お待たせして申し訳ない。
忍者──それは日本の歴史の闇に潜む影の集団。
忍者──それは情報を攫う変幻自在の魔物。
忍者──日ノ本で大成した大名達の陰には、必ず彼らの姿があったという。
忍者、といえばどんな姿を思い浮かべるだろうか。
全身を黒装束に包み、これまた黒い鞘の刀を背負っているかもしれない。
あるいは印を組んで火を噴いたり、大量の手裏剣を乱れ撃ちしてくる姿を想像する事もあるだろう。
しかし、これらの忍者像は基本的に江戸時代以降の娯楽作品によるイメージが強い。
例えば忍び装束は黒ではなく濃紺色や茶色系統のものが多かった。
黒色は月明かりで逆に浮き出て目立ってしまうのだ。*1
特に明るい夜なんかは濃紺色でもまだ目立つので、灰色の忍び装束を着用していたという話もある。
背中に刀を背負うのは単に映像や絵にした時に見栄えが良いため。
つまり後世の創作であり、実際には普通に腰に差していた。
また反りが少なく鍔が角ばっていて下緒が長いとされる忍者刀だが、実際に忍者が使っていたかと言われると疑問符が付く。
忍者はその役目故に忍者だとばれてはいけない為、堂々と私は忍者ですよと主張するような刀を使う訳が無いのである。
もちろん特定の流派では使用されていた可能性も無くはないが、少なくともコンは見た事が無いとのこと。
印を組んだり忍術を使う。というのはその通りなのだが、印を組むのは精神統一や祈願の為で、どちらかというと呪術方面の話になる。
まぁ、忍術は忍者が使う技術の総称なのでそれも忍術と言えば忍術ではあるのだが。
忍術として有名なものに火遁や水遁のような遁術があるが、これは隠形術とも言われるとおり基本的に逃げる為の術である。
火術のように火薬を使って敵を攻め立てる攻撃用の術もあるにはあるので、俺が妖術で風を吹かしたりするように妖術や陰陽術をベースにした忍術で口から火を噴いていた忍者がいないとも限らないが、それが一般的なものでなかったのは確かだ。
あと手裏剣に関しては手裏剣術という武術の一つで、武士が修練すべき武芸十八般のうちの一つに数えられることもあったりと、別に忍者の専売特許ではない。
形状も手裏剣と聞いてイメージするような四方手裏剣ではなく棒手裏剣が主流で、携帯数も片手で数えられる程度だったとか。
しかし、それがどうした。
たとえそれが史実における忍者とは異なっていようとも、
なんでそんな話をしているかというと、目の前にそんな
まさしく、どう見ても、あからさまに、まぎれもなく、清々しいほどに、忍者なのだ。
彼は百重御殿が
コンが過去視やらなんやらで軽く素性を調べたところ、彼は危険な妖怪や害獣退治を専門としているチームの斥候を務めているようだ。
年齢的には多分三十前後といったところか。
「隠れ里の主に御目通りが叶いまするとは、この
これはご丁寧にどうも。
社交辞令ではあるのだろうが随分と腰が低く……いやまて、今ニンニンって言った?
え? 何かの誤訳?
(うーむ、どうやら「もしもし」などと同じじゃな。*2自分は妖怪が化けた偽物ではないと伝える為のもののようじゃが、慣習のようなものと思っておけば良かろう)
へぇ。
納得したところでこちらが招いた理由を述べる。
とは言っても今回は特に趣旨を凝らす必要もない。
「優れた忍者がいると耳にしたので招かせてもらった。その実力を私に認めさせることが出来たら
「なるほど、そうでございましたか。では実力を示すにあたり、何を致しましょうかな?」
「そうですね。
ミコトに頼んでいつも通り妖怪獏枕を持ってきてもらう。
妖怪獏枕の能力なら実戦さながらの状態で安全な戦いができるからね。
夢なので対戦相手も自由自在より取り見取りだ。
そう言えば翻訳を挟んでいるとはいえ、忍者呼びで通じるんだな。
(どちらかというとそれっぽければ忍者判定して翻訳されておるせいな気がするのう。おそらく黒装束に刀か手裏剣でも持っておれば相手が諜報員であろうが暗殺者であろうが戦士や魔法使いであっても忍者で翻訳できてしまうじゃろうな)
ああ、そっか。
以心伝心の呪いは意味を媒介に翻訳を行うが、これは言葉の本来の意味ではなく話をしている本人達の
例えば犬の事を猫だと思い込んでいる人間に「これは犬です」と言った場合、相手には「これは猫です」と言っているように聞こえる訳だ。
柔軟といえばいいのか適当といえばいいのか。
(宿命通で視た限りではこやつ自身は斥候を得意とする
じゃからここでも覆面を取らぬのは言動とは裏腹に警戒を解いてはいないという事じゃなと続けるコン。
まぁ、どれほど友好的に見せても
最悪妖怪に化かされている場合もあるわけだし。
局地戦に強いことを売りにして戦の時だけ雇われる忍者もいるので、潜入や諜報が出来なければ忍者にあらずって訳でもないし。
ミコトに持ってきてもらった妖怪獏枕によって、
このまま夢の中の時間を早めてもらってすぐに終わらせてもいいのだが、せっかくなので観戦させてもらうことにしようか。
懐から銅鏡の妖怪である
夢内の設定として敵忍者は凶悪な妖怪であり仕留めねばならない相手だと思ってもらっているので、人が相手だから刀が鈍るとかは無いはずだ。
対決の場所はどこかの城の
周囲には松の木が植えられ、少し離れた場所になみなみと水を湛えた三国堀*5らしきものも見える。
相手はまずは手裏剣と忍者刀、鎖鎌などの武器を駆使して
対する
え?
