「……なぁ、オルコット」
「な、何でもありませんわ!」
駄目だ、全く教えてくれない。
「そ、それより五十嵐さん!? もう夕食は召し上がりましたの!?」
あからさまに話を変えられたが……確かにまだ食っていないな。
首を横に振れば何故かオルコットは先程と同じくらい、いやそれ以上に真剣な表情で俺に尋ねて来る。
「もし五十嵐さんが宜しければ……ゆ、夕食をご一緒に如何ですか? その、確か五十嵐さんはまだ食堂に行った事が無い筈ですし……」
「……確かにそうだな」
昼は購買、朝はホテルから学園に向かって来る時に適当に買ったものを食っただけ。
また購買でも良いが、一人で食うより誰かと一緒に食う方が良いかもしれないな。
「わかった、なら一緒に行っても良いか?」
「っ……はい! 是非!」
何やら嬉しそうだが……いや、そういえばオルコットも昼に屋上で一人だったな。
オルコットも俺と同じ考えなんだろうか?
「では早速行きましょう!」
立ち上がるオルコットに俺も続き、食堂に向かう為に部屋から出た。
「……えっ? い、五十嵐君に、オルコットさん……?」
鍵を掛けたと同時に後ろから掛かる声、そちらに振り向けば相川と見覚えの無い二人の女が何やら驚いた表情で立っていた。
「相川か、どうかしたか?」
「え、あの、五十嵐君こそどうして?」
「放課後に急に言われて今日からこの寮に住む事になった」
「そ、そうじゃ無くて……どうしてオルコットさんが五十嵐君の部屋から?」
その言葉に相川が何を考えたのか漸く理解した。
確かに男の俺の部屋からオルコットが出てくれば変な誤解を生む。
横目でオルコットを見れば何故か頬を赤らめて俯いている……面倒だが、俺が説明するしか無いか。
「少し話をする為に俺が部屋に入れただけだ、今度の試合に関する事でな」
「ほ、本当にそれだけ?」
「……しつこいぞ、それだけだと言ってるだろ?」
「あ、ごめんなさい! ちょっと驚いちゃって……」
全く、幾ら何でも初日からそんな問題を起こす馬鹿がいる筈が……。
「さっきも織斑君がバスタオル姿で木刀を振り回している女子に追いかけられてたから、もしかして五十嵐君も何かしたのかと思って……」
……前言撤回、一人いたな、馬鹿が。
というか何をすればそんな状況になるんだ? 全くもって理解出来ない。
「あ、それより五十嵐君もご飯食べに行くの? 良かったら私達と一緒にどうかな?」
「俺は構わないが……オルコット、どうする?」
そうオルコットに尋ねると何故か返事が無い。
不思議に思い視線を向ければ、蒼い瞳が何やら俺を睨んでいた……頬を膨らませて唸りながら。
何故だ?
「……オルコット、どうした?」
「別に、何でもありませんわ」
「いや、どう見ても何でも無いという様には見えないんだが?」
「随分と仲が良い様ですから、私は放っておいてその方達と食べたら宜しいのではなくて?」
「……何を言ってるんだ?」
「えっ?」
「先に食事に誘ってくれたのはオルコットで、俺はオルコットに誘われたから食堂に行こうと思ったんだが?」
「……ふぇっ?」
「もしオルコットが嫌だと言うのなら相川の誘いは断る、そもそも俺はオルコットと一緒に食いたいんだが……駄目か?」
「えっ、あの……あぅ……」
顔を耳まで真っ赤にして固まるオルコット、そんなオルコットと俺を相川達が何故か羨望の眼差しで見て来る。
「……その、ご一緒しても、宜しいですわ」
「そうか、ありがとう……なら相川、一緒に良いか?」
「……え? あ、う、うん! 勿論良いよ!」
我に返った相川達と共に、食堂へと向かった。
食堂に入ると、ほぼ全員の視線が俺に一斉に集まった。
その視線を面倒に思いつつ、券売機に並んでメニューを眺める。
……流石はIS学園だな、世界中から学生が集まるからメニューの種類もかなり豊富だ。
食券を買い、カウンターで年配の女に渡す。
その際無料で大盛に出来ると聞いて迷わず大盛にする。
大盛にするのに値段が変わらないのはありがたい、入学するにあたり学費は全額束が払ってくれており、それとは別に食事等の生活費として口座を作って俺に渡してきたのだが……如何せん、あいつの金銭感覚は常人とは違っている。
口座にはゼロが七つ程多い金額が入っており、こんなに貰う訳にはいかないと訴えたのだが束は聞く耳を持たずに無理矢理渡して来たのだ。
確かに学生で収入は無く、その金を使わなければならないのだが、いずれ返す為にも無駄遣いは避けなければならない。
そんな考え事をしている内にトレイに乗った料理を渡され、そのまま全員で座れる席を見付けて席に着いた。
「そういえば五十嵐君、私は自己紹介したけど二人とは話した事も無いよね?」
「そうだな……五十嵐悠人だ」
「あ、えっと、鏡ナギです。 宜しくお願いします」
「私は布仏本音だよ~宜しくね~?」
二人共教室で姿だけなら見たが改めて自己紹介をした。
鏡は何とも大人しい奴で、布仏は……不思議な空気を纏っている。
「オルコットさんはさっきの事もあったし大丈夫だよね?」
「え、えぇ、大丈夫ですわ」
さっきの事? 何かあったのか?
