俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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今回はちょっと短め。


File No.43  『七重の膝を八重に折る』

紙を折る。

 

山折り谷折り花弁折り。

折々折々中割り折り。

 

つつっと広げて、ほい。

折り鶴の完成。

 

「「おぉ~」」

 

それを観たフェルドナ神とフォレアちゃんが感嘆の声を上げる。

 

先日、飛之介さんという忍者が来たことでちょっと懐かしくなって折り紙の手裏剣を折ってみたのよ。

それで的当てなんかをして遊んでいたのだが、早々に飽きてしまって今度は適当に折り紙で色々と折ってみていたのだ。

 

そしたら遊びに来たフォレアちゃんが目ざとく見つけてね、これは何なのです、と。

 

そんな訳で折り紙の中でもメジャーと思われる折鶴を折っているところを実演してみせたところだ。

 

折鶴は室町時代には既にあったたそうで、安土桃山時代の小柄(こづか)*1の装飾に折鶴をあしらったものが存在しているのだとか。

文献で言えば江戸時代中期に出版された『當流七寶(とうりゅうしちほう) 常盤(ときわ)ひいなかた』にてその存在が確認できる。

 

現代で折り紙といえば遊戯折り紙のことを指すが、現在確認されている最も古い遊戯折り紙が折鶴なのだ。

あくまで文献や図柄に残されているもので折鶴より古いものはまだ見つかっていないという話なので、今後の発見次第では容易く覆るかもしれないが。

 

折り紙が広まったのは紙が安価に大量生産できるようになった江戸時代からという事も鑑みるに、折鶴は伝承折り紙*2の代表例と言っても過言ではないだろう。

 

「私もやってみたいのです!」

 

「じゃぁ、これどうぞ」

 

フォレアちゃんが興味津々な様子でそう言ってきたので、妖怪千代紙に追加で十枚くらい紙を出してもらって渡す。

それから見本となるようにあらためてゆっくり鶴を折っていく。

ちなみに千代紙は折り紙などに使われる柄付きの正方形の和紙のこと。

 

そちら(ミルラト神話圏)にはこういうの無いんですか?」

 

「都市部とか裕福なところならあるかも知れないけど、我が子達が(ラクル村で)やっているのは見た事ないかなぁ」

 

どうやらフェルドナ神は知らないらしい。

現世(元の世界)でも日本の折り紙ほど体系化されたものは滅多にないとはいえ、折り紙自体は日本以外にも存在している。*3

紙さえあれば出来てしまうため、紙を折ることで物の形を表現することを思いつくこと自体はそう難しくないからだ。

とはいえそれを芸術や文化の域にまで高めてしまったのは日本くらいのもののようだが。

 

「紙なんて高価なもの、遊びに使えるほどの余裕がある訳じゃないしね」

 

あー、そっか。

日本でも庶民に折り紙が浸透してきたのは紙の生産が容易になった江戸時代以降だ。

それ以前は一部の裕福層の遊びだったのである。

 

元々日本の折り紙は「儀礼折」という紙で物を包む際の礼法が元になっていると言われている。

冠婚葬祭などの儀礼的、礼法的な場面で手紙や物を包んだりする際の作法とされ、公家や武家社会の上流階級の間で使用されていたものそうだ。

たしかその辺を管轄していたのが伊勢家だったか。

他にもあったような気がするが、よく覚えていない。

 

儀礼折は現代ではほとんど廃れてしまったが、略式化されているとはいえ熨斗紙のように今に残っているものも存在する。

 

ミルラト神話圏にも紙はあるようだが、フェルドナ神が言うには高価なもののようだ。

とはいえ言ってはなんだが、フェルドナ神が主に信仰されているラクル村周辺はミルラト神話圏からみると田舎も田舎らしい。

現代ほど物流インフラの整っていないミルラト神話圏だと、田舎では高価でも都市部では使い捨て出来るほど安価という場合も珍しくなく逆もしかり。

というかミルラト神話圏には複数の国が存在しているので、地域差があってむしろ当然ではあるのだが。

 

たぶんルミナ神なら知っているだろう。

ミルラト神話圏全体を見聞きできる権能を持っているそうだし。

 

ちなみに日乃國(ヒノクニ)の方は紙の大量生産に成功していて、質を問わなければ庶民でも安価に紙を手に入れることができるそうだ。

そう言えば日乃國(ヒノクニ)って日本に似ているけど使っている紙は和紙じゃないんだよな。

日乃國(ヒノクニ)固有の植物を使っているからか、質感は和紙よりも洋紙に近い。

 

「うまく折れなかったのです」

 

「初めてにしてはなかなかのものだよ。じゃぁ、次はもっと簡単なのでやってみよっか」

 

「はいなのです!」

 

フォレアちゃんの初めての折鶴は折り目がズレて紙同士がしっかり重なっていなかったりと残念な見た目になってしまっていた。

しかしこのへんはもう慣れの問題でもある。

もう少し簡単な折り方で慣らしていけば、すぐに綺麗に折れるようになるだろう。

 

「フェルドナ神もどうです?」

 

「そうね。せっかくだし、やってみようかな」

 

と言っても何作ろうかね。

折鶴より簡単と言っても「さいふ」や「はしぶくろ」とか折ってもフォレアちゃんたちが求めているものとは違うだろうし。

 

とりあえず「鳩」にするか。

 

 

 

途中でおやつを持って来たミコトとコンも合流し、みんなで折り紙を楽しむ。

フォレアちゃんも多少慣れたようで、次第に綺麗に折る事が出来るようになってきた。

 

