席に座って、私はずっと視線を逸らせずにいました。
祖国イギリスの代表候補生となり、自らの技術やパイロットとしての腕を磨く為、修行の為にこのIS学園に入学しました……それなのに。
「五十嵐悠斗だ」
何ですの?
「織斑一夏です……以上です」
何故ここに男が、しかもまるでやる気の無い態度、そんなの許される筈が無い、遊びでここにいるのならお門違いですわ。
一人は織斑先生、あのブリュンヒルデの実の弟……それなのにまるで危機感を持ち合わせていません。
確かに日本は平和な国ではありますが、正にその日本で育った平和ボケしたお気楽な男、それが率直な感想でした。
もう一人は……少し、違う様に思えます。
ISでは無いにしても、織斑先生のあの一撃を避ける程の反射神経、幾ら私でも生身であれを避けるのは無理だと思いますわ。
少し、ほんの少しだけ、興味が沸きましたわ。
「ちょっと、よろしくて?」
柄にも無く緊張してしまい、思わず声が詰まってしまいそうになりましたが何とか声を掛ける事が出来ましたわ。
私の呼び掛けに振り向いた彼の顔を見て、思わず息を呑んでしまいました。
日本人らしいまるで夜空の様な黒髪、そして同色の瞳はまるで見た者を射竦める程に鋭い。
しかしそれは粗暴といった意味では無く、まるで鋭利に研ぎ澄まされた刃を思わせる様な鋭さでした。
そして先程は余り気にしていませんでしたが、改めて間近で彼を見てみるととても整った顔立ちをしていました。
確かにもう一人、織斑一夏も整っているとは思いますが、彼はその雰囲気も相まって独特な魅力がある様に思いますわ。
……気のせいでしょうか? 彼も私を見て、一瞬ですが息を呑んだ様に見えましたが。
それから彼を試す為にわざと高圧的に接してみれば、最初の反応こそ恐いと思ってしまいましたが、先程の織斑先生や山田先生に対するものとは違い、とても紳士的に応じて下さいました。
それにその後の授業でも、話によれば入学するまでそれ程時間は無かった筈なのにISの基礎理論の大半を理解していました。
それに授業が終わってから私に尋ねて来たのは、恐らくクラスの他の方は誰も見ていないであろう内容。
彼は、恐らく他の男とは違うのかもしれません。
次の授業で、クラス代表の話が出ました。
それならば代表候補生である私が、このクラスの誰よりもISに時間を費やして来たこの私がなるべきですわ。
……そう、思っていましたのに。
「はい! 織斑君が良いと思います!」
「あ、私も賛成です!」
「あ、えっと……五十嵐君もありかなぁ、なんて……」
何故、ですの?
男だから、珍しいから、そんなしょうもない理由で代表を選ぶというのですか!?
そんな、ふざけないで下さい……!
つい、頭に血が登ってしまいました。
今になって思えば、本当にどうしようも無いですわ。
私のした発言は、一歩間違えれば本国から代表候補生の座を取り消されてもおかしくは無いもの。
しかし彼は、そんな私を庇う様に発言して下さいました。
私は彼では無く、織斑一夏に対して抗議しました……しかし結果として日本を、この国に生きる全ての人を、そして男性を貶したも同然の発言。
それなのに彼は私にきちんとした場を設けて下さり、謝罪しようとした私に言いました。
私のプライドを、信念を、誇りを、尊敬に値するものだと……その後、直ぐに恥ずかしそうに気にするなとも言って下さいました。
本当に同じ人なのかと疑ってしまう程に恥ずかしがる彼が可愛く見えてしまいましたわ。
あんな事を言ってしまったのに、私にそんな優しい言葉を掛けて下さった彼に私は……いいえ、それは駄目ですわ。
彼も言っていたではありませんか、正々堂々勝負をし、試合が終わった後に私の謝罪を受け入れると。
それなのに、私にそんな感情を抱く資格なんてある筈が無いですわ。
……無い、筈でしたのに。
あの発言で、クラスや食堂に居辛くなった私は購買でサンドイッチを買い屋上で一人座っていました。
