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大きな屋敷の前に車が停まると、双方のドアが開かれ、私達はその二つを潜り、屋敷の内部へと入った。いつ、何処から敵が現れてもおかしくはないところである。が、ここは涼月奏のの家だ。彼女の命を狙う愚か者はいないであろう。
念の為、彼女から5センチの距離を保ち、彼女の護衛に入る。気を抜かずして、それでも自然に。
「ほら、狼。こっちだ」
「了解」
すぐさま、近衛スバルの指示に応える。彼女の背中に付いていき、通された部屋は生活感のない、ベッドと机だけの部屋だった。まるで即席で作ったかのような部屋。クローゼットがあるくらいだが、贅沢は言えん。今までと比べれば、豪華ではあるのだがな。
次に手渡されるは、黒の高そうなスーツ。着替えろと言うことだろう。近衛スバルは部屋の外に出、私の着替えを待ったが、私はすぐに着替え、彼女を呼ぶ。ネクタイもきちっと締め、ホルスターも吊るし。
私の胸元に何か違和感があるのか、彼女がぽんぽんと触って確かめる。そこにあるのは、M92FS。セーフティもかけてあるため、暴発の恐れはない。
「銃が気になるか?」
「じ、銃?」
「気になるなら、見せてやる」
吊り下げ式のホルスターから銃を覗かせた。何故か彼女は大きく驚いている。そうか、この国は、一般市民の銃の携帯を禁止しているのだ。それなら合点が行く。だが、いくら平和の国・日本といっても、護身武器もなしにふらつくのはいかがなものか。
またもや怪訝そうな眼をされる。若干、疑われるような、そして注意を込められているような感覚。
「いいか、公共の場では出すなよ」
「できるならな。人に襲われる時は遠慮なく抜く。『ハイそうですか』で済ませるわけにはいかんだろう」
「そんなことは滅多にない……」
「あったら困る。わざわざチラつかせるような真似などせんさ、持っている意味がない」
「それならいいけど……」
当たり前だろう、このような物をちらつかせて歩く馬鹿はいない。武器は隠すものである。わざわざ自ら喧嘩を売りにいくようなものなのだ。武器とはそういうもので、持っているから強い、ではない。忍ばせておくから、強いのだ。
ボタンを締め、顔の醜い傷をサングラスで隠そうとしながら、この屋敷の案内を近衛スバルから受ける。大概は部屋や器具の使い方だが、どうせ使うことはほぼないと言ってもいいだろう。初めてみるものばかりだから、壊したくもないしな。
「というわけで、一周したわけだけど、何か質問はあるかな?」
「ない。この後の仕事はどうすれば?」
「ボクと共に、お嬢様の傍に付くこと、だな」
「了解」
飽くまでも機械的に。そもそも私の感情は恐怖しかない。
つまらなさそうに近衛スバルは溜息を付くが、まるで何かをみつけたかのように私の眼を見る。
目前に迫る女顔。これで執事は無理があるだろう。華奢な身体、私が軽く力を入れれば折れてしまいそうな細腕。そしてなにより、傷一つないその顔。
「私の眼など、見ていても楽しくはあるまい。濁っているしな」
「いや……綺麗な眼、してるんだな?エメラルドみたいだ」
「薬物の影響は、完全になくなった、というわけか」
「は?」
「ところで、涼月奏はどこだ?」
クスリのことなど忘れてしまった。あの感覚にはもう戻らん。フラッシュバック、そしてオーバードーズの悪循環。抜け出すには、時間が掛かる。
誤魔化すように話を切った。主人を探す為の口上。その声は当人に聞こえていたのだろう、背中から優雅な声が聞こえる。
「あなたの後ろよ、狼」
「お嬢様、わざわざこちらまで」
「気にしないで、スバル。私は狼とお話がしたかったから。ところで、眼が濁っているってのはどういうことかしら?」
先程の話題を出してきた涼月奏だが、別に答えても問題はあるまい。戦地から来たチャイルドソルジャー、その実態はあまり知られているものではあるまい。
「幼少時から、私を戦士に作り上げる為に、長い間薬物を投与されてきている。薬物中毒の人間の眼は濁って狂っている」
「……日本の法スレスレなことばかりだな」
「だが、私は恐らく10の頃から薬物が効かなくなり、副作用の感覚麻痺や依存なども起こらなくなった。だが、未だ眼は濁っていると思っていた」
近衛スバルの言ったように、今の視界はクリアだ。感覚は薬を打つ前より研ぎ澄まされた気もする。だが、飽くまでも「気がする」だけだ。現実にはどうなのかはわからない。
そういえば、安心して床につける生活をしてから、しばらく銃は撃っていない。そんな男が銃をぶら下げているのは、宝の持ち腐れというやつか。射撃精度は、あの集団の中ではトップの腕であった私だが、ここまでにどれほど落ちたのかも気にかかる。
「ここらで、射撃練習場はあるか?」
「あるわけないだろう」
「なら、私が的を用意してあげるから、それで練習するといいわね。弾も必要よね?」
「9ミリのパラベラムが買えるのか?」
「貴方がいた保護施設から流れて来るわよ?黒い道経由でね」
