炬燵に足を入れ……

 

「おお、これはいいのぅ」

 

「暖かい。あぁ、生き返る

 

一柱と一人(ふたり)をして恍惚な様をみせる。

流石は日本の誇る伝統的暖房器具だ。

神々だろうとあっという間に惹きつける。

 

サルタビコ神の話を聞くに、どうやら日乃國(ヒノクニ)にも炬燵は無いとのこと。

日本っぽい文化が発達しているので炬燵もありそうな気がしていたが、日乃國(ヒノクニ)にも四季はあれど日本ほどはっきりしたものではないそうなので、環境の違いで生まれなかったものと思われる。

そういえば寿司とか天麩羅もないんだっけか。

 

 

 

それからしばらく雑談に花を咲かせていたが、コンが酒と肴をもってきたあたりで各々好きなように過ごし始めた。

 

サルタビコ神とコンは刺身や鰤大根に舌鼓を打ちつつ酒を嗜んでいる。

近くに置かれた妖怪長火鉢の上では妖怪銚子(ちょうし)に入れられた日本酒が温められていた。

どうやら神酒ではなく普通のお酒のようだ。

 

フェルドナ神は最初こそ人の姿に戻って(成って)鰤大根をつまんでいたが、今はまた白蛇の姿で炬燵に潜り、たまに首を伸ばしては自分用のお猪口に入った酒や小皿の塩を嘗めとっている。

フォレアちゃんにいたっては炬燵に身をひそめたまま、さっきから微動だにしていない。

目も閉じてしまっているあたり、もしかして寝ちゃったのだろうか。

 

気持ちは分かる。

炬燵って気持ちよくて眠くなるよね。

 

もしかして二柱が白蛇の姿を取っているのって、人の姿でこれをやるとだらしなく見えるけど蛇の姿ならおかしなことではないからだったりしない?

 

ヤシロさんは普段であれば神様が来ている間は奥で控えているか寝床に戻っているが、炬燵の魔力には(あらが)えなかったのか今日は同席してサルタビコ神やコンに御酌をしたりしていた。

これが切っ掛けで神様に慣れてくれるとこちらとしても嬉しいのだが。

 

ミコトは獣人形態(じゅうじんモード)でちびちびとお酒を飲みながら、時折俺にもたれかかり尻尾を絡めてくる。

軽く尻尾を撫でてやれば、満足げに顔をほころばせた。

可愛い。

 

ウカさんは何か興味を惹かれるものでも見つけたのか、ある場所に目を向けていた。

そちらの方を見やれば、とりあえず部屋の隅に寄せていたのであろうミコトの漫画を描く為の道具一式と描きあげられた漫画が置かれている。

そういえばウカさんも漫画を描くんだっけか。

 

ミコトもその視線に気づいたのか、炬燵を抜け出して置かれた漫画を手に取るとウカさんの方へ持ってくる。

 

「ボクが描いたのだ。良かったら読んでみて欲しいのだ」

 

こういう誰にでも物怖(ものお)じせずに純粋に接することができるミコトは親睦を深める上でとてもありがたい。

それでいて必要な時にはちゃんと立場を弁えた行動できるのだから凄いよな。

 

「ありがとうございます。拝見させていただきますね」

 

そういうとウカさんは受け取った漫画を読み始めた。

まだ本に綴じてはいないため、束に纏めただけのそれを一枚ずつ読み進めていく。

 

じっと見ているのも失礼なので、視線を目の前の刺身に向ける。

一切れ箸でつまみ、わさび醤油でいただく。

うん、美味しい。

脂が乗りつつも引き締まった身が口の中で溶けるようだ。

 

「この(よう)*3で終わりでしょうか?」

 

しばらく寒鰤を堪能していると、漫画を読み終わったのかウカさんがミコトに問いかける。

その声は幾分か興奮しているようにも聞こえる。

 

「その先はまだ描き途中なのだ」

 

「そうですか」

 

するとウカさんは一呼吸置き────

 

 

 

 

 

廻比目(めぐりひもく)様、

 

ウチを弟子にしてください!

