インフィニット・ストラトス 漆黒の獣   作:田舎野郎♂

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第6話 天才で天災の訪問者

荷物整理が終わり、時間を潰す為にベッドに仰向けに寝転がりながら教科書を読み耽っていた。

 

 

……コンコン。

 

 

「……はっ?」

 

微かに聞こえたのはノックの音、それが普通のノックであれば来訪者が来たのかとそこまで気に止める事は無かった。

 

しかし、今聞こえたノックは扉からでは無く、明らかにカーテンの閉められた窓から聞こえて来たのだ。

 

……鳥か? それとも、風でゴミでも当たったのか?

 

疑問に思いつつもベッドから起き上がり、窓へと近付いて行きカーテンを開いた。

 

 

「あっいた! やっほーゆう君! ここ開けてー!」

 

 

勢い良く、カーテンを閉めた。

 

……見間違い? それとも疲れて幻覚でも見たのか?

 

「あっ、閉められちゃった……もうゆう君? 開けてくれないとこの窓割っちゃうよー?」

 

「……今開ける」

 

現実逃避したかったが、無駄だった。

 

閉めたカーテンを再度開け、窓を開くと声の主は勢い良く俺の首に腕を回して抱き付いて来た。

 

「久しぶりゆう君! 寂しかった? 私に会えない間寂しかった? 勿論寂しかったよね!? よしよし、お姉さんが慰めてあげよ……ぎゃあああああああっ!?」

 

顔面を鷲掴みにし、そのまま万力の如く力を込めて行けば無駄口が悲鳴へと変わって行った。

 

「痛い痛い痛~い!? 痛いよゆう君! 頭が割れるぅ!?」

 

「……はぁ、何しに来たんだ"束"?」

 

目の前でもがく女、篠ノ之束。

 

今の世界の中心になったとも言えるISを作り上げ、その存在を世に知らしめた天才にして天災だ。

 

そして俺にとって"恩人"でもあるのだが、こういう突拍子も無い事や常識から大きく外れた事を平気でやらかす為に扱いはこれくらいで十分だ。

 

掴んでいた手を放して尋ねれば、束は途端に満面の笑みを浮かべる。

 

「それは勿論愛しのゆう君に会いに来たんだよ!」

 

「……もう一度やられたいか?」

 

「えっ? あ、ちょっと待って! ウェイトウェイト!」

 

慌てて手を振りながらそう言った為、とりあえず話を聞く事にする。

 

「もう……確かに別の用もあったけど、ゆう君に会いたかったのは本当だよ?」

 

「俺はもうそんなガキじゃないぞ」

 

「何言ってるの? 幾つになってもゆう君は私にとって大事な子供で、大切な家族だよ?」

 

そう言って、再度束は抱き付いて来るとそのまま俺の胸元に顔を押し付けて来る。

 

「んふふ……ゆう君の香りだ」

 

「……はぁ、それより要件は何なんだ?」

 

「むぅ……ゆう君が冷たい」

 

「お前は今世界中から追われている身だろ? こんな所でゆっくりしてて良いのか?」

 

「チッチッチ、そんな凡人共に捕まる様な束さんじゃないよ? それにここにはゆう君だけじゃない、ちーちゃんにいっくん、それに……箒ちゃんもいるんだから。 どんな場所よりも価値のある所だと思うよ?」

 

一瞬だけ沈んだ表情を浮かべる束、箒……何処かで聞いた様な気がするんだが……。

 

「でも長くはいられないのは事実だから要件を伝えるね、ゆう君のISを持って来たの」

 

「……俺の、ISだと?」

 

束から告げられた言葉に、俺は思わず固まってしまう。

 

「そう、今はまだ学園側が隠しているけど公になるのは時間の問題、ゆう君といっくんの存在は世界中に知れ渡っちゃう、良くも悪くもね? だからそんなゆう君が危険から自分の身を守れる様に渡したいの」

 

「……織斑は、どうするんだ?」

 

「いっくんには違う手段で専用機を渡す手筈になってるよ? でもゆう君には、どうしても私から直接渡したかった……受け取って、くれる?」

 

さっきまでのふざけた雰囲気は一切無い、真面目な表情で俺を見つめて来る束。

 

"あの時"と同じの、真剣な瞳。

 

 

専用機を持つという事、それが何を意味するのかなんて、ISに携わる人間ならば誰もが知っている。

 

だが束の言う通り、俺は世界中から良くも悪くも注目される。

 

身を守るには、守る為の手段が必要だ。

 

ならば、答えは決まっている。

 

 

「……わかった、受け取ろう」

 

「……ありがとう、ゆう君」

 

そう言って、束は何処から出したのかわからないが、黒い球体を取り出すと俺に向けて来た。

 

「……ゆう君を守ってあげてね、私との約束だよ」

 

その言葉と共に、球体はその形を崩すとそのまま霧散して俺の身体を包み込んだ。

 

一瞬の浮遊感、次の瞬間身体を金属の装甲が覆い始める。

 

それは黒、闇よりも深い漆黒。

 

手と足の先が鋭利な爪の様になっており、身体中を覆う装甲は強固ながらも滑らかなフォルム。

 

美しくも、研ぎ澄まされた刃の様な、そして何処か獣を彷彿とさせる姿。

 

……これは。

 

「これがゆう君の専用機《黒狼(コクロウ)》だよ。 第三世代機で、"468個目"のISコアを使った私の完全オリジナルの機体」

 

