まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 坂町の後ろに回って、S4の手から彼を護る。奏の尻拭い、その下拵えといったところか。大体は知っているのだ、スバルと友達になった坂町が気に入らん、だから潰す。獣の勘ではあるが、それは朝から当たっていただろう。狙撃したのがいい例だ。

 

 背後を見ずともわかる、中途半端な殺気。野菜の臭いもしていて、どうやら自炊に長けた女であるらしい。女に手を上げる趣味はないが、障害は種から排除、それがサバイバルの鉄則だ。幸い、奏の姿はもう見える。スバルもいるなら大丈夫だな。そう判断して、坂町に先に行け、と静かに言い、仮面を被った女を片手で空き教室に連れ込んだ。途中、"スバルを欲望に塗れた目でやらしく見つめる会"の奴らが私に気付いたが、彼女は何故か私にお辞儀して、ゆっくり去っていった。ふん、本質は貴様らも同じ様なものだろう。

 

 じたばたと捕まえていた奴が暴れるが、力を緩めることはしない。第一、そんな力で、私の拘束を解けるとでも思ったのか。部屋に入るなり、そのまま床に伏せさせて、被っている仮面を引き剥がすと、紫色のツインテールをした女子が、目には涙を溜めて、顔を赤らめながら私を睨みつけた。

 

「何よ、あんた!」

「こっちが聞きたいものだな。後ろから坂町を狙うなんざ卑怯窮まりない」

「卑怯もクソもあるもんですか!それより退きなさい!」

「ふん、言われて素直に退く馬鹿なぞおらん。それに、退いたら坂町を襲うだろう、退く訳にはいかんな」

「なら、叫んでやるっ!きゃー!涼月狼に犯される~!」

 

 甲高い声が耳を劈く。朝より遥かに喧しいのは、ここが狭い密室であるからか。黙らせる為、昨日のスバルにした様に、平手で彼女の口を抑え、そのままその女の肩を膝で抑えた。これで尚更身動きは取れまい。

 

「ちょ、ちょっと本当に犯すつもり!?」

「誰がお前なんぞに欲情するか、阿呆が」

「この…っ、ワケわかんない!なんでアイツを庇うのよ!」

「スバルの、私以外の初の男友達なんだ。それが襲われたと知ったら、あいつは悲しむ。スバルのファンクラブが、スバルを悲しませて楽しいのか?」

「そんなつもりは……っ!偽善者気取り⁉︎ただのボディガードのくせに!」

「タダの女の癖して、この状況でよく吐けるな。貴様らから相棒を守るだけだ」

「なによ、あんた!正義の味方のつもり!?」

 

 ――正義の味方か。そんなのとは、程遠い。

 

 ふん、と鼻で笑った。それよりも、好き放題言ってくれる。貴様らは、自分らがやっていることが正しいと思っているのか。否、他人からの評価はNO。しかも、人を襲うことまで。犯罪もいいところだ。ふざけた思想を持つのは構わんが、行動を、しかも過激に行うのは感心せぬな。少し、灸を据えてやろう。

 

 サングラスを外し、肉眼で女を睨み付ける。瞬間、顔が恐怖に変わっていった。これが、命を賭けるか否かの目だ。ろくすっぽ覚悟も出来ていない者に、この殺意が堪えられるか?

 

「いいか。貴様らが坂町とスバルに指一本でも触れたら、貴様らを退学にさせてやる」

「あ、あんた、それは権力の横暴よ!!」

「どうせ貴様らもわがままで動いている。それに貴様らの行動は過激過ぎる、警察に通報すれば一発でパクられるぞ」

「なら、あんたも逮捕になるわね」

「ボディガードが主人の友人を守って、何が悪い。第一、奏自身から頼まれたことをしたまでだ」

「何でも言いなり?名前通り、とことん犬ね」

「そうだ、犬さ。だが、犬は噛み付くんだ。それに――」

 

 怯えても、減らず口は止まらぬか。中々胆力のある女だ。だが、そこまでだな。

 

