「……お前達は戻らないのか?」
セシリアが退室した後、未だに呆然と固まり動く様子の無い三人にそう告げる。
「……やっぱりセシリアを残したら不味かったのよ、絶対に看病だけじゃ終わらなかったわよ」
「そんなつもりは無かったが?」
「いや説得力の欠片も無いから……はぁ、もう疲れたから良いわ、私も戻る」
「あぁ、お前も……その、心配を掛けて、悪かったな」
「別に良いじゃない、だって友達でしょ?」
そう言って傍まで来ると拳を向けて来る鈴……友達だから、か。
差し出された拳に、左の拳をぶつけると鈴は途端に満面の笑みを浮かべてから背中を向けた。
「じゃあまたね、明日もお見舞いに来てあげるから」
「……あぁ、ありがとう」
「ま、来ないとまたセシリアと何をするかわからないからね、監視よ監視……じゃあね」
後ろ手に手を振りながら、鈴はそのまま医務室を後にした。
「えっと、じゃあ俺も戻るよ、また明日な!」
「……あぁ」
織斑も一言告げると鈴の後を追って医務室から出て行った。
これで、医務室に残ったのは織斑千冬だけになった。
「……お前は出て行かないのか?」
「こら、教師に向かってお前とは何だ……まぁ、お前には何を言っても無駄か」
そう言って、先程までセシリアが座っていたベッドの傍に置かれた椅子へと腰を降ろした。
……まだ、何かあるのか?
「……今回の無人機、学園側で仮だが"ゴーレム"と呼び名を付けた。 データ等はあの爆破機能のせいで残ってはいないが、恐らくは他にも量産されている可能性がある」
「そうだろうな、あの無人機は作られたものが盗まれた訳では無くデータそのものが盗まれている。 いくらでも作る事は可能だが……果たして奴らが本気の束から逃げられるかだけどな」
「それは……まぁ、確かにな、初めて束の本気の怒りを見たが」
「束は恐らくあらゆる手段を使い盗んだ奴らを探し出して始末するんだろうからな、束の目を掻い潜ってデータを盗んだならそれなりに腕の立つ奴がいるんだろうが、頭脳戦や情報戦で束に敵う奴はいない」
何度かISコアの製造データを盗もうとした奴らがいたが、その度に返り討ちに会い逆に相手のあらゆるデータをバックアップごと抹消されていた。
そんな束の事だ、恐らくは何の問題も無く盗んだ奴を見つけ出すだろう。
「それもそうだな……それと、今回お前が怪我をした原因でもある篠ノ之の事だ」
その名前を聞いて、思わず頭が痛くなってしまう。
「……あの大馬鹿はどうなった?」
「今回篠ノ之がやった事は避難しなかった事で自分だけで無く、放送室に篠ノ之を呼び戻そうとした他二名の生徒の身も危険に晒した。 下手をすれば命を落としてもおかしく無い状況にも関わらず、反省の色が見られない為に二週間の独房への謹慎処分という形を取る事になった」
「学園なのに、独房なんてものがあるのか」
「元々必要無い部屋だったが今回の様な余りにも酷い問題行動を取った者には丁度良い薬になる……と良いんだがな。 篠ノ之を助ける為に怪我をしたお前には申し訳無いが、既に処分を下しているから余計な事をするなよ?」
「……あいつに関しては何もするつもりは無い、そもそも助けたのは束の事を考えてのものだ。 あいつ自身には何の感情も興味も、正直束の事が無ければ安否すらもどうでも良い」
「そうか……それと、その……」
そこで何やら急に歯切れの悪い口振りになる。
何だ? 話があるなら早くして欲しい、セシリアも束も、鈴と織斑も帰ったからこれ以上起きているつもりは無い、さっさと寝たいんだが。
「その……オルコットとは、いつもしているのか……?」
「しているって、何の事だ?」
「何って、それは、その……キ、キス、を……」
「……付き合っているから当然だろ」
「そ、そうか……当然なのか……」
何が言いたいんだ? 何やら自棄に顔も赤い様に見えるが……。
「……話が長くなった、すまない。 それから無人機の件は他の生徒達には内密にしてくれ、無人機の前例は無い為にあくまでも今回の件は所属不明のISという事になっている」
「わかった」
「では失礼する、怪我に関しては通常の治療の他に医療用ナノマシンの投与もしているから回復は早い筈だ、状態を見るに二日程で自室には戻れるだろう」
そう言って、織斑千冬は医務室から出て行った。
漸く一人になり、大きく息を吐きながらそっと首筋へと触れる。
そこには、変わらずに待機状態の黒狼が。
……すまなかった、お前には無理をさせてしまった。
『いいえ、主様がご無事で何よりでございます』
右腕の装甲が砕けたり、あの爆発に巻き込まれたが大丈夫なのか?
