まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 なんとか警察から逃れ、プールに戻ってこれた。スマートフォンを見れば、奏から何十件もの着信が入っていて、これからあの部屋に向かうのは、少し気が引ける。説経確定だろうか、全く気が引ける。それよりも、スバル達はどうなったか、それが気になるな。

 

 ポンプ室を経由してから戻るつもり、その途中で現れるはユウリ。ご苦労さん、と言いながら、紫色の外套をはためかせて私に労いの言葉をかける。大したことはしていないが、無碍にする必要はない。なにしろ、借りがある。

 

「奏は無事か」

「もちろん。どう?武器商人(ウェポンブローカー)の素性は掴めた?」

「いや、あまり。私の育ての親ということくらいか」

「なるほど?因縁めいたことになっちゃったなぁ。とにかく」

 

 ブーツを脱いで、と言われる。片手にはバケツいっぱいの水。中々どうして、こうも準備がいい。言われた通りにすれば、彼は私の頭から冷水をかけ、血を流して、あたかも今まで泳いでたようにカムフラージュをしてくれた。

 

 んじゃまた連絡する、そう言って彼はポンプ室を出た。後ろについていくは、ブロンドの女ーーシャルロット・デュノア。最近の裏家業は女連れも多いのか、とどうでもいいことを考えながら、プールサイドへまた戻り、VIPルームに入る。

 

 すやすやと眠る紅羽とマサムネ。遊び疲れたのだろうか、気持ちよさそうな寝顔をしている。そして、その2人にブランケットをかけてやっていたのは奏。おかえり、と言って迎えてくれる。

 

「野暮用にしては、だいぶ時間がかかってたじゃない」

「すまん」

「――なにしてたかは聞かない。けど、埋め合わせはしてくれるわよね?」

 

 話はわかった。つまりは、お前と遊べ、ということなのだろう。それくらいなら別に構わん。黒のビキニを着て、私の腕に、午前中のマサムネのようにひっつく奏。埋め合わせだからな、引き離すつもりはない。

 

 ――全く。面倒なことになったな。

 

 坂町をおぶってきたスバルも、あちら側からやってきた。もしや、お前も流とやりあったのか。大した奴だ。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「"手加減した"流とやり合って、それだけで済むとはな」

「ああ。死にそうになったけどな」

 

 マサムネ達を起こし、彼女を見送ってから、自宅に戻る。スバルの仕業か、坂町がなぜか私の部屋で寝ているのに気づき、起こして話を聞く。そのあと、部屋に入ってきた流にも聞くと、"スバルを気絶させ、自分が戦ったがぼっこぼこにされ、結局助けに来たスバルに助けられた"、ということらしい。

 

 優しさが一転して足手纏いになったということか。流はある程度手加減をしただろうが、一般人ならば敵うまい。本気状態の彼と戦って無傷で勝つ私が異端で、それよりも強いグリーンベレーを平らげてきたのだが、そんなことは、坂町の勇気の前には霞んでしまう。

 

「聞くところによれば、狼様の唇をも奪ったとのことなので、全力で打ち込ませていただきました。死ねクソガキ」

「おい、このオッサンさらりと酷いこと言ったぞ」

「愛する娘に腹パンして、気絶させたクソガキに死ねと願って何が悪い!言っておくが、俺はてめーが嫌いだ!」

「ああそうか、その台詞そっくり返すぜ」

「ふっ、仲の良いことで」

「どこが!」

 

 思わず吹き出してしまうほど、この二人のやり取りは見ていて面白い。本当の親子のような奴らだ。喧嘩、というものいいものだな。しないに越したことはないが、それでも仲が良くなければ、喧嘩などできはしない。

 

 元気ならそれで良い。荷物を置き、ユウリに貰ったギターケースだけを取り出して物置へ。持ち帰ったM4をそれから取り出してよく見たら、これはコルト純正、しかも最新仕様。レーザーサイトに光学式スコープ、フォアグリップにマスターキー、フルカスタムされている。どれも入念に吟味されている、手の込んだものだ。こんなもの、奴らには身に余る武器である。なにより、ガバメントよりも精度が高い。払った金に応じて、精度の高めたものを渡している、とするならば、納得がいく。