 顔面目掛け、拳を振り被る。そして、一気にそれを振り下ろし、鼻先数センチの所で寸止め。拳を握った時、より恐怖が走ったのだろうか。瞳孔が開き掛けていて、寸止めした瞬間、失禁すらしている。ふん、場数が違うのさ。

 

 

「私は、オオカミだ」

「……」

「貴様じゃ私には敵わん。犬死にするだけだ。選べ、ここで死ぬか、近付かないと約束するか」

「わ、わかった……。近付かないって……約束する」

「賢明だな。君が馬鹿でなくてよかった」

 

 暴力ではない、パフォーマンスだ。サングラスでまた苔色の眼を隠し、彼女から退いて、教室を去ろうとする。アンモニア臭のするこの教室に、そう長くもいられん。それに、血の滲む手で彼女を汚すのはあまりよろしくはないだろう。

 

 まあ、腰を抜かして立てないらしいが。仕方ない、手助けしてやる。だが、血が付くのは許せよ。――寸止めしておいて、今更だが。

 

「……宇佐美マサムネ」

「?」

「アタシの名前。覚えておきなさいよ!」

「不思議な奴だな」

 

 手を引き立たせた女からの自己紹介。宇佐美マサムネ、か。まさかS4のメンバーの名前を聞くとは思わなかった。ここからS4のメンバーを洗いざらい聞き出して、退学させるも、潰し回るのもいいだろう。

 

 とにかく、スバルに纏わり付く悪い虫は、殲滅してやろう。それが、アイツの奏への奉仕をやりやすくする手だ。少しだけ、私が骨を折ってやればいいのさ。

 

●○●○●○

 

 

 なんだろう、この気持ち。押し倒されて、殺されかけて、それで胸が高鳴ってる。あの綺麗なエメラルドの眼に睨まれて、アタシの心臓がおかしくなった。そういえば、人前ではじめて泣いたかも。それに――うん、おもらし……。だって、怖かったんだもん。

 

 ――スバル様?いや……私の好きな人、憧れって、変わっちゃった?

 

 スバル様。アタシの憧れ。それに前から付き添う、同業者の様な存在の、涼月狼。それらが、アタシには出来ないこと――友達を作ることができていた。凛々しく、孤独そうな2人だったのに、今は少し違って見えて。

 

 でもね、ウサギはオオカミに食べられちゃった。あのオオカミになら、喰われてもいいかもしれない、なんて思うアタシをいる。パンツを濡らして。もしや、私は、彼にも憧れていたのかな。

 

 憧れ……いや、惚れた。多分。ううん、絶対。アタシ、そんなにチョロかったっけ。でもさ、あんなに忠を尽くす人なんていやしない。オオカミにもそんなに大事な人なのかしら、涼月奏も、スバル様も。

 

「貴様も、人間不信か」

「え?」

「奏もそうだ。アイツは私とスバル、そして坂町くらいしか信じてない」

「な、なんでわかるのよ」

「貴様も奏も、他人を見る目が霞んでる。人を見ている眼が霞むって事は、そいつを信じられないって事だ。大分前、それを学んだ」

 

 いつの間にか、アタシの眼を見ては、本性を見抜かれていた。観察眼が抜群に働く、この銀色のオオカミに。オオカミのエメラルドの様な瞳は透き通っていて綺麗に輝いていて、そして、アタシという人間を見つめてくれていて。

 

 彼の言う通りならば、彼はアタシを信頼している様に思える。目が透き通る、ってことは、そういうこと。そんな馬鹿な。初対面だってのに、そんなすぐに信頼出来る訳ない。だとしたら、ただ純粋な心を持った人ということか、ただのお人好し。ええ、後者ね。恐らく。

 

「私を信じない方がいい」

「まさか、アタシの眼……」

「どうだかな。狼は嘘付きだ。そして油断すると噛み付かれる」

「……アタシになら、噛み付いていいわよ」

「貴様がスバル達に危害を加えなければ、噛み付きはしないさ」

 

