インフィニット・ストラトス 漆黒の獣   作:田舎野郎♂

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第67話 蹂躙

『さぁ続いて第三試合が始まります!! 第二試合にて男同士の壮絶な真剣勝負を繰り広げ勝利を手にした五十嵐選手と娘の登場です!!』

 

 

「名前!! 私の名前は!? 最早名前すら呼ばれないの!?」

 

「……はぁ」

 

「こら悠斗何溜め息吐いてんのよ!? それと放送してる奴、絶対後でぶっ飛ばしてやるからね!?」

 

 

『あ、つい……んんっ! 続きまして対戦するのは先日編入して来たばかりのドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手!!』

 

 

放送と同時にボーデヴィッヒが専用機を身に纏いアリーナへと姿を表した。

 

その目は、真っ直ぐに俺へと向けられている。

 

 

『そしてボーデヴィッヒ選手とペアを組むは同じく一組!』

 

 

一組?

 

……そういえば、あいつがペアを組んだのは誰だったんだ? パネルを何度も見たがボーデヴィッヒしか気にしていなかったから全く見ていなかったが。

 

 

『"篠ノ之"選手の登場です!!』

 

 

…………あ?

 

ボーデヴィッヒの隣へと並んで立つ訓練機の打鉄、それを身に纏っていたのはあの篠ノ之だった。

 

……あいつがペアだったのか。

 

「悠斗、作戦は?」

 

「……各個撃破だ」

 

「……あっそ」

 

鈴と視線を合わせる事無く言葉を交わし、目の前に立っているボーデヴィッヒを見据える。

 

たった数日、だがこの時をどれだけ待っていたか。

 

潰す、完膚無きまでに叩き潰す……だが、その前に。

 

 

『では第三試合……開始!!』

 

 

放送と同時にロックオンアラームが鳴り響いた。

 

この場に立つ四人の内の"一人だけ"から。

 

「えっ?」

 

開始一秒も経つ事無く、まだ戦闘態勢すら取れていなかった篠ノ之へと迫る"三つ"の砲弾。

 

俺、鈴、そして何故かペアである筈のボーデヴィッヒの砲弾がそれぞれ寸分の狂いも無く篠ノ之へと突き刺さり、アリーナの壁へと吹き飛ばした。

 

 

『…………え? あ、えっと、シ、シールドエネルギー0!! し、篠ノ之選手戦闘不能!! 何と言う事でしょう!? まさに一瞬の出来事、開始直後に一人脱落です!!』

 

 

急な出来事に放送の奴も反応が遅れ、観客席からはざわめきが聞こえる。

 

「ちょっとちょっと、あんたはボーデヴィッヒじゃないの? 何であんたまであいつに攻撃してんのよ?」

 

「……この間の腹いせだ」

 

「……あっそ、つか私達はまだしも何であいつペアなのに撃ってんの?」

 

「知る筈が無いだろ、まぁこれで心置きなくあいつを潰せる訳だからどうでも良いけどな」

 

「それもそうね」

 

「……鈴、悪いが」

 

「一人でやらせろ、でしょ? 本当はこっちが片付き次第参戦したいけど、私は手出ししないから好きにやりなさいよ……セシリアに対してやった事、後悔させてやって」

 

「悪いな……だが、勿論そのつもりだ」

 

一歩、前へと出る。

 

ボーデヴィッヒはその瞬間にワイヤーブレードを展開し、迎撃態勢を取るが関係無い。

 

行くぞ、黒狼。

 

『主様の仰せのままに……奥様に対するあの仕打ち、私も許す訳にはいきませんので』

 

そうだな、出し惜しみはしない。

 

黒爪を展開し、スラスターへと熱が込められて行く。

 

それを一気に放出、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でボーデヴィッヒとの距離を一瞬で詰める。

 

「なっ!? 速い……!?」

 