「それなら良かった……それにしても五十嵐君、本当に凄い量だね」
四人の目が俺の食事に向けられる。
俺が頼んだのは唐揚げ定食、湯気が立ち香ばしい香りが食欲を誘う。
だが大盛にしたが、まさかご飯だけで無く味噌汁にサラダ、唐揚げと全てが大盛になるとは思わなかったな。
「た、食べきれるんですの?」
「問題無いな、普段食う量とそこまで変わらない」
手を合わせ、早速食べ始める。
うん、購買といい食堂といい、味付けが素晴らしいな。
「……何か、五十嵐君って思ってた人と違うんだね?」
向かいに座る鏡の言葉に、他の三人が同意している。
「それは私も思ったんだよね、ちゃんとお礼言ってくれるし、優しいし」
「……そうですわね、とても優しいですわ」
「あれ~? セシリー何かあったの~? 怪しい~」
「セ、セシリー……? それは、私の事ですの?」
「そうだよ~可愛いでしょセシリー」
「えぇっ……」
「それからね~五十嵐君はゆうゆう~」
「……あぁ?」
「だからゆうゆう~可愛いでしょ~?」
「……はぁ、好きにしろ」
「わーい! 宜しくねゆうゆう~!」
まるで珍獣扱いをされている気がするが、恐らくこいつには何を言っても無駄なんだろう。
先程から相川と鏡が何も言わずに苦笑いをしている事からそれが伺える。
諦めて食事を再開する。
「ああああああっ!?」
食堂に、誰かの大声が響き渡った。
全員がカウンターの方を驚いた表情で見ており、俺達もそれに習って視線を向ければそこには馬鹿……織斑の姿があった。
何をそんな大声を上げているんだ? そう思っていると何やら織斑は俺の方へと真っ直ぐ向かって来る。
「おい悠人! どういう事だよ!?」
「……何がだ?」
「何で食堂に来るのに教えてくれなかったんだよ!? 昼間は用事があるって言うから我慢したのに!」
「明日以降ならと言ったが?」
「でも今日来るなら教えてくれれば良かっただろ!?」
教えるも何も、別に約束した覚えは無いんだがな。
相手をするのを面倒に思って来た所で、隣に座るオルコットが立ち上がって織斑に立ち憚る。
「ちょっと貴方、五十嵐さんが困っていますわ、それにここで騒ぐと利用している他の方達にも迷惑が掛かります」
すると織斑が視線を俺からオルコットに変えた。
「……何だよ、男だからって散々な言い様で、日本をあれだけ馬鹿にしてた癖に何で悠人と一緒にいるんだよ?」
「それは……本当に、申し訳無い事を言ってしまいましたわ。 ですが五十嵐さんに言われて、皆さんに誠心誠意謝罪しましたの」
「そ、そうだよ織斑君! オルコットさんはわざわざ放課後にクラスの皆の部屋を回ってきちんと謝ってくれたんだよ!?」
成る程、さっき言ってたのはその事だったのか……恐らく俺が束と会い、職員室に行っていた時か。
相川からの言葉に織斑は罰の悪そうな表情を浮かべたが、直ぐに元に戻る。
「皆に謝ったのに、俺は謝られて無いけど?」
「そ、それは……」
「結局、男だからって内心まだ馬鹿にしてるんじゃ無いのか?」
その言葉に反論しようとするオルコットだが、何も言えずに俯く事しか出来ない。
我慢の限界だ……それに、オルコットのこんな表情、見たく無い。
「織斑、そこまでにしておけよ」
オルコットと織斑の間に割って入る様に立ち、オルコットを後ろに庇う様にする。
「ゆ、悠人……?」
