休み明け、いつもと同じ時間に目を覚ます。
ふと隣に視線を向けるが、そこには誰もいない。
昨晩もまたセシリアは泊まりに来てくれようとしていたのだが、俺の部屋へと来る途中に運悪く織斑千冬と出くわしてしまったらしい。
幸いにも飲み物を買いに行くという言葉を信じて貰えた様で怪しまれてはいなかったらしいが、念の為に昨晩は自室で休んだのだ。
まぁ、あいつにバレて面倒事になるのは避けなければいけないから仕方無い。
それに恐らくは……。
ジャージに着替え、いつもの様に外へとトレーニングに向かった。
「おはようございます、そしておかえりなさい悠斗さん」
トレーニングを終えて部屋へと戻って来るとセシリアが出迎えてくれた。
予想通り、セシリアは朝から来てくれていた。
鍵を掛けなかったのは正解だったな……だがそれだと無用心か、今度束に頼んでこの部屋のスペアキーを作って貰っても良いかもしれない。
「ただいま、セシリア」
「先にシャワーを浴びますわよね? 着替えとバスタオルは用意していますので、上がったら飲み物を用意致しますわ」
「あぁ、ありがとう」
一度触れるだけのキスをしてから、言われた通りに浴室へと向かう。
そのままシャワーを浴びて汗を流し、着替えて浴室から出ると紅茶の良い香りが鼻腔を突いた。
キッチンに立つセシリアの直ぐ傍へと行きその手元をなるべく間近で眺める。
「ふふっ、そんなに見る程のものではありませんわよ?」
「いや、こういう本格的な紅茶は初めてだから気になってな……昨日の紅茶か?」
「はい、お約束通り悠斗さんに召し上がって頂きたかったので」
そう言って自前の物であろうポットからティーカップへと紅茶を注いで行く。
それと同時に更に紅茶の香りが広がる。
「お待たせ致しましたわ、どうぞ召し上がって下さいまし」
「頂こう」
カップを受け取り、先ずはもう一度近くで香りを。
やはり市販のインスタントとは比べ物にならない上品な香りだな。
そのまま口を付ける。
「如何でしょうか……?」
少し不安そうに見つめて来るセシリア。
「……凄いな、こんなに香りだけで無く味も違うものなのか」
「そ、それって……」
「とても美味しい、こんなに美味しい紅茶を飲んだのは初めてだ」
「ほ、本当ですの!?」
「あぁ、勿論本当だ」
そう言って心底安心した様な表情を浮かべるセシリアの頭を優しく撫でてやると、途端に嬉しそうに笑みを浮かべる。
そのまま暫くの間二人でゆっくりと過ごし、時間を見て食堂へと向かった。
食堂に着き、朝食を受け取ってから空いている席を探す。
「あ、五十嵐君! オルコットさん! こっちこっち!」
最早恒例と思える相川からの呼び掛け、視線を向ければいつもの三人の姿が。
席へと向かい互いに挨拶をしてから三人の前の席へと座り早速食い始める。
「いつも悪いな相川」
「そんな事無いよ? 最近は寧ろ二人が私達のいる席に座れる様に皆気を遣ってくれてるみたいだから」
「そうだったのか?」
成る程、通りでいつも俺達が座れる訳だ。
「それより二人共聞いたよ? 昨日デートに行ってたんだってね?」
相川の言葉に思われる首を傾げてしまった。
何故知っているのだろうか? 外出申請を出す時も、学園を出る時も誰とも会ってはいなかったと思うが。
「何でも昨日他のクラスの娘達がレゾナンスで一緒に歩いてる二人を見たんだって」
「あぁ、そういう事か」
「全く気付きませんでしたわね?」
気付かないというか、学園の奴ら全員の顔を覚えている訳が無いから擦れ違ったとしても気付ける自信が無い。
そもそも外出先で、この三人ならまだしも、他の奴らの事なんざ気にもしていないからな。
「良いなぁオルコットさん、こんな格好良い彼氏とデートなんてさぁ」
「ふふっ、恋人の特権ですので」
「流石セシリー、ゆうゆうの正妻だね~?」
「せい……さい?」
「えっと、要するに奥さんという事ですね」
「成る程、それを正妻と言うのですね? ふふっ、また一つ日本語を覚える事が出来ましたわ」
「おぉ……全然恥ずかしがって無い……」
「寧ろ、当然の様に受け入れてる……?」
「あはは~これじゃからかえないね~?」
からかうつもりだったのか。
「あ、ところでさ、二人は転校生の話って聞いてる?」
相川の発した言葉に思わず首を傾げてしまう。
少し前に鈴が来たばかりだが、また転校生が来るのか?
「何でも噂だと二人共国の代表候補生らしいんだよね、確かフランスとドイツの」
「フランスとドイツの、代表候補生……?」
何故今の時期に代表候補生が二人も来るなんておかしいと思うんだが、この学園ではそれが普通なのか?
