「……悠斗、さん」
場所は学園の医務室。
目の前のベッドで目を閉じ横になっている最愛の人の名前を呼びながら、私は届くと信じて名前を呼びました。
顔や身体に残る無数の傷と右腕に厚く巻かれた包帯が、とても痛々しいものに見えます。
昨日の襲撃から一晩経ちましたが、悠斗さんは一向に目を覚ましませんでした。
アリーナを襲撃した無人機には、証拠隠滅の為の爆破機能が付いていました。
そして悠斗さんは私を庇う為に私を突き飛ばし、自分はその爆破に巻き込まれて意識不明のまま医務室へと運ばれました。
あの時、恐らく何かしらの方法で爆破機能の事を知ったのでしょう。
そして、私を守る為に……悠斗さんが……。
自分で自分を殴ってしまいたいぐらいの後悔が襲う。
あの時、直ぐにでも悠斗さんを医務室へと連れて行っていればこんな事にはならなかった。 ブルー・ティアーズのエネルギー残量は十分にあったのだから、解除せずに悠斗さんを運ぶべきだった。
何が代表候補生か、何がプライドか、私は……。
「入るぞ」
医務室の扉が開かれ、視線を向ければ織斑先生が入って来ました。
そのままベッドの直ぐ傍に座る私の元までやって来ると、そのまま悠斗さんの顔を見つめていました。
「……五十嵐は、まだ目が覚めないか」
「……はい」
「……そうか」
たったそれだけの会話でしたが、私には織斑先生が悔しさを抱いている様に思えました。
「……オルコット、すまなかった」
突然、織斑先生が私に対して深く頭を下げながら謝罪して来ました。
「お、織斑先生……そんな、頭を上げて下さいまし……」
「……五十嵐の言っていた通りだ。 教師として、私達が生徒を守るべき立場にあったのにも関わらず、何も出来なかった。 五十嵐とお前が無人機を倒し、他の生徒を避難させてくれたから甚大な被害は出なかった……私達が、何も出来なかったのにだ」
「織斑先生……」
「……恐らく私が何を言っても五十嵐は聞く耳を持たないだろうからお前に伝えておく。 今回の件、本当に良くやってくれた……ありがとう」
再度頭を下げながら、感謝の言葉を口にする織斑先生。
しかし、その言葉を私だけが受け取る訳にはいきません。
「いいえ、私は悠斗さんの仰った通りの事をしただけですわ。 悠斗さんは無人機との戦闘に入る前、真っ先に私に残りの防護壁にいる他の生徒の避難を指示しましたわ。 それに私と合流する前、アリーナの防護壁を破り既に生徒の避難を実行していました……恐らく、私だけでしたら残りの防護壁よりも無人機を倒す事しか考えられなかった筈です」
「五十嵐が、そんな事を……」
意外そうな表情を浮かべる織斑先生に、私は伝えました。
「確かに悠斗さんは余り他の方と関わる事は少ないですし、先生方に対する態度や言葉遣いは余り良いものでは無いのかもしれません。 しかし本当は誰よりも優しくて、他の方の事をちゃんと考えていられる方ですわ」
「……そうか」
目を閉じている悠斗さんの顔を見つめる織斑先生、その表情は何処か優しさに満ちている様に思えました。
「そんな男だから、お前は惚れたのか?」
「どう、でしょうか? 私は一目見た時から惹かれていましたし、接してから悠斗さんの事を知る内に更に好きになりましたから……悠斗さんも同じ気持ちだと仰って下さいましたわ」
「ふっ、お熱い事だな……」
笑みを溢した織斑先生ですが、直ぐにその表情は真剣なものに変わりました。
「……それで、何故五十嵐はあの機体が無人機だと知っていたんだ?」
「……私も聞いただけですが、あの機体は束さんが開発したデータを、何者かに盗まれて作られた機体の様です」
「束の……ん? 待て、お前今束の事を名前で……」
「えぇ、一度直接お会いしましたわ。 悠斗さんとの事をお話して、そこで束さんに認めて頂いて名前でお呼びする事を許して下さいました」
「ちょ、直接!? 待て! お前も……そういえば五十嵐もだ! いつの間に束と会う事が出来たんだ!?」
