インフィニット・ストラトス 漆黒の獣   作:田舎野郎♂

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第61話 誰が為に

医務室を出てそのまま寮へと向かって足を運ぶ。

 

時折すれ違う教員が俺の顔を見て顔を強張らせながら廊下の端に避けて行くのを見るに、今の俺は余程酷い面をしているのだろうか。

 

だが、そんな事などどうでも良い。

 

煮え滾る怒りで何も考えられない、頭にあるのはボーデヴィッヒ……あの屑を殺すという考え只一つ。

 

セシリアに対して一度ならず二度まで、それも二度目は機体の保護機能が限界を迎える程のもの。

 

やり過ぎどころの話じゃ無い、一歩間違えれば命に関わる程のものだった。

 

セシリアを……俺にとって、俺自身の命よりも大切な……この世で最も愛する存在に、あの屑は……。

 

『あ、主様、お気を確かに……!』

 

黒狼が語り掛けて来るが、何も言葉を返す気が起きない。

 

今は何も考えられない、やる事は一つ、それ以外は何も……。

 

 

 

「悠斗!!」

 

 

 

背後から掛けられる声と何者かが駆け寄って来る足音、しかし歩みを止める事はしない。

 

そのまま歩き続けると、声を掛けて来た人物はそのまま俺の横を通り過ぎて俺の行く手を阻む様にして両手を広げた。

 

仕方無く歩みを止め、視線を下へと向ければ真っ直ぐに俺を見つめる目と視線が合う。

 

「……そこを退け、鈴」

 

俺を見つめる小さい身体、鈴は俺の言葉を聞いてもその場から動こうとしなかった。

 

「絶対に退かない、あんたが考えを変えるまで退かないわよ!」

 

「……考えを変えるだと? お前は何を言っているんだ? まさか、お前もあいつと同じ、あの屑に処分は何もいらないとでも言うつもりか?」

 

「違う! そんな事言って無いわ!」

 

「……ならそこを退けろ、いくらお前でも、邪魔をすると言うのなら容赦しない」

 

「っ……!」

 

一瞬だけ怯む鈴だが、頭を何度か振ると再度俺を見つめて来る。

 

「駄目よ! あんたをこのまま行かせたらとんでも無い事になる! あんた、あいつを殺すつもりでしょ!?」

 

「……あいつにも答えた筈だ。 何度も言わせるな、それ以外に何がある?」

 

「……駄目なのよ、あんたがもしもあいつを殺したら、あんたはこの学園にいられなくなる。 それだけじゃ無い、下手をすれば二度と表の世界で生活出来なくなるのよ?」

 

「……別に構わない、どうせ俺は元々そういう人間だった。 今更表の世界で生活出来なくなろうが俺は……」

 

「じゃあセシリアはどうなるのよ!?」

 

俺の言葉を掻き消す程の声量で告げられた言葉に、思わず口を嗣ぐんでしまった。

 

何故、セシリアの名を……。

 

「もしあんたが学園にいられなくなったら、表の世界にいられなくなったら、残されるセシリアはどうなるのよ!? セシリアの過去を知ってるでしょ!? セシリアにはあんたしかいないのよ!?」

 

セシリアの、過去……。

 

そうだ……セシリアは俺と同じ、肉親と呼べる存在はもういない……。

 

「いつもあんたと一緒にいる時のセシリアがどれだけ幸せそうな顔をしているのかわかってるでしょ!? この間、あんたはセシリアとデートしたわよね!? あの時のセシリアの嬉しそうな顔を見たでしょ!? セシリアはあんたと一緒にいるからあんな過去があったのに笑顔でいられるのよ!? 両親がいないセシリアにはあんたしかいない、両親と同じぐらいに大切で好きな存在はあんたしかいないの! それなのにあんたはセシリアを置いて何処かに行くつもりなの!? セシリアを悲しませるつもりなの!?」

 

「ち、違う……そんな事は……」

 

「……セシリアがあんな目にあって、あんたが一番怒っているのはわかってる。 あんたにとってセシリアがどれだけ大切で、心から好きな相手だってわかってるわ。 でも、そんな事をしたら他の誰よりも、セシリアが悲しむ事になるのよ?」

 

鈴の言葉に、頭が真っ白になった。

 

セシリアが、悲しむ? セシリアと、一緒にいる事が出来なくなる?

 

違う……俺は、セシリアの仇を取ろうと……いや、少し考えればわかる筈だ。

 

人を殺せば、当然相応の罪に問われる。

 

奴はドイツの、国の代表候補生、そんな奴を殺せば鈴の言う様に二度と表の世界にいられなくなる可能性が高い。

 

確かに俺は物心ついた時、死ぬまであのまま誰にも知られる事無く、奴隷と同等の扱いを受けたまま一生を終えるのだと思っていた。

 

それを救ってくれたのが束で、家族という存在を知らなかった俺に家族の温かさを教えてくれた。

 

クロは俺とは違う境遇だが、俺と同じで家族という存在を知らずに生まれ、初めは蟠りがあったがこんな俺の事を兄と呼んで慕ってくれた。

 

そしてセシリアは、こんな俺に好意を抱いてくれて、あの時から俺の傍へといてくれた。

 

初めて束とクロの二人以外で共に生きて行きたいと、命に掛けて守りたいと、心からそう思える存在が出来た。

 

……そのセシリアを、悲しませる?