『はい、私は他のISと違いある程度の破損は自己修復機能により修復が可能ですので、それに何より主様をお守りするのが私の存在意義です』
……俺だけが助かっても、何の意味も無いだろうが。
『私はIS、所詮は機械ですから例え修復が追い付かない程に破損しても修理が出来ますし、コアを交換すれば機体はその後も使用可能にございます。 しかし主様は人間、命を落としてしまえば取り返しがつかないのですよ?』
黒狼のその言葉に、沸々と怒りが込み上げて来た。
所詮は機械? 修理すれば良い? コアを交換すれば使える?
違うだろうが、お前は俺にとって専用機、例えコアを交換して使えるとしてもお前の代わりなんて……。
そこで、先程のセシリアの言葉が頭を過った。
……そうか、だからセシリアは怒ったんだよな。
『主様? 如何なさいました?』
……黒狼、俺も同じ様な考えを持っていた。
だがセシリアに言われて気付けた、だからお前にも言わせて貰う。
俺にとっての専用機は今のお前だ、例え修理したとしてもお前の意思が無ければそれは全くの別物、代わりなんて無いんだよ。
だから、自分の事をもっと大切にしてくれ。
『主、様……』
約束しろ、今後俺も考える。
その場で自分とお前、どちらも無事である事を優先すると。
もし俺が間違ってしまった場合、お前が俺に言ってくれ。
『……畏まりました、主様の仰せのままに』
頼んだぞ……あぁ、だが一つだけあらゆる状況でも、どんな状況でも優先する事がある。
『はい? 何でしょうか?』
……セシリアが危険に晒された場合は、どんな状況だろうがセシリアを守る事に全力を尽くす。
それが例え、俺の命が対価になろうともだ。
『……畏まりました、主様がそうお望みならば』
……勝手な事を言ってすまないな、だがセシリアは俺にとって、命に代えても守りたい存在なんだ。
束もクロも勿論大事だ、俺に家族の温かさを教えてくれて、人の優しさを教えてくれた。
そしてセシリアは……初めて、心から好きだと、愛おしいと思える存在なんだ。
『……畏まりました、主様の仰る通り、如何なる時も奥様を守る事を優先致します』
すまない、頼んだ。
『……しかし一つだけ、奥様を優先的にお守り致しますが、あくまで最悪の状況に陥った時に限った話でございます。 私は主様の専用機として、そして主様との約束を果たす為に、全員が無事である様に尽力致します』
黒狼……?
『私如きが主様に意見する事をお許し下さい。 しかし私は、主様をお守りするのが果たすべき使命にございます。 そしてその主様との約束で奥様をお守りするのであれば、私は主様と奥様の両方を守るべきだと考えました』
……そうか、そうだな、それで良い。
俺もセシリアとお前、そして自分を、全員が無事でいられる様に尽力しよう。
『ふふっ、それでこそ主様でございます』
話は終わりだ、俺はもう寝る。
お前も……まぁ、ISに必要なのかはわからないが、休んでくれ。
『……そうですね、では私のやり方で休ませて頂きます。 主様の御配慮に感謝致します。』
何か含みのある言い方に思えたが、まだ身体が本調子では無い為に押し寄せて来る睡魔に抗う事が出来ずにそのまま目を閉じ、そのまま眠りに就くのだった。