「ん……くぁ……」
我慢しようとしているにも関わらず、無情にも欠伸が漏れる。
昨晩、寝ようとしても中々眠れずにいた為に少々寝不足だ。
しかし寝不足だからと言っても何の言い訳にもならない。
場所から寮の外、ジャージに着替えて以前から毎日の日課にしている早朝のトレーニングをする。
トレーニングと言っても柔軟とランニング、そして筋トレだが。
この学園の敷地は中々に広く、調べた限りでは普段走る距離と敷地の外周の距離はほぼ一緒だった。
しっかりと柔軟を済ませ、早速走り出した。
「ふぅ……」
ランニングと筋トレを終え、寮の入口へと戻って来る。
坂が幾つもあり、これから毎日走る事になるが中々悪くないコースだった。
それにこの時間から出歩く奴はいない様で、静かに自分のペースで進める事が出来るのも良いな……。
そのまま部屋に戻る為に廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある黒髪の女が歩いて来た。
確かあいつは、織斑と話をしていた……。
向こうも俺に気付いた様で、近くまで来ると立ち止まって俺を見上げて来た。
「確か、五十嵐……だったか?」
「あぁ、そうだが?」
「まだ早朝だが、服装を見るに鍛練をしていたのか?」
「……あぁ」
俺の言葉に、何故か女は嬉しそうに微笑みながら腕を組んだ。
「うん、良い心掛けだな、毎日の鍛練は己の成長に繋がる。 一夏にも見習って欲しいものだ」
……随分と上から目線だな、こいつ。
「……悪いが、名前を覚えていないんだが?」
「む、それはすまなかった。 私は同じクラスの篠ノ之箒だ」
「何?」
篠ノ之、箒……まさか、こいつは……。
「……束の、妹なのか?」
あの時、束が言っていたこの学園が価値のある場所だと言っていた時、織斑達の名前の他に箒と言っていた。
束の妹、血の繋がった本当の肉親の筈……だが、何故束は俺と暮らしている時にその話題を出さなかった?
同じ学園になったのならば、昨日来た時に話しても良い筈だ。
それなのに、妹の存在すら話題に出す事は無かった……何故……?
「……あの人の名前を出すのは、やめてくれ」
束の名前を出した途端、まるで忌々しいものを聞いた様にこいつの表情ががらりと変わった。
その表情に、俺の中で何かが沸々と込み上げ始める。
「……何故だ?」
「あの人のせいで、私達家族はばらばらになったんだぞ? それなのにあの人は一人で消えて行方知れず、どうせ私達家族の事なんてどうでも良いのだろう。 家族よりも、自分の作ったISの方が大事なんだろうさ」
込み上げて来るものが、段々と大きくなって行く。
しかし、こいつはそれに気付かずに話し続けた。
「初めから家族の事なんてどうでも良かったのだろう、あの人は所詮そういう人だ。 人の皮を被った何かと言われているが、正にその通りだ……人の感情なんて持ち合わせてなんかいない、機械にしか心を開かないんだろうさ」
やめろ……それ以上、何も言うな……。
「何が天才だ……作ったのは只の兵器じゃないか、その兵器のせいで世界中がおかしくなったじゃないか……」
やめろ……。
「どうせ、今のこの世界を見ながら笑っているんだろう、自分が何を仕出かしたのか理解もせずに、何の罪悪感も抱かずにな……」
込み上げていたものが、決壊した。
「はぁ、すまないな、お前にこんな事を言っても意味が無い、仕方ないものだった」
そう言って俺を見てくるが、俺は何も答えなかった。
不審に思ったのか再度見上げて来た篠ノ之に、俺は口を開いた。
「……ふざけるなよ」
「えっ?」
「……随分と偉いんだな、お前は」
「な、何だ急に!?」
「人の感情なんて持ち合わせていない? 機械にしか心を開かない? 罪悪感を抱いていない? ふざけた事を抜かすんじゃねぇぞ」
戸惑いを隠せない表情を浮かべる篠ノ之、しかし俺は止めるつもりは無かった……いや、止められなかった。
「作ったのは兵器? 違う、あいつがISを作ったのは兵器としてじゃ無い……空へ、宇宙へと行く夢を叶える為だ。 それを勝手に兵器として定義付けたのはこの世界だろうが」
時折見せた、悲哀に満ちた束の表情が頭を過る。
「家族がばらばら? 死に別れた訳じゃ、もう二度と会えない訳じゃ無いんだろう? なら俺は、クロはどうなる? 家族の顔すら覚えていない俺は、生まれた時から家族すらいなかったクロはどうなるんだ? あいつが、束がいなかったら俺は、俺達は死んでいたんだぞ……!?」
無意識に、声を荒げてしまった。
「な、何を……」
「言っておくが、束がお前達家族の前から姿を消したのは理由があっての事だ! それを知らず、知ろうともせずに、勝手な物言いをするな! 血の繋がった肉親を理解しようともせずに勝手に自分だけが被害者面しているお前が……!」
そこで、微かに残っていた理性で言葉を飲み込む。
駄目だ、ここでこれ以上感情的になるな……所詮、こいつに何を言っても無駄だ。
それに、これ以上こいつを見ていれば手を上げずにいられる自信が無い。
「……二度と俺に話し掛けるな、虫酸が走る」
怯え、固まる篠ノ之から視線を外して横を通り過ぎる。
そのまま廊下を進み、部屋へと向かって歩き出した。
何かを言おうとしていた様に見えたが、聞く耳すら持ちたく無い。
荒れ狂う感情を圧し殺し、俺は部屋へと戻った。