気が付くと、あの時と同じ全てが黒一面の場所、俺の精神世界へといた。
さて、俺が来れるのはわかっていたが、セシリアは……。
「悠斗さん!」
背後から呼び掛けて来る声に振り向けば、セシリアが俺の元へと駆け寄って来ていた。
「セシリア……良かった、無事に来れたな」
「ここが、悠斗さんの精神世界なんですの……?」
「あぁ、以前俺が来た場所と同じだ」
「凄い……本当に……」
驚きを隠せずに辺りを見渡すセシリア。
その反応も当然だろう、いくら俺の言葉を信じるとは言っても、実際に自分がこんな場所へと来たら。
「お待ちしておりました、主様、奥様」
直ぐ傍から掛けられる声。
セシリアと共にそちらへと視線を向ければ、いつの間にそこにいたのかあの黒い着物を着た女、黒狼が立っていた。
「あ、貴女が……?」
「お初にお目にかかります奥様、私が主様の専用機、黒狼にございます」
深く一礼する黒狼にセシリアは慌てて同じ様に深く頭を下げる。
「わ、私こそ初めまして! セシリア・オルコットですわ! あの、ところで……奥様、というのは……?」
「はい、主様の思い人でありお付き合いされている方ですので奥様とお呼びしておりますが、何か問題がございますでしょうか?」
「あ、えっと……あぅ……」
顔を赤らめながら顔を俯かせるセシリアの頭を撫でてやりながら黒狼へと視線を移す。
「黒狼、余りからかうな」
「本心なのですが……申し訳ありません奥様、しかしながら主様の専用機として、この呼び方は変える訳にはいきませんのでどうかご了承頂けます様お願い致します」
「あ、の……わ、わかりましたわ……その、ところで黒狼、さん? 何故私をこの場所へ?」
「私ごときにさんは必要無いのですが、奥様はそういうお人柄ですので仕方ありませんね。 ここへ奥様をお呼びしたのは他でもありません、どうしても私から奥様にお話したい事があるのです」
「話したい、事?」
「はい、主様が奥様の事を心より思っており愛していらっしゃる事は重々承知しております。 しかしその上で私はこの場所で主様と初めて直接お会いし、この精神世界の中だけと言えども主様に御奉仕したいと考えました」
「ご、御奉仕……!?」
何故か慌てた様子で俺と黒狼の顔を交互に何度も見比べるセシリア。
……何をそんなに慌てているんだろうか?
「そ、それって……まさか……!?」
「先ずは主様がお疲れかと思いまして、以前奥様もしておりました"膝枕"なるものをしてみました」
「…………えっ?」
「奥様という方がいながら私ごときが主様とその様な触れ合いをするのは烏滸がましい事と重々承知しております。 しかし主様の専用機として、お仕えする従者の身として、何卒私が主様へと御奉仕する事をお許しして頂けないでしょうか?」
「え……あ、そ、それくらいであれば、私は全然構いませんわよ!? あ、あはは……」
セシリア、何やら顔が赤くなっているが、何を想像していたんだろうか?