なかなか乙なことをする。涼月奏の方にも感謝の念を入れると、私は彼女の護衛を務めるべく、彼女の横に並んだ。
「あら、家の中でも護衛?」
「これが私の仕事だ。言っただろう、完遂すると。家の中が完全に安全か?涼月奏、それの証明は出来ないだろう」
「涼月はいらない、私と貴方はもう家族なの。奏と呼んで」
「では、奏。私の仕事は奏を護衛する事にある。君の周りには、近衛スバルでも予知せぬ危険が沢山だ。それらから守るのが私の仕事だ」
「だから私の傍に常にいると」
「そういうことだ」
口説き文句か、と近衛スバルに睨まれながら言われるが、私はただ私の義務を説明しただけだ。それに、生来女性を口説いた経験などない。
奏は嬉しそうな笑みで私をみてくる。雇ったのはそちらだ、そこまで真剣に仕事に取り組むのが嬉しいのだろうか。言わなかったが、報酬は倍額積んでもらう。一文無しで来たのだ、せめて命の代償の額は欲しい。
「ああ、狼。お父様が貴方に会いたいそうよ。私と一緒に行きましょうか」
「了解。奏の父が、私を買ってくれたのだ、礼は言いたい」
私を売り物にする保護施設もどうかとは思う。だが、クズ野郎から離れられたのだ、結果的によしとしたい。
近衛スバルも、常に奏に付いている。律儀なんだな、と言ってやると、執事なら当たり前だ、と返された。まあそうではあるが。
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「……良く来たね、坊や」
初老の男性が、私の姿を見る度、そう言った。この男が、私の買い手か。不幸の子であることは否定しない。だがそれで同情を買うこともしたくない。
「いや、狼と呼んだ方がいいのかな。奏がそう言っていた」
「好きに呼べばいい。話は?」
「君のことに付いてだ。君は奏の為に死に、奏の為に生きてもらう」
「ボディガードとはそういうものだ。他には」
「君はもう、涼月の者だ。だけど、君の腕は確かだ。惜しいかな、ボディガード以外にも使わせてもらおうか」
「その分、払ってもらうぞ」
当たり前のことばかり、そして追加に頼まれた仕事。やはり、私は何処へ行こうと捨て駒なのだ。狼と呼ばれようが、所詮私は代替品。いくらでも代えは効く。
そのような扱いは、予想は付いていた。だが、私は罵られようが気にしない。感情を持たぬ機械にどんな言葉を渡そうが、無駄なことだ。性能が悪かったり、壊れれば、修理をするか買い替える。恐らくこの者は後者だ。財力にモノを言わせては気が済むまで暴虐の道を突き進む。
「話は以上か。なら、私は戻らせてもらう」
「期待してるよ」
「貰った金の分は働くさ」
安住はない、そういうことか。ふん、と解釈してから奏の父の部屋から出、奏を探す。彼女はどうやら自分の部屋にいるらしい。近衛スバルがその戸の前に立っている。
「ここは奏の部屋か」
「ああ。ボクでも気安くは入れない」
「誰にでも、立ち入って欲しくないモノはある。お前の秘密だってそうだろう、近衛スバル」
「そうだけど……。ボクもスバルでいい。話していてわかったが、どうやらキミは不器用なだけらしい」
「人と接する経験がないだけだ。周りは全て敵だったからな」
「キミの過去は壮絶なんだな、恐れ入るよ」
こんな呑気な国にいる彼女らは幸せだ。かく言う私も、今ここに来て――来た理由はあれだが――安堵を感じられる。
これが、幸せというものだろうか。
主人公設定です。
名前:涼月狼(ハル・ケーニッヒ)
年齢:戸籍上は17
身長:185cm
体重:75kg
職業:涼月奏のボディーガード兼高校生
性別:男
髪型:銀のセミロング
目の色:エメラルドグリーン
利き腕:左
[詳細]
本名は不明(実は、Hal Koenig(ハル・ケーニッヒ)という名前があるが、本人も知らない)。とある内戦地で産まれる。両親は不明。
幼少期からクスリ漬けにされ、戦いに赴き、人を危めていた。彼の「死にたくない」という本能だけで今を生きている。
13の時に内戦が終わり、周りが皆死に絶えた時に保護され、涼月に引き取られ、ボディーガード兼養子となる。その時に今の名前が与えられた。因みに戦場での通り名は「銀の狼」。
無感情・無表情・無口・無愛想の4None(フォノン)と渾名されるも、影では「わんこ」と呼ばれている。思考はいつも効率的にすることを考えている。一般教養のレベルは高く、日本語・英語・ドイツ語・ロシア語・スワヒリ語を話せる。それよりもサバイバル能力、戦闘能力、身体能力が異常。外見は華奢だが、脱げば筋骨隆々。そして、顔は美女のような綺麗な顔。しかしナイフでの醜い切り傷が大きく付けられている。それに惹かれる女子もいるが、スバルと比べればほんの僅か。
守る対象が自分から奏へと変わってからは、自分の身をも捨てる覚悟でボディーガードに就くものの、負の感情が高まると闘争本能を抑えきれなくなる。
護身用に、違法輸入したM92FSのサプレッサー付きを携帯。麻酔銃と実弾が撃てるように改造してある。