突然目の前で起きた出来事に、俺は思わず固まってしまった。
ボーデヴィッヒが突如苦しみ出したかと思えば、全身をまるで黒いヘドロの様な物が覆い尽くして行く。
機体の能力かと考えたがボーデヴィッヒは苦しみ出す直前に俺に離れる様に訴え、そんな力を使いたく無いと確かに口にしていた。
これは、一体……。
『主様、危険ですのでお下がり下さい』
黒狼、これは一体何だ……?
『VTシステム、《Valkyrie Trace System》と呼ばれているものです。 過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、それを再現したシステムでございます』
モンド・グロッソ優勝者……つまり、あの織斑千冬の戦闘能力が? だが、例えデータ化が出来たと言っても搭乗者であるボーデヴィッヒがあいつの動きに着いていける筈は……。
『……このVTシステムは現在、あらゆる国家や企業で使用禁止となっております。 その理由は至極簡単、搭乗者に能力以上のスペックを要求する為に身体的にかなりの負荷が掛かるからでございます。 場合によっては、命に関わる事も』
何だそれは……そんな危険なものが、何故ボーデヴィッヒの機体に……。
『本人も知らなかった様です。 恐らくは機体の開発者、もしくは他の何者かが秘密裏に搭載した可能性が高いかと』
そういう事か、成る程な。
一先ず黒狼の言う通りに距離を取ると、視線の先で機体の変化が終わる。
黒いヘドロが姿を形成したのは、それまでの機体とは全くの別物だった。
全身が黒一色で染まった一振のブレードを持つ一体のIS、顔は目や鼻といった輪郭などの一切無い無理矢理人の形を型どっただけの姿。
……紛い物、か。
「悠斗!」
視線を向ければ隣に立ち青竜刀を構える鈴、その表情はいつもと違い真剣なものに変わっていた。
「あれは一体何なのよ?」
「……VTシステム、と言うらしい」
「VTシステム!? それって、確か禁止されてる筈でしょ!?」
「そうらしいな……どうやらボーデヴィッヒも知らない内に搭載されていた様だ」
「そんな……」
視線を前へと戻すが奴は微動だにせず直立不動で佇んでいる。
……しかしその瞬間、全身が総毛立つ感覚が襲った。
これは……不味い……!
隣に立つ鈴を全力で蹴り飛ばし、黒爪を構えた瞬間の事だった。
距離を取っていた筈の奴が、直ぐ目の前に肉薄してブレードを構えていた。
「っ!?」
咄嗟にガードすると、黒爪と奴のブレードがぶつかり合う。
凄まじい威力の一撃、全身に力を入れていたにも関わらず身体が後ろへと押される。
「っ……! この野郎……!」
ブレードの軌道を上に反らし、体勢を崩した奴へと全力で蹴りを見舞うが有り得ない身体の捻りで回避され、逆に蹴りを喰らった。
咄嗟に腕でガードしたが、絶対防御越しにも関わらず激痛が襲い身体ごと後方へと吹き飛ばされる。
空中で体勢を立て直し、着地と同時に奴を見据えるが、奴は再び此方を向きながら動きを止めた。
……速い、それに普通の人間には不可能な身体捌き、それに攻撃に移行する時の初動が読めない、奴を相手にするには対人と言う考えを捨てなければ無理だ。
「悠斗!」
先程蹴り飛ばした為に離れた場所で俺を呼ぶ鈴。
「鈴、一度下がれ、こいつがどういう考えを持っているのかわからないが危険な事には変わり無い。 観客席にいる奴らを避難させろ」
「でもあんたは!?」
「……こいつの相手をする、何故かこいつは俺にしか向かって来ない様だからな、俺がここにいれば避難までの時間稼ぎにはなるだろ」
「そんな……危険過ぎるわ! 私も残って……!」
「鈴」
ごねる鈴へと視線を向ければ、鈴は途端に口を閉じた。
「避難の誘導を頼む、混乱している奴らを誘導するには冷静に対処が出来る奴が必要だ」
「っ……悠斗……」
「……鈴、頼む」
「……わかった、わよ……でも! 無理すんじゃ無いわよ!? 教師陣を連れて必ず戻って来るからね!!」
「あぁ、頼んだぞ」
鈴は迷いながらも俺に背を向け、そのままアリーナから出て行った。
……さて。
視線を奴へと戻す。
どういう事なのか、奴は鈴が背を向けたにも関わらず目もくれずに俺の方を見ている。
その方が好都合ではあるが、何故俺だけを標的にするんだ?
