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◆◇◆◇◆◇
『ボウズ、オメエ一人でこんな飛行機に乗るなんて、どうした?』
「……」
終わった。一瞬で生死を分かつ、あの最悪の地獄が。幼少期から銃を取り続けてきて、何百人もの血を浴びて今まで生き延びてきた、名も無き私の戦いはもう終わったのだ。
親も知らず、何が正しいのかも知らず。心に決めた、「生きたい」という生存本能だけで、ずっと戦い、生きてきた。クスリ漬けの日々は辛く、効果が切れると、手が震えて狙いが定まらず、また頭もクスリの事しか考えられなくなった。戦いの際、必ず抱く、死の恐怖。それから眼を背けさせる為に外道からずっと投与されて来たものだったが、いつの間にかクスリが効かなくなり、切れても震えもなく、頭も正常に動いていた。
『どこまで行くんだ、ボウズは?』
「……」
今、隣の中年男性が私に話し掛けている。決してクスリのことを考えた訳じゃない。彼の応答に答えるのは、私の体力の無駄だと思ったからだ。
地獄から解放された後、見つかった私は殺されるかと思った。まさか、命を助けられるとは。初めて生きた人間の体温を知った時、私は何も考えられなかった。これが安堵、と。
やがて私は保護施設に入れられた。少し経つと、日本という島国の大富豪が、私を引き取りたいとの要望が来た。物好きなモノだ、私は拒もうとしたが、私の意見を聞く耳もたずに取引が成立していた。
『ボウズ、この星は好きか?』
「……」
依然として態度は崩さないが、中年男性は、まだ私に話し掛けてくる。耳だけ傾けておく、答えはしない。
『俺ァ、この星が好きだ。色んな温もりに会えて、色んな人と知り合って、色んな生き方が出来る』
「……」
『ボウズは、一体どんな生き方をしてぇ?』
「……」
狸寝入りを決め込み、眼をつむる。中年男性は何故か笑い、私の背中を叩いてきた。強目なその手は、やけに暖かいものの、馴れ合う事を嫌っていた私は、心中少しだけ頭に来ていた。
何かを感慨深く思ったのか、彼はしみじみと語るような口調で私に話し掛けて来る。やはり、話だけなら私は聞いてやることにした。
『ボウズ、好きな生き方しろよ。オメエは自由なんだからよ』
◆◇◆◇◆◇
一日半かけて羽田に着く。初めての旅客機ではあったが、私自身、軍用ヘリなどは操縦していたため、特に違和感もなかった。
金属探知機をごまかせるように、愛銃のM9を忍び込ませ、ゲートを潜る。黒い服装を身に纏った少女と、燕尾服を
来た、執事の女子。そしてその周りの人間達が、私の姿を見る度、近付いてきた。
「貴方ね?私の新しいボディーガードは」
「……?」
「兼、養子でもあるだろう。君、名前は何と言うんだ?」
「名前……?そんなモノ、私にはない」
「はぁ?何言ってるんだ?」
怪訝そうな目付きで、燕尾服の女は言った。事実、私は私自身が誰なのかを知らない。どこで産まれたか、両親は誰なのか、自分は何人なのか。だが、日々の「生き抜く」ことにおいて、そんな物は必要なかった。戦い、奪い、生き抜く。隠れながら生き抜く。それが私の日常だったのだ。
ここは日本、平和ボケした国。裏を返せば、それほど安全な国。私のいた世界が異常だったのかもしれない。慣れるのに時間はかかるだろう。よく、わかりはしないが。
「好きに呼んでくれて構わない。どう呼ぼうが、私は犬なのだから」
「犬、ねぇ……。でも貴方、名字は決まっているのよ?」
「名……字?」
「そう、あなたは涼月。ねえ、あちらで、あなたはなんと呼ばれていたのかしら?」
「銀の狼……とか言われていた。それで呼びたければ――」
「決めたわ、今から貴方は狼(ろう)」
狼。どうやら今から私はそういう名前の人間になるらしい。犬、とは違う。猛獣の一種だ。獰猛な、という意味が込められているのだろうか。私の名付け親になったのを喜んでいるのか、ニコニコと笑う、黒服の少女と、冷たい顔で見てくる執事。やはりこの執事、胸が膨らみ、身体が丸い。女である。