黒爪を振り下ろすとボーデヴィッヒは直ぐ様展開した両手首のブレードにて受け止めた。

 

恐らく、以前の事があるからAICは使わない様だな。

 

「やっとこの時が来たな」

 

「くっ……!」

 

「あぁ、安心しろ、鈴とは予め話し合っているから手出しはしない。 今度は邪魔は入らない、思う存分やり合おうじゃないか……!」

 

ブレードをはね除け、能力により空中を蹴って身体を勢い良く捻る。

 

その勢いを乗せてがら空きになったボーデヴィッヒの腹目掛けて蹴りを見舞わせた。

 

「ぐぁっ……!?」

 

後ろに吹き飛ぶボーデヴィッヒだが蹴った感覚が軽い、恐らくは後ろに飛んで勢いを殺したか……まぁ、関係無いがな。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)でもう一度接近し、ボーデヴィッヒが態勢を立て直す前に肉薄する。

 

慌てて此方に肩の砲塔を向け撃って来るが黒爪の能力を使い軌道を変える。

 

ボーデヴィッヒの背後へと一瞬で移動し、振り向こうとする前に後頭部目掛けて思い切り蹴りを入れるとボーデヴィッヒは機体ごと地面へと叩き付けられた。

 

「ぐっ……!? おのれ……!」

 

直ぐ様起き上がり、後方へと飛び退きながら六本のワイヤーブレードを展開するボーデヴィッヒ。

 

それぞれの軌道を描きながら迫るワイヤーブレードを目で追い、その場から後ろ……では無く、前へと飛び出す。

 

空中を蹴りつつ身を捻る最低限の動きでワイヤーブレードを全て避け再度ボーデヴィッヒに接近、そのまま全てのワイヤーブレードを根元から切り落とした。

 

驚愕の表情を浮かべるボーデヴィッヒへと至近距離から瞬時加速(イグニッション・ブースト)による勢いをそのまま乗せた膝蹴りを喰らわせ、追撃として牙狼砲を高速展開し二発の砲弾を叩き込めばボーデヴィッヒはそのままアリーナの壁へと叩き付けられた。

 

 

『な、何と言う驚異的なスピードでしょうか!? ドイツの国家代表候補生であるボーデヴィッヒ選手が手も足も出ていません!! これが噂に名高い五十嵐選手の真の実力なのでしょうか!?』

 

 

煩い放送を無視しつつ、ゆっくりとボーデヴィッヒへと向かって歩み寄る。

 

「くっ、ぐぅっ……!!」

 

「……どうした? まだ終わりじゃないだろ?」

 

手を付いて起き上がろうともがくボーデヴィッヒへと言葉を投げ掛ける。

 

「いや、違うな、まだ終わらせるつもりは無い。 お前にはセシリアへの借りを返さなければならないからな、さっさと立て」

 

「ふ、ふざけた事を……!」

 

「ふざけた事だと? それこそふざけるなよ? お前は俺の最も大切な存在を傷付けたんだ、本当なら殺すつもりだったが生憎約束したから殺しはしない、だがこの程度で終わらせると思うなよ?」

 

「くっ……! 舐めるなぁ!!」

 

両手首にブレードを展開し、ボーデヴィッヒが瞬時加速(イグニッション・ブースト)により迫って来る。

 

「はぁっ!!」

 

突き出されるブレード、それを黒爪で弾き返してからお返しとして黒爪による一閃、ボーデヴィッヒのシールドエネルギーを一気に削り取る。

 

「……その程度か?」

 

「ぐっ……! まだだ!!」

 

その場で踏み止まるボーデヴィッヒ、再度ブレードを突き出したかと思えば寸前でブレードを止めて至近距離で肩の砲塔で俺に照準を合わせた。

 

……フェイントか。

 

「吹き飛べ!!」

 

発射された砲弾はそのまま俺を捕らえる……事は無かった。

 