『VTシステムは暴走状態とも言えるものですが、搭乗者の強い感情が関わるものでもあります。 恐らくは先程までの戦闘が関係しているかと』
……成る程、原因は俺か。
さっきまで散々痛め付けていたからな、俺に強い敵意を向けるのは当然だろう。
まぁ良い、さっきの延長戦と考えるとするか……そう思ったその時、視界の端を"白い何か"が高速で過ぎ去った。
「お前ええええええっ!!」
叫びながら奴へと向かって
白式を身に纏った、織斑だった。
そのままブレードを振るうが、奴は片腕で構えたブレードでその一撃を受け止め、完全に動きが止まった織斑へと蹴りを入れれば織斑はそのまま吹き飛ばされた。
追撃しようとする奴へと牙狼砲で牽制しつつ、織斑の元へと駆け寄る。
「織斑、大丈夫か?」
「畜生……っ! まだだ! まだ俺はやれる! あいつ、あいつだけは絶対に許せねぇ!!」
かなり興奮した様子の織斑、直ぐに立ち上がり再度奴へと突っ込もうとする為に肩を掴んで無理矢理止める。
「落ち着け、織斑」
「これが落ち着いていられるかよ! 邪魔するなら悠斗でも許さねぇ!」
どうやら激昂して我を忘れている様だ……仕方無い。
「落ち着けと言ってるだろうが!!」
「ひっ!?」
「あれに策も無く無闇矢鱈に突っ込めば危険だと今の一撃でわからなかったか!? それがわからない程お前は馬鹿じゃ無いだろ!?」
肩を掴む力を強め、声を張り改めて呼び止めれば織斑は肩を震わせて漸く止まった。
「お前が何故そこまで怒っているのか先ずは教えろ、何もわからなければ俺も対応出来ないだろうが」
「っ……ご、ごめん……」
「……構わない、だが教えてくれるか?」
静かに問い掛ければ、織斑は目を伏せながら苦々しい表情で口を開いた。
「……あいつ、あの剣は千冬姉の剣だ。 でも違う、千冬姉の剣はあんな軽いものじゃ無い、千冬姉の剣を貶す紛い物、千冬姉を侮辱されてるのと同じなんだ……許せる筈が無いだろ……!」
織斑千冬の剣、か。
肉親だからわかるものなのだろう、そして肉親だからこそ、偽物の剣だとわかるのか。
「……そうか」
「あいつだけは許せねぇ……! 絶対にぶっ飛ばす……!」
「だが、お前の一撃は止められて逆に一撃入れられていただろうが」
「それでもだ! 例え勝てないとしても俺はやる! やらないといけないんだよ!」
真っ直ぐな、強い意志を宿した瞳。
織斑らしい、いや、織斑だからこそ出来る瞳……やはりこいつは、強いな。
黒爪を構え、織斑の隣に立った。
「えっ? ゆ、悠斗……?」
「一人では無理だとしても、二人でやれば問題は無いだろ?」
「い、一緒に、戦ってくれるのか?」
「どうやら奴の一番の標的は俺らしいからな……それに、家族を貶された友人の為に奴を倒す力を貸そうと思ったんだが、必要無いか?」
「そ、そんな事無いって! その、ありがとな……」
「礼はいらない……あの姿、VTシステムと言うらしいがこのままだと搭乗者であるボーデヴィッヒは命を落とす可能性もある様だ。 このままボーデヴィッヒに死なれると約束を破る事になるから困る、ボーデヴィッヒにはきちんとセシリアとお前に謝って貰わないといけないからな」
「……わかった、なら一緒にあいつを倒すぞ!」
「あぁ、今のお前なら大丈夫だろう……着いて来いよ、織斑」
「勿論だ!」
織斑もブレードを構え、俺と並んで奴を見据えたその時、プライベート・チャネルにて通信が入った。
相手は……いや、確認しなくとも俺が通信の許可を出しているのは限られた相手のみ、そしてこの瞬間に通信をしてくる相手は一人しかいない。
