まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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 折角のGW、紅羽は手芸部の合宿でいないし、家には俺一人だけだからのんびり出来る。毎朝早起きの日々、だがこの一週間だけはそんなことをしなくてもいい。

 

 若干遅めの目覚め、顔を洗ってから、俺が待ち侘びていたアイツ――カップ麺達との再会。そう、こいつは安心安全、手軽に食べられ、しかも美味い。人類の知恵が詰まった食品だ。賞味期限切れのキムチなんかより遥かにマシ、なのにそれを出した当人は『お手軽すぎて嫌い』とかなんとか。全く持って、紅羽のメシのセンスはよくわからんな。

 

 お湯を沸かそう、と思ったら、リビングにこだまするインターフォン。それも一度ではない、高橋名人も真っ青になりそうなくらいの連射。ウチのインターフォンに連射パッドなんてついてたか?

 

 それにしても、うっせえな。今行きまーす、と言って玄関のドアを開ければ、初夏だというのに燕尾服でビシッと決めている執事くん――近衛がいた。

おい。戦士にも休息はいるんだぜ?それを邪魔してくれるなよ。それになんだよ、その頭の猫耳。涼月か?デビル涼月の差し金か?

 

「ごっ、ご主人様っ!もし泊めてくれたら、ボクが何でもしちゃう…にゃんっ」

 

 ――なにやってんだこいつ。

 

 妙な仕草をする近衛、その1フレーム後に鳴り出す、ゴッドファーザーのテーマソング。そう、涼月奏からの着信だ。デビル涼月にはピッタリ、だからアイツから電話がかかる時は、この着信音にしている。因みに、近衛からは『メリーさんの羊』、紅羽は勝手に『Hold Out』――武藤かお前は。そして、狼からは……滅多にかかってこないからデフォルト。

 

 話を戻して。近衛があのオッサンと喧嘩して追い出されたことや、財布を落としたことを聞かされ、そして、狼がウチに行くように指示したのはわかった。ネコミミコスプレをした空腹の近衛の腹の虫が喚き出す。ボクじゃないぞ、そう言っても腹は減るんだよ。人間だもの――みつをじゃない。

 

 ともかく、だ。近衛を家に上げ、俺が食べるはずのカップ麺を御馳走したあと、俺はまた惰眠を貪ろうかと思ったら、泊めてもらう立場の近衛に、無理矢理道場に(といっても地下のプロレス用リングだが)引っ張り出され、思いっ切りしばかれた――アイエエエエ⁉︎シツジ!シツジナンデ⁉︎

 

「だらし無さ過ぎる!狼だったら既に100回はお前を殺してるぞ!」

「お前らと一緒にすんな!俺は普通の高校生なんだ、お前らがおかしいんだよ!」

「紅羽ちゃんの方がまだマシだ!」

「当たり前だろ!あいつもあたおかなんだよ!」

「いやそこまで言わなくてもいいだろ!」

 

 勉強やらトレーニングやら、クソ真面目な石頭の奴らとは俺は違うんだよ。俺は日頃紅羽(+この前の近衛の父さん)にボコボコにされた身体を労りたいんだ。大体、執事ナックルでさえも悶絶する痛みだったのに、なんなんだよその"虎落とし"って。内臓潰れるかと思ったわ。しかも、原型は狼だって?普通の人間に使ったら死ぬ技だよなそれ?

 

 涼月からは嫌がらせとも思えるメールがくるし。「スバルにゃんの写メを狼に送ってほしいにゃん」……。狼が一番嫌がるタイプの頼み事じゃねえか。送ってやった俺もどうかしてるが、「大変だな」と哀れみの返信が来たし。いや、ありがたいよ?まともに乗らないとこを見れば、こいつだけが俺の味方だってことが。でも、俺の家に行くように言ったのお前だよね?

 

 ――色々考えても無駄な気がしてきた、心労が増えるだけだ。それよりも、近衛の組手で汗をかき、服がびっちゃびちゃになって気持ち悪かったから、風呂を沸かして入浴。というか近衛が沸かしてくれた。なんか……気がきくっちゃあきくけど、どこか空回りしてるような気もする。しかし、休日の昼から風呂か。なんか気持ちいいな。

 

「くぅー、生き返るとはこのことかー!」

「湯加減はどうだ?」

「おお、ちょうどいいぞ」

「そうか、それはよかった」

 

 風呂のドア越しに近衛の問い掛けに答える。こういうところはさすが執事だよなぁ、と言ったところ。と同時、脱衣所からしゅるしゅると布が擦れる音がする。気になってそちらを向くと、丸みを帯びたシルエットが、俺の両の(まなこ)に飛び込んできて。