見た感じは妖術に近い感じがするな。
ミルラト神話圏では神の奇跡や魔獣の使う魔法の一部を人間が技術として取り込んでいるというのはルミナ神から聞いて知っているので、
しかし同時に魔法は習得難易度が高く、使えるのはごく一部の人間に限られるとも聞いている。
「かなりの手練れであるのは間違いないのぅ。中級妖怪程であれば単独で仕留められる実力はありそうじゃ」
それは凄いな。
中級妖怪と聞くとそれほど強そうには聞こえないかもしれないが、妖怪自体が普通の人間にとっては手に余る存在なのだ。
それを単独で倒せるというのは相当な実力者である。
中級妖怪より上、つまり上級妖怪ともなれば討伐に神仏の加護か軍勢が必要になるレベルの話だしな。
ごく稀に相性差抜きで上級妖怪の相手ができる規格外がいたりするけど。
まぁ、妖怪との戦いは相性による影響が大きいので条件さえ良ければ上級妖怪を一般人が撃退することも不可能ではないが、それはまた別の話だ。
話を戦いに戻そう。
激しい攻防の末、仕切り直しとばかりに距離を取ろうとする敵忍者。
互いの武器が七度打ち合ったのち、
その刀が敵忍者を捉えたと思った瞬間、敵忍者は煙と共に丸太へと姿を変えた。
忍者界ではお馴染み、忍法身代わりの術だ。
すぐさま態勢を整えるが、その時すでに敵忍者は印を組み終えていた。
敵忍者の像がぶれ、その姿を増やしていく。
忍者が一人、忍者が二人、忍者が三人、忍者が四人。
都合五人に増えた忍者。
こちらもお馴染み、忍法分身の術。
五人の忍者は、それぞれ異なる術を用いて
一人目の忍者が放つのは土遁の術。
本来は土や石などを用いて逃げたり隠れたりする術の事を指すが、今話においては土に属するものを使った攻撃忍術といった意味で使わせてもらおう。
そちらの方がイメージしやすいだろうから、他の遁術も同様とさせていただく。
敵忍者が印を組み上げると
即座に後方に飛んで躱そうとする
三国堀から水が噴き上がったかと思うと、それが大蛇の姿となって
三人目の忍者の攻撃は木遁の術。
松の木に登った忍者が印を組むと、松の葉が弾丸の如く
ただの葉と侮るなかれ。
高速で撃ち出されたそれは、地面を穿てば葉のほとんどがめり込んでしまう威力を持っていると言えばその恐ろしさが理解できるだろうか。
四人目の忍者が放ったのは金遁の術。
大量の
それでいいのか金遁の術。
いやまぁお金をばらまくっていう忍術も実際あるけれども。
敵が拾ってる間に逃げるっていう術だけど。
とはいえ一文銭も金属は金属。
重さは五円玉と同程度とはいえ、大量にしかも結構な勢いで投げつけられれば痛いし鬱陶しい。
すぐさま飛び起きた
五人目の忍者がそれを妨害しようと火遁の術により口から火を噴くが、それを振り切って逃走に成功した。
そこから五人の忍者と
直接的な戦闘力だけが忍者の強さではないとばかりに周囲から調達した資材で罠を仕掛け、神出鬼没に奇襲を繰り返して敵戦力を削ろうとする
対して互いの死角をカバーし合い、誰かが奇襲をうければすぐさま連携して反撃を行う敵忍者達。
しかし両者ともに決定打を打てぬまま、時間だけが過ぎていく。
「ほぅ」
その中で、コンが感心したように声を漏らした。
どうした?
「いやなに。先ほどからあやつが何度も印を組んでおるじゃろ」
ああ。
トラップに何かしらの術でも仕込んでいたのかともったけど、そんな感じでも無かったから何なのだろうなって。
火の玉を放ってた時にも印を組んでたから術のトリガーだとは思うんだけど。
「そうじゃな。先ほどからあやつは
ある術?
