まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◇◆◇◆◇◆

 

 

 事故は突然起こるものだ。先ほどの坂町との一件、私はそれほど気にしていないのだが、マサムネはぷんぷんと怒っていて。なにもそこまでのことじゃない。

 

 背中を打ったが、大したことじゃない。大丈夫、と心配して、患部をさすってくる彼女。皆心配性だな、と思いながら、ここで待っていてくれとマサムネをそこに座らせれば、紅羽がマサムネの隣に座った。プールに飛び込んで沈み掛けている坂町を抱え、プールサイドに上げれば、気絶している彼の顔を平手で叩いて起こしてやった。

 

「大丈夫か?」

「……ああ。マシュマロみたいな唇とキスする夢を見た」

「元気そうだ……スバル?」

 

 奏と共に私の背後に現れるは、スバル。坂町の一言に、なにか火をつけられた様で、額にデコピンを喰らわせ。おい、一応こいつは患者だぞ。それに、なにを怒っているんだ。

 

 もう一度、大丈夫かと彼に声をかける。完全に目が覚めた様だ。もう大丈夫だな。余計な心配事を、スバルにはかけさせたくない。特にこれからの計画には、尚更余計なものなのだ。真剣にやってもらわんと、流と奏の意図が台無しになる。

 

「なにをそんなに怒ってるんだ」

「……ジローが狼にキスした」

「スバル……かわいいわね……!」

「何言ってんだ奏。事故だろうよ」

「……やだ」

 

 なんだこいつ。妬いてるのか?奏も若干、その気配があるが、それ以上にスバルの事に楽しんでいる様に見える。お前の頭はいつまでもトリガーハッピーか?とはいえ、坂町も満更じゃない顔をしていて。こんな言葉を吐くのは、上品ではないが。キモい。

 

 ともかくそれはそれ、これはこれだ。唇が切れている坂町をトイレに連れ込み、傷口を洗わせた。あとは一人でできるな、そう言って彼を残してプールサイドに戻ると、紅羽とマサムネ、奏に取り囲まれる。片手には、フラッペなり、チュロスなりを持っていて。なるほど、お前ら腹が減っていたのか。

 

「わんこ先輩ゴチです!」

「は?」

「アタシをほったらかして、バカチキの方へ行ったバツ。これくらいなら優しいもんでしょ?」

 

 いや、マサムネ。お前に奢るのは別に構わん。だがな、なんで紅羽と奏に私が馳走している?奏よ、お前が奢ればよかったろう。しかしなんにせよ、ヘソを曲げていなければいいか。その程度で満足できるなら、安いもんだ。

 

 その中で、奏が私にウインクをしてくる。腕時計を見れば、そろそろあの時間か。また少し席を外し、近くの坊やにスマートフォンを渡して、スバルを指差して渡してくれと伝える。私が行く気はない。

 

 下拵えは整った。あとは、あいつらがどう出るか、だ。3人のところに戻っては、奏に耳打ちをする。マサムネがじとっとこちらを見てくるが、業務連絡だぞ。妬く事じゃなかろう。

 

「大丈夫かしらね、あの子」

「お前らが考えついた事だ、心配ならやめとけばよかったろう」

「そういうわけにもいかないじゃない。スバルには、スバルの悩みがあるもの。それを解消してあげたい、お友達ならそう思うじゃない?」

「気持ちはわからんでもないが、な」

 

 ボソボソと小声でやりとりをしてから、奏はマサムネと紅羽の肩を掴んで、ぐっと引き寄せた。いつもよりは眼が透けてるな。気に入ってるんだな、その2人のこと。きゃっきゃと話をしているが、マサムネはどこか虚げ。

 

 私も何か腹に入れよう。あの3人の代金に加え、Lサイズのアイスコーヒーを片手にし、ガラス張りの天井から差し込む日差しを身体に浴びせる。ふむ、なかなか暖かい。気を抜けば、ゆったりと眠ってしまいそうだ。微睡んでしまうくらいに心地良い。

 

 いかん。奏の側についたのなら、ボディガードの仕事は始まっているのだ。コーヒーの苦味で頭を起こして眠気を飛ばす。そんな中で見つけるは、プールには不釣り合いな、黒ずくめのスーツの男。

 

――いかんな。

 

 危険の匂い、その一挙手一投足に注意をする。ああ、狙われている。間違いなく、あの懐には銃がある。そのひりつく空気がコーヒーよりも強く、眠気を覚ましてくれた。すぐさま奏の元に戻り、またもや耳打ちする。

