そのまま歩き続ける事更に十数分、ある店の前で五反田が足を止めた。
視線を向ければ店の看板には《五反田食堂》の文字が。
「着いたけど、さっきの事があるから悠斗とオルコットさんには誠意を見せないとな!」
「……誠意?」
突然そんな事を言い始める五反田に俺もセシリアも思わず首を傾げる。
「あぁ! 二人はせっかく来てくれたし、さっきは迷惑掛けたからさ、好きな物食ってくれよ!」
「……好きな物?」
「あぁ! 勿論俺が奢るぜ! こう見えても家の手伝いとバイトで金は持ってるからよ!」
「……本当か?」
「勿論! 男に二言は無いぜ!」
それはありがたいな、まだメニューを見ていないが、鈴と織斑が昔から通い絶品だと言っていたから味は確かなんだろう。
何やらセシリアと鈴、織斑が五反田に哀れみの目を向けているのが気になったが、せっかくの厚意は受け取っておくべきだろう。
「わかった、そうさせて貰おう」
「おう! オルコットさんもな!」
「え、えぇ……あの、御愁傷様ですわ……」
「…………へっ?」
セシリアの言葉に目を点にする五反田を引き連れ、俺達は店の中へと入って行った。
店の中はカウンターとテーブルにそれぞれ席のある、個人の店としては中々に広い造りのものだった。
そしてカウンターの中、入って来た俺達に鋭い視線を向けて来る荘厳な雰囲気を醸し出す老人、恐らくは店主だろうか。
「じいちゃん! 一夏と鈴が来たぜ!」
「厳さん、お久しぶりです」
「一年振りになりますけど、お久しぶりです」
「おぉ、元気だったか? 今日はよく来てくれたな……そっちは?」
二人から俺達に視線を向けて来る。
「えっと、鈴さんと織斑さんの同級生のセシリア・オルコットですわ。 今日はお招き頂きまして誠にありがとうございます」
そう言って深く頭を下げるセシリア、それに習い俺も頭を下げた。
「同じく同級生の五十嵐悠斗だ、今日は宜しく頼む」
「そうか、よく来てくれたな、好きな所に座ってくれや」
その言葉に俺達はカウンター近くのテーブル席へと座った。
そして壁に掛けられたメニューを見れば様々な中華料理の名前がずらりと並んでいる。
ほう……どれも美味そうだな……。
「ちなみにオススメは野菜炒め定食だな! まぁ他に気になるものがあるならそれでも良いぜ?」
「俺は野菜炒め定食!」
「私も、久しぶりに厳さんの野菜炒め食べたいし」
「なら私も同じものでお願いしますわ」
「オッケー、なら三人は野菜炒め定食だな、悠斗は?」
「……そうだな」
メニューを見ながら、じっくりと厳選する。
「弾、念のため最終確認、本当に男に二言は無いのよね?」
「えっ? そりゃ勿論、それは男が廃るってもんだ」
「そう……御愁傷様」
「なぁ、さっきオルコットさんも同じ事言ってたけど一体どういう意味……」
「……野菜炒め、青椒肉絲、回鍋肉、カニ玉、五目炒飯に五目餡掛け焼そば、酢辣湯、デザートに杏仁豆腐」
「…………は? はぁっ!?」
五反田の素っ頓狂な声が店内に響き渡った。
「どうかしたか?」
「いや、ちょ、おまっ……! そんなに食えるのか!?」
「……残すつもりは無いが?」
「五反田さん、悠斗さんなら大丈夫ですわよ? 仰った通り残したりはしませんのでお店にご迷惑を掛ける事はしませんわ」
「いや、違う、そういう問題じゃなくて……えっ、マジで……?」
「弾、諦めなさいよ、あんたが自分で言い始めたんだから、自分の発言には責任を持ちなさい」
「…………嘘、だろ」
絶望に染まる五反田をそのままに、俺達は構わずにそれぞれ注文をするのだった。
「あいよ、お待ち」
目の前のテーブルにそれぞれ注文した料理が置かれた。
四人は定食の為にトレイ一枚で収まっているが、俺の前にだけ皿が大量に並ぶ。
どれも出来立ての為に湯気が立ち上り、何とも食欲を誘う香りだ。
「……兄ちゃん、本当に全部食えるんだな?」
「あぁ、作った料理を残すのは作り手に対する冒涜だ。 そんな失礼な事は絶対にしない、残さずに食う」
「……そうか、なら良い」
そう言ってカウンターへと戻って行く店主を見送ってから目の前の料理へと視線を戻す。
冷める前に食わないとな……先ずはオススメだと言っていた野菜炒めから。
「……ほう」
これは確かに、生という訳では無くきちんと火は通っているのにそれぞれの野菜の食感が残っており味付けも野菜本来の味を引き立たせている。
次いで他の料理も一口ずつ食べてみるが、そのどれもが正に絶品だ。
これはかなり美味いな。
「うわ……見てるだけで胸焼けしてきた……」
向かいに座る五反田がそんな事を言って来たが、気にせずに食べ続ける。
「んっ……くっ……!」
そんな時、隣に座るセシリアが何やら苦し気な声を漏らしている事に気付いた。
視線を向ければ箸で掴もうとするが虚しくもずり落ちて行く野菜炒めが。
「セシリア、箸が使えないのか?」
「うっ……その、お恥ずかしながら、まだ箸には慣れていなくて……」
「……そうか、なら」
セシリアの手から箸を借り、そのまま野菜炒めを掴んで口元へと運ぶ。
「えっ? ゆ、悠斗さん……?」
「俺はどちらの手でも使える、遠慮せずに食べてくれ」
「あぅ……」
恥ずかしそうに頬を赤らめるセシリアだが、ゆっくりと口を近付けて来る。
そしてゆっくりと、味わう様に噛み締めた。
「……ふふっ、とても美味しいですわ」
「あぁ、味付けが絶妙だな」
「味付けもですが、悠斗さんが食べさせて下さるのでもっと美味しいですわ」
「……そうか」
そのまま右手でセシリアに食べさせながら俺も左手で自分の分を食べて行く。
せっかくこんなに美味い料理だからな、冷めてしまっては勿体無い。
「うわマジか……お前らいつもこんなの見せ付けられてんの?」
「い、いや、俺はそんなに……」
「一夏が羨ましいわ、私はしょっちゅう見せられてるわよ」
「……何だ?」
「「「いや、何でも無い」」」
変な奴らだな……っ!?
