俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.46-2 異界神の神子 エルラの記憶

異界神(キツネツキ)、メヌスの月の満月の夜に降臨す。

 

ルミナ様からそう神託を受け、私たちはこのイナリアの地で準備を進めてきた。

ミルラトの神々とは違う様式の神殿に、全く新しい礼拝の方法。

戸惑う事も多かった。

伝達の不備で出来たものがキツネツキ様の望まれていたものと異なっていて作り直しになった事も一度や二度ではない。

未完成の建物はいまだ数多く、職人たちの声が止むことのない日が続いている。

 

それでも、キツネツキ様は降臨される。

この神託に私を含めて胸をなでおろした関係者は多かった。

一先ずは降臨に足りるものになったとキツネツキ様に評されたということだったから。

 

降臨の時刻は月が最も高く上った時。

夜が更けてからなのはルミナ様の御友神(ゆうじん)であられるからか。

あるいは異界という場所が夜に関わりのあるものなのか。

私がそこに辿り着いた時も、確か夜だった。

 

 

 

神官たちとの打ち合わせを終えて神殿から出てくると、門の先に兄さまの姿を見つける。

人足(にんそく)達を指揮し、ミシロキツネの石像を取り付けているようだ。

その近くには兄さまの師たるオウロ氏の姿も見える。

降臨の日までには必ず間に合わせると言っていた最後の石像が、ようやく納得のいく出来になったのか。

正直、間に合わないんじゃないかとハラハラしていた。

 

私の二つ上の兄であるラシェロ兄さまは、ある日突然彫刻家になると言って家を飛び出した。

お父様もそれを許しはしたものの、彫刻など今までやった事も無かったラシェロ兄さまではすぐに根をあげて帰ってくるだろうと思っていたそうだ。

それがあれよあれよという間に名匠と謳われるオウロ氏への弟子入りの話が決まり、いつの間にかキツネツキ様から神器まで授かって、キツネツキ様の神像をオウロ氏と合作で彫り上げたという。

 

今、その神像は神託によりキツネツキ様の御神体として神殿の奥に安置されている。

我が兄の事ながらまったく信じられない話だが、兄さまの話にでてくる異界の様子は私の知るものと相違ない。

神託まで下された石像のことを鑑みるに、兄さまが神器を授かったこともこの神像を彫った事も本当なのだろう。

 

そんな突拍子もない事をしでかした兄さまだけど、オウロ氏とともにキツネツキ様に謁見を許され神器を授かったという事実は大きい。

神殿のミシロキツネの石像は全て自分達の手で作るという兄さまのわがままに、数いる彫刻家達が内心はともかく誰も不満を口にしなかったくらいには。

 

 

 

邪魔しては悪いと思い、自分にあてがわれている屋敷の方へ足を向ける。

道中では「肉まん」という料理を出す屋台の店員が呼び込みをしていた。

神殿の周りでは様々な屋台が並ぶことは珍しくないが、この神殿においては「肉まん」の屋台は特別でもあった。

 

なんでも肉まんの考案者はキツネツキ様に謁見を許され、神器と共に特別な供物のレシピを授かったのだとか。

その供物の作り方に着想を得て、神器によって作られた料理がこの肉まんなのだそうな。

 

つまり起源を辿ればキツネツキ様に行きつくということ。

 

オムライスやカステラのような異界の料理ともまた違う、人がキツネツキ様()と食事を共にするための供物(料理)だった。

なんとルミナ様の神託を通してではあるもののキツネツキ様より味の感想と助言が伝えられたそうで、考案者は驚きのあまり気を失ってしまったと聞いている。

いったいどのような方なのだろうか。

 

 

 

元気な声を上げて接客をする水牛人の少女から肉まんを買い、屋敷に戻ってくる。

午後からはフェルドナ神の神子であるルアという方との会談が控えている。

私より二つほど年上だそうで、祭神であるフェルドナ神の名代として降臨の儀に参列される。

その為に遥か東から遥々とお越しくださったのだ。

新人の神子として、先達である彼女には色々と教えを請いたいと思う。

 

フェルドナ神と言えばキツネツキ様から奇跡の作物(サツマイモ)を授かり、人々を飢えから救った偉大な神だ。

その活躍は演劇となってここイナリアでも度々上演され人気を博している。

かくいう私もお父様にせがんで何度も見に行ったものだ。

最近ではそれを描いた絵本が市井に出回っているとも聞いている。

 

その娘であるフォレア神の神名もまた、ここ最近聞くことが増えた。

フェルドナ神が飢えから人々を救った神ならば、フォレア神は厳寒から人々を救うコタツの神。

我が家(ドグラムア家)にもさっそく導入したが、あれはいいものだ。

一度入るとなかなか抜け出せなくなるのが玉に瑕だが。

 

そう言えば、と思い神子装束の収められた箱を開く。

他の神々の神子たちのものとは違う、独特な意匠が施された(ころも)

何処となく記憶の中の眷属神(テンコ神)の神衣を思い起こさせるそれは、実家でも見た事が無いほど美しい布で作られていた。

 

この布を織ったのはフェルドナ神の神殿の近くに住むフクロウなのだという。

そんな唄が、吟遊詩人の間で謳われている。

 

あくまで童謡、面白おかしく語られる御伽噺(おとぎばなし)

だけど、もし本当にそうだったとしても納得してしまえるだけのものだった。

 

窓の外を見る。

沢山の人がキツネツキ様の降臨を前にあわただしく働いている。

 

降臨の儀、必ず成功させよう。

改めて、そう誓う。

 

 

 

 

 

時は流れ、降臨の日当日。

 

