「……はぁ」
悠斗さんが行ってしまってから、私は大きく溜め息を溢してしまいました。
それは悠斗さんとの食事に突然終わりが訪れてしまった事に対して、ついカッとなってしまった自分に対して。
そして何より、せっか悠斗さんと和解させようと思っていたのに、そのチャンスを無くしてしまったどうしようもなく愚かな目の前の彼女に対してでした。
「……貴女、やってしまいましたわね」
「な、何を……」
「悠斗さんに、私は貴女と和解をした方が良いと言ったのですわ。 話を聞いて下さって、今も同席する事を許したというのに貴女は……」
再度、溜め息を漏らしてしまいました。
「……ねぇセシリア、話が全く見えないんだけど?」
「お、俺も……さっき教室でもそうだったけど、悠斗は何であんなに怒ってるんだ?」
そうでしたわね、篠ノ之さん本人ならまだしも、お二人は何も知らない筈ですわ。
「お二人は、彼女のお姉様をご存知ですか?」
「知ってるも何も、束さんだろ?」
「あ、やっぱりそうなんだ? 篠ノ之って聞いたからもしかしてって思ったけど、まぁISに携わってる人で知らない人はいないでしょ?」
「えぇ、そうですわ……そして束さんは、悠斗さんにとって恩人にして家族ですの」
「「えっ?」」
お二人が揃って疑問の声を上げました。
「……私もまだ全てを教えて頂いた訳ではありません。 しかし悠斗さんに、血の繋がる御家族はもういらっしゃらないそうです」
「な、何だよそれ……」
「そして身寄りの無い悠斗さんを、束さんが引き取ったのです。 この学園に来るまで、一緒に暮らしていたと聞かされましたわ」
「で、でも、オルコットさんを疑う訳じゃ無いけど束さんって……その、限られた人以外には全く興味を示さない人だぜ?」
「勿論存じていますわ、私も直接お会いしてお話しましたから」
鈴さんと織斑さんだけで無く、篠ノ之さんまでも驚いた表情で私を見てきました。
「悠斗さんにとって、そして束さんにとって、お二人は血の繋がりが無くとも大事な家族同然だと伝えられました。 そんな悠斗さんに、貴女は何と言いましたか?」
そう言って篠ノ之さんを見れば、彼女は直ぐに視線を逸らしました。
まるで、言い訳の無くなった子供ですわね。
「貴女の事は少し知っていますわ、最重要人保護プロジェクト、束さんがISを世に出した事により貴女達家族が危険な状況になってしまった事を……しかし、貴女は考えた事がありますか? 貴女は今でも御両親に会う事が出来ますよね? しかし束さんは、世界各国から追われている身の為会う事が出来ない、会いたくても血の繋がる妹からは拒絶されている、大切に思っているのに会えないという苦しみを」
話し始めたら、つい頭に血が登ってしまいました。
しかし、私は許せなかったのです……。
「束さんが貴女達家族の前から姿を消したのは貴女達の身の安全を考慮しての事、それを実の妹である貴女は理解しようとしましたか? 理解しようとせず、あまつさえ悠斗さんに何を仰いましたか?」
「……わかる筈が、無いだろうが」
彼女の口から絞り出されたのは、そんな弱々しくて小さな声。
「今まで普通に一緒に暮らしていたのに、ある日を境に突然家族はばらばらになり、姉さんとは音信不通、そんな状況でどうすれば姉さんの考えを理解出来るんだ!?」
声を荒げる篠ノ之さん、あぁ、悠斗さんが彼女を許せないのは、こういう事でしたのね。
「私にはわかりませんわ、だって私は貴女ではありませんし姉妹はいません。 それに、両親はもうこの世にはいませんもの」
「えっ……?」
「……私も失礼しますわ。 鈴さん、織斑さん、せっかくの再会の席を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした」
一言告げてから、私は席を立ちました。
トレイを返して廊下に出てから、私はISのプライベート・チャネルで悠斗さんに通信を繋げました。
『……セシリア?』
「悠斗さん、今どちらにいらっしゃいますか?」
『……屋上にいる』
「わかりましたわ」
通信を切り、私は早足で屋上へと向かいました。
屋上へと続く扉を開ければ、悠斗さんが屋上のベンチに横になっているのを見付けました。
その直ぐ傍まで歩み寄ると、悠斗さんが此方に気付いて目を開けました。