背後からの気配、箸を置いて咄嗟に手を伸ばして飛来して来た物を掴んで受け止めた。
これは……お玉?
飛来して来たお玉は全部で三本、一本は俺が受け止めたが、残りの二本はそれぞれ織斑と五反田の頭へと襲い掛かった。
「ぐあああっ!? デコが、俺のデコがああああっ!?」
「ぐおぉ……!? ひ、久しぶりだぜこの痛み……!」
「うわ……痛そ……」
騒ぐ二人を一瞥してから視線を背後に向ければいつの間にか店主が直ぐ後ろに立っていた。
年齢的にはかなり高齢なのにも関わらず、その身体付きと威圧感はまるで歴戦の猛者の様に感じる。
「お前達、飯を食う時は黙って食えと何度も教えただろうが。 それと兄ちゃん、そんな食い方は作り手に対する冒涜じゃないのか?」
「……確かにそうだな、話をしていた事は謝る。 だがこの食い方に関しては許して貰えないか? セシリアはまだ日本に来て日が浅く箸の使い方に慣れていない、せっかくの料理が冷めてしまえば元も子も無いだろう?」
「……成る程、兄ちゃんの言い分も一理あるな」
「黙って食う分そこを理解して貰いたい、頼む」
そう言って頭を下げれば、店主は暫く黙り込んだ。
「むぅ……わかった、兄ちゃんの言う通りだな、それは許してやろう」
「……すまない、感謝する」
そのまま店主は俺から視線を外してカウンターへと戻って行く。
それから俺達は一切会話せずに食事を続けるのだった。
「……ごちそうさまでした」
箸を置いて手を合わせる。
かなり美味かった、これは学園の食堂よりも美味いかもしれない……満足出来る料理だった。
「す、すげぇ……本当に全部食いやがった……」
「残すつもりは無いと言ったが?」
「いや、確かに言ってたけど実際見るとすげぇよ……うぅ、財布が軽くなった……」
「あんたが余計な見栄を張るからでしょ」
「まさかそんなに食うとは思わなかったんだよぉ……」
食後のお茶を飲みながら暫し歓談の席となる。
「いや~相変わらず厳さんの作る飯は美味いな」
「そうね、前と全く変わらない美味しさだし……本気で弟子入りしようかな」
「あ、そういえば前に酢豚とか何とか言ってたっけ? もし良かったら今度鈴が作った料理を食わせて貰えないか?」
「えっ!?」
「俺も色々作れる様になったからさ、お互いに弁当作って食べ比べしても面白そうだろ? たまには食堂じゃなくて屋上で皆で食べても楽しそうにだし」
「あ、み、皆でね……そうよね……」
「鈴の手料理食べてみたいしさ、頼むよ」
「うっ……し、仕方ないわね……」
何やら面白そうな話だが、そこは織斑に二人でと言って欲しかったな。
まぁ、織斑はそういう奴だから仕方ない。
「あ、お兄! ここにいたのね!」
突然、奥からそんな声が響いた。
視線を向ければ弾と同じ髪色で、何ともラフな格好の女が鋭い目付きをしながら此方へとやって来ていた。
「部屋の掃除するって言ってたのに何してんの? 早く……えっ? い、一夏、さん?」
「あ、蘭、久しぶり」
何やら織斑の顔を見て固まる女、一夏は蘭と呼んだが知り合い……恐らくは、五反田の家族だろうか?
「あ~……言うの忘れてたわ、悪い」
「……っ!?」
顔を一気に真っ赤にさせて、女は目にも止まらぬ速さで奥へと引っ込んでしまった。
……何だったんだ?