「えっ? 悠斗さんの部屋に訪ねて来た際に私はお話しましたが……あ、そういえば窓から帰って行きましたから、来た時も窓から入って来た筈ですわ」
そう答えると、織斑先生は唖然とした表情を浮かべ、次いで目元を押さえながら怒りからか肩を震わせていました。
そういえば普通に見送ってしまいましたけど、あれはれっきとした不法侵入でしたわね。
まぁ、束さんなら仕方ないのかもしれませんが。
「あの馬鹿は……一体何を考えているんだ……!」
「あの、束さんは悠斗さんの事を心配して訪ねて来たのですから、そんなに怒らないであげて下さい」
「あのなオルコット、どんな理由や事情があろうとも学園に不法侵入する事が許されると思うか? 正式な手続きを済ませてから入るなら多少は目を瞑る事は出来なくは無いが」
「しかし、束さんにとって悠斗さんは実の子供同然だと、家族だと仰っていました。 私ごときが言っても意味が無いのはわかっていますが、どうか許してあげて下さいませんか?」
「し、しかしな……」
「流石せっちゃん!! 優しい!!」
「「えっ?」」
突如開かれた医務室の窓、そんな言葉と共に入って来たのは今正に会話に出ていた束さんでした。
やはり、窓から入って来ますのね……。
「た、束さん? えっと、お久しぶりですわ……」
「うん! 久しぶりせっちゃん! ちーちゃんも久しぶり!」
「この……馬鹿!」
突然、織斑先生が束さんに詰め寄り掴み掛かろうとしましたが、束さんはそれを難なくするりと回避しながら私の傍へとやって来て、座っていた私をその胸元に優しく抱き締めて来ました。
そこでふと思い出すのは悠斗さんの部屋での出来事。
悠斗さんが束さんの顔を鷲掴みにしていましたが、束さんは避けなかった為、てっきり反応出来なかったのだと思っていました。
しかし、織斑先生の今の動きは悠斗さんと同じぐらいの速さ、それを束さんは難なく避けた。
避けられる筈なのに悠斗さんのは避けない……つまり、あれは束さんなりの悠斗さんとのスキンシップなのでしょうか?
「せっちゃん、今回の件はアリーナの監視カメラをハッキングして全部見てたよ、ゆう君を助けてくれてありがとう」
「……いえ、助けられたのは、私の方ですわ。 私を庇ったから、悠斗さんが……」
「ううん、ゆう君はせっちゃんを守る為に庇ったんだよ? きっと後悔はしていないし、せっちゃんが無事で安心してる筈だよ? 勿論、私もせっちゃんが無事で安心したんだから」
「束さん……」
束さんの優しく語り掛けて来るその言葉に、私は思わず声が上擦ってしまいました。
きっと責められると思っていましたのに、逆にお礼を言って下さる束さんに、私の身を案じて下さった事に。
「束、さん……私……!」
「よしよし、大丈夫だよ……だから泣かないで……」
抱き締めながら優しく背中を擦って下さる束さん……悠斗さんと同じ、とても優しくて、とても温かい方です。
その優しさに甘えて、私は束さんの胸に包まれながら涙を流しました。
「馬鹿な……本当に、お前は束なのか……?」
「そうだよ? ちーちゃんの幼馴染みで天才の束さんで間違い無いよ?」
「そ、そうか」
「それよりちーちゃん、ごめんね……」
突然の謝罪の言葉、顔を上げれば束さんは後悔に満ちた表情を浮かべていました。
「私の開発した無人機のデータが盗まれたせいでちーちゃんに迷惑を掛けちゃった。 それにゆう君にこんな大怪我までさせて……本当に、ごめんね」
「そんな、束さんが謝る事は……」
「そんな事無いよ、私がもっと気を付けていれば盗まれる事なんて無かった。 慢心して、油断してたから盗まれて、一番大切な人を傷付ける事になったんだよ」
後悔で歪んだ表情、その表情を見て私は掛ける言葉を失くしてしまいました。
ですが、束さんは本当に何も悪く無い、悪いのはデータを盗み学園を襲撃した何者かですわ。
だから、束さんが悪い事なんて何も……。
「……それは、違うだろ」
医務室に響いたのは、待ち望んでいた最愛の人の声でした。