夜の帳は疾うに降り、月明りが神殿を照らす。

普段は人の姿が消える時間にも関わらず神の降臨に備えて、あるいはその奇跡を一目でも見ようと思ってか、多くの人間がここに集っていた。

 

神殿に続く道には篝火を持った神官たちが並び、キツネツキ様を迎えるべくその時を待つ。

人々は異様なほどの熱気に包まれながら、されど誰一人として口を開く者がいない。

 

皆、その時が来たことを理解していたのだ。

 

ふと気配を感じ、空を見上げる。

そこにあるのは闇に散らばる星々と一片の欠けもない月の姿。

 

いえ、そこに何かがいる。

満月を背に、月光に照らされて何かが降りてくる。

 

少しすると、その姿がはっきりと見えるほどに近づいてきた。

それは、船だった。

天を駆ける、船だった。

 

プロミネディス神の神殿に描かれた太陽を運ぶ船とも、ルミナ様の夜風を吹かす船とも、ましてやこの国の人々が海川に浮かべる船とも違う。

初めて見る意匠のはずなのに、どこか懐かしい雰囲気を感じる。

 

ああ、そうか。

あの船は、キツネツキ様の船だ。

 

船が神殿の敷地の周りをぐるりと一周する。

すると途端に周囲が騒がしくなった。

さっきまでの静寂が嘘のようだ。

 

どうやら空飛ぶ船に何事かと驚いているようだ。

船が近づいた事で多くの人が気づいたのだろう。

 

神子として、あれはキツネツキ様の船であるから鎮まるようにと指図(さしず)する。

 

船は参道の方へ降りてくると、甲板から誰か──おそらくキツネツキ様だと思うが、距離があるので確証が持てない──が降り立つ。

両隣に立つのはテンコ様とメグリヒモク様だろう。

その後ろを、幾人かの人間と無数の異形の群れが続く。

 

百鬼夜行。

異界では夜に配下の化生(けしょう)達を率いて練り歩くことをそう呼ぶそうだ。

 

やがてゆっくりと門に到達した化生たちは、その歩みを止めた。

それでも尚距離があり、どのような化生なのかはよく分からない。

なんとか判別できるのは人の倍はあろうかという巨大な鎧や人の顔がついた馬車、おそらく手足の生えた傘、顔が鏡のようになっている背の高い者。

そして人のような姿をした、仮面をつけたミシロキツネ達。

 

あとで化生たちの姿を描き止めさせておかなければ。

流石にこんな多種多様な眷属がいるのは想定外。

その容姿から思うに、彼らはもしやキツネツキ様の神器なのでは?

もしかして、私の神器(短剣)もあんな感じに変じられるのだろうか。

 

胸に下げた短剣に触れてみるが、べつに動いたりはしなかった。

 

化生達と一緒に歩みを止めた人達──たぶんあの方たちも人間ではないんだろうな──をよそにキツネツキ様とテンコ様、メグリヒモク様の三柱だけが進み出る。

そしてそのまま私の前を通り過ぎ、神殿の中に入っていった。

 

キツネツキ様方が神殿にあがられると、私は事前の打ち合わせ通りにその後を追う。

幣殿(へいでん)と呼ばれる場所までたどり着くと、御神体の置かれている本殿におられた三柱はこちらに向き直す。

 

祈りの歌を(うた)う。

 

それは誓い。

それは願い。

 

信仰を捧げ、御力を乞う。

 

(かむ)ながら守り(たま)い、(さきわ)(たま)え。

 

詠い終えると、キツネツキ様が口を開く。

 

「我ら三柱、ここに降臨せし。汝、神子となりて我が意あまねく広めよ。我が神名、キツネツキ。またの名をコトツカノツクモ(なり)

 

凛とした表情で言葉を紡がれるキツネツキ様。

それに続いてメグリヒモク様とテンコ様も神名を告げられる。

 

「さて、かっこつけはこれでお仕舞い。面と向かって話すのは君が私の神域に来た時以来になるか。大変な役目を押し付けることになってしまったけど、これからよろしくね」

 

そしていきなり砕けた態度になるキツネツキ様。

かつて私が異界に訪れた時も、このような気安い態度で接してくれた。

これがキツネツキ様の気性なのか、それとも気をほぐすためのあえてなのか。

 

「はい、精一杯務めさせていただきます」

 

そう言った私に、キツネツキ様は笑いかける。

あの時に見た、私を認めて下さったときと同じ微笑みだった。

 

 

 

 

 

三柱の居られる部屋の扉が独りでに閉じ、しばらくして再び開く。

部屋の中は御神体のみが佇んでいて、三柱の姿はどこにもなかった。

きっと居られるべき場所へ、あの異界へと戻られたのだろう。

 

しかし、今までと違いキツネツキ様は降臨された。

これからは依り代である御神体を通して、私たちの祈りは確実にキツネツキ様に届く。

 

事前の予定通り再び扉を閉じ、神殿を出る。

すると外は俄かに騒がしくなっていた。

近づいてきた補佐の神官によると、あの空飛ぶ船や異形の者達が一斉に闇夜に溶けるように消えていったそうだ。

 

神託では降臨が成れば配下の者達もすぐに帰還するという話だったはず。

異界に帰るのを外から見るとそんな風に見えるのか。

 

事情を把握した私は、キツネツキ様の神子としてこの場を収める為に歩み出すのだった。

 

 

 

 

 

きっと私はこの命尽きるその時まで、今日という日の事を忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて悪魔憑きだった私が、キツネツキ様に救われたあの日のように。

 




次回、エピローグ。

……今年中に投稿できるか?(ZAとエアライダーやりながら)
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