「すぐにわかる」
ふぅん。
敵忍者は遠距離で仕留めるつもりか、印を組んで近くの堀から水を呼び寄せる。
通路はそこそこの広さがあるものの、先の水遁の時よりも時間をかけて集められた大量の水の前では避けるのは難しいだろう。
しかし
十分な水が溜まったのか、敵忍者が水遁の術を放つ。
鉄砲水となったそれは、生半可な術であればまるごと飲み込んで敵対者を押し流そうと
それと同時に、
土は水をせき止め、濁らせ、吸収する。
故に、土は水に勝つ。
そして自然の法則を超えた妖怪の力は、
突如現れた土壁は、鉄砲水を受け止め跳ね返す。
跳ね返った水は術者である敵忍者に襲い掛かり、たまらず敵忍者は術を解除する。
その直後、
土壁に角度をつけることで足場とし、高さを利用して跳びかかっていたのだ。
敵忍者の体はポンという音を立てて煙となり、跡形もなく消え去る。
なるほど、さっきまでのはこの術を使う為に印を組んで力を溜めてたんだな。
火遁に加えて土遁も使えるとは、流石だ。
「確かに流石と言えるな。この短期間で
覚えた? まさか今の土遁はさっき敵忍者が使っていた……
「左様。あやつは罠や奇襲によって相手に術を使わせ、それを観察しておった。もちろん倒せればそれはそれで良しとは思っておったじゃろうが」
確かに
今回の敵忍者が使う忍術は妖術、つまり
実際の忍術がどういう原理なのか知らないので、必然的にそうなってしまう。
なぜなら、これは
古今東西夢に天啓を得るというのは珍しい事ではない。
人が夢を見るのは、脳が蓄積された記憶や情報を整理しているからなのだそうな。
妖怪獏枕はその夢に干渉し、必要な情報を与えることで夢を書き換える。
例えば今回の例で言えば、「舞台のイメージ」「使命」「敵の能力」などの情報を組み込むことで決闘をする夢を作り上げていると思われる。
そして脳は意識を向けている部分を重点的に処理しようとする。
ただ敵忍者が術を使っただけなら結果のみが出力されていただろう。
その方が処理する情報が少ないからだ。
しかし
脳は敵忍者がどうやって術を使うのかまで自身の知識から鮮明に描写しようとする。
もちろん零から壱を構築できるほど万能ではないので、無理な場合は過程と結果がちぐはぐになってしまう。
だが本人が意識していなくてもそこに至るまでの知識があるのであれば、
改めて言うが、これは
考えているのは自分自身であり、それゆえに
まぁ、理解したとてできるかどうかはまた別の問題なのだが。
手を10cmだけ右に動かせば成功すると知っていたとして、ピッタリ10cmで止められる人間がどれだけいるかという話だ。
夢とはいえ実際に出来る事しかやってはならないという縛りが入っているため、この夢の中で使えたのだから理論上は可能なのだろう。
だからといって起きたら現実でも使えるかと言われたら、それなりに修行しないと厳しいんじゃないかな。
「とはいえ当然ながらまだ練度は低いがな。術を発動するまでの時間も大分かかっておるようじゃし」
無意識でやっている事を意識してやるようなものだからな。
夢とはいえそれ前提で見ているならともかく、出来る事しかできない試練でそれをやってのけるってだけでも凄いわ。
それからのこと。
口寄せの術を用いて召喚される巨大蝦蟇の軍団。
分身を何度倒しても無駄だと悟った
それが本体であると当たりをつけると、飛び交う忍術と蝦蟇の舌による猛攻を潜り抜けて接近戦を挑んだ。
ふたたび身代わりの術で逃れようとする敵忍者だが、それを予期していた
「お見事、よもやこれほどとは。貴方の力を認め、これを授けましょう。きっとあなたの役に立つはずです」
「かたじけないでござる」
試練から戻って来た
忍者の武器として知られる苦無だが、実際には武器ではなかったりする。
主な用途としては土を掘り返したり楔にしたり、変わったところでは後方の輪っか状になった部分に水を張ってレンズ代わりにしたりなど。
どちらかというと便利アイテムの立ち位置なのだ。
その便利さ故に旅人などの多くが携帯していたため、持っていても不審がられない道具として忍者も使用していたというだけの話だ。
もっとも、百重御殿の妖怪苦無は現世のイメージをもろに受けている影響で忍者漫画に出てくる苦無そのものになっているが。
斬って良し、投げて良し、
増えた分はいつのまにか消えているので回収する必要もないぞ。
その後はいつものように食事で持て成し、適当なところで
それにしても忍者か。
その起源は一説によれば飛鳥時代にまで遡るというが、日本の忍者が
ふと思い立ち、適当に印を組んで妖術を発動させる。
「忍法、
庭に向けて放たれたそれは、咲いていた花を揺らすだけにとどまった。
そういえば
確か七つの忍びの里が団結して黒幕との最終決戦に挑む──っていういいところだったんだがなぁ。
こちらに来て二年弱。
もう完結しちゃったりしてるかな……そう考えたあたりで帰ったらあの時の数日後まで戻れるんだったか、と思い出す。
もう二年近く、されどまだ二年にも満たない時間。
住めば都ではあるけれど、流石に故郷が恋しくなってくる。
さてさて俺はいつ帰れるのかね。
口には出さなかったけれど、それを察したらしいコンとミコトが静かに寄り添ってくれた。
この生活も悪いわけじゃなく、中々に充実した日々ではあるんだけどね。
それでも。
あぁ、百年ってのは人の身には長いなぁって。
『
世の中を生きていくためには怒りを堪え、よく考えて行動する事が大切だという意味。
忍耐には五両、思案には十両の価値があるということ。