 とことん忠誠を誓う彼。そんな狼のご主人様は涼月奏。なら、アタシのご主人様は、涼月狼?それも、悪くはないかもしれない。

 

「言い忘れてた。襲って悪かったわね」

「言うなら坂町に言え」

「言う機会があったら言うわよ」

 

 忠誠、そして誠実。なんてこった、フォノンって言われてる裏側、こんな良い人だったなんて。好印象しか生まれない。

 

 さっきの一見?あれはアタシが悪い。そのお仕置きをされただけ。なぜか納得できちゃうけど、それはオオカミだからなのね。油断したら惚れてしまう。油断したから、アタシは捕まって、食べられて、惚れてしまって。

 

 ……ああ、これが俗に言う、一目惚れってやつなんだろう。おもらしして、パンツを濡らしたことなんて、もうどうだっていい。

 

★☆★☆★☆

 

 

 ジローくんに執事券を渡した時に聞いた話だけれど、狼がS4のメンバーを食い止めたようね。さすが狼、仕事が早い。でも、私の第六感は、何故か危険を感じ取っているわ。

 

 それは、狼の身体の危険じゃなく、狼が取られてしまうかもしれない、という危険性。もしかして、その子が狼に惚れた?いやいや、惚れたとしても、私の物は奪わせないわよ。私を誰だと思っているのかしら。

 

 狼を任せられる女の子は、私以外にスバルしかいない。でも、スバルにも絶対狼を渡さない。命を懸けて私を守ってくれる狼を、私は命を懸けて愛する。骨の髄、髪の毛、細胞のひとひらまで、余すところなく。

 

 昨日のブーツ泥棒や、今日のカミソリの犯人だって、絶対許さないんだから。権力を持って潰してあげる。狼に纏わり付く悪い蛆虫は、皆……。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 なぜか宇佐美を教室に送り届けるハメになり、トイレで着替えさせた後に、彼女のクラスに帰して、私は自分のクラスへ戻った。スバルが只一人ぽつんと座り、牛乳とパンを持ちながらぼーっとしていた。

 

「スバル、奏はどうした」

「狼。お嬢様なら、坂町とまだ一緒にいるはずだ」

「そうか。なら安心だな」

「なぜに?」

「坂町が安心なだけだ。ここで奏に手を出せる人間なんているか」

「ああ……。そっちね」

「意外にも、口は堅いし、奏が出した交換条件を、今日から遂行している。かなり律儀だ。それよりも、お前、今朝坂町になにをした?」

「流石。君の観察眼には、いつも恐れ入るよ。着替え覗かれたから、殴っただけ」

「……どうしてアイツの家で着替えたかは知らんし、聞かん。だが、少し彼を(いたわ)ってやれ」

 

 安全な校内だからといって、奏の周囲から離れるのも考え物だろうな。減給になったりしなければいいが。それより、コイツが礼儀を通したのか疑問だったから、聞いた。案の定、天邪鬼が顔を見せたな。

 

 呆れてしまう私に対して、スバルがもじもじとしながら見てきた。どうした、と聞くと、彼女は声を小さくして私に尋ねてきた。

 

「昨夜の事、覚えてないのか?」

「昨夜?奏と風呂に入って、一緒に寝ただけだが?」

「その後のキスのことだよ!」

「キス?……私が寝たときにしたのか、あいつは。全く、義弟に発情するとは考え物だな」

「……なんとも思わないのか?」

「私からは何もない。只、唇を重ねるだけの行為だろうに。確かに、相手がウィルスや毒物を含んでいたら一大事だが、奏は、そんなものは一切――」

「ごめん、聞いたボクが馬鹿だったよ」

 

 呆れた表情をしながら、牛乳を口に流し込むスバル。焦ったり怒ったり、顔の筋肉に負担をかける奴だな。

 

 大体、恋愛観を持たない私に、愛情の意でのキスを話そうなんぞ、無駄に等しい。相手は選べ、スバル。

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