「468個目? 待て、確かお前が作り出したISコアは467個だけだった筈だ」

 

「うん、確かに私が世界に公表したコアは467個だけだよ? 元々この子は途中まで開発していたんだけど、この世界の人間がそのコアを巡って下らない争いを始めちゃって、私が何故ISを作ったのかゆう君は知ってるでしょ?」

 

「……空を、そして宇宙へと、行く為だったな」

 

「そう、それなのに皆がISを兵器として求めた。 まぁ、その可能性を世に知らしめちゃったのは私が原因でもあるけれど……でも、これ以上私の子達を争いの道具にしたく無くて、この子の開発を止めてたの。 でもこの子が自分の意思で、ゆう君の機体になる事を望んだから完成させたの」

 

「自分の、意思……?」

 

束の言った言葉が理解出来ず、思わず鸚鵡返しで返してしまう。

 

ISが自分の意思で望んだ?

 

「私から言えるのはここまで、後はその子とゆう君の相性次第かな……さて、機体は既にゆう君に合わせてフィッティングしてあるから、それから装備は……」

 

俺の言葉に答える事無く機体の説明を始めた。

 

こうなった束はそれ以上答えてはくれないとわかっている、その為それ以上は聞かずに説明を聞く事に徹した。

 

 

「機体については以上だよ、でもこれだけはわかって欲しい。 専用機を持つという事はこれからゆう君には様々な事が起きる、でも私は決してデータや興味本位じゃない、ゆう君の身の安全を考えてこの機体を送るの」

 

俺の為、か……。

 

わかっている、束は世間で言われている様な奴じゃないと、誰よりも優しい奴だという事を。

 

「……そうか、ありがとう束」

 

「……えっ? えぇっ!?」

 

感謝の意を込めて言った言葉にも関わらず、何故か束は驚愕の表情で固まってしまった……何だ?

 

「……どうした?」

 

「ゆ、ゆう君がありがとうって……いつも言わないか、感謝するって堅苦しい言葉だったのに……」

 

そんな事は……いや、あったな。

 

「おかしいか?」

 

「う、ううん! そんな事無いよ!? 凄く良いと思う! 思うん、だけど……」

 

何だ? 何かあるのか?

 

「……あのねゆう君、今の笑顔との組み合わせ、他の有象無象共に見せちゃ駄目だよ? 絶対に、確実に、勘違いさせちゃうから」

 

「……笑顔?」

 

気付かなかったが、俺は笑っていたらしい。

 

だが勘違いってのは何の事だ?

 

「もう、相変わらずゆう君は自己評価が低いんだから……まぁ、それもゆう君の良い所なんだけど、もっと自分に自信を持って! この天才束さんのお墨付きなんだから!」

 

「そう、なのか?」

 

「そうなの! でも自信を持ったからってここにいる有象無象共を取っ替え引っ替えする様な子になっちゃ駄目だよ!? そんなのお姉ちゃん許しませんからね!?」

 

「……シバかれたいのか?」

 

そんな考えなんざ微塵も持ち合わせていない、そんな面倒事を起こす筈が無いだろうが。

 

そういう相手は一人だけに決まってるだろう、所謂浮気や二股とかってのをする様な屑になんかなりたくも無い。

 

「冗談冗談! ゆう君はそういう事をしないってわかってるから! でも自信を持って欲しいのは本当だからね?」

 

「善処する……ところでこれ、どうすれば戻るんだ?」

 

「それは簡単、ISに語りかければ良いんだよ! そうすればゆう君に応えてくれるから!」

 

その言葉に半信半疑ながらもISに戻る様に念じると、装甲が淡い光を放ったと同時に消えて行った。

 

そして、首に違和感を感じた。

 

「……おい、これはどういう事だ?」

 

「あーえっと、ISの待機状態はそれぞれ違うのは知ってるよね? 色々あるけど、その子はそうみたい」

 

首の違和感の正体、それは黒い金属製の首輪だった。

 

幸いにもそこまでゴツい物では無いが、まるで犬に着ける首輪も同然だ。

 

「何とかならないのか?」

 

「えっと、いくら天才の束さんでも待機状態を変えるのは無理かな……で、でも大丈夫! それはそれで需要があって良いと思うよ!?」

 

親指を立てて眩しい程の笑顔で言われた言葉に、割と本気で殺意が芽生えたが、貰った物に文句を言う訳にはいかない。

 

「……わかった、これで構わない」

 

「そう言って貰えて良かったよ……おっと、これ以上長居は出来ないからそろそろ私は行くね?」

 

「あぁ」

 

「もし機体に違和感とかがあったら言ってね? まぁ私が設計したから間違ってもそんな事は無いと思うけど」

 

「大丈夫だ、そこは信頼している」

 

「……ありがと、ゆう君」

 

そう言って、入って来た窓に足を掛けて首だけで振り向く。

 

「じゃあまたね、ゆう君」

 

「あぁ、帰ったら"クロ"にも宜しく言っておいてくれ」

 

「うん、ちゃんと伝えておくね、バイバイ!」

 

別れの言葉と共に窓から落下する束、普通に考えれば只の転落事故だがあいつの事だから大丈夫だろう。

 

窓の外を見れば、案の定束の姿は無かった。

 

「……相変わらずだな」

 

開け放たれていた窓を閉めながら、思わずそう呟いた。


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