俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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遅くなりましたが、完結へ向けて頑張ります。


File No.45-1 『七日通る漆も手に取らねばかぶれぬ』

「呪」という字は、口が二つと(ひざまず)く人の姿から成り立っているとされている。

口の象形には祈りの言葉という意味があり、人が神の前で祈りの言葉を唱えているというのが「呪」という字なのだ。

 

故に、「呪」は祈り(願い)によって性質を変える。

 

悪意を、害意をもって祈れば「(のろ)い」となり、相手に災厄をもたらす。

 

慈愛を、愛念をもって祈れば「(まじな)い」となり、相手に恩恵をもたらす。

 

(のろ)い」と「(まじない)い」は本質的には同じものなのだ。

だからこそ、それらは容易く反転する……が、今回はあんまり関係ないので置いておこう。

 

そして人を(のろ)うのは人だけではない。

動物や妖怪、神だって(のろ)うときは(のろ)う。

理由の如何によっては「(たた)り」と呼ばれる場合もあるだろう。

 

それで、百重が言ってきた神に呪われた人間だが──

 

「いやー、助かったッスよ。道には迷うわ雨には降られるわで」

 

──身長1mくらいの二足歩行の猫だった。

想像しづらければ「長靴をはいた猫」の童話を想像してもらえれば分かりやすいだろうか。

全身ずぶ濡れなのは外が大雨だったせいだろう。

警戒させすぎない為にマヨイガ内にも雨を降らせて異界に入った事に気付かせないようにしているし。

普段はそこまでしないが、今回は状況が状況なのでね。

 

服装はミルラト神話圏では一般的なものだが、明らかにサイズがブカブカだ。

おそらくは(もと)の姿はもっと身長が高いと思われる。

 

彼女──見た目が完全に猫なので性別が分からないが、声の質的に多分女性だろう──は彼女を連れてきた宵桜から手渡された手ぬぐいを使って一生懸命に濡れた体毛を拭いている。

ミルラト神話圏にこれほどケモ度の高い獣人はいないそうなので、呪われた結果この姿になったとみるべきか。

そうなってまだ日が浅いのだろうことは、たどたどしく体を拭くその仕草から何となく見て取れる。

 

地球の神話や昔話にも人が動物に変えられる話は多く存在する。

有名どころだとギリシャ神話とかだろうか。

クモとかシカとかカエルとか、結構色々と変えられている。

 

ミルラト神話の神々にもそういった力を持つ神はいる。

例えばルミナ神は人を魚や蟹に変えることが出来るそうだ。

プロミネディス神は鳥にできるという話を聞いている。

フェルドナ神はそういう事は出来ないが、適性の関係でフェルドナ神より力の弱い神でもそういった事ができる神はいるそうな。

 

濡れた体をある程度拭き終えたあたりで、のっぽさんが風呂が沸いた事を伝えに来た。

妖怪風呂ならあっという間にお湯を沸かせられるわけだが、これも一つの演出だ。

 

彼女にはここが異界であることも俺が異界神(キツネツキ)であることもまだ伝えていない。

隣にいるコンも今は人間の姿だし。

これはこの後の状況次第では彼女をそのまま帰す事になるかもしれないからだ。

その場合、彼女はあくまで()()()()()()()()()()()屋敷で雨宿りをさせてもらっただけという(てい)にしなければならない。

 

彼女自身が自分で気づいたなら話は変わるが、そもそも彼女が異界神(キツネツキ)を知っているかもわからないし。

俺もそれなりに有名になってはいるそうだが、それ以上にミルラト神話圏は広く神々の数は多いのだ。

 

彼女は俺の提案というかたちで宵桜に連れられて風呂に向かっていった。

すごい感謝されたが、まぁあれだけ濡れて体を冷やしていたら風呂の一つにも入りたくなるだろう。

ミルラト神話圏にも入浴の文化はある。

地域にもよるが湯量が豊富なこともあって湯屋や温泉が結構多いのだ。

流石に個人宅にまで風呂がついていることは滅多にないが、大衆浴場で入浴を楽しむ一般層も多いのだとか。

 

それでコン、彼女の事情は読めた?

