まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 眼が覚めたとき、私の唇には、何故か奏の唇が重なっていた。ゆっくり彼女の顔を離すと、私は彼女を起こさないようにスーツに着替え、顔を洗い、スバルから奏の着替えを受け取り、彼女の枕元に置いてやる。昨晩、何があったか。確か、一緒に風呂に入り、そして寝た覚えがある。そこから先はなにも知らん。奏の寝巻きもはだけていないし、そういうことをしたわけではなさそうだ。

 

 流に会うと、彼はいつもよりにこやかに私に挨拶してきた。ああ、こいつは今朝のあれも見ているな。だが、別に見られて困るようなものじゃない。私は、な。

 

「因みに狼様、キスの御経験は?」

「あるわけなかろう。別に誰にされようが、感染症だけ貰わなければ構わない」

「あ、はぁ。さいですか」

 

 少しだけ、残念そうな顔をする彼。長ったらしい廊下の窓から飛び降り、郵便受けから朝刊と私が昨日買った天体の雑誌を取って、そのまま窓に飛び込んだ。テーブルに朝刊をぽんと置いて、美麗に印刷された星空を見ながら、自室に戻る。既に奏は起きており、スバルが彼女の手を取ってリビングに向かおうとしていた。

 

「へぇ、君ってそんな趣味あったんだ」

「中々面白いぞ」

「ふふ、今度プラネタリウムにでも行きましょう」

 

 星空は良い。心を洗ってくれる。死す時の超新星爆発、その瞬間の光が一番儚く、美しい。そういう死に方をしたいものだな。飽くまで望みであるが、な。

 

 朝食を摂りに、私もリビングに行く。今日はスバルは別行動だ。どうやら、奏が坂町の家に向かわせたらしい。ロリコンバカのコサメが歎いて、苺が宥めていたが、私は特に気にもせず、奏と一緒に食事をした。ただ、坂町の身は案じてやりたい。なにやら、彼に不幸が訪れていそうだ。

 

 今日の送迎は私がするのか、全く。仕事を増やして欲しくないものだな。革靴を履いて、苺が出した車に、奏と2人で後部座席に乗り込んだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 学園に着き、リムジンから奏の手を取り降ろす。コンクリートの地面と、私の昨日買った革靴の固いソールがぶつかる音が響く。いつもスバル目当てで集まる女子郡が、今日は私を見て声を上げた。残念だったな、今日は貴様らが目当ての執事はおらん。それにしても。

 

「朝っぱらから、喧しい」

「仕方ないわよ。貴方だって人気者だもの。ほら、あそこにいるの、貴方のファンよ?」

 

 奏が顎で示した先には、私の似顔絵が描かれた団扇を持った女子が3人、こちらを見ていた。私と視線が合ったとき、団扇で顔を隠している。こんな朴念仁のどこに興味を惹かれるのやら、一回詳しく聞いてみたい。

 

 校門の前で、そんなくだを巻いていた時、後ろからスバルと坂町が二人並んで歩いて来た。一見仲が良さそうに見えるが、スバルはまだ許していないのか、警戒心を解いていない。それに、坂町の頬には、スバルの拳のサイズの痕があった。お前、またやったのか。今度はなにが原因だ、全く。手が早いのも考えものだな。

 

 しかし、他のことには全く無頓着なようだ。普段から気を緩めるな、と口を酸っぱく言っているのだが。この学園には、スバルのファンクラブが、私の知るところ2つある。"S4"と"スバル様を暖かい眼で見守る会"。どちらもどうせ下らない組だろう。しかもS4は過激集団で、人を襲うことすら厭わないらしい。お前らは本当に学生か、と自分を置いて思ってしまう。

 

 奏をスバルに任せ、坂町の背後をロクデナシどもから守る。この背後のポジションは絶好の位置だ。彼等の360度を常に監視できる。全く、手のかかるオモチャだな。こうなることは、奏もわかっていたろうに。だから昨日、苦労すると言ったのだ。

 

「ちっ」

「?」

 