 

「なのだ!?」

 

────勢いよく頭を下げながらそんな事を言い出した。

 

いや、いきなりどうしました!?

サルタビコ神やフェルドナ神も何事かとそちらを見ているし。

フォレアちゃんに至っては今ので目が覚めたのか、首を伸ばして辺りをキョロキョロと窺っていた。

 

えっと、ミコト?

 

「と、とりあえず頭を上げて欲しいのだぁ」

 

 

 

 

 

 

フェルドナ神達が帰ったあと、炬燵で漫画を描くミコトを見ながら昼間の出来事を思い出す。

 

ミコトはウカさんの弟子入りを断った。

自分もまだ修行中であり、弟子を取れるほのど身ではないからというのがその理由だ。

 

守破離という考え方がある。

修行はまず師の教える型を「守る」ことから始まり、自分に合った型を模索することでそれを「破り」、教わった型と自分で見出した型の両方に精通することで既存の型から「離れ」て新たな道を作りだすことが出来るというものだ。

 

ミコトは生まれながらにして狩谷(かりや)栄玄(えいげん)の技術をある程度引き継いでいる。

しかし狩谷(かりや)栄玄(えいげん)は漫画──厳密には現代の形式の漫画──を描いた事は無く、そちらの分野は俺の記憶を参考にして手探りの状態。

いわば現代の漫画の型を「守る」事が出来ていない。

「型がある人間が型を破ると『型破り』、型がない人間が型を破ったら『形無し』」とは誰の言葉だったか。

 

対してウカさんは以前の試練にて捧げものとして漫画を描くほどにはその道に自信がある。

現代の漫画とは異なるだろうが、少なくとも日乃國(ヒノクニ)の漫画の技法を修めているのは間違いないだろう。

 

まだ「守」の出来ていないのに、既に「守」が出来ているウカさんに指導できるはずがないというのがミコトの言だ。

 

しかし、ミコトも完全に断った訳ではない。

師として導く事は難しいが、あくまで知識としてであれば教える事はできる。

その知識をどう生かし、己の技術とするかはウカさん次第。

それで良ければ教えるという事になった。

 

代わりにミコトもウカさんから日乃國(ヒノクニ)の漫画のことを教えてもらうそうだ。

師と弟子ではなく、共に切磋琢磨する仲間として一緒に頑張ろうってことらしい。

 

あとウカさんの一人称って「ウチ」だったんだな。

今までは百重御殿(他所のお宅)ではお行儀よくしておかないと、ということで「私」を使っていたそうな。

別に気を使わなくてもいいのに。

 

サルタビコ神は酒を煽りながら「猫なんぞ被っとっても窮屈なだけじゃろ。もっと肩の力を抜いたらええ」なんて言っていたが、ウカさんとしては「いや、無理でしょ。ウチの立場を考えてくださいよ」とのこと。

 

まぁ、普通に考えたらウカさんの方が正しい。

一応ここ別神話圏の神の領域ですからね。

ルミナ神を始めとして日本の神以外が入り浸っている状況を考えると今更ではあるが。

 

 

 

「んふふ。でーきた」

 

どうやら最後のページを描き終えたらしい。

いつの間にか現れた文車妖妃(ふぐるまようひ)が他の紙に墨がつかないように丁寧に回収していく。

傍から見ていたが、大百足を倒してめでたしめでたしの王道勧善懲悪ものだったな。

 

「次は何を描こうかななのだ」

 

どうやらまだ描くのを終えないらしい。

新しい紙を用意するミコトを、俺は同じ炬燵で眺めているのだった。

 

 

 

 

 

後日、日乃國(ヒノクニ)で炬燵が大ブームになったそうな。

あとミルラト神話圏ではフォレアちゃんが炬燵の神として崇められるようになったらしい。

前者はともかく後者は何故に?

 

*1
避寒目的でもある

*2
アフガニスタンのサンダリとか。

*3
ページの意




『寒さの果ても涅槃(ねはん)まで』

冬の寒さも涅槃会(ねはんえ)がくる頃には終わるという意味。
現在の暦で言えばだいたい3月下旬ごろ。
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