「あぁ、すまない、今起きる」
「……いえ、そのままで構いませんわ」
不思議そうな表情を浮かべる悠斗さんの頭の直ぐ傍に立ち、そのまま悠斗さんの頭をそっと上げて座り、自分の膝の上に乗せ所謂膝枕の体勢に。
そしてそのまま、優しく頭を撫でました。
「セ、セシリア……?」
「……申し訳ありません悠斗さん、私も悠斗さんと同じで、彼女を許せそうにありませんわ」
私の言葉に、悠斗さんの表情が訝し気な表情に変わりました。
「……何があった?」
「……お話する前に謝らせて下さい、あの三人に悠斗さんの事情をお話しました。 本当に、申し訳ありません」
「いや、謝る必要は無い、必要だと思ったから話したんだろう? セシリアが意味も無く言い触らす様な事はしないとわかっている」
「……悠斗さんの仰る通りでした。 彼女は肉親を失った訳では無いのに悲劇のヒロイン気取りですわ、悠斗さんや私と違って」
「どういう、事だ……?」
「……悠斗さん、私も、家族と呼べる方はもういませんわ」
驚く悠斗さんに、私は静かに語り始めました。
「数年前、イギリスでテロリストによる爆破テロがありました。 それにより列車が橋から谷底へと落下し、その列車に私の両親は乗っていました」
思い出すだけで、あの日の絶望と悲しみが脳裏に甦り、無意識の内に唇を噛み締めました。
「母は、私の憧れでしたの、強く凛々しく毅然と振る舞う、貴族である誇りを持っていました。 そして父は、そんな母に毎日の様にへりくだっていて、ですが娘である私には優しく接してくれて、とても素晴らしい両親でしたわ」
悠斗さんは何も言わず、真剣な表情のまま私の話を聞いて下さっていました。
「幼いながらにオルコット家を継いで、それからは必死に貴族社会の事を学びました。 一人でしたら今頃潰れてしまっていたでしょうけど、オルコット家の専属メイドであり私にとって姉の様に慕っていた方に支えられながら何とか今までやって来ましたの」
全て話し終えると、まるで胸にあった突掛かりが無くなったかの様に思えました。
この学園に来て、一人で抱え込んでいましたのに、悠斗さんのお陰で自分に正直になれた様な気がしますわ。
「……セシリア」
悠斗さんが身体を起こすと、そのまま私を優しく、しかし力強く抱き締めて来ました。
鼻腔を擽る彼の香り、厚く逞しい胸板と腕が、私を包みました。
「辛かった過去を、俺に話してくれてありがとう」
耳元で優しく囁かれる感謝の言葉、それだけでまるで身体が溶けてしまうのではと錯覚してしまいます。
「……決心出来た。 俺の過去も、聞いてくれるか?」
「……はい、勿論ですわ」
悠斗さんは何度か深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めました。
「……俺は、親の顔処か、肉親の顔すらわからないんだ」
「……えっ?」
「物心ついた時、俺が住んでいたのは無駄に大きな屋敷で、一緒に暮らしていた人間が俺の親では無い事は直ぐに理解出来た。 毎日そいつらに奴隷の様に働かされて、鬱憤を晴らす為に殴られ、蹴られ……反抗的な目をすれば更に殴られ、泣けば煩わしいと気を失うまで蹴られた」
淡々と語る悠斗さん、しかし、私はその話の内容に思考が着いて行けませんでした。
「そいつらに何処かに連れて行かれ、漸く自由になれると思ってたが、新たに俺を引き取った奴らも同じ様に暴力を振るって来た……そんな日々がずっと、三年前まで続いていた」
「そ、そんな……!?」
「何度死にたいと、楽になりたいと願ったかわからない。 だが心の何処かで死にたく無いと、死への恐怖があり、まだ生きたいと思ってしまっていた。 そして三年前、初めて俺の前に立った束は目を丸くして驚いていた。 あの見ず知らずの他人を道端の石ころ以下にしか思っていなかった筈の束が」
当時の事を思い出してか、悠斗さんは何処か嬉しそうな声音で言いました。