 

「奏」

「なにかしら?」

「少し場所を変えんか」

「えっ?な、なにがあるの?っ、ちょっ!狼!」

 

 話している時間はない。勘違いをする奏を抱き抱えると、紅羽とマサムネも立ち上がってくれた。今はおしゃべりをしている余裕はない。安全な所といえば――ああ、そうだ。VIPルーム。

 

 最短距離で進まねば。宙に飛べば、的になりかける。なら、走ればよい。顔を赤らめている奏を極力揺らさぬ様、水面に足をつければ、そのまま猛然と走り出し、直線軌道のまま、VIPルームへと連れ込む。

 

「……狼?その気になった?」

「ちょっと待ってろ、用事を思い出した」

「スバル達のこと?」

「いや。野暮用だ」

「わんこ!水面走れるなんて聞いてないわよ!」

「先輩って忍者さんなんですか⁉︎」

 

 遅れてきた2人も部屋に入れる。ここなら大丈夫、強化ガラスに何十層ものドア。シェルターの様に強固な密室、入れるのは私と奏、スバルしかおらん。情報は聞いていた、それがこんな形で役に立つとはな。

 

 誰も入れるな、そういい、私は外へ出る。黒ずくめの男の狙いは、奏ではない。私だ。片手を懐に突っ込み、銃を取り出そうとしている。しかし、貴様のそこは立ち位置が悪かったな。

 

 にっこりとした顔でその手を叩き落とす、ユウリ・カムイ。あまりに自然な動作、そこからポロリと落とすはコルトのダブルイーグル。使い辛い銃だ、それで狙おうというのも、舐められたものだな。

 

 途端、その男は逃げ出す。その速度で逃げ切れるわけもない、何より今の私は身軽だ。男の後を追う時、ユウリが平手を出してきた。それを私は左手で叩いて合図をする。この一瞬だけで、意図は伝わった。

 

――奏を頼んだ、便利屋。

 

 ――任せな、シルバーウルフ。

 

 付き添っていたシャルロット・デュノアが、私のブーツを投げ渡す。恐らくカムイが鍵を開け、手配したのだろう。走りながらそれを履いて、その男の背中めがけて突っ走った。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 男は扉を蹴破り、ポンプ室へ。そして、外へ出る通用口を飛び降りれば、私もそれに続く。匂いは行き先を教えてくれる。市街から外れの、崩れたコンクリートの壁、剥き出しっぱなしの鉄骨が顔を見せる廃墟ビル。屋外だろうと屋内だろうと、場所は問わん。戦う場所など、ゲリラにとっては問題にならん。

 

 ボロボロの木製の扉、それに身を隠したつもりでいる雑兵達。遮蔽物を盾にしては、よく手に入れたな、と思えるようなものばかりの銃で弾幕を張り出し。MP5K、M4、AK、G3。他にもまだあろう。確かに、売れば金になるものばかり。しかしながら、残弾数も身体で覚えていないとは、全く持って甘い。

 

 実弾を装填したM9、それを壁越しに撃ち、扉の向こう側の射手を仕留める。額に一点赤い丸が付いた男の武器は、M4。そのまま、残りも処分せねば。MP5Kは回転不良を起こして、AKとG3は弾切れ。複数人で掛かってくるなら、その隙をカバーするのが鉄則。ズブの素人に負けるわけがない。

 

 身を隠そうとする男の手を撃ち、G3が床に落ちる。瞬時に前に進んで男を床に伏せさせ、喉元にナイフを突き立て、切り裂いた。AKの男のリロードだけは素早い、しかし私からすればまだもたついている。狙いを定めるのが遅すぎる、アサルトライフルやサブマシンガンは、撃ちながらエイムをするものだ。身を横に投げ、床に転がっていたM4を拾えば、お手本とばかりに5発ほど、残りの兵にお見舞いをする。避けられるわけがない、狙いを定められんルーキーならば尚更だ。

 

 床に広がる血痕。男の死体からM4のマガジンを取り、階段へ出る。もちろん、そこでもドンパチは止まず。今度はトンプソンとウージーか。上から狙う、というのは利点もある。だが、それを返せば欠点にもなる。

 

 身を乗り出しすぎ、的にしてくれと言わんばかりの体勢。弾丸は勿体無い、ならば格闘でいい。階段を駆け上がるスピードにエイムが追いついておらず、またサブマシンガンの連射速度を知らんのか、すぐに弾切れになり。そいつの目の前につけば、すぐに逆手に持ったナイフで胸を切り裂き、身を回転させて顎に回し蹴りを見舞う。そのまま放っておけば失血死するだろう。

