まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 屋敷に着くなり、私の頬を見たスバルや奏は心配そうにしていた。少し遅れて帰ってきたくらいだ、そんな変なことはしていない。真宵の見舞いに行ってきた、と正直に話して、自室で着替えながら、物思いに耽る。

 

 誰がやっているのかわからないのに、コテンパンに、なんてか。出資者は無理難題をおっしゃる。だが、ここに来た当初から予想できていた。無茶振りなど、奏で慣れっこだ。

 

 身に付けた技術、それを活かす。しかも、本来の姿で。その仕事があることも、大体わかっていた。極道組織に任せればいいものの、暴対法の過剰な締め付けで、私が代わりにやっている仕事。

 

「もしもし……」

《狼さん、仕事です。2300(フタサンマルマル)から、よろしくお願いします≫

「了解」

 

 自室での応対。治安の維持、それは警察の仕事でもある。だが、どうしても手を出せないものがある。この電話がいい例だ。怨みを買うような子じゃない?怨みを買いまくっていることしかしていないではないか。M9の出番か。麻酔弾と、実弾を両方持って行かねば。

 

「狼、冷えピタいる?」

「奏。ありがとう」

 

 奏が冷却シートを持って来てくれたようだ。通話は既に終わっていたので、履歴だけを消して、ドアを開け、奏から冷却シートを受け取り、少し張っている頬に貼った。

 

「あなた、秘密があるんじゃない?」

「ない。どうしてそう思うんだ」

「だって、なんかお肌ピッチピチだし……」

「当ててみろ」

「ねえ、もしかしてお父様に殴られたんじゃ……」

「殴られた、といっても、マッサージみたいなものだが?ぺちぺちと平手でな」

 

 少し羨ましそうな奏の顔。それだったら、今度やって貰えばよかろうて。全く、私にやる意味がわからん。

 

 しかし、雰囲気が重い。そのせいか、食べ辛い。残したら、作ってくれたコサメにも、食材にも失礼だ。スバルにかなり多めに分けてやり、なんとか完食して、後は夜の仕事に備えた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 夜の仕事はとても楽なモノであった。スーツではなく、レザージャケットにジーンズを穿いて、この前奏からプレゼントされたブーツで外の街に出る。繁華街、ここでの治安維持。極道が相変わらず蔓延るこの街でのトラブル処理。いわゆる、ケツモチというやつだ。

 

 キャバクラなり、ホストクラブなり。迷惑な客が多過ぎる。そういう人間を少し痛い目に遭わせて、お帰りいただく。16そこらの高校生がやることではない、が、涼月の親交のある企業からの依頼だ。私が適任だ、とどういう判断基準かは分からないが、こうして選ばれている。明日も仕事なのだがな。

 

 歩いていると、やはりヘルプが来て。向かってみれば、しょうもない代紋を掲げたチンピラが3,4人。酔っ払って荒れている。小僧、と声を荒げながら掴みかかってくる。が、まだ私からは手を出さない。

 

「この手は?」

「スカしてるんじゃねぇ、ガキはおうちに帰んなってぇ⁈」

「手を出したのはそっちからだ。ふん、躾がなっておらん」

 

 緩過ぎる右フック。左頬でそれを受け止めて、既成事実を作る。そしてボディブローをお見舞いすれば、あっけなく崩れ落ちた。喧嘩相手は見て選べ、という教訓をたっぷりと教え込んでやろう。

 

 連れも、酔いで闘争本能が高まっている。だが、酔いというのは恐ろしい。拳も、蹴りも、全てが幼稚なレベル。店を荒さぬ様、一緒になって掴みかかってきたチンピラ2人の首根っこを捕まえれば、先程私を呼んだ店員に入り口を開けさせ、地面に叩きつけてやる。痛みに悶えるこいつらに、土産だ、と踏みつけで追い討ちをくれてやる。

 

「おい。あんまり舐めてんじゃねぇぞ?」

 

 先程腹部を打たれた男。私に向け、Cz75を向けてくる。面白い。

 

「撃ってみろ。そのおもちゃ」

「近づくんじゃねぇ!」

「いいから、撃ってみせろ。眉間はここだ、ほら」

 

 本当に(はじ)く気概もないくせに。貴様らには過ぎた玩具だ。ジリジリと歩み寄る私を狙って、乾いた銃声を鳴り響かせるそいつ。しかし、その9mmは、私の指で掴まれており。

 

 一心不乱に撃ち始める男。警察も、銃声を聞けば動き出すだろう。エイムも雑、反動すら受け止めていない。そうして案の定、6発目で薬莢がジャムり、逃げ出そうとする。ふん、逃すわけなかろうて。そいつの手を握って捻れば、拳銃を落としかける。それを片手で取りながら足を引っ掛けて地面に押さえ付ける。そして馬乗りになり、スライドを引いて廃莢し、口の中に銃を突っ込んだ。

 

「貴様らの組長を呼べ」

「は、はぁ⁉︎」

「さもなくば、頭が吹っ飛ぶぞ」

 

 引き金に手をかけ、ゆっくりと引いていく。殺気を丸出しにしながら。仮にも極道ともあろう者が、これで気絶するとは思わなんだ。そいつの懐からスマートフォンを取り、組本部へ連絡を入れる。

 