「束は俺に尋ねて来た、世界中から逃げる事になるが、自分と一緒に来ないかと、自由を手にしないかと、恥ずかしい話だがあの時の束は俺にとってまるで神の様に思えた。 そして俺は即座に答えた、ここから自由の身になれるのなら着いて行くと……俺の答えを聞いた束はその屋敷の主を説得……いや、あれは脅迫だったな、頭に銃を突き付けながら一言俺を連れて行くとだけ伝えて、そして俺は束と暮らす事になり、クロも俺とは事情は違うが束が引き取って一緒に暮らしていた。 それから三人で暮らしていたんだが、偶然俺が触れたISが反応してしまって、初め束はそれを公にしないつもりだったんだが織斑も同じ様に動かしたのを知って、俺にこのIS学園に通う事を提案してきた。 世界中を逃げて回る生活よりも、設備も警備も整っているこの学園で普通の生活をして欲しいと」
そこまで話した所で、悠斗さんは大きく息を吐き出しました。
「……普段接する時はあんな感じだが、束には感謝しても仕切れない。 そしてセシリアにも、こんな俺を受け入れてくれて本当に感謝しているんだ」
「悠斗、さん……」
私は、悠斗さんの背に回していた腕を強くして抱き締めました。
「ありがとうございます、そんな辛い過去を私に話して下さって」
「……いや、それはセシリアも同じだろ」
「私には両親の、家族の記憶は残っています。 しかし悠斗さんには、それすらも残っていないのですよね? そんなの、悲しいですわ……」
「セシリア……」
「……悠斗さん、私では駄目でしょうか?」
「……えっ?」
「私が、悠斗さんの家族になる事は、出来ないでしょうか?」
一度身体を離し、悠斗さんの目を見つめながら私はそう口にしました。
今の言葉はどう考えてもプロポーズそのもの、顔が熱くなるのを感じましたが、どうしても私は伝えたかった。
「……本当に、良いのか?」
「後悔なんて、する筈がありませんわ。 私は束さんに言った様に、これから先も悠斗さんと共にいたいのですから」
私の答えに、悠斗さんは目を見開き、そして再び強く私を抱き締めて来ました。
震えるその身体を私も強く抱き締め、背中を優しく擦ってあげました。
「……あり、がとう」
「いいえ、お礼なんていりませんわ、私だって悠斗さんに救われたのですもの」
「……すまない、少しの間だけ、こうしていたい」
「勿論、構いませんわ」
そう答えれば耳に聞こえて来る微かな啜り泣く声、時間が許す限り私は悠斗さんの背中を優しく擦り続けました。
「すまないセシリア、情けない所を見せた……」
身体を離し、目を赤くしながら悠斗さんが言いました。
ですが情けないだなんて微塵も思いません、私が好きでした事ですもの。
「そんな事ありませんわ、私で宜しければいつでもこの胸をお貸しします」
「……本当に、セシリアを好きになって良かった」
「ふふっ、それは私の台詞ですわ」
「いや、本当に感謝しているんだ」
「悠斗さん……では、言葉では無く」
そう言って悠斗さんの首に腕を回せば、悠斗さんは拒む事無くキスをして下さいました。
感じるのは悠斗さんの体温と優しさ、キスとは、こんなに幸せを感じられるものですのね。
少しの間キスを堪能し、やがてゆっくりと唇を離しました。
そのまま幸せを噛み締めてはにかんでいると、悠斗さんが視線はそのままで突然口を開きました。
「今大人しく出て来るなら何も咎めはしないが……どうする?」
突然の発言に私が首を傾げると同時に、屋上の扉がゆっくりと開きました。
「……えっ?」
「えっと、その、邪魔してごめん……」
視線を向けると、頬を赤く染めた鈴さんがとても気まずそうに立っていました。
その反応が意味するもの、それはつまり……。
「り、鈴さん……もしかして……」
「……ごめん、でもセシリアって、意外と積極的なんだね」
鈴さんの言葉に、屋上に私の悲鳴が響くのでした。
「セ、セシリア、ごめんってば……」
「うぅ……見られていたなんて……」
隣に座る鈴さんが謝って来ますが、私は赤くなった顔を押さえて俯く事しか出来ませんでした。
悠斗さんとキスをしていた事は後悔していません、しかしそれを他の方に見られていたなんて……穴があったら入りたいとは、正にこの事ですわ。
そんな私に悠斗さんが優しく話し掛けて来ました。
「セシリア、大丈夫か?」
「一生の不覚ですわ……」
「その、すまなかった」
「ゆ、悠斗さんが謝る必要なんてありませんわ! ただ私が恥ずかしいだけで……うぅ~!?」
堪らず悠斗さんの肩に顔を押し付けて唸ってしまいました。
こうなったら、悠斗さんの温もりと香りで気持ちを落ち着かせるしかありませんわ。
「あ、そう言いつつそういう事はするんだ?」