 

 ……まさか。

 

「お前!なにして!」

「なにって……。主の世話をするのが執事の務めだ」

「そこまでせんでいい!」

「だけど、よくお嬢様とも入るぞ?狼とは流石に……一回だけ入ったことはあるが」

 

 何をカミングアウトしているんでしょうかこの執事は。となると、狼は姉とも混浴?ぎゃあ、不潔!ナニしてんだよ涼月家!お風呂でそういうプレイに励む姉弟なんて聞いたことないぞ!エロ漫画の見過ぎだーー俺がそういう妄想してるだけか。いや俺は見てないぞ、センシティブな本は持っているにせよ。マットでぬるぬるローションプレイだとかそんなこと。

 

 それよりもだな、近衛。バスタオル巻いて風呂に入ってくるのは、まあいい、いや良くないけど。でも、それ知られたら、俺はお前の親父に殺される気がするんだが。

 

「背中を流してやるから、上がってくれ」

「お、おう……」

 

 口答えすると後がめんどくさそうだ、取り敢えず従おう。顔も赤らめず、平気な顔をしている近衛、どうやら一対一で、しかも俺となら対して意識はしないらしい。それよりも俺が辛い。女性恐怖症とはいえども青少年、発作と煩悩の戦い。

 

 勇気振り絞ったんだよな、こいつ。なら、無碍にしちゃいけないよな。腹を決め、手で色々隠し、タオルを腰に巻き、そのまま背中を流してもらった。

 

「意外と、逞しいんだな」

「まあ、小さい頃から鍛えられてきたからな。不本意ながら……」

「それはいいことだ」

「……でも、狼の方がガッチリしてるだろ?」

「うん。服着ると華奢に見えるけど。でも、狼は筋肉よりも、傷がいっぱいあるから、こんなに綺麗な男の人の肌を見たのは、はじめてかな」

 

 ――そういえば、あいつの顔にもデカい傷があるし、スーツからみても、喉元や手に沢山傷痕があったな。肌をあまり晒さないのは、そのためだろうか?

 

 戦災孤児、チャイルドソルジャーとしての生き方。ゲリラ兵だなんだとあいつの口から語られた過去。それを証明するかの如く見せつけられた、校舎裏での出来事。確かに、嘘はついていない。それに、腕のキズだって、俺を守るためにつけてくれたんだよな。

 

 そんなことを考えているときに、近衛の背中に、シャワーヘッドから垂れてきた水滴が落ちたらしく、彼女はそれに驚いて、俺の背中に胸を思いっ切り押し付けながら飛び付いてきた。

 

 高まる動悸。興奮じゃない。女性恐怖症の発作。鼻血よ止まれ。いや止まらなくていい。風呂場だここは、シャワーで流せる。でも、もう血は流したくない……!

 

「ご、ごめんジロー!」

「い、いいから早くシャワーを……」

『たっだいまー兄さん!』

「……く、紅羽!?」

「ど、どういうことだ!紅羽ちゃんはまだ帰ってこないんじゃなかったか!?」

 

 なんだよこの展開、マジで厄日だな!狼の厄がマウストゥマウスで移ったか!?いや狼は悪くないんだ、あれはデビル涼月のせいで起こった事故。厄は……御祓しなきゃなんだけど!

 

 とにかく、この場を穏便に収める方法を……そうだ。まずは近衛を俺の身体から離そう。

 

「い、いいから湯舟に……。紅羽、どうした?」

「あれ、どうしたの兄さん、こんな真っ昼間から」

「いやあ、久しぶりに動いたから汗かいちゃってー」

「ふーん。それより聞いてよ、森の中で熊さんとあっちゃってさー」

 

 近衛を湯舟に入れ、俺はシャワーで鼻血を流して、シャンプーを必死に泡立てる。鼻血が出たら、また色々と誤解される。それを見届ける近衛も、湯船のお湯をかけて鼻血を流そうとし。よし、お前のそれはとても助かる、おかげではやく鼻血が消えたぞ。だけど胸元は隠せよ、気合で止めた鼻血がまた出そうになるからな。

 

 嬉々として語り続ける紅羽。よし、ここは平常心を保て。いいな、近衛。飽くまでも普通に、だぞ。

 

「流石に強くてさ、勝ったけど、腕折っちゃってー!」

 

 母さん。あなたの娘はついに人の枠をはみ出しましたよ。どうすんだよ今更ながら教育方針間違えてるよ⁈だんだんとあのワンコになってきてるのは気のせい?そうじゃないよな?あんたの血を確実に受け継いでる、ってことはこいつやっぱり武藤敬司みたいなもん?

