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スバル様と一緒にわんこが水着で出て来たとき、アタシは眼を何カンデラ光らせていただろう。計測機が振り切れるくらいに、アタシの目は釘付けで。そのままわんこがアタシに近寄って来ると、アタシはわんこに思わず抱き着いた。
布一枚が肉体を隔てど、その逞しさははっきりとわかっていて。ジッパーを閉じていないものだから、腹筋や胸がしっかりと堅さを主張している。そんな中でも、わんこは表情を変えようとしない。また後でな、と坂町が言って、少し顔をしかめていたスバル様と共に、どこかへ行ってしまう。これで正真正銘の、二人きり。感想、伝えなきゃね。
「似合うわよ、わんこ」
「ありがとう。似合わなければ、君にを恥をかかせてしまうところだった」
「気にしなくていいの!あんたは何着たって似合うわよ!」
「そうか」
気持ちだけで動いてしまおう。そう決めたアタシはわんこの手を引き、プールに飛び込む。彼がアタシの強引な行動に嫌がらないのは、楽しんでくれてるからなのかな?そうだったら嬉しいけど。
戯れ。わんこの顔に水をかけてみる。反射的に、怪我をしていた右手で受け止めているところを見ると、どうやら本当に大丈夫みたい。仕返し、というように、わんこは手で水鉄砲を作ってアタシに撃ってきた。
「え、なにそれ?すごくない?」
「これか?普通じゃないか?」
見様見真似でアタシもやってみた。うわ、出来たけど、やっぱりわんこはひょいとよけてしまう。何度か当てようと試みるも、全弾回避、しかもその時にアタシに水を沢山かけてきた。
なんだろう、普通なら嫌がるところだよね。でも、なんだか嬉しい。彼からの水の弾丸、全てがアタシのハートに突き刺さっていく。どんどん堕ちていくアタシは、もうそれに心を任せ切っていて。出会ってから日も浅いのに、こんなに心を許すとは思わなかった。もちろん、わんこだってそうだと思う。
「あんた、やるわねっ?」
「生まれながら、射線の予測は得意な方でね」
「ぷっ、なにそれ♪」
よくわからないけど、戦争?生まれながら、って言ったっきり、ミリオタじゃなさそうだけど、興味はあるらしい。アタシは全く知識がないから分からないけど。だからかな、こんなにガチガチな肉体してるのは。
そういえば、怪我をした背景を聞いたんだっけ。スバル様と涼月奏のカップリングを企む、不埒な童貞集団50人とやりあったって。それでいて、涼しい顔をしながら、全員倒しちゃって。怪我も、坂町をかばった結果って言ってた。少しだけ、坂町を恨みそうになったけど、自分のミスだから坂町は悪くない、手当てもしてくれた、って、そこまで庇う理由。やっぱり友達だからかな?変に後遺症とかを残さなかった辺りは、坂町の応急処置にありがとうを言わなきゃなんだよね。でも、アタシならもっとうまくやれる。だって、保健委員だもん。餅は餅屋よ。
「マサムネ」
「なに?」
「あれ、やってみないか?」
じゃれあい、水着も水浸し。対するわんこは汗すらかかず、大きなアトラクションに目をやって指を指した。興味津々なその姿は、期待に尻尾を振るわんこそのもの。
――ウォータースライダー。物珍しい顔をしてる彼。見たことはないのかな。もしくさ、絶叫系とか好きなのかしらね?あれ、相当スピード出てるけど。
滑り台に流れ続ける水流は、そこそこ大きな音を立てていて、着水部はそれなりに深そう。見るだけでも少し縮み上がっちゃうけど、怖いもの知らずの彼はそんなこと。お構いなし。うん、アタシは貴方と一緒ならどこでもいいわ。無茶苦茶スリリングなスライダーでも、お化け屋敷でも、バンジージャンプでも。恐怖に身を引いてちゃ、得られるものなんてたかが知れてるもの。
プールサイドに上がっては、とてとてと2人でウォータースライダーに向かう。並んだ瞬間、アタシたちの後ろに連なる長蛇の列。わんこが狙いか、と思ったけどそうじゃない。準備が終わったのを待ちかねていたんだろう。
「ウォーターウルフ?私の名前と同じだ」
「偶然中の偶然かしら?でも、あんたここ来たことあるでしょ。狙った?」
「いや、ここに来たのは初めてだ」
「――水着を買ったこともないって言ってたわね。お姉さんは水着もあったし、ここに来たことがあるようなことを言ってたけど、あんたはお留守番だった?」
「私はそもそも、2年前まで日本にいなかった」
留学生だっけ、わんこって。どこにいたんだろう。ヨーロッパかな、顔付きもそっちの人っぽいし、肌も白いし。外国人とのハーフ?でも、それにしては、涼月奏は日本人の顔よね。
両親のどっち似なんだろう、涼月姉弟って。義理?顔付きは似てないから、その線もあるわね。だとしたら――合法的に結婚ができる。だからか、あんなに涼月奏がわんこにアタックしているのって。そっちだと納得はいく。ま、どんな関係であれ、アタシは負ける気はない。
「留学してたんだ?」
「……まあ、そんなとこだ」
「場所どこ?聞きたいな」
「知らん。覚えてない」
「またまたー。勿体振らないでよ」
「内戦地くらいしか覚えとらん」
内戦地――ライオン式教育法!?崖から突き落とすだけじゃ大したことない、だから銃弾の雨の中に突き飛ばしたってわけ?死んじゃったらどうすんのよ、涼月家!!長男死んだら……あ、でも長女が継ぐのか、そっか。
いや、そういうことじゃないでしょ!海外から来た、義理の姉弟――考えたくない。その闇には、流石にまだ足を踏み込む勇気はない。肝心な所で怯えるアタシ、この弱腰はどうにかしなきゃ。心に決めたはずよ、アタシはどんなわんこも受け入れるって。それと……。わんこが死んだら、アタシとわんこが付き合えないでしょ。涼月の関与が無かった過去かもしれない、だけどそんなのは関係ない。アタシはアタシなりのやり方で、わんこを守ってみせる。その中で一転、わんこの声が私の意識を呼び戻す。
「マサムネ、前が空いたぞ」
「あ、そうね。意外と回りが早いみたいね」
「初夏だから、客も少ないんだろう。このアトラクション自体も空いたばかりだしな」
「きゃあー!!」
「あはははっ!シャルったら、ビビってるぅ」
「……ユウリ・カムイ?」
「誰それ?」
「知り合いの息子だ」
ああ、わんこが言っているのはあのポニテの子と、金髪の女の子ね。無茶苦茶イケメンと可愛い女の子だけど、こっちにだってイケメンもいるし、アタシだって顔は負けないわよ。自信あるんだから。――胸は負けてるけど。はぁ、あの子、スタイルいいわね……。涼月奏といい、あのブロンドの子といい、周りはどうして、あんなにモデル体系なのかしら。やっぱり、栄養が足りていない?
