深く茂った森を駆け抜け、目についた小鬼の群れに苦無を投擲する。
すると隠れ里にて賜った神器たるそれは、幾十にも分裂し雨の如く小鬼に降りかかった。
各々に対し一つないし二つの苦無が突き刺さり、その命を刈り取っていく。
瞬く間に、そこにいた小鬼の群れは全滅した。
十五、いや十六匹か。
小鬼とは言葉の通り小型の鬼の総称だが、一口に小鬼と言っても数多くの種類がいる。
悪戯程度の事しかしないものもいれば、人を殺して喰らうようなものまで様々だ。
今しがた某が討ち取った小鬼は
食うことに貪欲で、ひとたび増えれば田畑の作物を根こそぎ食い荒らし飢餓を引き起こす。
百年ほど前にあった
また作物だけでなく家畜や人が襲われたという事例にも事欠かない。
「しかし、多いな」
もとより
それでもこの数は。
この地に来てから某が葬った
依頼を受けたのが某だけではないことを考えれば、この三倍は討ち取られていよう。
それなのに未だ尽きる事無く姿を見せるのだ。
幸いなのは依頼に先駆けて隠れ里でこの不思議な苦無を授かったことか。
森の中という場所が場所だけに某の火炎の術は使えない。
隠れ里で覚えた土や水を操る術は実戦で使えるだけの練度にない。
あの時は上手く扱うことが出来ていたが、今思えば火事場の馬鹿力のようなものだったのだろう。
刀で相手をしていたら、確実に何匹かは取り逃していた。
不意に耳が足音を捕らえる。
おそらくは人の足音。
それがこちらへ近づいてきていた。
すぐさま木の陰に身を隠す。
ただの人であれば問題ないが、これだけ
人の姿に似た
しかして、そこに現れたのは一人の侍であった。
某と同じようにこの依頼を受けた者の一人で、確か名は山元五郎左衛門と言ったか。
ここ一年ほどで日の出の如く
腰の妖刀が先日見たものと同じであることを考えるに、
「そこの──は
五郎左衛門もこちらに気付いたようで、声をかけてくる。
現れたのが此度の仕事においての同僚の一人だと気づいた時点で気配を消すのを止めたのは確かだが、まだ姿を見せてはいなかったのだがな。
流石は「天地万物において斬れぬものなし」と謳われる剣豪か。
「はい、
そう言いながら、五郎左衛門の前に姿を現す。
「そちらの首尾は? 拙者の方は百は斬ったのだが」
「某の方でも同程度ですな。合わせて二百、しかし……」」
「うむ……」
明らかにおかしい。
数自体も多いとはいえ、それは
過去には万を超える
だが。
「それにしては
その言を聞くに五郎左衛門の方でも同じか。
増えた分だけ群れを広げ、他の群れと出会えばどちらともなく一つの群れとして合流する。
「ええ、おかしなことに」
「運よく、という訳は無いだろうな」
これだけの数と頻度で偶々群れ同士が出会わなかっただけ、と考えるには厳しい。
と、なれば。
「やはり、
「某もそう思いまする」
力ある
大概の場合は同系統──今回の場合は“鬼”と呼ばれる類──の
“鬼”と呼ばれる
名持の鬼であれば、某とて厳しいと言わざるを得ない。
「ここらで言えば、
「それは流石に──」
五郎左衛門が有名な鬼の名を告げるが、流石にそれはないだろう。
万の軍勢と強大な十二の鬼を従えて邪知暴虐の限りを尽くしたという。
その体はまるで岩の如く強靭であり、金棒を振るえば大地の形が変わってしまう程だとか。
最後は
倒された
「まぁ、無いか。
五郎左衛門と某が同時に新たに現れた気配に気づく。
濃厚な妖の気配。
隠そうともせずに撒き散らされるそれは、相手が相応の強者であることを物語っている。
その瞬間、考えるよりも先に某は身を隠した。
某は武芸者に有らず、忍者なり。
攻めるにしろ逃げるにしろ、わざわざ敵の前に姿を現す道理なし。
対して五郎左衛門は姿を隠そうともせず、向かってくる妖に自然体で向き合っている。
彼が妖の気を引いてくれれば何をするにもやりやすくなるのは間違いないため、こちらとしてはありがたい。
かくして、現れたのは十五尺*2はあろうかという鬼だった。
ごつごつとした体は岩のようにも見え、人の体よりも巨大な金棒を軽々と担いでいる。
これらは伝説に謳われた
