インフィニット・ストラトス 漆黒の獣   作:田舎野郎♂

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今回も鈴視点


第60話 友の為に

「ここだ! オルコットさん! 悠斗!」

 

「ちょ、ちょっと待って一夏! 医務室なんだから静かにしないと!」

 

突然医務室の扉が開かれたと思ったら、そんな大声をあげながら一夏とデュノアが入って来た。

 

多分、今回の騒ぎを聞いて駆け付けたんだと思う。

 

「一夏……」

 

「鈴! オルコットさんは!?」

 

「……織斑、セシリアはまだ目覚めたばかりだ、静かにしろ」

 

「あ、ご、ごめん……」

 

「それと、今はそれ以上近付くな」

 

セシリアを抱き締めたまま二人から隠す様にしながらの悠斗の言葉。

 

恐らくセシリアの泣いている姿の事を考えてそう言っているのだろう。

 

悠斗に対しては別だけどセシリアはプライドが高い、そんなセシリアが泣いている姿を他人に見られたくは無い筈だもの。

 

「えっ? いや、でも……」

 

「一夏、今は悠斗の言う通りにしよう?」

 

「あ、あぁ……わかった……」

 

デュノアは悠斗が何を言っているのか察したのか、一夏の手を取りながら説得して一夏も渋々といった様子だけど納得した。

 

……いや、デュノアは男でしょうが。

 

何ちょっと嫉妬してんのよ私、わかり合ってるみたいで羨ましいとか、その距離感が羨ましいとか思ってるんじゃ無いわよ。

 

デュノアは男、そして一夏も男、それで私は女でしょうが。

 

何処にも不安な要素は無いでしょ……無い……無い、わよね……?

 

「悠斗、話は聞いた。 あのボーデヴィッヒがこんな事をしたんだろ?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

「っ……許せねぇ……! あいつの狙いは俺だろ!? 何でオルコットさんにこんな事をしたんだよ!?」

 

「……俺にわかる筈が無いだろうが」

 

「くっ……! 今からあいつの所に行って来る!」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと一夏!?」

 

「絶対許さねぇ! 一発ぶん殴って来る!」

 

 

 

「そんな事、許す筈が無いだろうが馬鹿者」

 

 

 

その声は一夏とデュノアの後ろ、開かれた扉から。

 

視線を向けると扉の前に千冬さんが立っていて一夏へと鋭い視線を向けていた。

 

「ち、千冬姉……」

 

「織斑先生だ馬鹿者……いや、今はそれはどうでも良い。 そんな事よりもお前が今からやろうとしている事は許可出来ない」

 

「っ……何でだよ!? 代表候補生だからか!? 代表候補生ならこんな事をしても許されるのかよ!?」

 

「違う、あいつには既に自室への謹慎処分を下してある」

 

「謹慎、処分……? それだけかよ!? オルコットさんにこれだけの怪我させといて!」

 

「……これ以上の処分は学園から下す事は出来ない」

 

やっぱり、そうなるわよね。

 

あいつ、ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生、この学園がいくら他国からの干渉は一切受けないと言ってもそれはあくまで学園内でのものだけ。

 

今回の件で退学処分、もしくはそれ以上の処分を下すとなればドイツ側が学園では無く日本という国に対して何を言って来るかわからない。

 

私だってこれだけの事をしておいてたかが自室への謹慎処分だけだなんて納得は出来ない、だけどこのIS学園が日本の後ろ楯があって成り立っている限り何も出来ないのも事実なのだ。

 

「クソ……! 納得出来るかよ!」

 

「お前が納得しようがしまいが関係無い、これは学園としての決定だ」

 

「学園なんて関係無いだろ!? こんな怪我をさせておいて、千冬姉は何も思わないのかよ!?」

 

「織斑、聞き分けを持て……!」

 

止まらない二人の言い合い、一夏がここまで感情を露にして怒鳴る姿を見たのは初めてだった。

 

デュノアも初めは止めようとしていたけど、余りの剣幕におろおろと二人を交互に見ている事しか出来ていない。

 

 

 

「……いい加減にしろ」

 

『っ!?』

 

静かな、それでいて怒りに満ちた声が医務室に響いた。

 

声の主は悠斗、いや、寧ろ悠斗にしかまるで全身に刃物を突き付けられたかの様な殺気は出せない。

 

