「悠斗さん、退院おめでとうございます」
朝、医務室から出て隣を歩くセシリアからそう第一声を掛けられた。
あれから二日、精密検査を行ったが異常や後遺症等も無く、腕の怪我も包帯を濡らさなければ支障は無いらしい。
朝に再検査をして、問題が無かった為に今日から授業に復帰出来る。
セシリアは二日間毎日早朝と昼、放課後と俺の元へと来ては食事や身の回りの世話をしてくれた。
本当に、感謝してもしきれない。
「今回はすまなかったな、心配と迷惑を掛けた」
「私が好きでやった事ですから良いんですのよ、それに……こうしてまた、悠斗さんと並んで歩く事が出来るのですから」
「セシリア……」
「……だからさ、私がいるのに二人の世界に入ってイチャイチャしないでってば」
突然背後から声を掛けられ、振り向いたが姿は見えなかった。
何だ? 空耳か? それとも何か後遺症が……。
「下よ下!! わかってやってるでしょあんた!!」
……まぁ、気付いていたがな。
しかし本当に視界に入らなかったな、もし鈴が何かしらの刺客だったとしたら俺は何も反応出来ずに殺られていたかもしれない。
まさか……鈴はその為に、この身長を……?
「あんたまた失礼な事考えてるでしょ!?」
「……何故わかった?」
「否定しなさいよ!? 喧嘩売ってんの!?」
そう騒いで掴み掛かって来る鈴を左腕一本で押さえ付ければ、鈴は手足をじたばたさせるだけで俺に届く事は無かった。
その様子を楽しそうに微笑みながら眺めているセシリア。
全く、冗談の通じない奴だ……まぁ、割と本気で言っていたが。
そのままの足で朝食を取る為に食堂へと向かう。
医務室で食事を取ってはいたが、毎日持って来るセシリアに申し訳無い為に量は少なくしていたから正直空腹だ。
食堂へと辿り着き、食券を買いに行こうとした所で何やら視線を感じる事に気付いた。
……何だ?
その時、何やら食堂にいた恐らくは一年であろう奴らが此方に押し寄せて来て取り囲まれる。
邪魔なんだが……。
「五十嵐君! ありがとう!」
「颯爽と助けてくれた五十嵐君、格好良かった!」
「私、五十嵐君のファンになりました!」
「流石クール紳士!」
「オルコットさんもありがとう!」
「あの、お、お姉様とお呼びしても宜しいですか!?」
「流石は一年最強カップルだね!」
口々に言って来るのは感謝の言葉が大半だった。
あぁそうか、防護壁を破って避難させた事を言っているのか。
……だが、何やらセシリアに対して危うい視線を向けている奴が複数人いるんだが、大丈夫だろうか?
隣に立つセシリアも困った様に苦笑している、鈴は……取り囲む奴らに押し流されていつの間にか壁際で潰されている。
哀れだな。
「……はぁ、わかったから戻れ、俺達は飯を食いに来たのであって、こんな事で時間を取られたく無いんだが?」
そう言って取り囲む奴らを見渡せば、何やら視線を合わせながら一言二言話し、やがて再度感謝の言葉を言ってまるで波が引いて行く様に去って行った。
はぁ、全く……。
「……鈴、大丈夫か?」
「うぅっ……うぅ……もうあんた達と一緒にいるのやめるぅ……」
半泣きになりながら倒れ伏す鈴、流石に気の毒だな。
結局セシリアに立たされ、頬や額をハンカチで拭かれながら漸く泣き止んだ。
……鈴には悪いが、まるで転んで泣いている子供をあやしている様にしか見えない。
そのまま鈴を連れて食券を買い、食事を受け取ってからいつもの様に相川達に呼ばれて三人で席へと着いた。
「五十嵐君! 退院おめでとう!」
「あの、退院出来て良かったです」
「心配してたんだよ~?」
三人からそれぞれ言われ、俺は軽く頭を下げる。
「心配を掛けた、すまない」
「ううん! そんな事無いよ!」
相川の言葉に顔を上げると何やら三人は俺の顔を見つめていた。
「あの時、五十嵐君のお陰で皆怪我も無く無事だったんだよ? 本当に、ありがとう」
「うん……防護壁で逃げる事が出来なくて、恐くて何も出来なかった私達と違って、五十嵐君は身を呈して皆を守ってくれたから……だから、ありがとう」
「ゆうゆうのお陰だね~ありがとう~」
三人からの真っ直ぐな感謝の言葉に、流石に恥ずかしくなって視線を逸らす。
