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義弟の狼はいつもそう。私には少し当たりが強く、スバルには少し甘い。でも、その使い分けが、私はちょうどいいと感じている。少し減らず口を叩いたりするけど、本当はとても優しいオオカミさん。正直者で、自分の心を隠そうとしない。まるで私とは正反対の狼は、本当に良い子。私がスバルと同じくらい、いやそれ以上に信頼出来て、好感を持っている子。だから、私は、彼の前では素直にいるの。
それと一緒に、振り向いてほしいから、私はいつも彼を困らせたくて、突拍子のないことばかりしているけれど。クールに事を運ぶ彼は、いつもの調子を崩さない。それどころか、受け止めてしまう、懐の深さを併せ持っている。何であろうが冷静沈着に判断しては、的確に対応しちゃう――その姿もまたかっこよくて、私のお気に入りの一つでもあるの。狼は気高い生き物、それでいて仲間を守る。何事も抱擁してしまう心持ちに、私は完全に惚れていて。
そうだからこそ、私の大事な狼に無礼を働いた人が許せなかった。ブーツだけを盗まれた、それでも私は、内心ハラワタが煮え繰り返るだった。一体どこのどいつなのかしら。もし、私が盗んだら――靴の臭いを嗅いだり、舐めたり、あんなことやこんな事――あらやだ、本音が。
とにかく、返しはキッチリするつもり。でも今日は、私にとっては一番のラッキー・デイなのよね。不幸が導いた、私の幸せ。狼のコーディネイトも出来たし、しかも今日は狼と添い寝。こんなの2年過ごしてきて初めての経験――あーんは毎日してるのだけれどね。あっ、やり始めたのは狼とスバルの2人からよ?
添い寝なら――ええ。そういうことよ。気合が入っちゃう。私がなにも知らないわけないじゃない。
「ふふふっ、今日は一段と綺麗にしないとね」
「お嬢様、狼が入るらしいです」
「あら、そう。なら一緒に入らないわけにはいかないわね――スバルも一緒に入らない?」
「あ、あいや。ボクはいいです」
「顔真っ赤にしちゃって、かわいいわねえ。流石私のスバル、もっと恥じらいを見せて?」
かわいいかわいい執事、いや羊さんを弄るのも私の日課。だって、スバルはカッコいい、それ以上に可愛いんだもの。凛々しい執事と、気高いボディガード二人に囲まれている私は、地球上で最も幸せな人間――か、どうかはわからないけど。でも、これは平常ではないのよね。
――ええ、本当の姿を曝け出せるのは、狼の前だけなのだから。
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お嬢様は、狼が好き。それは誰が見てもわかる。だけどその好意の強さは異常だ。少なくとも、2年前はあんなじゃなかったのに。1年半前から急に馴れ馴れしくなった。まあ、別に良いんだけど、人前であんまりされたら困る。いやしてないけど、ボクが見ている限りは。――妬いているわけじゃないぞ?
今日の狼のブーツの件だって、「どうやって追い詰めてやろうかしら」、「生爪10枚じゃ安いわね」、「漁船で強制労働」とか自分の部屋で呟いてた。もう狂気の沙汰だ。狼、ゴメン。わかってたことだけど、ボクにはお嬢様を止められない。もう君に任せる、というか君以外に止める人間はいない気がする。
こんなこと考えてたら、父さんに、執事失格、とか言われちゃうかなあ。いや、言われても、現状を把握すれば、誰でも理解しざるを得ない。これは100%誰でもそうなる。冗談抜きで、ね。
それよりもボクの、今日の坂町とのいざこざを取り纏めてくれた狼には、感謝しなくちゃ。勿論、坂町にも礼を言わなきゃ。鼻血出してたけど。胸揉まれたしパンツも見られたけど。それでいて、女性恐怖症、っていう、なんとまあ難儀なモノまで抱えていたけど。それで鼻血は仕方ない、というのは……腑に落ちない。狼なら別に――って、何考えてるんだろう。ボクのバカ!