「セシリアは何か聞いているか?」
「いえ、本国からそんな情報は一切聞いていませんね……」
セシリアが聞いていない? 普通、国の代表レベルがこういった形で動くのであれば各国で何かしらの情報が回る筈だが。
「しかも編入するのが私達のクラスらしいの」
……厄介な事に、ならなければ良いが。
そんな時、隣に座るセシリアが自棄に静かな事に気付いた。
視線を向ければ、何度か見た口を尖らせて頬を膨らませながら不満そうに唸るセシリアの姿が。
「セシリア、どうかしたのか?」
「……代表候補生が二人も来るなんて……悠斗さんは格好良いのでその二人が何かしないか心配ですわ」
成る程、そういう事か。
「心配するな、誰が来ても気持ちが揺らぐ事は無い、俺はセシリア以外に靡く様な真似をする筈が無いさ」
「あぅ……本当、ですの……?」
「あぁ、勿論だ」
そう言って頭を優しく撫でてやれば、途端に嬉しそうな笑みを浮かべるセシリア。
場所が食堂である為にここまでしか出来ないが、俺の気持ちは伝わっている筈だろう。
それに、俺がセシリアに惹かれたのは国の代表候補生だからでは無い、セシリアという個人に惹かれたんだ。
だから何処の国から代表候補生が来ようとも俺には関係無い、セシリアだけを愛し続ける。
「あれ? どうして? 水が甘い……?」
「あ、あはは……」
「おぉ~今日も朝からお惚気全快だね~?」
目の前の三人が何やら言っており、更には周囲の奴らからの視線が集まるが、それに構わずにセシリアの頭を撫で続けた。
「くぉら! またあんた達は朝っぱらから!」
後ろから掛けられる声、こんな風にセシリアとの時間を邪魔して来るのは一人しかいない。
後ろを振り向けば案の定鈴が俺達を恨めしそうに睨んでいた。
「……邪魔をするな」
「邪魔とかじゃないからね!? ここは食堂で、皆の集まる場所なのわかってる!?」
「何を当たり前の事を、寝惚けてるのか?」
「ああああああぁ!! 本当にあんたはぁ!!」
食事の乗ったトレイを手に器用に片手で頭を掻きむしりながら騒ぐ鈴、相変わらず朝から騒がしい奴だな。
「あら? おはようございます鈴さん」
「おはよう鈴音さん!」
「お、おはよう」
「リンリンだ~おはよ~」
「……おはよう」
不満そうに口を尖らせながらも挨拶はきちんと返す鈴、そういう所は律儀というか真面目だな。
そのまま俺の隣の空いている席へと腰を下ろす鈴、何気にこの面子で食べる事が増えたな。
「織斑はどうした?」
「一夏なら朝の特訓に行ってるわよ、多分そろそろ来ると思うけど」
「……そうか」
織斑はクラス代表になってから毎日の様に朝と放課後に特訓をしている、夜も夜でISについて勉強をしている様だ。
対抗戦の一件以来更に熱が入っているらしいが、鈴曰く俺達が戦っている時に何も出来なかった事をかなり気にしているらしい。
……織斑も真面目というか、正義感の強い奴だからな、本当は気にする必要は無いのだが自分の気持ちの問題だと言われてしまってからはそれ以上言わないでいる。
まぁ、結果的に全て自分の為になっているのだから問題は無いし休みはきちんと取る様に言い聞かせたから大丈夫だろう。
「あ、鈴音さんは何か聞いてる?」
「んぇ? 何が?」
「1組にまた転校生が来るんだって、しかも二人の代表候補生が」
「……おかしいわね、何も聞いて無いわよ?」
鈴も知らないとなると、やはりこの編入はかなり特殊なものなのだろうか?
「やはり鈴さんもですか?」
「そう言うって事はセシリアも聞いて無いのね?」
「はい、定期的に本国と連絡を取り合ってはいますがその様な話は一切聞いていませんわ」
「ふーん……厄介な事にならなきゃ良いけど、特に一夏が」
「……厄介事になる前にとっととお前とくっ付けば良いんだけどな」
「そうよね、もっと意識させて……って、そうじゃ無くて!?」
顔を真っ赤にさせて慌てる鈴。
途中まで聞けたからわかるが、やはり一夏の事が心配なんだろうな。
セシリアも含め四人は既に鈴の事を微笑ましいものを見る温かい目で見ている。
「隠すな、どうせわかっている」
「ち、違うわよ!? 私は……!」
「あ、おはよう皆」
「うひゃあっ!?」
突然後ろから掛けられる声、視線を向ければ今話に出ていた織斑の姿。
「終わったのか?」
「うん、それで飯を食いに来たんだけど、皆がいるのを見付けたから声を掛けたんだよ」
「そうか……俺はもう食い終わる、この席を使うと良い」
「うぇっ!?」
「あ、急かしたみたいで悪いな」
「気にするな、それに……どっかの誰かさんもその方が良いだろ?」
そう言って鈴を横目で見れば顔を赤くしながら俯いてしまった。
恥ずかしがるのは良いが、こうしてお膳立てしてやるんだからもう少し積極的にして欲しいんだがな。
「あ、悠斗さん、私も食べ終わるので一緒に行きましょう?」
「あぁ、そういう事だからこの席を使え、俺達は先に行ってるぞ?」
「ありがとな悠斗、オルコットさん」
そのままトレイを手に俺とセシリアは席を立った。
さて、この二人の事も気になるが、今日やって来ると言う二人の転校生も気になるな。
代表候補生が二人、大丈夫だと思いたいが、それ以上に何か厄介な事が起こりそうな予感もする。
そんな不安を抱きながら、セシリアと共に教室へと向かうのだった。