 覆面を被ったS4の阿呆が、坂町から18m、北北西の方向にいる。サングラス越しに睨みながら、M9を隠して狙い、頭に麻酔針を叩き込んで、一瞬で眠りを齎してやる。サプレッサーのおかげで銃声はならない。隠密には持ってこいの武器だ。痕跡さえも残さん。

 

 生徒用の玄関に入り、下駄箱を見ると、上履きは入っていた。その代わりに、"不幸の手紙"という題名の封筒が入っていた。こんな子供騙し、未だにやる奴がいるのか、と、脇から見ていた坂町が呟いた。どうやら古典的なトラップらしいが、地雷と比べれば遥かに幼稚だ。

 

 取り敢えず、中身を見てみよう。そうして封筒を開ける時に、迂闊にも、開け口に仕込まれて剃刀の刃で指を切ってしまった。刃物恐怖症のスバルから手紙を遠ざけて、本文を読みはじめる。

 

"アンタのぶーつは貰っタ。ツギは、スズツキカナデと、コノエスバルだ。とめテほしくバ、たいいクカンうらニテ放課後こらレたシ"

 

「……つまらん脅しだ。私に敵うとでも」

 

 勘違いをしている愚か者がいるらしい。廊下のごみ箱に、剃刀付きの封筒を破って捨てた。血で赤く染まった手を見せぬ様、鞄で隠し、教室に入って、奏の隣の席に座るも、それが奏にバレた。しかし、落ち着き払って騒がぬ様にしてくれたらしい。そのままスバルに奏を任せ、保健室で絆創膏を貰い、消毒をして、丁寧に貼付ける。昨日奏に札束で頬を叩かれた養護教諭が、なにやら怪しげな顔をしていたのは気にせず、そのまま教室に戻る。どうやらSHRは終わっていた様だ。奏が心配そうな顔をしているが、何の心配もいらない、指を切っただけだ。

 

 しかし、こうまで、犯罪を犯して、私に執着する輩とは……一体何者だ。また、怨みを買ってしまったか。ふん、業だと云うならば、受けて立つまでだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 昼休憩。奏はスバルを連れて昼食を摂りに行った。私は自由にしてていいと言われ、坂町に誘われて、購買で昼食を買い、教室で二人で食べはじめる。唐揚げパン、チョコパンなどやら、バリエーションが豊富であるも、私は無難におにぎりを選んだ。

 

 米は美味い。それに塩をかければより美味い。もぐ、と一口齧り付いたところで、坂町が私に問うてきた。

 

「そういえばさ。なんで近衛は執事に?」

「代々、近衛家の長男は、涼月家の執事になる、というのが慣いらしい。だが、現在の近衛家は男児に恵まれず、スバルが一人だけ産まれた、と」

「へぇ。家のしきたりでね。兄弟とかはいないんだな?」

「ああ。あいつの母親は身体が弱く、スバルが幼少時に亡くなったそうだ。その中で、スバルはどうしても執事をやりたい、と言ったらしく。それで今に至る、と言うわけだ。私がくる前の話だがな」

「なんだか、複雑なんだな」

 

 私が知っているのはこれくらい。その道に進もうと決めたのはアイツ自身だ。誰も責めも助けもしない状況、別に私はとやかく言うつもりはないが、相棒となった今は、手助けくらいはしてやろう。そう思って行動しているのだが、アイツの様子は最近おかしい。続けて、私は、昨日のスバルの様子の解説をする。

 

「スバルは、現当主と取引をしたらしい。"女とバレることなく、高校三年間を過ごせたら、執事としておいてやる"、と」

「……俺が知っちまって、それでアイツはあんなに怒ったって訳か」

「お前は口外しなければいい。あれはスバルが悪い。二度も同じミスをやらかした阿呆だ」

「でも、複雑な事情を知った以上、手助けしないわけにもいかないしな」

「それは助かる、アイツも喜ぶぞ。だが、奏と取引するのはやめておいた方がよかったな。坂町、お前はこれから地獄を見る」

「へ?」

「最初に謝っておく。あんな姉で申し訳ない。奏は、超の付くサディストだ。女性恐怖症を治すというよりか、それを弄んでくるぞ」

 