お嬢様、狼と横に並んで、三人で廊下を歩く。狼とお嬢様はお風呂に入る……混浴だって。旦那様はどう思うことやら。怒るのか、笑って仲良くしろというのか。恐らく後者な気がする。だって……ねぇ?自己責任で、とはお願いしたけど、言われなくてもわかってる、っていう顔をお嬢様はしてたから。だいぶ前から、心は決まってるんだろう。
それでも、狼は恋愛に興味なさそう。禁欲的だし、しかも女性に興味なさそうだから、無問題だとは思う――ボクは男装してるから、もしかしたら……って。ボクは何を考えてるんだ、本当。
「スバル、話がある」
「今日のことか?坂町が庇ってくれたおかげで、傷一つない」
「結果オーライであるが。しかし、怒りに身を任せるな」
「え?」
「瓶が落下するまで5秒はあった、それをわからんお前じゃないだろう?あの避け方もリスキーだしな。受け身を取れていなかったら、今頃その腕は逆に曲がっていた」
「む……。し、仕方ないだろ。それに、やったのはあっちだ」
「種を撒いたのはお前だろう。全く……。もう少し、落ち着きを持て」
「トイレの鍵を締めないせっかちさんだもの、仕方ないわよ」
言い返す言葉がない。確かに正論で事実、少し腹が立つけど、自分でも笑えてくるのはなぜだろう。彼だからなのかな。フォノン、って確か、狼のあだ名だった気がする。言葉遊びの範疇を出ないけど、元々フォノンの意味は、音粒子だったっけ。あまり声を発さない彼は、出す時は人を笑わせてくれる。
なんだか、怒っていたのも馬鹿らしくなった。冷静になって自己俯瞰。こんなんじゃ、執事失格だね。本気で思ってはいないけど、教訓として頭の片隅に置いておこう。
「執事ナックルに、エンドオブジアース、だったかしら?スバル、あなた厨二病?」
「い、言わないでくださいよお嬢様……」
「記憶を失わせる方法なら二つある。延髄にショックを与えるか、麻酔で眠らせるかだ」
お嬢様の揶揄い、それに少し真面目になる狼。言っていることは物騒だけど、顔は真面目そのもので。うん、やっぱり彼は戦士だ。会った時から知っていたけど……さ。
戦い方は、狼にも結構教わっていて。機会はないだろうけど、銃の撃ち方も教わったし、CQCとか、他の喧嘩術のようなものも、身に付けさせられた。組んでも離れても、隙がない。なるほど、確かにボディガードとしては最高級のセンスと実力だ。男女の間にある"力"という差を埋めるための技術、それすら敵わないのは、少し悔しく、そして憧れてもいる。
そんなこと考えてると、華々しい廊下で、狼は純白のハンカチを取り出す。そしてまた、サバイバルで学び取った知識を開けっ広げに話し始めた。
「トリカブトとチョウセンアサガオを20%に薄め、ハンカチに吸わせる。これを人の鼻に押し付けたら、一瞬で失神する」
「お前、人を殺す気か?」
「私の前職が人殺しということを忘れたか?それに、衝撃よりも容易に記憶を消せる」
「おいおい……」
「やん、流石私の狼。物騒なこともクールにさらっと言うわね」
「ボクは使わないからな……。お嬢様も、期待を込めた眼でボクを見ないで下さい」
この人達は、ボクをスパイにしたいのか。そう疑ってしまう。軍人じゃなくて、執事なのに。
そんなのも考えず、試しに狼が、通りかかった父さんに、そのハンカチを嗅がせて見せていた。案の定一瞬で気絶したんだけど、ボクの実父だからね、今君が落としたの。しかも君と旦那様の執事だから、無茶苦茶怒られるよ、狼。――いや、どうなんだろ。怒られるのかな。やんちゃだなぁ、で済ますのかな。
「おい起きろ」
「ん……はっ!?私としたことが……」
「流、疲れているのか?私に構わず休みたまえ。私は一人で大丈夫だ」
「は、はぁ」
狼はハンカチを咄嗟に隠した。そして父さんを騙す。本当に、父さんは直前の記憶を失っていた。恐ろしや、フォノン。音も立てずに人を落とす……特殊諜報員か何かかな……?
まあ、殺人兵器を使われるよりマシだね。狼が持ってるのは、麻酔銃になったし。彼が改造して、植物学とか薬学とか学んで、麻酔針とかを仕込んだらしい。流石に人を殺めるわけにはいかない、って言っていたのを覚えている。日本だから、配慮はしたんだろう。持っているのがバレただけでも、お縄――嫌だなぁ。狼と会えなくなるのは、考えたくないや。
「流石。ボディガードを辞めても、食べていけるわね」
「辞めたら住家がなくなるから困る。……いや、ホームレスでも構わぬか」
「それはないわ。最終就職先は私の旦那様でどう?」
「断る。興味ない」
さらりとお嬢様がプロポーズした気がする。やはりお嬢様は大胆で素敵だ。この真っ赤なカーペットと大理石よりも綺麗で美しく、力強いお方。凛々しい姿、そのカリスマ性……本性は、まあ、うん。
対して、この
「"Silent Silver Wolf"とか考えてるんじゃないだろうな」
「うわっ、心を読まれた」
「流石中二病だな」
中二臭い銃を持ってる奴に言われたくない。むう、と唸ってしまったボクに、蘊蓄を垂れ始める狼。
「M9を馬鹿にしないほうがいい。イタリアのベレッタ社が開発した、マリーンズの制式拳銃。しかもこれはその純正」
「前々から思っていたが、それどこで手に入れたんだよ」
「殺した兵から奪った」
「はいはい。その話はダメ。辛気臭いのはナシ、って言ってるでしょ?」
「……申し訳ございません、お嬢様」
……こいつ、いつまで戦争してるんだろうか。いい加減現実を見て欲しい。というか、ボクが引きずり出して、この素敵な世界を見せてあげなければならない、かもな。
「私の戦争は終わってるさ」
こいつ、エスパーか?