 

 臭いは、あと2つ。親玉かどうかはわからんが、見てみれば察せるだろう。奥まった部屋のドアノブに手を掛ければ、先程とは違うレベルでの射撃。咄嗟に壁に身を張り付かせて銃を避けるも、あちらからドアを開けて、私目掛けてナイフを突いてきて。

 

「甘いな」

「くそ……っ!」

 

 膝から崩れ落ちる様にしゃがめば、ナイフは壁に激突して刃が折れる。そのまま飛び上がって左拳で顎を打ち抜いた後、そいつを盾にして部屋に突っ込む。中には、派手なスーツを着た男。手にいくつものリング、そして凶悪な顔つき。

 

 躊躇うことなくグロックを撃つ。パラベラムは、人体の腹部くらいなら裕に貫通する。だが、やはりこいつらの弾はホローポイントだ。そして、こいつの撃った弾丸は、パラベラムの音とは違う。

 

「40S&Wか。そのバレル、22C」

「流石だな。まだ腕は錆び付いてないらしい」

「私のことを知っているのか」

「ああ。お前の親父――とは言っても、チャイルドソルジャー達の親だがな。そいつから、お前の身柄を確保する様に頼まれた。もちろん、この武器も流す様にな。テストだよ、お前がちゃんと人を殺せるかどうかの」

 

 ふん、いい趣味をしている。朱色に染まった左手を、盾にした屍体の服で拭くときに、何の予備動作もなく発砲する、スーツの男。弾速も早い、やはり強装弾。だが、それを掴めぬ私ではない。

 

 熱を帯びた弾丸が私の手中に収まった。ほう、と楽しむ様な声を上げる男。なにを思ったか、そいつはハジキを捨てて、構える。

 

 ――殴り合おうや、親殺しのハル・ケーニッヒさんよ。

 

 ふむ。どうやら、テストは殴り合いらしい。よかろう、と私もM4を床に置いて、壁際に蹴り飛ばす。中々の手練れのようだ、だが私ほどではない。自信たっぷりのその顔、そして慢心の一言。それ以外になにか言われたような気がするが。

 

「グリーンベレーの俺様が相手をしてやる」

「肩書きだけは立派だな。いいから、とっととこい」

 

 瞬間、こちらに踏み込むスーツ。そして、唐突の右ストレート。疾く、キレたその拳だが、避けられぬほどではない。

 

 身を左横に交わすも、男の動きは小さい。途端、左フックを打ち出してくる。確かに、グリーンベレーだったことはある。スバルや流とは比べものにならん技、そして殺気。並大抵の兵士なら、それだけでも畏怖してしまうだろう。しかし、私とて肩書きはないものの、数多の戦場を経験しているのだ。

 

 フックを打ち出す僅かな隙、そこを見計らい膝で蹴り上げる。右手でそれを受けようとするスーツだが、その手すら弾き飛ばして、胸部に突き刺さる。心臓を狙った膝打ちは、男を仰け反らせるのには十分な威力を有していた。

 

 ここで手を止めるわけがない。男の首を腕で抱え、横に捻りを加えながら倒れ込む。踏ん張ろうとするほどこの技は危険で、首が明後日の方向へ折れてしまう。それを察知した男は投げられて首折りを回避する。しかし、その後の対処は甘かったな。

 

「その程度か、グリーンベレー」

 

 首に巻き付けた腕、その指を相手の眼に突っ込み、眼球を貫く。この痛みは耐えられんし、一生光を失う。ぐちゅ、と掻き回してから眼玉を抉り取っては地面に捨て、ばち、と踏み潰した。

 

 飛び散る眼玉、顔を抱えて痛みに悶え、立ち上がることすら出来ない。だから言ったのだ、私よりは強くないと。そして、ゲリラの心得を相手は知らん。

 

 ――殺せるときに、殺せ。

 

 首を踏んで身を止め、そのまま左脚で頭を踏み潰す。砕ける頭蓋、ぺしゃんこになる顔。もう片方の目どころか、脳までもが飛び出ている。これがゲリラの残酷さだ。もうなにもわかることはないがな。

 

「……しまった」

 

 殺す前に、聞くことがあった。私を探している人間。それももう遅い。し、銃声が警察を引き寄せた。

 

 まずいな。そう感じた私は、その男のスーツで手と靴の血を拭き取り、指紋が付いたM4を片手に窓から飛び降り、一目散に逃げ出していた。

 

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