「俺様の兵隊共が随分な数帰ってこねぇと思って来てみれば、てめぇの仕業か」
鬼が五郎左衛門にそう問う。
妖が人の言葉を操ること自体はそう珍しい事ではない。
「ああ、二百から先は覚えておらぬ程には斬った。
五郎左衛門が斬ったと言っていた数は確か百だった筈。
ここで二百と言ったのは
「理由は聞いてねぇ!」
その瞬間、金棒が力任せに振り下ろされた。
たとえ鎧武者であっても鎧ごと叩き潰せそうな圧倒的暴力が五郎左衛門にたたきつけられる。
しかし五郎左衛門はまるで木の葉の如く舞い上がり、少し離れた場所へ無傷で着地する。
「
「あん? なぜ俺様が雑兵どもの為にそんな事をしなけりゃならん。この
「ふむ、
確か
いくつもの村を滅ぼし、赤子の肉を好んで食したと言われている。
伝説によれば
「かの伝説に謳われる
「人間どもを狩り、喰らう。それ以外の何がある? 弱っちい人間どもを狩り集めるのにわざわざ俺様が動かねばならんなんぞ面倒だからな。てめぇは多少腕が立つようだが、俺様にかかれば──」
ふたたび
それに苛立った
「……紅?────そうか、ままならぬものよ」
「何をごちゃごちゃと、っ!?」
──その瞬間、
当の鬼の首は斬り落とされる前の苛立った表情のまま、ぼとりと地面に落ちる。
「せめて痛み無く葬ってやるとしよう」
その首がさらに真っ二つに割れる。
鬼には首を落とされた程度では死なないものもいるが、これはどうみても事切れていた。
「五郎左衛門殿」
事が終わったのを見届け、姿を現す。
「あいやすまぬ。可能であればもう少し話を長引かせて情報を引き出すのが良いのだろうが、拙者はあまりそういうのが得意でなくてな」
「とんでもない。あれほどの鬼が相手となれば生きて逃れるだけでも僥倖というのに、こうもあっさりと退治してしまうとは」
「お主でも出来たと思うがねぇ」
流石にそれは買いかぶりすぎだ。
逃げるだけであればともかく、あの岩のような巨体には某の武器が通用するとは──いや、隠れ里で授かった苦無が通じればあるいは。
「まぁ、少なくともあの鬼が人里を襲おうとしていた事は知れた。それに
「五郎左衛門殿はあれが騙りであるとお考えで?」
「伝説によれば
「
「かもしれぬが、どちらかというと
そう言われればそんな気もしてくるが……
「とはいえ、あれが本物か偽物かなど些細な事。問題はどちらであれ奴が
「それが何か……」
「
!!
「飛之介! 五郎左衛門殿! にんにん」
そんな話をしていた時、一人の人間がこの場に現れた。
喜三郎という某の仕事仲間だが、酷く慌てた様子で駆けこんでくる。
「にんにん。どうした、何があった?」
「ふ……ふ……
何だと!?
五郎左衛門の懸念が現実となったか!
「貴方はその鬼の集団を見たのですかな?」
五郎左衛門が喜三郎に話しかける。
「は、はい」
「そこに
「体格の良い鬼が十前後、それと
なんと!?
大半が
「なるほど、だがこれは好機とも取れる」
すると五郎左衛門がとんでもないことを言い出した。
「五郎左衛門殿、それはどういう意味で?」
「先ほど
そう言えば奴はそれを「面倒なことをさせる」と言っていた。
やる気がなさそうだったことを鑑みるに、自ら志願したとは思えない。
他に任せられる者がいるのなら
そう考えれば些事に
「ならその十前後の鬼が
確かに一理ある。
だが、それは流石に楽観が過ぎるのではないだろうか。
「……その鬼たちが本命を隠すための囮、とは考えられませんか?」
「
そう言ってにやりと笑みを見せる五郎左衛門。
真偽不明とはいえ相手は伝説に謳われた
それを知れるのはこれからおおよそ四半刻後の事であった。
そのとき某は山元五郎左衛門の異名、『
不羈蛮鬼一味との戦いは五郎左衛門殿が無双して終わったので続きはありません。
紅一文字「神剣で切れる鬼を
粗面鬼と戦っていた時の五郎左殿と紅の会話
紅「あ、これは名を纏ってますね」
五「螽鬼を従えられるこいつを味方に出来れば螽鬼の被害をかなり減らせるのでは」
紅「徳が相当高くないと無理ですよ。悪鬼の名を纏うとはそう言う事です」
五「そうか、残念だ」