束が帰ってから、部屋を出て校舎の方へと移動していた。
この機体、黒狼が専用機となったからには報告しなければならないからだ。
それに、一週間後の試合に向けてアリーナを借りて実際に動かす必要があるからな。
校舎を進み、目的の場所である職員室へと辿り着いた。
この時間ならまだ職員室にいる筈だが……。
「入るぞ」
中に入り他の教師達の視線を受けながらも目的の奴を探す。
すると奥の方に額に手を当てながら呆れた表情を浮かべている織斑千冬を見付けた為そのまま職員室を進んで行った。
「お前な……生徒が職員室に入るのに『入るぞ』は無いだろうが、失礼しますの一言は言えんのか?」
「……気が向いたらな」
「はぁ……それで? お前がわざわざ呼ばれもしないのにここに来るとは、どういう風の吹き回しだ?」
「頼みがある、何処でも良いから空いているアリーナを借りたい」
「アリーナを? 悪いが予約を確認しない内には直ぐにというのは無理だ。 一週間後の試合に向けて特訓をしたいんだろうが、訓練機は生憎二週間先まで予約は埋まっている」
「いや、訓練機は必要無い、アリーナだけで構わないんだが?」
「何? 訓練機も無しにアリーナで何をするつもりだ?」
その言葉に、首に着いている首輪を指差す。
初めは訳がわからないといった様子で首を傾げていたが、段々とその表情が驚愕へと変わっていった。
「五十嵐……まさかそれは……!」
「……そういう事だ」
「っ……! 五十嵐、着いてこい!」
立ち上がり、近くにいた別の教師に席を離れる事を伝えてから俺達は職員室を後にした。
前を歩く織斑千冬に着いて行くと、職員室から少し離れた所にある応接室へと通された。
「……どういう事か説明して貰おうか?」
中に入って直ぐに此方へと振り向き尋ねて来る。
「どうもこうも、ISを受け取った、それだけの話だ」
「そんな簡単に済む話じゃない、ISがそんな簡単に手に入る代物で無い事はお前もわかっているだろうが」
全て話せ、視線だけでそう訴えているのがわかった為に俺は先程の一件を全て話した。
その話の最中、段々と表情が沈んでいく様が滑稽に見えたが、流石に口にはしなかった。
「只でさえお前達二人の事で手続きやら何やらで手一杯だと言うのに、ここに来て専用機、しかも"468個目"のISコアで作られた機体? また仕事が……残業が……上にどう説明をすれば……はぁ……」
椅子に深く座り、愚痴を溢しながら大きく溜め息を吐くその姿は見るだけで疲れきっていた。
「……五十嵐、お前束と面識があったのか?」
「てっきり知っていると思ったが……?」
「知る筈が無いだろう、第一お前の経歴を見せられた時は目を疑いたくなってしまった程に"何も無かった"んだぞ?」
何も……そうだな、俺には何も残っていない。
「……束とは訳あって暫くの間一緒に暮らしていた。 俺にとっては恩人だよ、あいつは」
「束が、恩人……なら、入学する事になったのも束が原因か?」
「いや、それは少し違う、束のラボを整理していた時に偶然触れたISが反応したんだ。 束もかなり驚いていたから何も知らなかった筈だ。 それで初めは束の開発や実験の手伝いをしていたんだが、織斑がISを動かしたのを知った束が急に学校には通った方が良いと言い出してな」
「あいつ、自分はろくに学校に通わなかった癖に人にはそんな事を言うのか……ん? 待て、ならお前の方が先にISを動かしていたのか?」
「そうだな、織斑が動かす一年ぐらい前だった筈だ」
その言葉を聞いて、織斑千冬は額に手を当てながら顔をしかめた。
束の奴、話は通したと言ってたが……先程の反応といい今の反応といい、全然話していない。
さては面倒臭がったな。
「……わかった、アリーナの件は私が何とかしよう」
「……感謝する」
「それとその専用機の事は上に報告するが、それは我慢しろ」
それは仕方ないだろう、束がISコアの製造をやめてしまった今、世界に限りのあるISコアだが、この黒狼は新たなISコアを使用して作られた機体だ。
下手に知られれば世界中の国が躍起になるのは目に見えているからな。
「……それと、一つ聞きたいんだが良いか?」
「何だ?」
「お前はあいつを、束の事を恩人だと言ったが、あいつは他人には全くと言って良い程に興味すら示さない奴だった。 それなのにお前は一緒に暮らしていたとも言っていたし……あいつは、変われたのか?」
"変われたのか?"
その一言に、胸の奥から何かが込み上げそうになった。
「……変われた、というのはどういう意味だ?」
無意識の内に、声が低くなる。
その雰囲気を察したのか、罰の悪そうな表情を浮かべる。
「あ、いや……」
「……束が変わったのかどうかは知らない。 だが束は俺を、そしてクロを、当てもなく誰も助けてくれなかった俺達に救いの手を差し伸べてくれた。 世界中の何も知らない屑共が束の事をマッドサイエンティストだなんだと好き勝手言ってるが、あいつはそんな奴じゃない」
どのメディアでも束の事をマッドサイエンティストだと、人の皮を被った人外だと、世界中の人間を人間として見ていないと。
散々聞いて来た、見て来た。
その度に、束は何とも無い様に振る舞っていたが、その瞳の奥にあったのは……確かに、哀しみの色だった。
そもそも、そう思わせたのは、自分達自身であるとわかっているのか?
ISを兵器として定義付け、争いの火種として広げたのは自分達であるのに。
束が求めていたISの姿は兵器としての姿じゃない、あいつが本当に求めていたものは……。
「……あいつはお前の事を親友だと言っていた、昔からの付き合いなんだろ? そのお前があいつの事を理解してやらないのか?」
「……すまない」
目を伏せる織斑千冬、その沈んだ姿を見て頭に登りかけていた血が急速に冷めて行く。
……落ち着け、こいつに当たった所でどうする。
それにこいつは束の昔からの親友、そんなこいつが本心から束の事をそんな風に思っている筈が無いだろうが。
「……いや、俺も悪かった。 だがせめて親友であるお前だけは、束の事を信じてやってくれ」
それだけ伝え、俺は退室する為に立ち上がり背を向ける。
っと、そうだった、束から伝言を頼まれていたんだったな。
「そういえば束からの伝言だ。 『部屋でのだらしなさはもう直ったのか?』だとさ」
「……は? はぁっ!? ちょ、待て、五十嵐!?」
「何の事かわからないが、伝言はそれだけだ……アリーナの件は頼んだ」
背後で騒ぎ続ける織斑千冬を置いて後ろ手に扉を閉めてから、俺は部屋へと戻るのだった。