 

「悠斗、お願いだから……考え直して……」

 

その言葉と共に胸元を拳で叩かれる。

 

痛みを感じない程に弱い筈のその拳は、しかしはっきりと痛みを感じた。

 

「っ……り、鈴……すま、ない……」

 

それまであいつを殺す以外の考えが浮かんでいなかった頭が、急激に冷めて落ち着いて行く。

 

「……確かに私もあいつが許せない、親友であるセシリアにあんな真似をしたあいつが。 でも殺すなんて駄目、それ以外の方法じゃ無いと駄目よ」

 

「それ、以外……?」

 

「あいつに土下座させる、完膚無きまでに叩きのめしてセシリアに、そして武器を向けた他のクラスの娘達に誠心誠意謝罪させる、甘い考えだってわかってるけど、それしか無いでしょ? だから今はセシリアの傍にいてあげて……お願い」

 

真っ直ぐ、視線を逸らす事無く見つめられながら告げられた言葉。

 

その視線を受け止めながら深く、深く頭を下げた。

 

「……すまなかった、頭に血が昇りすぎていた」

 

「良いのよ、今回の事は怒って当然じゃない」

 

「……それでもだ、本当に、すまなかった」

 

「はぁ……なら受け取っておくわよ。 でも悠斗とセシリアには何度も助けられてるんだもの、私だって二人の事を助けたいのよ? だから、謝るよりも他にあるでしょ?」

 

「……そうだな、ありがとう鈴」

 

「うん、どう致しまして。 でもセシリアの傍にいてあげる前に一夏と千冬さんに謝りなさいよ? 一夏だってセシリアの事を心配してたんだし、千冬さんだって本心ではこの処罰に納得していないって悠斗だってわかってるでしょ?」

 

「……あぁ、あいつの一存で決めた事では無いとわかってはいた筈なんだ。 だが、あんな軽い処分しか下さなかった事に納得出来なかった」

 

「悠斗はそんな考え無しじゃ無いってわかってるわよ、私達はまだ子供なんだから感情に流されるのは当然じゃない、ある意味それも子供の特権だし。 だから、ちゃんと二人に謝りましょ?」

 

「……そう、だな」

 

「特に一夏はあんたを怒らせたんだって落ち込んでたから……まぁそれは千冬さんも同じだけどね、姉弟だから似てるのよ、あの二人」

 

「あぁ……お前の旦那と義姉だからな、ちゃんと謝罪する」

 

「わかったなら良いのよ、ちゃんと謝りなさ……って、今何て言ったのよ!?」

 

「違うのか?」

 

「ま、まだ早いでしょ!?」

 

「あぁそうだったな、"まだ"早いか」

 

「ちょ!? この……! せっかく私が説得してやったのにその扱いなの!?」

 

「……いや、本当に感謝している。 お前が止めてくれなかったら、俺は二度とセシリアと一緒にいられなかったかもしれない。 だから、ありがとう」

 

「あぅ!? さ、最初からそう言いなさいよ……それにさ、普段あんた達に散々怒ってはいるけど、二人の過去を知ってるから他の誰よりも、悲しい過去を拭い去る事が出来るぐらいに幸せになって欲しいのよ」

 

顔を赤くしながらも視線を逸らす事無く告げて来る鈴。

 

以前束にも伝えたが、鈴は俺にとって大事な友人だ。

 

他人の為にここまで言ってくれる、織斑同様に強く、そして優しい奴だ。

 

「……その前に、お前に頼みがある」

 

「えっ? な、何よ?」

 

「あいつを叩きのめすのに私闘をする訳にはいかない、だから今度の学年別トーナメントで奴を叩くつもりだが、組む筈だったセシリアは出られない」

 

「……機体のダメージがCだから仕方無いわよね」

 

「だから、鈴にペアを組んで欲しい……頼む」

 

再度、鈴に向かって深く頭を下げた。

 

今回の件でセシリアのブルー・ティアーズはダメージレベルがC、修理の時間を考えると学年別トーナメントに出場する事は出来ない。

 

他の適当な奴と組んでも何とかなるだろうが、奴に挑むからには信用出来る者に一方の相手を任せたい。

 

出来れば信用の出来る、そして実力のある鈴に任せたかった。

 

「あのね、さっきの私の話を聞いてた?」

 

その言葉に頭を上げれば、鈴は何やら呆れた表情を浮かべていた。

 

「二人の事を助けたいって言ったでしょ? それなのにあんたの頼みを私が断るとでも思ってるの?」

 

「……なら」

 

「勿論組むわ、一緒にあいつを叩きのめすわよ!」

 

いつもと同じ様に拳を向けて来る鈴……本当に、こいつは優しい奴だな。

 

その拳に、いつもより強目に拳をぶつけると鈴はその顔に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

セシリアにあんな事をしたあいつを許す事は出来ない、殺してやりたい程に強く抱いた憎悪は変わらない。

 

だが、これからもセシリアと共に生きて行く為には殺す訳にはいかないのも事実。

 

鈴の言う通り、奴を完膚無きまでに叩きのめすしか無い。

 

……だが、やるからには徹底的に叩きのめす。

 

骨の一本か二本、もしくは手足の一本ぐらいは覚悟して貰った方が良さそうだな。

 

歩きながらそんな事を考えていると隣を歩く鈴が俺を見ながら表情を引き吊らせていたが、そんな鈴を一瞥してから構う事無く医務室へと戻るのだった。

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