迫り来る砲弾をハイパーセンサーにより極限まで高められた知覚補佐と反射神経で即座に反応、黒爪の腕の一振りで弾道を逸らすとそのまま後方へと飛んで行った。

 

 

「ちょっ!? 危なぁっ!?」

 

 

背後から何か聞こえた気がするが無視しつつ、驚愕の表情で固まるボーデヴィッヒへと腕の黒爪で一閃、更にそのまま右足の黒爪の一閃により肩の砲塔を切り落とし、左足で後ろ蹴りを喰らわせて再度アリーナの壁へと叩き付けた。

 

追撃を狙い瞬時加速(イグニッション・ブースト)で肉薄、その勢いを乗せて膝蹴りを見舞うとボーデヴィッヒは咄嗟に腕でガードするが構う事無くそのまま蹴り上げると鈍い音が上がった。

 

「ぐ、ああああああっ!?」

 

最高速度で威力を乗せた膝蹴りによる一撃は、塔乗者保護機能である絶対防御を無視してボーデヴィッヒの腕の骨をそのままへし折った。

 

激痛によりその場に踞るボーデヴィッヒを見下ろす。

 

「……どうした? 立てよ」

 

「くっ……ぐぅっ……!」

 

「お前は既に抵抗出来なかったセシリアにあれだけの仕打ちをしたんだ、ならこれで終わらせる筈が無いだろ? まだ腕の一本だ、確かお前は軍人だったな? それだけならまだ戦えるだろ?」

 

俺の言葉に、ボーデヴィッヒはそれまでの憎しみの籠った眼差しから一変、慄然としたその顔は恐怖により青白くなっていた。

 

「立て、お前が誰に手を上げて誰を怒らせたのか……そして、他人の大切な存在を傷付け否定する奴が、どんな目に会うのかその身で理解しろ」

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

私は、何の為に生み出されたのだろうか?

 

物心ついた時から、私は既に何処かの研究所でまるで実験のモルモットの様な扱いを受けていた。

 

周りには見た目が私とほとんど一緒の奴らが何人もいて、ひたすらに戦闘訓練を受け、訳のわからない機械に繋がれて激痛による悲鳴を上げる毎日。

 

日を追う毎に人数は減り、そしていつの間にかまた同じ姿の奴が増えていた。

 

そしていつの頃だったか、私の事を見た研究者が言ったのだ……『成功だ、完成した』、と。

 

その日を最後に、私は一人研究所を後にした。

 

連れて行かれる私の事を、私と同じ顔をした他の奴らがいつまでも見ていた。

 

その目に宿っていたのは憎悪、悲哀、虚無、そして諦め。

 

その後研究所がどうなったのかは知らない、何処にあるのかも知らないし資料も何も残っていない為に調べる事すら出来なかった。

 

 

そして私が連れて来られたのは軍、部隊に突然配属された私の事を他の隊員は異質な物を見る目で見ていた。

 

変わらない日々を過ごした、ひたすらに訓練を受ける毎日、対人格闘、銃撃戦闘……そして、ISに出会った。

 

他のどんな兵器とも違う存在、搭乗者の手足となり意のままに操る事の出来る存在、私が私である存在を肯定してくれる様な存在。

 

しかし、現実は違った。

 

ISの適合性向上の為に行われた実験、ヴォーダン・オージェ。

 

これに適合すれば私は存在意義を見出だす事が出来る……筈だった。

 

実験は失敗、不適合によりISは私を拒絶し、目が覚めると私の左目は金色に変化しており、更にはその後の訓練の成績はそれまでの結果が嘘の様に全て基準以下となってしまったのだ。

 

絶望する私に掛けられた言葉は励ましの言葉や慰めの言葉では無く、只一言『出来損ない』

 

毎日が地獄だった。

 

訓練中や普段から私の事を見る目は蔑みの目、私は、居場所を無くしてしまった。

 

いっその事、死んでしまいたかった。

 

