「い、五十嵐さん? 今晩は、その……凄い量ですのね……?」
アリーナでの特訓を終えてから同じ面子で食堂で食べていると、隣に座るオルコットが唖然とした表情でそんな事を言って来た。
その言葉を聞き、手を止めて目の前のトレイを眺める。
今日頼んだのは野菜炒め定食だが、予め量を昨日よりも多くしてくれと頼んでいる為にご飯が盛られているのは最早丼、味噌汁もそれに然り。
野菜炒めは大皿に山盛りになっており、少しでも取る場所を間違えれば皿から崩れそうな程だ。
さっきから俺の近くを通る他の奴らが二度見、三度見している。
「……今日はかなり動いたからな、食わないと身体が持たない」
「あ、アリーナ使えたんだ?」
「あぁ、幸いにも試合の前日まで使えるらしい」
「嘘!? 本当に!?」
驚きを隠せない相川達、まぁ当たり前の反応か。
「俺の搭乗データを取る為に上から言われたらしくてな、好都合だったが」
「そっか、男性操縦者のデータなら確かに欲しいよね? でも良いなぁ~私も早くISに乗りた~い!」
ぼやく相川だが、こっちは遊びで乗っている訳じゃ無いんだけどな。
「五十嵐さん、特訓の方は大丈夫ですの?」
「……いや、まだまだだな、所詮は乗ったばかりの素人だ。 残りの日数でどれだけやれるかだが、せめてオルコットに幻滅されない様に頑張るさ」
「え、あ……その、期待していますわ……」
「もう、ゆうゆうにセシリーったら早速ご馳走さま~でもゆうゆうは凄いよ~? とてもじゃないけど初心者とは思えない動きだったし~」
「えっ!? 本音、五十嵐君の特訓見てたの!?」
「そうだよ~? だって私とお姉ちゃんがデータ収集を任されたからね~」
「……おい布仏、それ以上言うな」
布仏を一睨みすれば、途端に布仏はびくりと身体を震わせて縮こまった。
「うぅ……ご、ごめんなさい~……」
「……はぁ、お前も口外するなと言われていただろ?」
「う、うん……」
「わかったなら良い、怒って悪かったな」
布仏から視線を外し、相川へと向ける。
「相川、悪いが特訓については試合当日まで口外は出来ない」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いや、謝る必要は無い、興味があるのは当然だと思う。 だが織斑千冬から試合当日までは他言無用と言われているし俺としても試合当日までは秘密にしておきたいんだ……悪いがわかってくれ」
「う、ううん! 五十嵐君は悪く無いよ! 決まりがあるなら仕方ないし、私も無理に聞こうとした様なものだから!」
「……そうか、ありがとう」
「わっ……!?」
突然驚いた声を出す相川、よく見れば布仏と鏡までもが惚けた表情を浮かべている。
……何だ?
「い、五十嵐君……笑うと、その、凄いね……」
笑う……あぁ、また無意識の内に笑っていたのか。
昨日のオルコットも似た様な反応をしていたが、もしかすると酷い顔をしているのかもしれない。
「……やっぱり変か? 余り笑う方じゃ無いから仕方ないが」
「そ、そんな事無いよ!?」
「む、寧ろお礼言いたいぐらいです……!」
「ゆうゆうのスマイルは有料だよ~!?」
「……はぁ?」
こいつらは、一体何を言ってるんだ?
「むぅ……!」
そして、何故隣でオルコットは唸っているんだ?
視線を向ければ、頬をこれでもかと膨らませながら俺を睨んでいる。
「ど、どうかしたのか?」
初めて見る表情に思わず言葉が詰まってしまうが、何とか尋ねる事が出来た。
「……私しか」
「……ん?」
「……私しか、見た事はありませんでしたのに」
見た事が無いというのは、笑顔の事だろうか?
何故そんなに不貞腐れる必要があるのかわからなかったが、このままオルコットの機嫌が悪いままなのは嫌だった。
こういう時は、どうすれば……。
ふとその時、束がクロに対していつもしていた事を思い出した。
……あれなら、大丈夫だろうか?
ゆっくりと、頬を膨らませるオルコットへと手を伸ばす。
そしてそのまま出来る限り優しく、繊細な芸術品に触れるかの様に、オルコットの頭を撫でてやった。
見ていて予想はしていたが、柔らかく、綺麗な髪だな……。
「ひゃっ!?」
オルコットの口から変な声が上がり、顔が真っ赤に染まって行った。
しかし拒絶する事は無く、ただ呆然と固まっている。
「ちょっ!? 五十嵐君!?」
「わっ、わっ……!?」
「おぉ~ゆうゆう大胆~!」
いきなり慌てる三人、何をそんなに騒いでいるんだ?