 

「強制送還されちゃったってオチよー」

「そうか。ゆっくり休めよ……」

「あれ兄さん?誰かいるの?」

 

 ――女性モノの下着が、見当たらんだと?

 

 近衛、俺は言ったよな。トランクスかボクサーブリーフにしろって。あんなもん着れるかって言ってたのは覚えてる。かといって……お前、ノーパンなのか?えっお前痴女?この場を切り抜けるには絶好のチャンスなんだけどさ。それはヤバすぎやしないか?

 

(お前、ノーパンできたのか)

(そんなわけあるか。ポケットに隠してる)

 

 うん、俺の勘違いだったね。ただの変態だね俺。だけど軽蔑するような目で見てこない近衛、この状況を察してのことか。

 

 興味本位でドアを開ける紅羽。それ、もし本当に男2人が入ってたら、お前はど変態だぞ。まあいい……。今は何も考えない。

 

「やあ紅羽ちゃん」

「こ、近衛しぇん……ぱい……」

「お、オチた……」

 

 近衛の姿を見た瞬間、きゅうう、と幸せそうな顔をして堕ちるマイシスター。おい、風呂場で気絶するな。それよりもなんだろ、一気に寒気がしてきた。こんなにドタバタが続いたからか?

 

■□■□■□

 

 

 紅羽が起きる前に、彼女を自分の部屋に連れていき、俺達は着替えてリビングで一息つく。初夏だというのに寒気がするから、俺は半纏を羽織っているが、まじで季節外れだな。ここは南極か何か?湯冷めした気がしなくもないけど、さ。

 

 ふぅ、と2人で息を吐く。回復の速い紅羽が起きてくると、フリフリな服を着てリビングに下りてきた。なんだお前、その服は。デートか?これが俗にいうおうちデートか?怪我をしたからステイホーム、でも近衛は飄々とした顔を崩さず、カップ麺をずるずる食べている。お前、狼に似てきたな。

 

「なんでそんなフリフリを……」

「えー、何を言っているのかなぁ兄さん、これが普段着でしょ?」

 

 眼は近衛に向かっている。瞳孔はハートマーク、そして初めて見る、恋する少女のキラキラした姿。紅羽、お前キャラブレてるぞ。そして、近衛がカップ麺を啜っているのを見て、またもや紅羽は気に入られようと猫を被る。よくもまあ、そんなに嘘つけるな。閻魔様に舌を引っこ抜かれるぞ。

 

「近衛先輩、カップ麺好きなんですか!?私カップ麺大好きなんですよ!」

 

 人類の英知を「お手軽過ぎて嫌い」って言っていた奴が何をほざくか。でも口には出さない。後でシャイニングウィザードでもかけられてみろ、俺の首がふっとんじまう。それはごめんだ。それよりも妹に頭が上がらない俺って一体何なんだろう。

 

 悩める俺の耳には、またもや悩みの種となりそうなインターフォンの音が入ってきた。クソッ、誰だか予想出来てしまう俺が辛い。もう休ませろお前ら。

 

「はぁい、ジローくん」

「……迷惑をかけているようですまない」

 

 予想通りのお二方。しかも涼月、お前は何故メイド服を着ているんだ。そして狼、俺はお前を待っていた。やっと顔を現した、レザーを着こなす救世主。ストッパーはお前しかいない。近衛をうちに寄越したのはお前だけどな。

 

 涼月がキャリングケースを引いて上がって来る。泊まる気かお前。狼は「邪魔するぞ」、と礼儀正しく、靴も揃えて、俺の隣に付き、歩いていく。そこで俺の顔に気付いて、声をかけてきて。

 

「顔色が悪いぞ」

「ああ、なんか寒気がしてな」

「湯冷めでもしたんだろう。あまり心労をかけたことも原因だろうが……。すまん、ウチのバカどものせいで」

「お前だけだよ、そう言ってくれるのは」

 

 こいつが一番優しいんじゃないか?俺が女だったら、絶対惚れてるぜ。まず間違いなく、ハートをズキュン、だ。――なるほど、涼月が惚れた理由が分かった気がした。

 

 リビングに案内すると、狼が気にしたのは、紅羽の折れた腕。どうした、と聞いて紅羽が説明すると、なるほど、狼が頷いた。なにがなるほどなんだ、さっぱりわからん。

 

「熊は眉間が弱点だ。お前はサブミッションが得意だったな。組み付いて、肘を入れれば簡単にダウンが取れる」

「先輩も戦ったことあるんですか?」

「昔、5頭仕留めた。その内3頭は素手だ」

「はえー、すっごい強い……。水面走れるし、次は空でも飛ぶんですか?」

 

 何を教えているんだ、このわんこは!お前の狩猟経歴など聞きたくないわ!