自分の意思とは関係無く、身体の震えが止まらない。

 

「ここは医務室で、セシリアはまだ目覚めたばかりだ。 ぎゃあぎゃあと喚くな」

 

「悠斗、さん……」

 

「……大丈夫だ、今はゆっくりと休んでくれ」

 

「はい……」

 

ゆっくりとセシリアの身体をベッドへと横たわらせ、そのまま優しく頭を撫でる。

 

目を覚ましたとは言っても身体への疲労とダメージは残っていたのだろう、セシリアは直ぐに目を閉じて眠りに就いてしまった。

 

「……あの屑はお前と顔見知りなのか?」

 

背を向けたままの悠斗の問い掛けは千冬さんに対するものだった。

 

「……ボーデヴィッヒの事か?」

 

「……他に誰がいる、答えろ」

 

「……ボーデヴィッヒは昔ドイツ軍に教官として一時期着任した際に知り合った、元教え子だ」

 

「……そうか」

 

それだけ言うと悠斗は立ち上がり、ゆっくりと扉へと向かい始めた。

 

顔を伏せているから悠斗の顔は見えない、そのまま一夏とデュノア、千冬さんの横を抜けて医務室から出て行こうとする。

 

「待て、五十嵐」

 

悠斗の肩を、千冬さんが掴んで歩みを止めた。

 

「……離せ」

 

「お前、何を考えている……?」

 

千冬さんの問い掛けに悠斗は何も答えない。

 

「ボーデヴィッヒには既に処分を下したと伝えた筈だ」

 

「……処分だと?」

 

そこで漸く悠斗が振り返り、その目を見て余りの恐怖に私も一夏も、そしてデュノアも思わず固まってしまった。

 

その目はいつもの鋭利な刃物を思わせる目では無い、まるで全てを飲み込む深淵の様などす黒く一切の感情を感じられない目だった。

 

この目は駄目、危険過ぎる。

 

「……あれだけの事をしておきながら、たかが自室への謹慎処分? ふざけるのもいい加減にしろ」

 

「っ……他に方法が無かったんだ、今はこれしか出来ない」

 

「……話にならないな」

 

「ゆ、悠斗! ボーデヴィッヒの所に行くなら俺も……!」

 

「お前は黙ってろ!!」

 

初めて、悠斗の感情が爆発した。

 

一夏も、私とデュノアも、その迫力に何も言葉を発する事すら出来ずに直立不動になってしまう。

 

「一発ぶん殴る? そんな甘い考えしか無いお前を連れて行った所でどうする?」

 

「ち、違う……俺は……」

 

「元々相手にするつもりは無かったが今はもう違う、あの屑は俺の獲物だ……お前は引っ込んでろ」

 

"獲物"

 

その言葉で、悠斗があいつに何をするつもりなのか見当がついてしまう。

 

「待て五十嵐!」

 

「……所詮、お前にとってはあの屑の方が大事なんだろ?」

 

悠斗の言葉に千冬さんが固まる。

 

駄目、悠斗……それ以上言っちゃ……。

 

悠斗だって本当はわかってる筈、千冬さんが本心からこんな軽い処分を下している訳じゃ無いって。

 

でも今の悠斗は感情に流されて我を忘れてしまっている、このままだと駄目なのに……言葉を発する事が出来ない……。

 

「お前にとっては面倒を見始めたばかりの生徒よりも、昔から知っているドイツでの教え子の方が大事なんだろうが」

 

千冬さんの表情が段々と怒りに満ちて行くけど、悠斗の発言は止まらない。

 

「違うのか? いいや、違わないよな? 所詮お前にとって、織斑が対象であれば違うのかもしれないが俺達は赤の他人なんだろ?」

 

「違う……!」

 

「違わないだろうが、あの屑が処分を受けたらお前も困るんじゃないのか?」

 

「やめろ……!」

 

「あの様子を見るに、お前の事を随分と慕っている様だったからな……そんな忠実な奴が消えると、お前も困るんだろ?」

 

「っ……!? 五十嵐!!」

 

千冬さんの怒鳴り声、そして振り上げられた拳は、悠斗の頬を捕えた。

 

悠斗は、避けなかった。

 

いつも千冬さんの出席簿や物を投げられた時も避けていた悠斗なら難なく避けられる筈なのに、悠斗は抵抗すらもせずにそのまま殴られた。

 