死んだ方が楽になれると、そう考えていたのだ。

 

 

そんな時、あの人と出会った。

 

 

織斑千冬、ブリュンヒルデ、第一回モンド・グロッソ優勝者。

 

絶対的強者である彼女が、ドイツ軍の教官として短期間ではあるが着任した。

 

そしてその操縦技術に、何者にも物怖じしない強さに、私は惹かれた。

 

彼女の様になりたい、強くなりたいと。

 

だが、私には無理だろう。

 

所詮私は失敗作、出来損ない、そんな私が彼女の様になどなれる筈が無い。

 

私は……。

 

 

 

『お前、名前は?』

 

訓練中、他の隊員には目もくれず彼女は何故か私に話し掛けて来た。

 

『っ……ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒです……』

 

『そうか……ラウラ、私がお前を鍛えてやろう』

 

『はっ……? し、しかし私は……』

 

『鍛えると言ったら鍛える、他の奴らが何と言おうが私がそう決めたんだ、文句は言わせん』

 

正に有無を言わせぬ物言いで、彼女はそう告げた。

 

その日から、私の日々は変わった。

 

毎日、訓練中だけで無く食事中や寮でも私に声を掛け、何かと私の事を気に掛けてくれた。

 

他の隊員にどんな目を向けられようが、何を言われようが関係無く。

 

そしてそれから、私の成績はそれまでの結果が嘘の様に伸びて行った。

 

一度は拒絶されたISも、まるで私に応えてくれるかの様に身体に馴染む様になり、訓練を続ける内にいつの間にか国の代表候補生まで登り詰め更には部隊長に就任した。

 

それまで私の事を腫れ物扱いしていた奴らも私の事を認め、初めて出来た部下は私の事を慕ってくれた。

 

私の居場所が、存在を認めてくれる居場所が出来たのだ。

 

強さが、力が、それだけが私に居場所を与えてくれた。

 

 

 

彼女が教官の任を終え自国である日本へと帰ってから、日本に出来たIS学園という場所で教員をしていると知ったのはそれから数年が経ってからだった。

 

私は司令部に、そして政府に掛け合った。

 

代表候補生である私をそのIS学園へと向かわせて欲しいと、各国の人間が集まるIS学園で学べば祖国の軍事力の向上とISの技術力の向上に役立てる事が出来ると強く訴えて。

 

……しかし実際は、もう一度彼女に、教官に会いたかったからだ。

 

私を変えてくれた教官、私の居場所を作ってくれた教官、私に生きる希望を与えてくれた教官。

 

会いたかった、会って再び指導して欲しかった。

 

そして司令部と政府が許可し、私は念願のIS学園へと編入する事が出来た。

 

 

……だが、私は目を疑ってしまった。

 

 

学園内を行き交う生徒共ははしゃぎ、まるで遊びの延長線の様な感覚だったのだ。

 

何故だ? この学園はISを、兵器を扱う為に作られた場所では無いのか? 教員として赴任しているのは教官、ブリュンヒルデと呼ばれモンド・グロッソで優勝した偉大な人なのに、何故こんな腑抜けた人間しかいないのだ?

 

教官と再会し、疑問をぶつけた私に対して教官は一言だけ『ここは学舎であり軍隊では無い、お前も生徒としてこの学園に編入したのだから軍の事は一度忘れろ』と、それだけ伝えて来た。

 

軍隊では無い、それは理解出来る。

 

学園と名が付いているからには確かに学舎だ、だがこの学園は選ばれた者が、将来ISに携わる事になる者だけが入る事の出来る特別な場所ではないのか?