それよりなんだ水面走るって!ありえん全くありえん。烈海王じゃないんだから!

 

 ――事実よ。私をお姫様抱っこして運んでくれたの。

 

 身震いがする。デビル涼月の声。証人が2人もいる。いや、想像は難くない。なんだって出来そうだから。紅羽の言う通り、そのうち空でも飛びそうだな。

 

 それよりも、ええと……なにこれ?紅羽と狼のやり取りもそうだが、近衛と涼月も、なにやおっぱじめたぞ。なんだよ「執事vsメイドvsボディガード」って。なんで狼までやらせようとしてるんだ。

 

 それをさりげなく聞いていた狼が、紅羽の腕の包帯を解き、固定具を外す。少しじっとしていろ、と言ったと同時、ビキ、という鈍い音。紅羽が若干痛みに顔を歪ませるものの、すぐにぱあああと明るい顔になって、腕をブンブンと振り回し。

 

「お?おおっ?痛くない!凄い!」

「お前の回復力なら、3日もあればくっつくぞ」

「わんこ先輩……!ありがとうございますっ!流石ニンジャ!」

 

 ――ゴッドハンドだ。骨のズレを合わせ、回復を早める為の処置。漫画やアニメでしか見たことのない治療法だが、本当にやる奴がいるとは。おまけだ、と、紅羽の肩から脚までをペタペタと触っては、バキバキと恐ろしい音を鳴らしていく。痛そうなコード進行とは反面、紅羽の顔はみるみる生気を帯びていき、うおおおお、と雄叫びを上げる程のエナジーを手に入れ。骨格のズレや歪みを治していたようだが……お前、整体師か?

 

 選手交代だ、そういって狼は涼月の肩を叩く。ええ、と嬉しそうな笑顔を見せれば、我が妹様をソファに座らせ、おもむろに肩を揉み始める。細く白い、綺麗な指が、そのまま紅羽の身体を揉み解していき――どうした紅羽!?顔が愉悦に浸っている!なんだこいつのマッサージ!

 

「い、1回戦、お義姉さまのTKO勝ちぃ……」

「負けた」

「お前もノリノリでやるなよっ!」

「いや、ついな。怪我をしている紅羽を放っておけなかった」

「……いや、ありがとう。まともなのお前しかいなかったの、忘れてた」

 

 やったね紅羽ちゃん!治療費が浮いたよ!どっちにしろ病院には行かせるけどさ。それとは別に、俺も狼のことを信じ始めて、いや、信じ切っている。別にいいんだよ。確かにコイツ、悪いヤツじゃない。フォノンの面影はそのままだけど、優しいオオカミなのはもうわかり切っている。

 

 だけど涼月、お前はもう帰れ。近衛の対抗意識を煽るな。油に火を注いでどうする。ワナワナ震えている執事君、こいつをどうにかしてくれ。

 

「二回せぇ~ん」

「じゃ、じゃあボクがリンゴ剥くから!」

 

 あれ、こいつ刃物恐怖症……というか、料理できたっけ。台所に入って、リンゴを片手に、包丁を持ち、逆手で林檎の皮を剥こうとする。ああ、料理に慣れてない。絶対怪我する。しかも、包丁を握る手が震えてる。無理しなくていいのに。

 

 ――しゃらくさい!

 

 そう吐き捨てた近衛、まな板にリンゴを置く。なにをするつもりかと思えば、先程包丁で切り込みを入れた部分に、ちょろちょろ流す水道の水に当てながら、指を入れて、くるくると回し。

 

「お、おお?」

「ふんっ。こんなもの、朝飯前だ」

「……それ、狼がやってたやつよね」

 

 ちゅるちゅる剥けていく皮。あり得ん。しかも、自分の技ではなく、狼の技術。ああ、ここでも相棒スキルか。つるんと綺麗に剥けて、それをそのまま(・・・・)テーブルに出し。おい、皿は?というか切れよ。

 

 このままじゃねぇ、といたずらっぽく笑むはデビル涼月。果物ナイフで丁寧に切り分けていけば、片方を口にくわえ、もう片方を俺の口に突っ込み食べさせる。でも、こいつの目、確実に狼の方を向いている。ならそっちにしろや!

 

 その視線の先の狼は、俺がいつでも倒れていいように身構えている。そして近衛は、涼月に対抗し、口移し。ああ、もうホントに……勘弁……して、くれ……。

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