「……オルコットは他の奴らにはもう謝って和解した、それなのにあの話を引き合いに出す必要があるのか? それにお前は謝られていないと言っているが、その原因は俺だ。 オルコットに謝罪は試合が終わった後に聞くと、それまでは気負う事無く正々堂々と、あの時の気迫を持って勝負をする様に言ったんだ」
「……えっ?」
「オルコットに非は無い、だがそれでお前が不快に思っているというのなら俺が代わりに頭を下げよう」
「ま、待ってくれよ! 悠人は何も悪く無いだろ!?」
慌てる織斑、後ろに立つオルコットも不安そうに俺の服を握って来る。
「なら、これ以上オルコットに噛み付く必要は無いだろ? 俺は構わないが、オルコットの言う通り食堂にいる他の奴らに迷惑が掛かる」
俺の言葉に漸く織斑は周りの状況に気付いた。
全員が食事の手を止め、一言も話す事無く俺達の方を心配そうに見つめている事に。
「あ……」
「……言ってる事、わかるな?」
止めの言葉に、織斑は目を伏せて深く頭を下げた。
「……ごめん、つい剥きになってた。 皆も……オルコットさんも、悪かった。 ちょっと頭冷やして来るよ……」
「あぁ、そうして来い」
もう一度頭を下げると、織斑は食堂から立ち去った。
その後ろ姿を見送っていると、掴まれていた服を軽く引かれる。
視線を向ければ不安そうな表情のオルコットが。
「五十嵐さん……私……」
「気にする必要は無い、あいつも虫の居所が悪かっただけだろ。 それにオルコットがあいつが言った様な事を考えている筈は無いとわかっているからな」
安心させる様にそう伝えれば、オルコットは静かに頷いた。
「や、やだ、格好良い……」
「あんな風に……」
「守られたい……」
「クールな紳士、良い……!」
食堂のざわつきが戻ったかと思えば、何やら俺の事を言ってるらしい……正直、喧しい。
「……はぁ」
溜め息を吐きつつ、これ以上冷めない内に食べてしまおうと席に戻る。
「五十嵐君……格好良い……!」
「……は?」
「あの、えっと、格好良かったです……!」
「……あ?」
「ゆうゆう凄いね~! まるでお姫様を守る
「……あぁ?」
目の前の三人から好き放題言われ、思わず顔をしかめてしまう。
好き勝手言ってるが、俺は別に何も……。
「あ、あの、五十嵐さん……」
「ん?」
「その、ありがとうございました……」
突然礼を言われ、首を傾げてしまう。
「別に礼を言われる事はしていないが?」
「そんな事ありませんわ、布仏さんも仰いましたが、本当に
「そんな事無い、俺はただオルコットの困っている姿を見たく無かっただけだ」
「……えっ?」
固まるオルコット、そして向かいに座る三人。
……しまった、今のは口が滑った、流石に恥ずかしい。
残っていた食事を詰め込み、手を合わせる。
「ご馳走さまでした」
「「「「早っ!?」」」」
「悪いが先に部屋に戻る」
それだけ伝え、俺は四人に背を向けるのだった。
食堂から出て早足で自室へと向かいながら、俺は先程の失言について考えていた。
オルコットが困っていた、その表情を見て、真っ先に思い浮かんだのは見たく無いというものだった。
何故、そんな事を思ったのか。
思えば、初めてオルコットを見た時からおかしかった。
思わず目が離せなかった、気が付いたら目で追ってしまっていた、沈んだ表情を見たく無かった、あの優しい笑顔を浮かべて欲しいと思った。
オルコットの事が、頭から離れなかった。
これは……?
その感情が何なのかわからず、混乱しながら部屋へと戻るのだった。