「……セシリア」
『……悠斗さん、鈴さんから伺いましたわ』
真剣だが、不安を隠せない声音でセシリアが語り掛けて来た。
『危険ですから逃げて下さい……と言っても、悠斗さんは逃げないですわよね?』
「……あぁ、ここで逃げる訳にはいかない。 奴を、VTシステムを破壊する」
『……戻って来て、下さいますよね?』
「試合の前に約束しただろう? あいつに借りを返させると、そしてセシリアの元へと戻ると、それにVTシステムという目的が一つ増えただけだ。 約束を破ったりはしない、無事にセシリアの元へと戻る」
『……約束、ですわよ? ちゃんと、帰って来て下さいね……?』
「あぁ、約束だ」
『っ……! きっとですわよ!? 必ず、必ず無事に帰って来て下さい!!』
「あぁ、約束は守る。 もうセシリアに心配を掛けたりしない……だから、待っていてくれ」
『……はい、待っています……愛していますわ、悠斗さん』
「俺も愛している、セシリア」
通信を切り、一度大きく深呼吸して集中する。
奴を倒す、そして無事にセシリアの元へと戻る、負ける訳にはいかない。
「……織斑」
「オルコットさんから通信が来たんだろ?」
「気付いたのか?」
「勿論、さっきよりもすげぇ集中してるし、悠斗がそういう表情になるって事はオルコットさん絡みだろうなって」
「そうか……なら話は早い、必ず奴を倒して無事に戻るぞ」
「当たり前だろ、俺だって負けるつもりは無いぜ!」
「ふっ……そうか」
二人で奴を見据える。
会話の最中、何故か奴は攻撃して来なかったが視線を向けた途端にブレードを構えた。
「行くぞ、織斑……!」
「おう!」
奴に向かって、二人同時に
俺の少し後ろに織斑が続き、そのまま奴へと肉薄する瞬間に黒爪の能力を発動。
一瞬で奴の後方へと回り込み、背後から俺が、正面から織斑がそれぞれ攻撃を叩き込む。
しかし奴は再び驚異的な動きで身体を捻り、俺の一撃をブレードで、織斑の一撃を下からブレードを蹴り上げて阻止した。
そしてブレードで黒爪を弾くとそのまま無防備になった織斑へと斬り掛かろうとするが、牙狼砲を高速展開し奴の後頭部へと砲弾を叩き込む。
体勢を崩し、逆に無防備になった奴へと織斑がブレードで素早く斬り着け肩の装甲を斬り飛ばし、更に追撃として空中を蹴り奴の背中へと黒爪で斬りつつ蹴り飛ばした。
その瞬間に織斑がブレードを返し吹き飛ぶ奴へと再度斬り着け、合計四度の攻撃が入った。
「悠斗! 俺も着いて行けてるだろ!?」
「油断するな」
吹き飛んだ奴を見れば直ぐに立ち上がっている。
更に驚く事に奴の斬り飛ばされた装甲、背後に入れた黒爪の斬撃による破損、追撃の織斑の一撃による破損が表面を覆う黒いヘドロが蠢いたかと思うと全て塞がってしまった。
「う、嘘だろ……!?」
「……厄介だな」
今のを見るに、恐らくダメージ自体は入っているのだろうが普通の攻撃による破損は効果は薄いのだろう。
奴が倒れるのが先か、此方のシールドエネルギーが尽きるのが先か……いや、俺達にダメージは通常通りに入るからには此方が不利だろう。
何か、決定打になる様な攻撃は……いや、あったな。
「……織斑、
「れ、零落白夜か? えっと、今の機体状態だと二回、ダメージを受けたら一回が限界だと思う……」
一、二回……万が一に備えて二回使って貰わなければならない……織斑がダメージは受ける訳にはいかない事を考えると、それを確実に当てる為には俺が突破口を開くしか無いか。
『主様』
黒狼? どうした?