 

「うむ、あやつ自身は何の変哲もない村娘じゃな」

 

あ、やっぱり女性なんだ。

 

「ただ状況と行動力の高さが悪い意味で噛み合ってしまった。山菜取りの最中に雨に降られ、雨宿りをしておったら土砂崩れに巻き込まれたようじゃのぅ」

 

土砂崩れ!?

よく無事だったな、それ。

 

見たところ服は大分汚れていたが彼女自身に大きな怪我はなかったように思える。

余程運がよかったかあるいは……

 

「ああ、そこはその土地の神が助けてくれたようじゃな。ただ本人がそれを知覚できる訳でもなく、運が良かったと思い近くにあった古びた小屋のようなところに身を寄せるとそこが実はその神の社でのう」

 

聖域、下手すると神域にまで入っちゃったか。

 

「じゃな。既に人の手も入っておらんかったせいで大分古びてしまっていたようじゃから、使われていない山小屋か何かだと思って雨風を凌ぐために中に入ったようじゃな。しかしそこの神からすればせっかく助けてやったのに清めもせずに己の領域に踏み込もうとしてきたと感じてしまったんじゃろう」

 

それで(のろ)われちゃったのか。

 

「そして呪われた恐怖でその場から逃げ出し、雨の中を走り抜けてここに辿り着いたといった感じじゃな」

 

人の視点で考えれば彼女は別に悪くない。

それが最善だったかは別にして、生き残るための行動として間違ってはいない。

惜しむべきは知らなかった事、そして神の行いを認識できなかった事か。

 

神の視点で見れば(のろ)うというのもまぁ、わかる。

内容的にはそこまでしなくてもという気もしないではないが、フェルドナ神並に人間よりの神でもなければ(ばち)の一つくらいあてるだろう。

彼女にそのつもりは無かったとはいえ、恩をあだで返されたと感じてしまったのなら猶更だ。

 

総じて不幸な行き違いとみてよさそうだ。

それなら百重の()()()も叶えてあげられるだろう。

 

 

 

という訳なんで仲介をお願いできませんか?

 

『それは構いませんけど、何と言いますか律儀ですわね』

 

境界を調整して時間を進め、異世界(そと)では月が昇り始めた時間帯。

百重稲荷神社の一角にある末社(まっしゃ)から、ルミナ神に直通通信回線(ホットライン)を繋げる。

百重のお願いというのはこの件に関してルミナ神の承認を得る事だった。

 

というのも、この件にはミルラト神話圏の神が関わっている。

ここで俺たちが彼女の呪いを解いてあげた場合、呪いをかけた神の面子を潰す事になりかねない。

関係ない奴がしゃしゃり出てきて好き勝手する訳だから恨まれもするかも知れない。

そうなったところで今の俺達(キツネツキ)なら一蹴できるだけの力も立場もあるが、意味もなくミルラト神話圏に不信感を持たれる必要はないだろう。

 

そしてルミナ神を介した場合、自分の神話体系(ところ)の最高位の神からの執り成しがされたという事で一応の面子は保たれる。

何処のとも分からない神に勝手をされたのではなく、貴高神(きこうしん)の面子を立てて許してあげたというかたちになるからだ。

 

異世界(こちら)に来たばかりの頃のように何の知名度もない頃なら逆に問題なかったのだが、異界神(キツネツキ)としてミルラト神話圏に名が広まっているような立場にまでなるとこの辺も気を遣う。

誰とも知らぬ一般人が喧嘩をしたところでほとんどの人は気にもしないだろうが、有名人がそれをしたらニュースの一つにもなるだろう。

影響力が違いすぎるのだ。

 

ルミナ神には少し手間をかけさせてしまうが、あとで手作りケーキあたりを捧げておけば大丈夫だろう。

 

『少しお待ちなさいな』

 

そう言って(精神感応が来て)末社(まっしゃ)からルミナ神の気配が消える。

あの子に呪いをかけた神の元に向かったのだろう。

ルミナ神は月が出ているならばどこにでもすぐ移動できるらしいし。

 

 

 

待つことしばらく。

末社(まっしゃ)にルミナ神の気配が戻り、精神感応が届く。

 

『お待たせですわ。結論からいいますと、そちらで呪いを解く分には問題ありませんわよ』

 

それはありがたい。

あのくらいの呪いであればコンが解呪できるのは確認済みだ。

とはいえ今回は百重御殿の主としてマヨイガ妖怪を使った解呪になるが。

 

