此方に
この短期間で
結果まともにダメージを入れられましたし、これから更に特訓すれば国の代表候補生レベルには直ぐに登り詰める事が出来る筈です。
……しかし、今回の試合では私が上でした。
計六つの軌道から迫る攻撃に対して、真っ正面から近接武器で特攻を仕掛けて来たのは、男としてのプライドからでしょうか?
本当は、このまま降参して欲しかった。
これ以上、彼を撃ちたく無かった。
しかし、これ以上言うのは彼のプライドを傷付ける行為、ならば私に出来るのはこのまま撃つ事だけ。
だから撃ちました。
決して避ける事など出来ないと、このまま終わらせる為に。
しかし、私は試合中にも関わらず、思わず呆然と固まってしまいました。
五十嵐さんの姿が、視界から消えた瞬間には。
「……えっ?」
センサーが反応、その反応は、私の直ぐ背後から。
「きゃあっ!?」
突然の事でした……背後から、急襲されたのです……!
有り得ませんわ! 何故、五十嵐さんが背後から!?
急いで立て直し、五十嵐さんの姿を捉えました。
そこには先程展開した、鋭利な鉤爪が装着された腕を振り下ろした状態の五十嵐さんの姿が。
一体、何を……!?
「っ! ビット!」
思考を切り替え、五つのビットへと意識を集中させて五十嵐さんへと撃ちました。
そこで、私は理解させられました。
五つのビットからの攻撃を、五十嵐さんは避けたのです。
しかも、この動きは……!?
「
直線的な動きである
世界でもこの技術を使えるのは国家代表ですら極僅か、そんな高等技術を五十嵐さんが……!?
「っ……!?」
迫り来る五十嵐さんから距離を取りながらスターライトmkⅢを連射。
しかしそれをものともせず、全て避けながら装備の爪を振り下ろして来ました。
このままでは……!
「くっ……!? インターセプター!!」
武装を展開、ブルー・ティアーズに唯一搭載されている近接武装のショートブレード。
まさか、これを使う事になるなんて!
迫っていた爪を受け止める為にインターセプターを構え、その選択を直ぐに後悔しました。
インターセプターは一本、対する五十嵐さんの繰り出す爪は全部で四振り。
受け止めたインターセプターが爪により腕ごと絡め取られ、手放すのが遅れた私に残りの三振りの爪が襲い掛かりました。
「く、うっ……!?」
距離を取ろうにも爪により阻止され、至近距離から次々と繰り出される攻撃。
視界に映る機体のシールドエネルギー残量が、一撃毎に大きく削られて行きました。
そして私は見てしまいました。
目の前にいる五十嵐さんの目を、真剣で鋭利な刃を思わせる鋭い瞳を。
私が初めて見た、あの瞳を。
あぁ……私は負けたんですのね……代表候補生でありながら、男性操縦者である彼に……。
『シールドエネルギー0! 勝者、五十嵐悠斗!!』
アリーナに響いた放送、それと同時に五十嵐さんの攻撃が止んで武装が収納されました。
しかし、同時に機体の活動限界が来てしまい、ブルー・ティアーズは機能を停止してしまいました。
「きゃっ……!?」
重力に逆らう事なんて出来る筈も無く、そのまま地面に向かって落ちていく。
しかし、私の身体は直ぐに受け止められました。
背中と膝裏に感じる、固く温かい感触。
視線を向ければ、五十嵐さんが腕の装甲を解除した状態で私を抱き止めて下さっていました。
「あ……い、五十嵐、さん……」
「……大丈夫か?」
先程までの姿が嘘の様な優しい瞳で尋ねて来る彼、そして所謂"お姫様抱っこ"の状態となっているこの状況、その二つが相俟って私の心臓は破裂してしまうのではと思える程に高鳴っていました。
「一先ず、控室に戻るぞ?」
「え、はい……」
抱き抱えられたまま、私は五十嵐さんにより控室へと戻って来ました。
五十嵐さんが此方の控室では無く反対側の控室を使っているのは知っていますが、何故か直ぐに立ち去ろうとする五十嵐さんを私は呼び止めました。
「ま、待って下さい!」
彼の手を取り、此方に向かせてから顔を見合わせました。
「その、先程の試合、完全に私の負けでしたわ」
「……いや、俺は単に機体の性能に助けられただけだ」
「そんな事ありませんわ、幾ら機体の性能が良くてもあそこまでの動きが出来るのは搭乗者の腕、もっと誇って下さいまし」
「そう、なのか……?」
自信が無さそうに呟く五十嵐さん、先程まであんなに凛々しい姿でしたのに、本当に不思議な方ですわ。
「五十嵐さん、試合を終えた今、改めて言わせて頂きます……この前は、本当に申し訳ありませんでした」
私は深く、五十嵐さんに対して頭を下げました。
ずっと言いたかった言葉、五十嵐さんとの約束を守り、試合が終わるまで口に出来なかった言葉。
「あの時、五十嵐さんが止めて下さらなかったら、私は今頃クラスで孤立していましたわ。 それなのに庇って下さって、こうして私に試合の出来る場を設けて下さって、本当にありがとうございました」