別に何も変な事は……いや、待て……確か束の奴が何か言っていた様な……。
『クーちゃん? 髪は女の命なんだから、況してやこんなに綺麗な髪なんだから大切にしないと駄目だよ?』
顔から、急激に血の気が失せて行くのを感じた。
俺は、とんでもない事をしてしまっていたのだ。
「す、すまないオルコット!?」
生まれて初めて、こんなに焦ったかもしれない。
束が言っていた髪は女の命という言葉、男の俺がこんな簡単に触れて良いものでは無い。
慌てて手を引っ込めようとしたが、それに気付いたオルコットが勢い良く首を横に振った。
「だ、大丈夫ですわ! ですから、その……もう少しだけ、宜しいでしょうか……?」
「ほ、本当に大丈夫なのか? 無理をしていないか?」
「は、はい!」
「そ、そうか……」
オルコットの言葉に胸を撫で下ろす。
もしこれが原因でオルコットに嫌われでもしたら……そうしたら、どうなんだ?
待て、何故俺はこんなに焦っているんだ?
それは勿論、オルコットに嫌われたく無いからだ。
だが、何故……。
結局その後数分程、オルコットの機嫌が直るまで俺は撫で続けた。
そろそろ良いのではと手を引っ込めた時のオルコットの名残惜しそうな短い声が引っ掛かったが、目の前の三人と周りからの視線を集めているのが不快に感じた為にやめる。
「い、五十嵐君ってさ……オルコットさんにはやっぱり特別扱いしてるよね……?」
「いや、そんなつもりは無い……」
「さ、流石に無理があるんじゃ……?」
「……無い、と思っていたんだが」
自分でも、正直よくわかっていないというのが事実だ。
「でも~ゆうゆうがあんなに焦った所初めて見たね~?」
「それは……確かに、焦りはした」
三人からの言葉を何とか流そうと四苦八苦している隣で、オルコットは頬を赤らめながら心此処に有らずといった様子で何も無い虚空を眺めている。
「……その、髪は女の命だと聞いた事があって、それを勝手に触れてしまったからとんでもない事をしてしまったと思ってな」
「あぁ~確かに、髪というか頭を男の子に撫でさせるのは普通じゃ考えられないけど、それを許したって事はオルコットさんも満更でも無かったんじゃないかな?」
「そう、なのか……?」
オルコットに視線を向ければ、漸く我に返って勢い良く両手を何度も振りながら反応した。
「そ、そんな事は! た、確かに五十嵐さんなら嫌な気は微塵も起きませんが……い、いえ! 何でもありませんわ!」
「そうか……まぁ、その、オルコットが不快に思っていなくて良かった」
「ふ、不快だなんてそんな事ありませんわ! 寧ろ頭を撫でられた事なんて初めてで、とても温かくて……」
そう言って貰えて安心した。
答えたオルコットの表情を見るに、嘘では無く本心からそう言っているのだとわかったから。
「こらお前達! いつまで此処にいるつもりだ! さっさと食って消灯時間までに戻らんか!」
突然、食堂の入口から大声で叫ばれた。
視線を向けると、織斑千冬が鋭い目で未だに食堂にいる面々を睨んでいる。
次いで時計に目を向ければ、確かに消灯時間が迫っていた。
どうやら長話が過ぎた様だな、早いとこ撤収しないと面倒になりそうだ。
「ご馳走さまでした」
「嘘!? 早くない!?」
「……何やかんやで食ってたからな、先に部屋に戻るぞ」
「は、早すぎるよ……!?」
「そうか?」
「ゆうゆう~! ちょっと待って~!」
「……いや、待っても意味は無いと思うんだが」
「っ! い、急ぎませんと……!」
「オルコット、確かに時間は迫っているがまだあるんだ、落ち着いて食べろ」
「ちょっと五十嵐君!? やっぱりオルコットさんと私達で扱いが違い過ぎるよね!?」
「……はぁ、待っててやるからなるべく急げ」
そう促せば、四人は急いで食事を掻き込んで行く。
その様子を見て、俺はとりあえず四人分の水を貰いにカウンターへと向かうのだった。