では呪いを解いたらその神にあの子から贖罪の供物を持って行かせましょう。

 

ミルラト神族へのお詫びの仕方は基本的にこれでよかったはずだ。

あの子の地元の神のようだし、けじめは必要だろう。

 

『それが無難ですわね。あの神も流石にやり過ぎたかと気にしていたようですし、贖罪に訪れた相手を無下にはしないでしょう』

 

ついカッとなって呪ったけど、今はもうそんなに怒ってないって感じだな。

そもそもその神は呪う前に土砂崩れからあの子を救ってるし、割と人間寄りな神なのかも知れない。

 

それから細かい内容をいくつか話し、直通通信回線(ホットライン)を終了する。

次にルミナ神が来るのは明後日の予定だそうなので、明日にでもケーキを作っておくか。

 

 

 

呪われた人間──彼女を迎え入れた宵桜(よいざくら)曰く、ミーシャと名乗ったそうだ──の湯浴みが終わり、居間に呼び寄せる。

服の方もマヨイガ妖怪たちの手によってすっかりと乾いていた。

 

こちら側で同席するのはコンとミコト。

それに彼女の出迎え役となった宵桜(よいざくら)

 

「なるほど、そんな事があったと」

 

「はいッス。自分でも何が何だか、気づいたらこんな姿になってたんッスよ」

 

今はミーシャさんから事のあらましを聞いていた。

案の定彼女には神の聖域へ踏み込んだという自覚は無かった。

 

雨宿りに立ち寄った小屋で得体の知れない何かの気配を感じ、直後にこの姿に変わってしまった事で恐ろしくなってその場から逃げ出したようだ。

多分その得体の知れない何かが怒った土地神なんだろう。

 

「うーん、見た感じ何らかの祟り(神罰)のように思えるね。その小屋、あるいは場所が神にとって重要なところだったのかも知れない」

 

「し、神罰ッスか!?」

 

ミーシャさんがそれに反応して声を上げる。

神罰は恐ろしいからね、仕方ないね。

 

「とはいえその程度で済んでいるのであればその神も怒りもそこまでではないだろう。君を呪った事で気は済んでいる筈だ」

 

動物に姿を変えられたのにその程度とはどういう事かと思うかもしれないが、()()()()()()()()()()という時点でかなり罰が軽いのだ。

もし本気で怒り狂っていたなら良くて彼女の一族、悪ければそこに住む人間の全員に神罰が下っていただろう。

 

「主様ぁ、ミーシャちゃんの呪いを解いてあげてもらえないかしらぁ」

 

「私がかい?」

 

宵桜(よいざくら)のお願いに俺は渋るような態度をとる。

彼女の呪いを解いてあげるのは既に決定事項だが、誰にでも簡単にほいほいやってあげる訳ではないというポーズである。

呪われた彼女に対してではなく呪った神への、あるいは今後彼女の話を聞くかもしれない人間への。

 

「人間に戻れるんッスか!?」

 

「まぁ、私なら可能だけれど」

 

「お願いするッス! 何でもするッスから! こんな姿じゃ家にも帰れない」

 

何でもするなんて簡単に言ってはいけないぞ。

ましてや妖怪や神相手には特に。

 

「雨が上がったら神罰を下した神の元へ赴き、供物を捧げなさい。それが条件です」

 

「ッ! はいッス!」

 

 

 

先も言った通り、彼女の呪いを解くのにはマヨイガ妖怪を使う。

 

流し雛*1というものをご存知だろうか。

雛祭の原型となったとされるこの行事は人型(ひとがた)に罪穢れを撫で移し、川や海に流す事で祓うというものである。

人型(ひとがた)は主に紙や土、木などで作られ、地域によっては水に流すのではなく祠に納めて正月に焼くという場合もある。

 

この行事は細部は違えど日本のいたるところで見られ、人々は人型(ひとがた)に厄を移して流す事で無病息災を願った。

そう、「雛」には身代わりとしての性質があるのだ。

 

そしてそこから発展した雛人形にも、その性質は受け継がれている。

 