だがセシリアが許してくれて良かった、もしそれでセシリアの機嫌を損ねる様な事になっていたら俺は誠心誠意謝らなければいけなかった。
「私ごときに御慈悲を与えて下さるとは……奥様の寛容なお心遣いに感謝致します」
再度深く頭を下げる黒狼、それに釣られてセシリアも慌てて頭を下げる。
「あの、ですが……その、膝枕は良いですが……えっと……」
「…………?」
セシリアが何やら言い難そうに言葉を詰まらせている。
その様子を見て首を傾げる黒狼だが、やがて何か気付いたらしく手を叩きながら口を開いた。
「ご安心下さいませ、あくまで私は主様の従者として御奉仕したいと思っているだけにございます。 奥様が心配していらっしゃる様な"性的"な意味合いでの御奉仕は一切考えておりません」
「えぅ……!?」
……セシリア、流石に俺は自分の専用機にそんな事をさせるつもりは微塵も無いぞ。
「……そ、それでしたら、構いませんわ」
「それに、私ごときでは主様にご満足頂けるとは思っておりません。 また主様のバイタルや脳波等、統合的に見ても主様と奥様の身体の相性の方が良いので私ごときが入る余地などありません」
「うぇえええっ!?」
「……おい、黒狼」
「ふふっ、申し訳ありません主様」
謝罪の言葉を口にしながらも、悪びれる様子も無く笑みを浮かべる黒狼。
全くこいつは……。
「そういう事ですので奥様、どうかご安心下さいませ」
「は、はいぃ……」
顔を耳まで真っ赤にしながら俯いて顔を手で覆ってしまうセシリア、その頭を何も言わずに撫でてやった。
セシリアには悪いが相手が悪かった、こいつはISだから仕方無いが普通の感覚とはずれているからな。
「……主様、奥様」
黒狼がそれまでの態度から一変、表情を真面目なものに変えて姿勢を正すと何度目かの深々とした一礼を見せた。
「今日は私の願いを聞き入れて頂き誠にありがとうございました。 この黒狼、これからお二人をお守りする事に尽力させて頂きます故、どうぞ宜しくお願い致します」
……全く、からかう前にそう言えば良いものを。
「それを言うなら俺の方だ。 専用機としてお前がいるからこそ俺は戦う事が出来るんだからな、今回の無人機の襲撃もお前がいたから俺はセシリア達を守る事が出来た……また無理をさせてしまうかもしれないが、これからも宜しく頼む」
「それでしたら私も……あの時、悠斗さんを守って下さった事、本当にありがとうございます。 これからも、悠斗さんの事を宜しくお願いします」
セシリアと共に黒狼に深く頭を下げた。
その顔は見えないが、雰囲気から黒狼が驚いているのを感じる。
「……ふふっ、やはり主様のISになる事を望んで良かったです」
その言葉に頭を上げれば黒狼は柔らかい笑みを浮かべながら俺達を見ていた。
「奥様、主様の心の支えになれるのは奥様だけにございます。 主様の事を、どうか宜しくお願い致します」
「勿論ですわ、だって悠斗さんは私が心から愛している方ですもの」
「ふふっ、そうでございましたね……では主様、お二人の意識を戻します」
「……あぁ、頼む」
「奥様、またいずれ会う時まで」
「はい、いつでも呼んで下さいまし、私も色々な事をお話したいですから」
「畏まりました、では」
黒狼が再度深く頭を下げた所で、視界が段々と狭まって来る。
やがて視界は真っ暗になり、意識が遠退いて行った。
目を覚ませば、いつもの部屋の天井が目に入った。
そして視線を横に向ければ安らかな寝顔のセシリアの姿……上手く行った様で良かった。
時刻は早朝、この二日間まともに身体を動かしていないから今日は流石に動かないと身体が鈍ってしまう。
包帯をしている事を考えると走る事は出来ないが、せめてウォーキング程度なら問題は無いだろう。
セシリアを起こさない様に細心の注意を払いながら腕をゆっくりと引き抜き、シーツをきちんと掛ける。
それから枕元に書き置きを置いてから着替え、足早に外へと向かった。
「あ、悠斗さん、おかえりなさい」
「……ただいま、セシリア」
部屋へと戻って来るとセシリアが直ぐに出迎えてくれた。
「あの、まだ怪我が完治した訳では無いのですから無理をなさらないで下さいね?」
「わかってる、だから走ったりはせずに軽いウォーキングで済ませているさ」
「それなら良いのですが……ウォーキングですから汗はかいていないですわよね? 喉は渇いていると思いますから、直ぐに珈琲を淹れますわ」
「すまないな、ありがとう」
何の変哲も無い普通の会話ではあるのだが、内心でとても嬉しいと思ってしまう。
何故なら、今の会話のやり取りがまるで……。
「悠斗さん? どうかしましたか?」
「……いや、今の会話が、まるで夫婦みたいに思えて嬉しいと感じてしまってな」
「ふふっ、では"あなた"とお呼びしましょうか?」
「悪く無いし魅力的だが、今は名前で呼ばれていたいな」
「私もですわ、そうお呼びするのは……結婚してから、ですわよね?」
「……そうだな」
触れるだけのキスをしてから、セシリアは珈琲を淹れる為にキッチンへと向かう。
そして俺は珈琲を、セシリアは紅茶を淹れ、食堂へと向かう時間までゆっくりと二人で過ごす。
その時、扉を叩くノックの音が部屋に響いた。
こんな朝早くから誰だ?