意外なのはフェルドナ神で、はじめてにも関わらず折るのが上手い。

これならもう少し難しいのでも大丈夫かも知れない。

 

「次は別の鳥にしてみましょうか」

 

一口に鳥と言ってもいろんな折り方が存在している。

枝に止まった姿の小鳥から、長い尾を引く伝説の鳥まで様々だ。

 

どれがいいか……ふくら雀にするかな。

 

ふくら雀は冬に見られるまん丸に膨らんだ可愛いらしい雀の事。

羽毛を膨らませることで空気の層を作り、寒さから身を護っている姿なのだ。

 

ふくら雀はそのまるまるとした姿から豊かさや繁栄の象徴として親しまれてきた。

『福良雀』あるいは『福来雀』と書かれることもあり、いずれも富や繁栄をもたらしてくれる縁起の良い鳥という意味だ。

もともと雀自体が『(わざわい)をついばむ』とされ、家内安全・一族繁栄の象徴である。

それが丸々太っているのだから、それだけ豊かで縁起がいいという訳だ。

 

ふくら雀には「食べ物に困らない」「豊かに暮らせる」ようにという願いが込められており、結納などでは「ふくら雀」と呼ばれる帯結びをしたりするそうな。

 

おりおり、おりおり。

ちょいちょいっと。

 

ほい、完成。

 

「かわいいのです」

 

フォレアちゃんが俺の折ったふくら雀を指でちょいちょいとつつく。

すると折り紙の筈のふくら雀はぶるぶると体を震わせたあと、翼を羽ばたかせて宙に舞い上がった。

 

「わっ!」

 

雀は驚いたフォレアちゃんの周りを何度か飛び回ると、元居た場所に戻ってくる。

 

何事かと思ったが、よく見たらコンが妖術で操っていたようだ。

画妖点睛(がようてんせい)のように意思を与えるものではなく、ただの念力の類のようだが。

 

「できたのだ」

 

「え? それどうなっているの?」

 

ミコトは何を折ったのかなと目を向ければ、二匹の折鶴が嘴と翼の先で繋がっていた。

連鶴の相生(あいおい)か。

 

連鶴は一枚の和紙に切り込みを入れることで複数の正方形を作り、それを折る事でできる複数の繋がった鶴のこと。

江戸時代後期には四十九種もの連鶴が記された『秘伝千羽鶴折形(ひでんせんばづるおりかた)』という本が発行されており、これが現存する世界最古の遊戯折り紙の本とされている。

その中にはなんと九十七羽もの鶴を一枚の紙から折る物もあるというから驚きだ。

 

切り込みをいれた部分の切り残しはなるべく少ない方が良いとされており、それが千切れないように折らなければならない分、高い技量が必要とされている。

 

 

 

その後も動物やら魚やらを折り紙で折っていく。

俺だけでかれこれ十は折ったか。

フォレアちゃんが色々と良い反応してくれるものだから、ついつい熱がこもってしまった。

おかげで未だにミコトが持ってきてくれたおやつに手を付けてない。

 

今この部屋はちょっとした動物園の様相を呈していた。

周囲には色とりどりの鳥たちが飛び回り、座卓の上を様々な動物が練り歩く。

池代わりの水色の紙の上では、何匹もの魚が元気に泳いでいた。

 

途中からコンが妖術を使って折り紙たちを動かし始めたのだ。

数が多いからか先の念力とは違い、あらかじめ設定した行動をさせるタイプの式神化に近い術のようだが。

先ほど折ったふくら雀も、俺の周囲をぴょこぴょこと動き回っている。

 

これにはフォレアちゃんやフェルドナ神にも好評のようで、途中から作る事よりも折り紙たちと戯れるほうにシフトしていった。

フォレアちゃんが何匹か持って帰れないかとコンに相談していたが、残念ながらこの術の持続時間はそう長くはないらしい。

持って帰ってもすぐにただの折り紙に戻ってしまうそうな。

 

ふと、一匹のカエルの折り紙が座卓の上を飛び跳ねていく。

そのカエルが丁度フェルドナ神の前に差し掛かり──

 

──ぴょん

 

「あむっ」

 

飛び跳ねたカエルにフェルドナ神が食いついた。

 

「はっ、ご、ごめん。つい」

 

本能的で反射的な行動だったらしく、慌てて口からカエル折り紙を吐き出すフェルドナ神。

そういえばフェルドナ神の神体であるミズキリ*4の主食の一つは蛙だったっけか。

 

恥ずかしそうに目線を逸らすフェルドナ神。

幸いにもそれを目撃したのは俺だけだったようで……いや、コンも気づいたようだが見なかったふりをしているっぽい。

 

「そ、そろそろおやつを食べましょうか」

 

俺は話題を逸らすべく、皿に乗せられた饅頭を一つ手に取った。

 

百重御殿は今日も平和です。

*1
日本刀に付属する小刀の柄、あるいは小刀そのもののこと

*2
古くから伝わる折り紙の作品

*3
ドイツとか

*4
ラクル村周辺に生息している異世界の蛇。ヒバカリに近い生態を持つ




七重(ななえ)(ひざ)八重(やえ)()る』

この上なく丁寧な態度でお詫びしたり頼みごとをしたりするさま。
二重にしか折れない筈の膝を七重に折り、更に八重にも折ろうとするほど丁寧だということ。


追記:どてちん30様、誤字報告ありがとうございます。

当小説においてどのパートが一番好ましいですか。

  • タケル視点の話
  • 他者視点の話
  • 一話で完結する話
  • どれが、というのはない
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