後ろから鈴さんがそんな事を言って来ますが、私は構わずに悠斗さんの肩に顔を埋めました。
「ところで鈴、何処から聞いていた?」
「……ごめん、聞くつもりは無かったんだけど」
「成る程、全部聞いていた訳か」
「うん……本当に、ごめん」
「謝る事は無い、それにお前は無闇矢鱈に他の奴に言い触らすなんて事はしないだろ?」
「そんな事しないわよ、二人は会ったばかりだけど……その、一夏との事を応援してくれたり、助けになるって言ってくれたじゃない? それなのに恩を仇で返す様な真似はしたく無いわよ」
「そうか……ありがとう」
「や、やめてよお礼なんて! 私は別に何もしてないわよ!」
慌てた様子の鈴さん、悠斗さんも気付いている筈ですが、鈴さんはとても優しい方ですわ。
「ほ、ほらセシリア! いつまでもいじけて無いで!」
「うぅ……」
鈴さんに腕を引かれ、私は悠斗さんの肩から顔を離しました。
「全く……ところで二人に聞きたいんだけど、1組の代表って一夏なんだよね?」
鈴さんの問いに、私と悠斗さんは同時に頷きました。
「あ、あのさ、一夏って何か特訓とかしてるの?」
「悪いがわからない、あいつとは余りISの話をしないんだ」
「そっか……」
「鈴さん、もしかして織斑さんの特訓を手伝うつもりですの?」
「う、うん、あいつの事だから適当な訓練しかしてないんじゃないかと思ってさ」
「……それは確かに一理あるな、そもそも専用機を受け取ったのも試合の当日だ」
「でしょ? だから私が教えてあげられるんじゃないかなって」
確かに鈴さんの考えはわかりますわ、ですが……。
「鈴さん、中国の代表候補生という事は2組の代表になられたのでは?」
「え? うん、そうだけど?」
「でしたら、少し難しいかもしれませんわね」
「えぇっ!? 何で!?」
「クラス代表という事はクラス対抗戦で戦うという事だろう? いくらあいつが馬鹿だとしても、お互いの手の内を見せる様な真似をすると思うか?」
悠斗さんの仰る通り、対抗戦で戦う相手に自らの手の内を見せる様な事をするなんて普通は有り得ませんわ。
まぁ確かに織斑さんは普通ではありませんけど、流石にその様な馬鹿な真似を……しない……しない、筈ですよね?
考えると少し不安になってしまいました。
「別にお前の恋路を邪魔するつもりは無いが、それは余り得策とは思えないな」
「こ、恋路なんて言わないでよ!? で、でも……やっぱり、難しいかな……?」
「……まぁ、あいつがどう考えているかわからないから聞くだけ聞いてみたらどうだ? それで無理だったとしても何もずっと話が出来ない訳じゃ無い、飯の時にでも話せるだろう?」
「そうですわね、宜しければ私達で織斑さんに鈴さんと食事を取ったらと提案する事も出来ますし」
私達の言葉に、鈴さんは項垂れていた顔を勢い良く上げて目を輝かせました。
「ほ、本当に!?」
「あぁ、嘘は言わない」
「他の誰でも無い鈴さんの為ですもの」
「っ~! ありがとう二人共!」
私と悠斗さんの手を取って勢い良く上下に振る鈴さん、何とも微笑ましいですわね。
悠斗さんも初めこそ呆気に取られた表情をしていましたが、溜め息を一つ溢すだけで振りほどく様な事はしません……ふふっ、何だかんだ言っても優しいんですのね。
しかし、いくら鈴さんでもいつまでも悠斗さんの手を握っているのはちょっと……。
「じゃあそろそろ私は教室に戻るわね!」
そう言って握っていた手をほどいた鈴さん、そのまま私達に背を向けると思いましたが、突然私の耳元に顔を寄せて来ました。
一体、どうしたのでしょうか?
不思議に思っていた私の耳元で、私にしか聞こえない様に小声で囁きました。
「ごめんね、私は先に戻るからもうちょっと二人でいて」
「……えっ?」
「悠斗が気付いてたか知らないけど、セシリアすっかり顔に出てたよ? 私は別に他意なんて無いから、安心して」
鈴さん、もしかして気付いてて……?
「あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、じゃあ私は先に戻るから! また後でね!」
身を翻し、鈴さんは颯爽と屋上を後にしました。
……鈴さん、これからも仲良く出来そうですわ。
鈴さんの言葉に甘えて、私はもう少しだけ悠斗さんと一緒に屋上に残るのでした。