セシリアとの時間を邪魔されるのは正直癪だが無視する訳にはいかない、渋々とだが立ち上がり扉へと向かう。
「あ、おはよう悠斗、朝早くに悪いわね」
「……やっぱり邪魔をするのはお前か、鈴」
「は? どゆこと?」
扉を開けた先に立っていたのは鈴だった。
思わず口に出してしまったが、毎度毎度本当に邪魔をしてくれるな。
「よくわかんないけど、昨日の夜に一夏と話して、友達の所に行くって話の事なんだけど、来週の月曜日の朝からで良い?」
「俺は特に予定は無いから構わないが、セシリアに聞いてみてからだな」
「うん、今から聞きに行くつもりだけど?」
「いや、今聞けば良いだろ?」
「…………は?」
「セシリア、少し良いか?」
「はい? 何ですの?」
中にいるセシリアへと声を掛ければ直ぐに此方へとやって来た。
「あら鈴さん、おはようございます」
鈴の姿を見て挨拶をするセシリアだったが、何故か鈴は目を点にして呆然と固まったまま一言も発しない。
……何だ?
「セ、セシリア……えっ、あの……何で、ここに……?」
「何故って、悠斗さんと一緒にいたからですけど?」
「い、いつから……?」
「えっ? 昨夜からですが、それが何か?」
セシリアの言葉に、鈴の表情が目まぐるしく凄まじい勢いで変化し続けている。
何をしているんだこいつは?
「ちょ、待っ……! セシリア! あんた何してんの!?」
突然の叫び、朝から騒ぐな、回りに迷惑だろうが。
「何って、何か問題がありましたか?」
「問題も問題、大問題よ!! いくら付き合ってるからってそんな……その、一緒の部屋で一晩なんて……」
最後の方は顔を赤くしながら声が小さくなって行く。
とりあえず回りに迷惑になる為、一先ず鈴を部屋の中へと通した。
「あぁもう……ちょっと前まであんなに恥ずかしがってたのに、今じゃ微塵もそんなの無いじゃない……」
「えっと、鈴さんが何をそんなに怒っているのかわかりませんけど……あ、申し訳ありませんが、悠斗さんの部屋に泊まっていた事は織斑先生や他の方には内緒でお願いします」
「当たり前じゃない、そんなの口が裂けても言えないわよ……」
何やら呆れた表情で俺達を見て来る鈴、まぁ言わないと言っているから大丈夫だろう。
「それより鈴、セシリアに聞く事があるんだろ?」
「私に聞きたい事ですの?」
「はぁ……うん、昨日言ってた私と一夏の友達の所に行くって話、来週月曜日の朝からでどうかなって」
「特に予定は入れていませんので私は構いませんわ、悠斗さんは大丈夫ですの?」
「あぁ、俺も予定は無いから大丈夫だ」
「なら決定で良いわね、二人共ちゃんと外出申請出しといてよ?」
「あぁ、わかった」
「わかりましたわ」
「話はそれだけ……なんだけど、その、セシリアにちょっと聞きたいんだけど」
そう言った鈴は何やら頬を赤らめながら言葉を詰まらせつつも、セシリアを手招きしている。
セシリアが首を傾げながらも鈴の傍へと行き、そのまま顔を寄せると鈴はそのまま小さな声で耳打ちする。
「その、さ……昨日の夜から一緒って言ってたけど、二人はもう……?」
「……鈴さん、その事も含めて他の方には内緒で、くれぐれも口外しないで下さいね?」
「あぅ……!?」
会話の内容は聞こえない為に何もわからないが、何やら頬を赤らめながらセシリアが何かを言うと、途端に鈴が顔を耳まで真っ赤にさせながら飛び上がった。
不思議に思いながらその姿を見ていたが、やがて鈴は心此処に有らずといった様子でふらふらとした足取りで部屋から出て行ってしまった。
一体、何だったんだろうか?