『お前の了見で電話掛けるとは、偉くなったもんだな?』

「ふん、躾もロクに出来ない組が、偉そうな口を叩いてくれる」

『あ?誰だお前ぇ』

「この電話の持ち主に、拳銃を突きつけられて脅されていた者だ。堅気の店に迷惑かけていた、だから躾けておいた」

『な……っ。すんません……。名はなんと?』

「涼月。この名前、覚えておけ。ケジメ、どうつけてくれる」

『なっ……!』

「下打った子のケジメ、指でも飛ばすか?」

 

◆◇◆◇◆◇

 

 脅した組から、指ではなく金をせしめて、予定よりも早く業務を終了させた。暴対法なぞ気にせずに、私の代わりに夜の街を見張ってくれるらしい。躾が必要なら、いつでも相手してやる、と言い残し、タクシーを捕まえ、自宅近くのコンビニエンスストアで降りる。小腹が空いたな、なにか買って帰ろう。今日は……うむ。ツナマヨの日だ。

 

 眠そうな遅番店員のレジを済ませ、もぐもぐと食べながら自宅に戻る。その途中、メイド服のままの苺に見つかってしまった。

 

「出掛けるなら、声掛けて」

「いま、何時だ?」

「3時34分。この時間になにしてるのかは聞かない」

 

 苺の後ろを歩き、そのまま玄関をくぐる。自室に向かえば、寝巻きのスバルがベッドを占領していた。寝られないだろうに。それよりも、こんな夜中に出歩いていた私への尋問が先の様だ。

 

「運動してたら、小腹が空いた?」

「ああ。だから、これをな。……てっ」

「ん、口の中でも切れたのか?見せて」

 

 私の部屋で夜食を食べながら、彼女の言葉に従って、口を開くと、うわ、とスバルが声を漏らした。チンピラのパンチによる、口内の僅かな裂傷。大したことではないだろう、この程度。血は止まっているし、塞がり始めてもいる。

 

 ――生傷など、見慣れていないか。

 

「大分派手な運動をしてたんだな?喧嘩でもしたのか?」

「まあな。殴られてしまえば、正当防衛は成立する」

 

 スバルが固まった。私の様な危険思想は、彼女の頭にはないだろう。実績さえ残せば、なんとでも言い訳はできるのだ。

 

 それよりも、話したいことがあった様で。どうやら、昼間の件らしい。指の傷もバレていた。ここは、私の甘さ故だな。

 

「この前の手紙、剃刀の刃が仕込まれていて、それで指を切った。その手紙を読んで、お前や奏が犠牲になるかもしれない可能性が出てきた。そういうことだ」

「……なあ狼。そんなにボクは、頼りないか?」

「そうは言っていない。お前は奏を任せられる、私の一番の相棒だ。だが、これは私に売られた喧嘩だ。お前らが買う必要はない」

 

 ああ、そうだ。まずは、こいつらを守る。私にとって名誉や信頼より大事なことだ。金よりも大事かもしれん。いや、そうなのだ。

 

 この話で、刃物のことが出てきた。まだ4月の終わり頃、夜は冷える。スバルだって寒い筈だ。恐怖と寒さで彼女の身体が軽く震えている。ジャケットをかけてやり、気休め程度だが暖を与えてやった。それと、さっきからドアに聞き耳を立てているのは、奏だな。その匂いがする。

 

「入ってこい、奏」

「……バレちゃったわね」

「どこから聞いていた」

「最初から。あなたってば、優しいのね」

 

 ドアを開けたのは、寝巻の上にストールを羽織った奏。夜食を抱えた私の右隣りに座り、私の肩に頭を乗せる。ベッドにはスバルと奏が私を挟むようにして座っている。

 

「お父様も、自分の生徒がそんなことはするはずはない、って信じたいけどね」

「ではそう信じてくれ。君の父親に、泥を塗るわけにはいかん」

「そうもいかないわ。私だって戦う」

「だから、お前がこの喧嘩を買う必要はない」

「あなたの為なら、殴られてあげるわ」

 

 いつもの奏と違う。今日は一層優しく、凛々しい。瞳の輝きは強く、本心から話している。おにぎりを食べながら彼女と喋っているが、それにも彼女は怒らない。

 

 ――こんなに、奏は強かったか?守られる存在だったのが、私を守る存在だったのか?姉だから?家族だから?

 

「だから、もう一人で抱え込まないで。私やスバルはあなたの味方。約束したでしょ?」

「そうだよ、狼。ボクやお嬢様は、君の味方だ。ボク達だって、君を守る」

「……あまり出しゃばらん、そう約束するのならいい」

 

 この2人に万一のことがあっては、私は流や当主にどう顔向けしたらいい?言い訳ができん。こいつらの優しさはありがたい。だが、気持ちだけで十分だ。相手を傷つける意志がないこの2人に、手を出させたくもない。

 

 できるならば、ずっと綺麗な手のままでいてくれ。殺すわけではないにせよ、人を殴るというのは、それと同時にその手も汚れる。そういう汚れ仕事は、私だけがやればいいのだ。

 

「一人にしてくれ」

「そういう訳にもいかな――」

「お前らは絶対私が守る。いいから出ていってくれ」

 

 大したことはない。どうせ烏合の衆だ。口ばかりの素人を集めたところで、瞬きする間に皆殺しにできる。ふん、この2人に余計なものを背負わせた罪は、重いぞ。


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