 

 この大物であれば、されていそうな工夫。GPSのようなマイクロチップはない。あれば、この屋敷は吹き飛ばされてしまう。ともかく、戦利品としてはこれ以上ないものだ。ありがたく使わせてもらおう。

 

 リビングから聞こえるニュース、当然私がやった事が報道されているが、目撃情報等はなく。殺した兵の身元は割れており、国際指名手配犯だということが明らかになる。なるほど、それを始末したのであれば、ある意味では正しいことをしたのかも知れん。

 

 ギターケースにまたしまっては、坂町と流のいる私の部屋に戻って、クローゼットにM4をしまってからベッドに座る。流に下がるように言えば、入れ違いでくる奏、そしてまずなにより、坂町への気遣いの一言。

 

「具合はどうかしら、ジローくん?」

「身体の節々が痛い……」

「というか、あなたは関係無かったのに。あれは、私と流と狼が仕組んだ計画なの。スバルの為のね」

「スパルタ過ぎたがな。私も疑問には思った。だが……」

「近衛の、あんな姿は見ていられなかった。守ってやりたい、そう思った。あいつは、俺の友達だから」

「ふふ、ありがと。でもあなた、友達の、しかも同性の私の弟を襲ったわよね?ふふふ」

 

 ああ、ウォータースライダーの一件か、お前も根に持っていたとは。かなり奏が怒ってるのは気の所為ではないだろう。事故だから仕方が無い、と奏を宥め、坂町を庇うが、奏は聞く耳を持たなかった。相手は怪我人だぞ。割と元気にしているけれども。

 

 ――予想はできていたさ。私に矛先が向かうことなんて。

 

「ねえ、狼?」

 

 私は答えない。なにをされるかはもうわかる。だが、拒む権利などない。ほったらかしにして、水着をマサムネと一緒に選んでいて。それで妬いた。私の責任だ。

 

 私の顎を両手で持ち上げる。そしてそのまま、柔らかい唇を重ねてくる。驚くことでもない、覚悟も決まっていたのだから。

 

 それにしても、坂町が見ている前で、義姉弟同士のキス。坂町は顔を赤くし、眼を背ける。するのはいい、だが人目を気にしろ。ああ、誰かこの状況から私を助けてくれ。奏は2分ほど唇を離さないし、しかも舌を私の口の中に入れてきた。こいつ、また発情しているな。

 

「ば、ばばっ、馬鹿かお前ら!?姉弟同士でキスなんて、お前らやっぱり!!」

「――んふっ。そうよ、私は狼を愛しているの。狂おしい程に」

「……紅羽とスバルが見てる」

 

 ドアから覗くはその二人。視線は気付いていたさ、私の名前を奏が呼ぶ時からな。しかもそいつらも顔を真っ赤にして、舐めるように私達のその行為を見ていた。好奇心旺盛も考え物だぞ、全く貴様らは。

 

 この屋敷には、プライバシーというものが希薄だ。特に私にとっては。何かと、必ず見られてしまう。この前は……確か、風呂を覗かれたか。

 

「お、お義兄様とお義姉様が……キキキキ、キスっ」

「ろ、ろろろ、狼が、お嬢様とキキキキ、キスっ!?」

「奏。もういいだろ」

「えー、足りない」

 

 何なんだ、本当に。何が足りないのだ。もしやこいつ、この次は、抱けとでもいうまいな。それは勘弁してほしいところだ。

 

 んー、とキスをしようと迫りくる奏。2回目を許したつもりはない。頭を抑えて唇を拒み、ベッドにゴロンと転がせば、坂町がひぇっと声を上げる。そうだ、女性恐怖症なんだった。すまんな。

 

「坂町、立てるか?」

「ああ、ありがとう狼」

 

 ――狼、か。本名がわからない今、私はそう名乗るしかあるまい。だが、あの時に吐かれた台詞、ヤケに"ハル・ケーニッヒ"という名詞が、今になって私の頭を駆け巡る。なぜだ。これと私、どのような関係があるのだ。