気を取り直して、いざ頂上へ。結構高さあるわね。それに、嫌に曲がりくねってるし、スピードも、さっき見た水の流れ以上に速そうに思えるし。いけない、かなり怖いわ、これ。
「次の方ー」
「マサムネ、嫌ならやめるか?震えて……」
「こ、ここっ、怖くないわよ!!や、やってやろうじゃない」
「膝が笑っているぞ?」
うひゃあ、バレてるし!でもわんこがやりたいって言ってるんだし、断りたくない――腹を括ろう。宇佐美マサムネ、行きます!
スタート地点にアタシが腰をかけようとすると、わんこはアタシを後ろから抱き
「大丈夫だ。私が付いている。身体を私に預けて」
「う、うん」
耳元で囁かれる、優しい気遣いの声。魅惑的なテノールボイスが、アタシの脳内をとろかせる。アタシをしっかりと抱きとめてくれるこの腕は、本当に優しくて、思わず顔が緩んでしまう。流れる水のおかげで、身体の火照りがより強く感じてしまうけれど、それすらも心地良い。ああ、ほんと好き、このわんこ……。
消灯されるシグナル。スタッフの、行ってらっしゃいの声。瞬時に加速し流される私達の身体。それが、尚更恐怖を煽り立て。でも、大丈夫。アタシの背中には、わんこがいるもん。
「マサムネ、怖くはないか?」
「大丈夫、あんたがこうしてくれてるから、寧ろ楽しいし、嬉しいわよっ!」
「ふっ、それはよかった」
笑ってくれてる。わんこが、笑顔になってくれている。学校ではあんなに表情を殺しているのに、今のわんこはとっても表情豊かだ。もうフォノンなんて呼べない、呼ばない。その鉄仮面を引っ
長いトンネルも一瞬だ、光が向こう側から差し込んでいる。わんこの表情みたい。
「もう終わってしまうぞ」
「もっかい行く?アタシも楽しくなってきた!!」
「いいぞ……ふっ」
最後に待ち構えていたのはジャンピングスポット。わんこはアタシを離さず、前屈みに姿勢を変える。そのまま放り出されるアタシ達は、綺麗に着水した。上がる水飛沫も、静かに、細やかに。飛び込みの選手みたいな感覚、やっぱりわんこの身体能力様々なのかも。怪我はもちろんない。
ベッドの様にふかふかな、プールの水。アタシの胸元から腕を離さず、そのままプールの縁へと連れて行ってくれるわんこ。泳げるわよ、アタシ。でも、余計なことはしない。こんな状況、滅多にあるもんですか。
「ありがとね?」
「礼には及ばんさ。エスコートは慣れている」
振り向くと、髪まで濡れて、髪がストレートになっている狼。その姿はどこか官能的で、しかもアタシより女らしい。周りの人がみんな狼を見ているが、今日のわんこはアタシだけのものだ。
――エロい。身体を伝う水滴が、筋肉の狭間に入り込んで、ポタポタと垂れている。なにこれ、ほんとエロい。抱かれたい。ここで抱かれていい。いや抱いて。もうアタシ、ぐっしょり濡れてるから。
って、正気を取り戻しなさい宇佐美マサムネ。なにを考えているの。全く……。思春期にも程があるわ。自戒をするも、これみよがしにわんこに抱き着いて恋人同士かのようにアピールする。もう、自分が抑えられていない。のだけど。
「うわわわっあああああ!?」
「――おい」
「え、ええっ?」
後ろから突っ込んで来たのは坂町と涼月奏。涼月奏は坂町を突き飛ばし、彼女は悠々と着水したが、坂町はアタシ達の所に飛んできた。咄嗟にわんこがアタシを離して遠ざけてくれたが、その流れはもはやテンドン。
坂町が狼を押し倒す形になり、しかも唇まで重ねてあり……。狼は縁に身体を強くぶつけ、坂町――いやバカなチキン野郎、バカチキは、狼とのキスに顔を赤らめていた。
「……」
「わ、わんこぉぉおっ!?こんのチキン野郎がぁぁあっ!!」
「うごふぅっ!?」
バカチキをぶっ飛ばし、プールに沈める。あまりの感情の高ぶりに、先ほど礼を言わなきゃ、と思った男の子に手をあげてしまった。無言で坂町を助けようとするわんこ、そんなことしなくていいから。
行きましょ、とわんこの手を引く。その時にみた、涼月奏の目は、なにやら寂しそうだった。