漆黒の車に乗り込むと、奏と呼ばれている少女と、スバルと奏が呼んだ女執事が、私へ様々な質問をしてきた。私は、ボディーガードとして彼女に雇われたのだ。クライアントになら、情報を与えることをしても間違いはないだろう。元々無口な私の性格であるが、私は最小限の情報だけを彼女らに与えんと思い、口を開いた。
「貴方はどこから来たの?」
「わからない。ただ地獄からきた、としか言えない」
「お嬢様。このような男がボディガードなんてよろしいのですか?」
「義務は果たす。貴様らが私を裏切らん限り、私はどんな手段を用いても守さん」
実際、そう言うだけしか出来ないし、それしかできない。それ以外のことはわからないのだ。引き金を引き、ナイフで切り刻み、肉体でぶつかりあい。つまりは、戦うことしか、本当に知らない。それも全て、人を殺して自分を生かす為の、だ。
これを、他人を生かす為に用いる。それがボディガードで、護衛というものなのだろう。私の解釈はそうしか出来ん。それでいて、金を貰って生きていける。幸か不幸か、言わずもがな、だな。
「そうね、自己紹介が遅れたわね。私は涼月奏。そしてこっちが執事の近衛スバル」
「よろしくな、ボディガード」
「……ああ」
「スバル、ちゃんと名前で呼びなさい。涼月狼と」
「気にしない。呼び方はどうでもいい、私はそう言った」
「私は、あなたやスバルの法よ。スバルも狼も、私に従いなさい」
「かしこまりました、お嬢様。よろしく、狼」
『スバル』が手を差し出して来る。瞬間、身構えてしまった私は、それが何の合図なのかわからなかった。拳銃も向けていない、敵意もない。これはなんだ?手を握ればいいのだろうか。
「握手も知らないのか?」
「あく……しゅ?そのような行為があるのか?」
「……本当に知らないようね」
「生まれてこの方、銃を取り、相手を殺して生き延びる以外のことはしなかった」
「おいおい、冗談にも程……が……」
かけていた、ボロボロのサングラスを外してみる。額の左から左頬にかけて、えぐられた醜い傷。普通はつくまい、こんなもの。
戦場にいた証拠として、私はいつもその傷跡を見せている。肉体には、無数の傷跡。私は、このような身体しか持っていないのだ。だから、施設にいる時も、コソコソと隠れていた。着ていた服で傷を隠し、他の奴らを怖がらせない様に。顔すら隠したいのだが、最早それも無駄だなと思ってから、サングラスでごまかそうと努力をした結果が、今だ。
そして先程の通り、私は他人を殺して生き延びる術しか知らない。そうだ。私は人殺しなのだ。
「これも事実の様ね……」
「これ以上は語らぬ。握手とか言ったな?その行為はなんだ?」
「友好を確かめる挨拶だ、ほら。手を握ればいい」
友好など結んだ覚えはない。だが、彼女がそれを望んでいるのだ、私は血で汚れた薄汚い手を差し出し、彼女の小さな手を握った。対照的な、白く、細く、傷一つないその手。すべすべとしているその手は、まさしく女と知らしめている様であった。
外見からもわかる。そして、私は鼻が異様に効く。女から流れる、甘い香り。男からはこんな匂いはしない。
「……やはり女か」
「何をいう、ボクは男だ」
「証拠はある。胸の膨らみ、身体の輪郭。男はそんなに丸くはない、それに肉付きも女子だ」
図星の様だ。隠す必要は彼女にとって何かしらあるのだろうが、私に知られても、困る事はないだろう。私が聞いても、外部に出さなければいい。そういう事でもある訳だ。
唐突に気づく事実。ある意味での束縛。狼狽えかけるものの、そうすることを彼女自身が許さなかった。鋭い目付きで私を睨み付ける。それで威圧した様だが、なんの。まるでか弱い子羊の様な眼差しでしかなく。
「ボクが女だって……口外したら殺す」
「口外することによるメリットはない。それを口に出さない、約束する」
「絶対だぞ」
「信じられんか?私は嘘は付かない」
嘘を付いたことも、付き方も知らないというのが現状ではあるが。
「では、そろそろ家に着くわよ。あなたの荷物、もう届いているだろうから、後はスバルに案内してもらって」
「指示了解、近衛スバルの指示に従う」