 

教官はその様に言ったが、私には到底理解出来ない。

 

所詮は遊び感覚の幼稚な奴らの集まり、大した事の無いISも録に使えない奴らの集まりだろうと、そう考えていた。

 

 

しかし、それは違った。

 

教室に入り挨拶を終えた私は、真っ先にこの学園、いや世界で二人だけのISを使える男の元へと足を運ぶ。

 

二人の内の一人に声を掛ければ男は違うと答える。

 

……この男は少し違うな、他の奴らと違って一切の隙が無い。

 

だがそれはこの際構わない、目的の奴がわかった所でもう一人の男の元へと向かう。

 

その男は、もう一人と違って隙だらけで、如何にも平和ボケしている様な男だった。

 

織斑一夏、教官の実の弟。

 

こいつのせいで、教官は……!

 

手を振り上げ、織斑一夏へと一撃を喰らわせようとした……だが、いつの間にか後ろに立っていたもう一人の男に腕を掴まれた事で阻止された。

 

振り向けば、私を見下ろす鋭い視線と目が合う。

 

もう一人の男、確か名前は……五十嵐悠斗。

 

祖国の諜報部員が調べてもほとんど情報が得られず、謎が多い男。

 

身に纏う空気だけでは無い、背後に立った気配すらわからなかった上に私の腕を掴む手から察した。

 

この男は、強い。

 

ISでの戦闘は不明だが、白兵戦では恐らく私よりも……。

 

恐らくここで事を荒立ててれば不利になる、それに邪魔をされて興も削がれた為にここは引く事にした。

 

そしてその後の授業でISの塔乗訓練となったのだが、奴は同じクラスの奴へと容赦の無い行動を取った。

 

……やはり、こいつは他の奴らとは違う様だ。

 

 

 

そして放課後、織斑一夏が特訓と言う名目で各国の代表候補生共とアリーナへと向かう事を知った。

 

更には五十嵐悠斗は教官に呼び出されて最初の内は不在とも知り、好都合だと思った。

 

アリーナへと向かい、奴に戦う様に告げた。

 

そして、お前のせいで教官が二度目の優勝を逃したと告げれば織斑一夏は表情を一変させた。

 

そうだ、お前のせいで教官は……。

 

 

その時、一人が奴の前に立ち憚った。

 

こいつは、イギリスの代表候補生……確かセシリア・オルコット、だったか?

 

奴は私を真っ直ぐに見据え、校則がどうこうと言う何とも腑抜けた事を言って来た。

 

馬鹿馬鹿しい、そんなもの関係無い、そう思っていると奴は更に言葉を連ねた。

 

家族の、姉弟の関係を否定する権利は私には無いと。

 

……家族、姉弟。

 

どちらも、私にはわからないものだった。

 

どうやって生まれて来たのかもわからず、家族と呼べる者はいない、家族の温もりなんてものは知らない。

 

そして奴の目、私の考えを真っ向から否定するとでも言う様な真っ直ぐな目が、酷く癪に触った。

 

何が家族だ、何も知らないこいつに、私を否定されてたまるか……!

 

威嚇と牽制の意味で奴の直ぐ傍へとワイヤーブレードを振り下ろしたが、奴はISを展開する事無くただ私を見据え続けていた。

 

やめろ……私に、そんな目を向けるな……!

 

……結果、その場は教師の邪魔が入った為にそれ以上は何も出来なかった。

 

止めに入った教師に捕まっては面倒な為にその場を後にしたが、アリーナから出るまで奴は私から視線を逸らさなかった。

 

気に入らない、その目が、私を否定する様なその目が、気に入らない。

 

私は間違ってなどいない、私が正しい、間違っているのは奴らだ。

 

……だから私は、奴を潰しに掛かった。

 

所詮代表候補生と言えどもこの学園の奴ら同様に、生温い場所に染まった雑魚だと思って。

 

だが、奴は強かった。

 

寸分違わぬ射撃、遠距離特化の機体にも関わらず近接戦を仕掛けるという奇策、倒れる私に対しても銃を構え続ける油断の無さ。

 

私が、負ける……? このまま、否定される……? ふざけるな、このまま終わってたまるか……!