 坂町が凍りついた。そんなこと聞きたくなかった、という表情。だから止めとけと言ったのだ。デビル涼月、そう彼は呟いた。そうだ、あれは他人に対しては悪魔になる。

 

 ――つまり、こういうことさ。

 

「仲良くするほど、君はオモチャになる」

「だからか……。あんなに拒んだの。俺を守る為か?」

「ああ。私もあまり人付き合いは上手い方ではないし、馴れ合いたい訳でもない。奏の言うことは一理ある、のだが、迷惑をかけたくないのでな」

 

 これ以上は喋らないほうがいいかもな。奏に怒られそうだ。怒る奏の相手はめんどくさい。――全く、なら私と同じ態度を、皆にとればいいものを。

 

 塩にぎりを食べる手が、お節介にも赤い調味料を少しばかり垂らしてくれた。意外と深く切れていたようで、坂町がそれに気付いて、ハンカチと新しい絆創膏を差し出してくれた。礼を言って、古い絆創膏を引っぺがし、窓から水で洗い流し、新しいのに貼り替える。

 

「お前、手慣れてるな」

「覚えていなければ生き残れない。そういう世界に住んでいたからな」

「どういう世界だよ」

「紛争地帯。物心付いたときから、私はゲリラとして戦っていた。モルヒネやコカイン、マリファナ等、様々な物を投与されながらな」

「おいおい、お前も中二病か?」

「だったら、こんな醜いキズなど好き好んで付けぬさ」

 

 今は奏がいないから、話してもいいだろう。左瞼から頬の端まで、斬られ、えぐられたナイフの痕。そして、首筋や手の甲に残る弾痕や切り傷。サングラスを外し、顔の傷を見せつける様、指でなぞる様にして。

 

「お、お前……!?」

「証拠だ、これが。当時、クスリで狂っていたから、痛みは感じられなかったが」

 

 更に傷を見せる。ワイシャツのボタンを外し何故か胸を少し見せただけで、廊下にいて遠目に見ていた女子がきゃあきゃあ声を上げだした。何故か坂町がうなだれ、私に「羨ましい」と言ってくるが、注目すべきはそっちじゃない。傷だ。

「外見だけで男を見極めよう、という馬鹿共の仲間になるな」

「あ、ああ。でも、本当にゲリラ兵……」

「恐らく10年くらいか、戦っていたのは。気付いたときには既に紛争は終わっていたし、私の手も、血で赤黒く染まっていた」

「お前も複雑だな……。因みに、それも家庭の事情?」

「さあな。私に家族はいなかった。両親の顔を知らぬし、血縁者がいるかもわからぬ、本名も知らない。唯一、私は白人と誰かの混血ということしか知らない」

「いなかった、ってことは、今は涼月が家族なんだろ?良かったな、家族はいいもんだぜ」

「最近それに気付いた。……失礼」

 

 奏に持たされたスマートフォンの着信音が鳴り響いた。相手は奏だ。坂町に断りを入れ、通話ボタンを押して、通話を始める。どうやら私ではなく、坂町に用があるみたいだな。ふむ、何用だろうか、内容はーー聞くのも野暮か。

 

《ジロー君と一緒かしら?》

「ああ」

《2階南廊下に連れてきて》

「……坂町、奏から呼び出しだ」

「お、おう。わかった」

 

 胸元にスマートフォンをしまう。ボタンをはめ、サングラスをして立ち上がれば、坂町が少し武者震いをしているのがわかる。私が脅した様に思えるが、違う。奏の所為だ。

 

 ふう、と息を吐いた。そして、ガチガチに固まりながらも立つ彼の背中を、軽く叩いてやる。カチカチ、とノッチ音が聞こえそうなくらい、カクカクと首を回してくるが、そこまで怯えんでも。

 

「途中まで護衛してやる。S4の馬鹿共から守ってやる」

「ありがとうな。……そうだ、お前をなんて呼べばいい?」

「ロウ、でいい。オオカミと呼びたければそれでも構わぬ」

「じゃあ、俺も狼って呼ぶわ」

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