殴られた頬は赤くなり、口の端から口内が切れたのか血が流れるけれど、悠斗は表情を変えずに千冬さんの顔を真っ直ぐ見つめている。

 

「……っ!? い、五十嵐……」

 

「……がっかりだよ、お前には」

 

それだけ言い捨てると、悠斗はそのまま私達に背を向けて医務室から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

医務室に残された私達、誰も口を開く事が出来ずにただ沈黙だけが部屋を支配している。

 

そんな中で、千冬さんは顔を俯かせながら殴った拳を手で押さえていた。

 

「ち、千冬姉……」

 

「……私は、間違っているのだろうか」

 

静かに口にされた言葉、一夏の呼び方を注意しないぐらいに、千冬さんは滅入っている様子だった。

 

「他に方法が無かった……確かに、一教師としてはそうなのだろう。 だが私個人として、ボーデヴィッヒに対して他の方法が、処罰が出来た筈だ……教師失格だな、私は……」

 

震える肩、あんなにも大きく見えていた背中が、今はとても小さく弱々しいものに見える。

 

 

このままで、良いの?

 

このまま悠斗を放っておいて、千冬さんが傷心したままで。

 

……そんなの、駄目。

 

もしこのまま悠斗があいつに手を掛けたとしたら、もしその激情のままあいつを……殺してしまったら、悠斗はもうこの学園にはいられない。

 

それどころか下手をすればもう二度と、表の世界で生活が出来なくなるかもしれない。

 

そんなの、駄目に決まっている。

 

セシリアには悠斗が、悠斗にはセシリアが、お互いに必要で大切な存在なのだから。

 

「……私が追い掛けて、悠斗を説得します」

 

三人の目が私に向けられる中、私は千冬さんの目を真っ直ぐに見返した。

 

「鳳……だがあいつは……」

 

「このままじゃ駄目、このまま悠斗を行かせたら、きっと皆後悔するから」

 

「……しかし」

 

「っ……! しっかりしなさいよ!」

 

いつまでも俯いている千冬さんに、私は激を飛ばした。

 

驚きで目を見開く千冬さんだけど今回は構わない、後でいくらでも怒られるししごかれてやるわよ。

 

「千冬さんは教師としての立場があるから謹慎処分なんて軽い処罰しか出せなかったんでしょ!? 国家間の問題があるから、私達みたいに感情的な事や子供の我が儘みたいに好き勝手出来ないのはわかってるわよ! 千冬さんだって不本意で納得出来ていないってわかってるわよ! だけど学園に教師としているからには逆らえないんでしょ!? それなら堂々と構えていなさいよ! 私の知ってる千冬さんはどんな時でも絶対に弱さを見せない、とっても強い人だったわ! 今みたいに項垂れている姿なんて見たく無い!」

 

口に出したら止まらない、思いの丈を全てぶつけた。

 

息を切らしながら千冬さんを見上げると、千冬さんは驚いた顔をしたまま唖然としている。

 

しかし、いつもの真剣で凛々しい表情に戻ったかと思うと徐に私に対して手を伸ばして来た。

 

怒られる。

 

そう考えて思わず目を閉じ、身体を震わせてしまった私の頭へと温かい何かが置かれた。

 

「……えっ?」

 

ゆっくりと目を開けば、千冬さんが優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でていた。

 

「……すまなかったな、鳳」

 

「あ……え……?」

 

「教え子であるお前に言われてしまうとは、本当に情けないな、私は」

 

「千冬……さん……?」

 

「……お前の言う通りだと言っているんだ。 ブリュンヒルデなんて言われている身だが、この学園では私は一介の教師に過ぎない。 上の決定に従うしか無い様な、立場の弱い人間だ」

 

静かに告げられる言葉、だけど先程までの弱々しさは感じられない。

 

「今回の処罰を変える事は出来ない、そして私では五十嵐を止める事は出来ないだろう……だから、友人であるお前から、伝えてくれるだろうか? 教師でありながら生徒であるお前に頼る事しか出来ないのが情けないが、頼む」

 

そう言って、千冬さんは深く頭を下げて来た。

 

只の生徒でしか無い私なんかに頭を下げるなんて……。

 

「……わかりました、行ってきます」

 

千冬さんにここまでさせたんだもの、私が悠斗を止めなくちゃ……!

 

千冬さんに背を向けて、私は医務室から飛び出すのだった。

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