「別に俺はそんな大それた事は何もしていない」
「そんな事ありませんわ、五十嵐さんはもっと御自分に自信を持つべきですわよ?」
「……まさかオルコットに束と同じ事を言われるとはな」
「えっ? し、篠ノ之博士とですの?」
「……あぁ」
恥ずかしそうに頬を掻く五十嵐さん、その姿がとても可愛く思ってしまいました。
「そ、それと、その……先程の試合なのですが……」
意を決して、伝えようと思います。
「結果は私の負けでしたが、私にとって先程の試合は十分納得の行く試合でした。 ですから、その、試合前に話したお願いの件なのですが……」
「あぁ、俺も納得の行く試合だった、何でも言ってくれ」
何度か深呼吸をしてから、再度五十嵐さんの目をしっかりと見つめました。
「その……五十嵐さんでは無く名前で……ゆ、悠斗さんとお呼びしても、宜しいでしょうか……?」
初めて、彼を名前で呼ぶ。
それだけで、胸がとても高鳴りました。
「あぁ、勿論構わない」
「っ……あ、ありがとうございます! 私の事も、その、セシリアとお呼び下さい!」
「……わかった、セシリア」
「あ……」
名前で呼ばれた、ただそれだけの事ですのに、胸の奥から温かい何かが溢れて来る様に感じてしまいました。
「……なぁセシリア、そのお願いとやらを、俺も言っても良いのか?」
内心で何度も悠斗さんの名前を、逆に悠斗さんから名前で呼ばれた事を繰り返していると、悠斗さんが私にそんな事を言いました。
「えっ? あ、も、勿論ですわ!」
「……そうか」
すると、悠斗さんは何やら呼吸を整え、姿勢を正しました。
その表情は先程の試合と同様に真剣そのもの、いえ、それ以上かもしれません。
一体、どの様なお願いを……?
「その、だな……」
「は、はい……?」
さ迷わせていた瞳が、真剣な瞳が、真っ直ぐに私を捉えました。
「セシリア、俺と、付き合って欲しい」
「…………へっ?」
思わず、自分の耳を疑ってしまいました。
今、悠斗さんは何と仰いましたか?
私と……付き合って、欲しい……?
「初めて会った時から、心の何処かでずっと惹かれていた。 その綺麗な瞳が、髪が、そして自らの信念を持ち強く在ろうとする姿が、とても美しいものだと感じた」
悠斗さんの口から紡がれる言葉に、私はどんどん顔が熱を帯びて行くのを感じました。
そんな、悠斗さんが……。
「……俺は、人を好きになるという事なんて知らなかった。 こうして気付けたのも、俺一人では無くある奴に相談して、考えた末に漸く自分の気持ちに気付く事が出来た。 本当なら、このお願いとやらで言うのはどうかと思ったんだが、どうしてもセシリアに伝えたかった」
逸らす事無く、真っ直ぐに向けられる真剣な瞳。
その黒い瞳に、まるで吸い込まれてしまう様に錯覚してしまう程。
「……答えは直ぐじゃなくても良い、俺が勝手に伝えただけだ。 セシリアが迷惑に思ったのなら断ってくれても構わない」
そう言って、悠斗さんは私に背を向けて控室から出て行こうとしました。
……そんなの、狡いですわ。
答えは直ぐじゃなくても良い? 迷惑に思ったのなら断ってくれても構わない?
御自分の中だけで完結させるなんて、私が許すとでも思っているのですか?
答えなんて、考えなくとも、もうとっくに決まっていますもの!
「待って下さい!」
悠斗さんの背中に、勢い良く抱き付きました。
あの時、私を庇ってくれた広く逞しい背中、鼻腔を擽る男性らしい香りに、私の心は満たされて行く様でした。
「悠斗さん、私の答えは決まっていますわ……私も、一目見た時から悠斗さんに惹かれていましたもの」
「セシ、リア……?」
「私も、悠斗さんの事が好きですわ」
もっと言葉に詰まるかと、しどろもどろになってしまうかと思いましたが、自然とその言葉を口にする事が出来ました。
「私を守ってくれた紳士的な所、とても優しいのに凛々しい姿、たまに見せる困った時の可愛らしい顔、その全てが好きですわ」
悠斗さんの手を取り、私の方へと向かせました。
「これが嘘偽りの無い、私の本心からの答えですわ」
真っ直ぐ、悠斗さんの目を見つめる。
悠斗さんは驚きを隠せない表情を浮かべていましたが、やがてそっと優しく、私の身体を抱き締めて下さいました。
それに応える様に、私も悠斗さんの背中に腕を回して一層強く抱き付きます。
「セシリア、ありがとう……」
「いいえ、お礼を言うのは私の方ですわ」
「そんな事無い、こんな俺の事を好きになってくれて、ありがとう」
「ふふっ、私の方こそ、気持ちを伝えて下さってありがとうございます」
そのまま暫くの間、私達は強くお互いに抱き締め合っていました。
その時間は間違い無く、私のこれまでの人生の中で一番幸せな時間だと思えるものでした。