 

 ――名を考えている。つまり、この名詞は本名、なのかもしれん。今となっては、そんなことはどうでもいいかもしれない。涼月狼としての、私の人生は、それなりに充実しているから、だろうか。狼、と呼ばれた方が、今はしっくりくる。

 

「狼?」

 

 はっ、と意識を取り戻した。奏の不思議そうな顔、そしてスバルも私の顔を覗き込んでいた。私とした事が、ぬかっていた。そうだ、今は坂町兄妹を帰らせねばな。手を差し出せば、それを取る坂町が私のベッドから起き上がり、荷物をスバルから受け取って、私の部屋から出る。紅羽と坂町は車で送るらしい。その方が安全だろうな。

 

 玄関までは、私が見送ろう。スバルもついてくるが、気にはしない。そのまま部屋に戻ろうとした時には、苺に呼び止められ、こいつの自室に連れ込まれた。しかもそこには、コサメもいて。

 

「なあ狼。お前、あたしのスバルになにした?」

「お嬢様にも、なにしたの」

「……お前ら、その野次馬精神をどうにかしろ」

 

 どうせ、あいつらが勝手にしてきたキスの話だろう。今更何を言っているんだか。でも、わかってはいた。コイツらに何かされるか、なんて。知っているさ。お前らがスバルも奏も好きなこと。そして、私のことを弄るのが好きなこと。だから、か。

 

「そんな!天然ジゴロに!お姉さんは育てた覚えはありません!」

「お前に人間性を育てられた覚えもないぞ、コサメ」

「近親相姦なんてどこで覚えたの」

「そこまでしてないだろうが。お前がそうしたいのをバラすな」

「――まあ、冗談はここまで」

 

 話題が変えられるまで、目が本気でないことはわかった。それゆえ、本題はこちらなのだ。ドンパチをやらかしたこと、そして、自首ーーではなく、私の身体の安否を心配していたということ。なんだかんだ言って、この2人も私を気遣ってくれている。

 

 また無茶をしたんだろう、とか言われるが、無茶はしていないな。それに、私の仕事をしたまでだ。奏に傷すら負わせていないし、なにより狙いは私だったのだ。なら、殺しに来たものは殺せ。その精神を発揮したまでのこと。

 

「血の匂いがするのはなんで」

「殺したからだ」

「飄々とした顔で言うなよ」

「事実だ。あのニュース、犯人は私だ。狙われていたからな。何せ、あちらもハジキを持っていた」

「――狼。一つ言っておく。貴方が傷付けば、奏お嬢様は悲しむ。今度悲しませたりしたら、私は貴方を許さない」

「スバルを悲しませても、ね。肝に命じておけよ」

「……ああ」

 

 忠誠心、真心。少し人間性が曲がっていようとも、この2人のことは嫌いにはなれん。なんせ、心は、奏とスバルに対して、真っ直ぐであったから。

 

 話は終わった。もういいか、と言い、答えを聞かずにその部屋から出る。背中に刺さる視線には、今回のこととは別にどこか心配されているような気がして。だが、怪我などもうしない。怖くもない。

 

 自室に戻れば、まだいたのはスバル。ちょこん、と私のベッドに座っているその顔を見るに、私を待っていたらしい。私達の計画でなにかあったのだろう。労うべく、声をかけてみる。

 

「ナイフ、怖いか?」

「……うん。まだ怖い。けど、お嬢様やジロー、それに……君がいなくなる方がもっと嫌。こんなダメな執事でも、ボクはやっていけるかな?」

「奏の執事を務められるのはお前しかいない。ましてや私の相棒もだ」

「……ありがとう。その言葉で、ボクはまた元気づけられた」

「それに、私は消えんさ。安心しろ」

 

 隣に座り、乱暴に頭を撫でてやる。嫌がるどころか、安心し切って見せた笑顔。しかし、礼なら、坂町に言うべきだろうな。私は何もしていない。今日は寧ろ、腑抜けたことが目立っていたしな。

 

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