恐らくここに来る方はいない筈と、そう考えて。
しかし、屋上の扉が開かれ、彼がやって来ました。
思わず彼の名を呼ぶと、彼は驚いた表情を浮かべていたので偶然この場所に来たのだとわかりました。
屋上には幾つもベンチがありましたが、無意識の内に彼を自らの座るベンチに誘いました。
幼い頃から男性が苦手、寧ろ嫌いな筈でしたのに、彼に対しては不思議とその様な感情は抱きませんでした。
私の言葉を聞いて、彼は戸惑いながらも嫌な素振りを見せず了承して下さいました。
隣に座り、私と同じ購買で買って来たものを食べ始める彼。
意外だったのは、きちんと手を合わせて姿勢を正してから食べ始めた事、彼が礼儀正しい日本人であると感じさせるものでした。
ただ、やはり……。
「やはり男性は、それくらいが普通なんですの?」
思わず尋ねてしまいました。
大きなおにぎりを三個におかず、女子としては考えられない量。
「他の奴がどうかわからないが、俺は大体これくらいだな」
やはり、そうなんですのね。
「逆に、よくそれで足りるな?」
私の手にしたサンドイッチを見てそう尋ねて来る彼、普段はもう少し食べますが、今は食欲が無いだけで、しかしそれを伝えればあの発言が関係しているといらない心配を掛けてしまう。
「あ、これは……その、ダイエットですわ」
誤魔化す為にそう言った私に、彼は首を傾げじっと私……いえ、私の身体を見つめて来ました。
「……十分痩せていると思うが?」
今までの私であれば、この様な不躾な視線を受けただけで嫌悪感を剥き出しにして猛抗議していた筈でした。
しかし、彼の視線に私が感じたのは羞恥。
彼に見られて、私はただ恥ずかしいと思ってしまいました。
それなのに、心の何処かで嬉しいと思ってしまうのは何故……?
その感情を悟られない為に抗議すれば、彼は慌てて頭を下げながら謝罪の言葉を口にしました。
私には謝るなと言っておきながら、自分は謝りますのね……やはり、彼は優しい方ですわ。
正直な話、代表候補生としてISに携わる様になってからモデルとしての仕事も受けなければいけなかったので、スタイルには気を付けていました。
ですが彼はそんな事を知る筈もありませんし、お世辞でそう言って下さったのだと思っていました。
しかし彼は、とんでもない事を口にしたのです。
「……嘘なんて言っていない、本心からそう思ったんだが?」
……何と、仰ったのですか?
「今のままでも、十分魅力的だと思ったんだが……」
「……はひっ!?」
生まれて初めて、こんな変な声をあげてしまいましたわ。
でも仕方ないですわ、男性からこの様に面と向かって魅力的だなんて言われた事は無かったのですから。
今まで私に近寄って来た男は私では無くオルコット家を、貴族としての地位や遺産目当てのどうしようも無い屑の様な男ばかり。
しかし彼は私を、貴族としての地位やオルコット家の莫大な遺産なんて関係無しに、セシリア・オルコットとして見て下さいました。
恐らく彼は無意識にそう言ったのでしょうけど、その言葉がどれだけ私を惑わせると思っているのでしょうか?
今、間違い無く私の顔は真っ赤に染まってしまっているのでしょう。
彼はそんな私を見て罰の悪そうな顔を浮かべながら残った食事を口に詰め込み、立ち上がると一言謝罪をしてから直ぐに去ってしまいました。
本当は謝る必要なんて無いと伝えるべきでしたのに、私は呆然と固まったまま動く事が出来ませんでした。
熱くなった顔、激しく早鐘を打つ心臓、落ち着かせる為に胸に手を当てながら彼が出て行った扉をただ見つめていました。
男が嫌いだった筈なのに、彼の事をもっと知りたいと思った。
彼の事を、もっと見てみたいと思った。
彼に、私の事を知って欲しいと思った。
彼に、もっと近付きたいと思った。
一目見た時から、他の男とは違うとわかった時から、彼に心の何処かで惹かれている自分がいた。
「……五十嵐、悠斗」
彼の名を口にすれば、再び顔が熱を帯びる。
彼ならば、私は……。