『主様のお考えの通り、その方の
……何だと?
奴を、ボーデヴィッヒごと斬る? つまり、ボーデヴィッヒを殺す事になるのか?
『最大威力で繰り出さなければVTシステムは再生し続けます。 また、残念ながら私に搭載されている武装ではダメージを与える事は出来ても決定打に欠けます……そうなりますと戦闘が長引く事によりあの操縦者は身体の負荷に耐え切る事は出来ないかと』
……何方にせよボーデヴィッヒの命は無い、という事か?
戦闘を長引かせればボーデヴィッヒの命が、それに織斑が危険だ、ならば奴を破壊する以外に道は無いだろう。
だが、そうなると……織斑の手を、汚させてしまう。
あいつの優しい性格の事だ、人の命を奪ってしまったとなれば絶対に心に深い傷を負う。
あいつにそんな罪を背負わせる訳にはいかない……考えろ、何か他に方法がある筈だ……何か……。
「悠斗!!」
「っ!?」
織斑の呼び掛けに我に返ると、目の前でブレードを振り下ろそうとする奴の姿が。
咄嗟に反応し、思い切り身体を捻ってギリギリの所でブレードを回避、そのまま黒爪で奴の肩の装甲を斬り裂いた。
……そうか。
追撃で全力の蹴りを入れてから一度距離を取り、奴の姿を再度確認する。
今の攻撃、直ぐに再生はしたが奴の装甲を斬り裂く事が出来たという事は……黒狼、ボーデヴィッヒは今通常の搭乗方法を取っているか?
『少々お待ち下さい……いえ、胴体部分に取り込まれる様に搭乗しております。 機体の首下から腰の辺りに掛けて、自らの身体を抱え込む様な体勢です』
そうか、なら試してみる価値はあるかもな。
『主様? 一体何を……?』
「悠斗! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄って来た織斑へと視線を移す。
「織斑、一つ作戦が出来た……正直賭けだが試してみる価値はあると思うんだが、乗るか?」
俺の言葉に、織斑は一瞬だけ考え込んでから口角を上げてブレードを構えると俺の隣に立った。
「良いぜ! 勿論乗る!」
「……一応言っておくが、失敗する可能性もあるぞ?」
「そんなの百も承知だ! でも悠斗が考えた作戦なら絶対に上手く行く、俺は悠斗を信じるぜ!」
あぁ……本当にこいつは面白くて、とんでも無いくらいに真っ直ぐで……俺には勿体無いくらいに良い友人だ。
織斑と同様に、勝手に口角が釣り上がる。
「それで、俺は何をすれば良いんだ?」
「作戦自体は単純だ。 俺が先攻して奴の動きを止め、ボーデヴィッヒを引っ張り出す……お前はその後直ぐに、全力で一撃を叩き込め、遠慮はいらん」
「ははっ、確かに単純で俺でもわかりやすいな」
「……恐らくチャンスは一度だ、外すなよ織斑」
「おう! でも、もう少しやる気が出る言葉が欲しいんだけど?」
「……ん?」
「そろそろ俺も名前で呼んでくれよ! いつまでも織斑って呼ばれてると何か壁があるみたいでさ!」
「……はぁ、そんな事か」
「そ、そんな事って言うなよ!? 正直ちょっと気にしてたんだぞ!?」
隣で騒ぐ姿に思わず笑いそうになる。
全くこいつは……それくらい、幾らでも呼んでやる。
「一夏」
「っ!?」
「……これで良いか?」
「っ……! よっしゃあ!!」
名前を呼んだ途端、心底嬉しそうに大声を張り上げる一夏。
だがそうだな、友人……いや、今なら親友と呼べるこいつをいつまでも織斑と呼ぶのも申し訳無い。
「行くぞ一夏!」
「おう! 悠斗!」
チャンスは一度、失敗は許されない。
だが、一夏とならばきっと成功するだろう。
二人同時に、奴へと向かって最大出力で飛び出すのだった。