 

タイミング良く、アリーナの扉が開かれるのを見た。

 

奴は強い、それは認める……だがまだ甘さを捨て切れていない。

 

奴の後方、アリーナへと入って来た生徒に向かってワイヤーブレードを振るえば奴は私の予想通りに生徒とワイヤーブレードの間に身体を割り込ませた。

 

このシュヴァルツェア・レーゲンに搭載される特殊能力AIC、停止結界は奴の兵装のビーム兵器と相性が悪い。

 

だが、奴の機体に直接攻撃を叩き込めばこっちのものだ。

 

それから奴に、自らの発言を後悔させる為に徹底的に痛め付けた。

 

何度も、何度も、何度も。

 

このまま負けを認めさせ、私が正しいと証明する為に。

 

 

 

だがそれこそが、私が犯した最大の過ちだった。

 

 

 

視界の端から高速で現れた黒い影、それは一瞬でワイヤーブレードを切ると奴を受け止めた。

 

その姿に驚く。

 

五十嵐悠斗、まさかこいつも専用機持ちだったとは。

 

それにこの機体、本国で見た各国の機体データですら見た事の無いものだ。

 

そして五十嵐悠斗と対峙し、私は代表候補生になってから初めて……完膚無きまでの敗北を知った。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だけで無く個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)までをも使いこなし、停止結界で捕らえたかと思えば機体の稼働率を上げ強制的に解除して追撃して来た。

 

その追撃でレールカノンが破壊され、更に迫る五十嵐悠斗の攻撃に私は死を覚悟した。

 

だがその攻撃は、ギリギリでやって来た教官により阻止される。

 

九死に一生を得た私は、教官により自室への謹慎処分を言い渡された。

 

何故……私はただ、教官に再び指導して貰いたいと、そう思っただけなのに……。

 

夜、私は言い渡された処分を破り部屋を出た。

 

そして見付けた教官に必死に訴えた。

 

私の祖国に再び来て欲しいと、この場所は教官に相応しく無いと。

 

教官ならば私を理解してくれる、私の味方でいれくれる、そう考えて。

 

 

『図に乗るなよ小娘が』

 

その考えは、打ち砕かれた。

 

 

『代表候補生ごときになった程度で選ばれた人間気取りとは、思い上がるのも大概にしろ』

 

 

き、教官……?

 

 

『お前がオルコットと、そしてアリーナを使用する生徒に対してやった事は教育でも矯正でも何でも無い、ただの暴力行為……いいや、あそこまでやれば殺人未遂としか言えないものだ。 代表候補生であり軍人でもあるお前ならば生身の人間にISの武装を向ければどうなるのかわかっている筈、それにオルコットに対してもあそこまでダメージを負わせる必要が何処にあった? 私自身話を聞いただけだが、オルコットが間に合わなければその生徒が、そして五十嵐が間に合わなければオルコットは命に関わっていたんだ。 本来ならば直ぐ様IS委員会とドイツ政府に報告をしてお前の代表候補生という地位と専用機を剥奪し、傷害罪として退学処分にして貰おうと思っていた』

 

 

そんな……ち、違う! わ、私は……奴に否定されたく無い、その一心で……!

 

そう、殺すつもりなんて……私はただ、それだけで……。

 

 

『決してお前が選ばれた人間だから、お前が特別だからでは無い、自制心も代表候補生としてのプライドも誇りも無い己の実力を勘違いしているガキが自惚れるな』

 

 

私、は……。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

思考が、現実に引き戻される。

 

学年別トーナメント、その試合で私は再び五十嵐悠斗と対峙していた……いや違う、再び完膚無きまでに叩き伏せられていた。

 

以前対峙した時、その圧倒的なスピードとパワーに圧倒されたが、今目の前の五十嵐悠斗はあの時よりも強かった。

 

いや、強いなんてものでは無い、まともに相手が出来るのは恐らく国家代表レベルもしくは教官ぐらいのものでは無いだろうか?