逸らした先、隣に座る鈴が何やらニヤニヤとした笑みを浮かべていた為、一先ずはその頭を割と強目に小突いた。
「ふふっ、ですが本当に皆さん感謝しているんですのよ? 悠斗さんのお陰で怪我人はゼロ、流石は私の愛するお方ですわ」
「ん……セシリアにそう言って貰えるなら光栄だな」
「こら、ナチュラルにイチャイチャすんじゃ無いわよ」
「……お前はどうなんだ? 織斑と何かあったんだろ?」
度重なるセシリアとの邪魔と、先程の仕返しも含めてそう尋ねれば途端に鈴は顔を赤くして口をぱくぱくとさせている、何とも間抜けな面だ。
「あ、あんた! 一夏に何か聞いたの!?」
「……さあ、どうだろうな?」
「鈴さん、詳しく教えて頂けますか? 勿論恥ずかしいのであれば構いませんが、私と悠斗さんがどれ程協力したのかまさかお忘れになった訳ではありませんわよね?」
セシリア、それは完全に退路を断っているぞ。
俺はおおよその事を織斑から聞いてはいるがセシリアはまだ何も知らない筈、恐らく色々と聞きたいのだろう。
鈴もセシリアが逃がす気が無い事に気付いた様で、ゆっくりとだが話し始めた。
「う……その、試合の後のあの襲撃事件の時にも言われてたんだけど、私と仲直りしたいって言ってくれて、その日の夜にも改めて謝ってくれて……け、結局私が何で怒ってたのかはわかって貰えなかったんだけど……」
「「「「「……けど?」」」」」
言葉の先を全員で促す。
「……私と仲が悪いままなのは嫌だって、ずっと一緒に笑っていたいって、言ってくれたの」
……流石に答えていないから告白に関しては言わない様だが、織斑がそんな事を言っていたのか。
「そ、それで……悠斗、ありがとう」
「ん? 何がだ?」
「一夏が言ってたんだよね、あの喧嘩した後の事、どんな理由があっても男が女に言って良い事と悪い事があるって一夏に言ってくれたんでしょ? あいつ、それをずっと考えてて私に謝りたいって思ってくれたんだって」
……成る程、織斑がその考えに至ってくれて良かった。
医務室での話を聞く限り、織斑は鈴の事を真剣に考えてくれていた様だから心配はいらないとわかっていたが、もしこれで鈴と距離を取ろうとしていたら一発か二発は殴っていたかもしれない。
「悠斗さん、織斑さんにその様な事を……?」
「……まぁ、余りにも鈴が不憫だったからな。 それに織斑だって悪い奴じゃない、少しだけ助言しただけだ」
「ふふっ、流石悠斗さんですわ」
そんな大した事は言って無い……それに、今回の事でもし二人の間に溝が出来てしまっていたらと考えると申し訳無かったからな。
「おぉ! 流石五十嵐君! お兄ちゃん力が半端無い!」
「その呼び方はやめろ」
「恥ずかしがっちゃって~ゆうゆうお兄ちゃ~ん」
「おい、やめろと言ってるだろ」
「ふ、二人共、五十嵐君が嫌がってるからやめなよ……」
この三人の中での唯一の良心である鏡が二人にやめる様に言ってくれる。
少し引っ込み思案過ぎる所もあるが、以前セシリアとの事でも祝福してくれたり優しくて素直な所は好感を持てるな。
「むっ……悠斗さん? 何を考えていますの?」
……っと、いけない。
「大丈夫だ、セシリアが心配する様な事は考えていない」
そう言って優しく頭を撫でてやれば、途端に笑みを溢すセシリア。
反対側に座る鈴からの恨めしそうな視線と唸り声が聞こえるが気にしない。
「けっ、このバカップルは……あ、そうだ、それより二人に話があったんだけど、放課後に時間貰っても良い? 昼休みはクラスの娘に誘われてるから」
クラスの奴に馴染めたのか、良かった。
「お話? ここでは出来ないのですか?」
「えっと……まぁ……」
「わかりましたわ、では放課後に2組の教室に伺いますわね?」
「う、うん、ありがと」
一体何の話だろうか? まぁ、聞かせて貰えるなら構わないが。
そのまま朝食を食べ終えてから、俺達は教室へと向かった。
ちなみに、遅れた分を取り戻す為だとか何とかで織斑千冬と、何故か山田から授業中に無駄に当てられ続けた。
遅れた分と言いつつ、何やら二人の目には妬みに似た感情がある様に思えたのだが、気にする事無く答え続けるのだった。