雛人形のマヨイガ妖怪である抱雛(かかえびな)は、厄や穢れはおろか(やまい)や呪い、果ては条件が揃えば生贄の身代わりにすらなれる破格の性能を持っている。

しかも使用後は一定期間ののちにまっさらな状態で百重御殿に再出現するという出鱈目っぷりだ。

流石に人間相手にしか使えないという弱点はあるが、人間と認識できるならば異世界人や人間に化けた妖怪にも使えると結構融通はきく。

以前の生贄となっていた水牛人の少女の時も、洪水云々さえなければ抱雛(かかえびな)を渡して終わりの予定だったのだ。

 

俺が異世界に来て未知の病気の心配をしていなかったのも、──ある程度ならコンが治せてしまうというのもあるが──抱雛(かかえびな)を始めとした(やまい)をどうにかできるマヨイガ妖怪たちが居たからというのが大きい。

 

とはいえ実は完全にノーリスクという訳ではないので頻用は出来ないが、彼女に使うのはこれが最初で最後だろうから問題ないだろう。

 

ミコトに抱雛(かかえびな)を持ってきてもらい、ミーシャさんの前に置く。

すると抱雛(かかえびな)は突然動き出し、畳に座っているミーシャさんの膝の上に立ってその体を撫でまわし始めた。

 

その光景に彼女は目を剥いて驚いていたが、どうにか声を上げる事だけは堪えたようだ。

そうだよね、突然人形が動き出したら驚くよね。

 

そんな彼女とは裏腹に、抱雛(かかえびな)は表情一つ変えずに呪いを自身に移していく。

抱雛(かかえびな)がその手をひと撫でするごとにミーシャさんは人間の姿を取り戻していき、抱雛(かかえびな)の姿が獣のように変わっていった。

そして十ほど撫でた頃、ミーシャさんはすっかり人間の姿に戻ったのであった。

 

 

 

 

 

「とまぁ、そんな感じで呪いを解いたあと彼女を帰しました。呪いを移した人形は百重御殿(こちら)の川に流したのでミルラト神話圏には出していませんよ」

 

百重御殿の川は境界で外の世界の川と繋がっているが、あえて境界を通さずに流すと()()()()()()()()()()んだよね。

こわいこわい。

 

後日、百重御殿にやって来たルミナ神に対して事のあらましを説明する。

この件はルミナ神にも助力してもらったからちゃんと報告はしないとね。

 

「無事に終わったのでしたら何よりですわ。こちらの方でも彼女がきちんと件の神の祠に贖罪に訪れ許されたことは確認しています。もっとも、これはタケルさんの方でも見ていたでしょうが」

 

ええ、念のため面霊気達を派遣して確認しています。

これには事故で迷い込んだようなもので祠の場所が分かんなくなっている恐れもあったから、いざという時の案内役という意味もあった。

とはいえあまり祠に近づきすぎる(勝手に聖域に入り込む)訳にもいかなかったから詳しい内容は不明だったので確証が取れたことはありがたい。

 

「これでこの件はお仕舞い。ふふ、ケーキ一つ儲けましたわ」

 

さして手間でも無かったとでも言うように、ルミナ神は菓子をつまみながら笑う。

実際にルミナ神にとっては大したことではなかったのだろう。

とはいえ彼女は一つの神話体系の頂点クラスにいる神だからなぁ。

普通はケーキ一つで動いてくれるような存在ではない。

 

「ところで、今日は一つ朗報がありましてよ」

 

「朗報ですか?」

 

『ほう?』

 

隣にいたコンが目を細める。

神目線での好事(こうじ)・名誉が人間からしたら余計なお世話を通り越して害悪とか普通にあるからな。

流石にルミナ神なら大丈夫だろうけど、守護狐であるコンとしては気になるのだろう。

ルミナ神もそれは分かっているから特に気にした風もなく話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異界神キツネツキの神社、最低限必要な部分はという条件付きではありますが一先ずの完成を見ました。────いつでも降臨できますわよ」

 

*1
雛流し、雛送りともいう。




七日(なぬか)通る(うるし)も手に取らねばかぶれぬ』

何事も関わらなければそれによって害を受ける事もないという例え。
触ればかぶれる漆の木も、触らなければかぶれない。
類句に「触らぬ神に祟りなし」などがある。

なお、神(物事)の方から向かってくる場合もあるので注意。
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