 

勝てない、勝てる筈が無い。

 

ISの絶対防御を無視して折られた腕は既に感覚が無い、機体のシールドエネルギー量はとっくに半分を切っている。

 

明らかに満身創痍となっている私に、それでも五十嵐悠斗は容赦はしなかった。

 

何とか反撃を試みても全て避けられるか受け流され、倍になって返されその度にダメージだけが蓄積される。

 

私は、とんでも無い相手の怒りを買ってしまったのか。

 

言われた言葉を頭の中で思い返す。

 

 

『他人の大切な存在を傷付け否定する奴が、どんな目に会うのかその身で理解しろ』

 

 

大切な存在、五十嵐悠斗とセシリア・オルコットが恋仲であると知ったのは学園に編入してからだ。

 

たかが数ヶ月、そんな短い期間、所詮はこの学園に染まった甘ったれで単純な考えから色恋に走っただけだと思っていた。

 

だが五十嵐悠斗にとって、セシリア・オルコットにとって、互いに如何に大切な存在だったのかは薄々感付いてはいた。

 

校則を理由に頑なに戦闘を避けていたセシリア・オルコットが本気になって勝負を受けた事、そのセシリア・オルコットを助けに来た五十嵐悠斗が本気で私を殺しに来た事。

 

そして今現在、約束したという理由から殺すつもりは無いとしても徹底的に潰しに掛かって来ている事。

 

私は虎……いや、もっと危険な猛獣の尾を踏んでしまったのだ。

 

だが、わからない……何故奴らはそれ程までに互いを……?

 

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

膝を付き、乱れた息を何とか抑えようとする。

 

既にシールドエネルギーは底を尽き掛けており、機体ダメージも深刻だった。

 

それなのに、目の前に立つ五十嵐悠斗のシールドエネルギー消費量は極僅かで冷たい視線で静かに私を見下ろしていた。

 

「……もう終わりか?」

 

「ま、まだ……だ……!」

 

立ち上がろうとするが足が覚束無い、視界もまるで揺れている様に定まっていなかった。

 

……わかってはいた、口では否定したがもう私に勝てる見込みなど無いと。

 

「……そうだな、これで終わって貰っては俺も困る。 まだ俺の気は済んでいないからな」

 

首を掴まれ、強制的に立たされる。

 

 

 

このまま、負けるのか……私が、間違っていたのか……?

 

家族、姉弟、愛する者との絆とは、私が知らないだけで決して千切れる事の無い強いものなのか?

 

私にはそれがわからないから、だから負けるのか?

 

……そうか、私が、弱いから。

 

ゆっくりと目を閉じ、最後の一撃が来るのを受け入れようとした、その時だった。

 

 

 

《警告――機体ダメージDニ到達――緊急措置トシテVTシステムヲ起動シマス》

 

 

 

「…………は?」

 

突然、頭の中に直接響いた機械音声。

 

待て……今、何と言った……?

 

VTシステム……それは、あらゆる国家や企業で禁止されたもので、搭載されている筈が。

 

……まさか!?

 

「っ……! は、離れろ!!」

 

「……は?」

 

「嫌だ……私はそんな力を使いたく無い……そんな紛い物の力など、使いたく無い……!!」

 

「待て、一体何を……」

 

「嫌だ……嫌だ……あ、ああ……あああああああっ!!」

 

「っ!?」

 

まるで頭が砕け散るのではと思える程の頭痛に、思わず叫んでしまう。

 

そして五十嵐悠斗が何かに気付き咄嗟に私を離したその瞬間、機体が熱を帯びるとドロリと黒い液体が全身を包み始めた。

 

「な、何だ……これは……?」

 

突然の事に固まる五十嵐悠斗に、私は最後の力を振り絞り覆われて狭まって行く視界の中で伝えた。

 

「……逃げ、ろ……」

 

その言葉を最後に、私は意識を手離した。


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