まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 屋敷に戻ったら、和服の着付け屋が、私を待っていましたと言わんばかりに応接間でスタンバイしていた。教室でのスバルの余計な発言は、姉の趣味に刺さったようで、着付け屋もニコニコとして私を見上げてくる。こういうときの奏の手回しの早さは異常だ。

 

 腹を括るか。スーツを脱ぎ始めれば、凝視する奏と、手で顔を覆い隠そうとするスバル。面倒くさい、と2人を外に出してから、下着以外を身から外した。そうして、蒼い布に、花と蝶の刺繍が入った和服を仕立屋の人間に着付けされる。軽く化粧され、髪も結われた。着せ替え人形のそれに近い。歩き方もそれなりに制限され、動きづらい。これは、ボディガードは難しいな。

 

 入っていいぞ、と外にいる人間に合図。待ち遠しかったようで、ドアを開けた瞬間、バカが2人、雪崩れ込む。他のギャラリー――苺とコサメも連れ込みながら。

 

 ぴしっ、と背筋を伸ばして立つ私、それに見惚れる4人。スバルは口をあんぐり開け、コサメは物珍しい顔で、苺は『狼は性転換した』とかほざき、そして奏はにっこり笑いながら、今の私を凝視する。

 

「綺麗ね……。狼、似合ってるわよ」

「お嬢様、写真撮りましょう写真!」

「そうね。真宵ちゃん?」

「え、真宵?」

 

 思わず、私も口を開いた。ピンク色の髪、幼さの残るその顔が、壁からにゅっと出てくる。我が家の元気印、奏の拾い物――いつの間にか真宵が退院していたらしい。カメラを持ってきて奏に渡すと、メイド服の真宵は真っ直ぐ突っ込んできて、私に抱きつき、肩の下から顔を出してきた。

 

「狼くんただいまっ!スバル様もただいま帰りました!」

「おかえり真宵。あまり暴れるなよ」

「狼の言う通り、病み上がりでまた体調崩したらどうするのさ」

「まあまあ。退院祝いに、一枚撮りましょう」

 

 スバルも奏も気にかける。妹のように可愛がってきた女の子だから、当然と言えば当然か。コサメも苺も、何やら嬉しそうな顔をしているし、私も真宵が帰ってきたことは嬉しい。だが、和服で再会とはな。言っておくが、私に女装趣味は全くない。

 

 真宵の手にある一眼レフのシャッターが切られた。まばゆいフラッシュ、その時にはにかんでいた私。一枚撮った後のプレビューを見るスバル達は、なにやら顔が和やかになっていた。やはり、1人戻ってくると空気が違うな。もういいか、と和服を脱ぎ、いつもの部屋着に戻る。化粧は後で落とせばいい。どうせ口紅とマスカラだけだ。

 

「狼くん、美人さんだね!私より綺麗かも」

「それはないだろう。奏やお前、スバルにはかなわんさ」

「でも狼は女の子よりも女っぽい顔よね。ね、真宵ちゃん」

「はい!」

「その化粧で、明日の学校に行ってみたらどう?」

「嫌だ。スバル、お前も毒されてやしないか」

「なんのことかな。ボクはお嬢様の気持ちを代弁しただけだ」

「――ふふ、スバル。貴女って、ほんといい子ね。まさしくその通りよ」

「お褒めに預かり光栄です、ということで」

「ええ。苺?」

 

 ――逃げよう。

 

 生憎だが、コスプレ趣味はない。眼帯メイドが先回りしようとマークするも、今の身軽な私は捕らえられるはずもなく。彼女が手を伸ばした瞬間、その手を利き手で引っ張り、空中を一回転させ、柔らかいソファにとすんと着地した。もちろん、怪我もなく、そのまま仰向けの体勢――狼ならば、服従のポーズである。あら、と奏の気の抜けた声が聞こえるも、私は自室に無言で戻った。

 

 狼くん、と甘い声。メイド服の真宵が、私が畳んだスーツを綺麗にハンガーにかけてくれていた。そういえばこいつ、私専属のメイドだ。だからか、自室についてくることをよしとしたのだろう。幸運でしかない。私の和服姿を気に入っているも、あのハッピーヘッド2人よりは遥かにマシで、スーツで行くのが最適だと言ってくれている。

 

 ――そうだ。

 

「真宵」

「なに?」

「奏とスバルのメイド服の写真」

「え?いつ撮ったの?」

「5月に入る前だ」

 

 2枚ほど写真を渡す。その間に、やはりいつもの4人は部屋に入ってきていた。いや、もう構わん。苺が自分の首に首輪をつけて、私にリードを手渡してきたが、それは奏に渡す。そしてスバルに、最終的にはコサメに、悲しいかな、ドアノブに引っ掛けられ。

 

「そうね、私とスバルのコスプレ。狼は燕尾服」

「そのあと、奏はボンテージを着た」

「ボンテージ……ぷっ。似合ってるわこれは」

「真宵ちゃんには……お仕置きが必要かしら?」

「ひぇっ!」

「真宵に手出しするのはやめとけ」

「相変わらず、真宵ちゃんに甘いのね?」

「病み上がりだぞ?」

 

 退院していきなりストレスをかけようとするな。それに、見せたのも、言ったのも私だ。しかし、妬いた様な顔を見せるのは、見間違いではないだろう。

 

 最早奏の定位置となった私のソファ。私と真宵はベッドに腰掛け、スバルは椅子に座り。コサメが気を利かせて入れてくれたコーヒー飲みつつ、苺の首輪を壊して、窓の外をぼうっと見つめる。

 

「日が延びたな。まだ6時だぞ」

「夕陽が綺麗だねえ。文化祭でも、こんなに綺麗な夕陽が見れたら。しかも狼くんの和服姿が見れたら……」

「映えるわね。ミスコン取れるんじゃない?」

「お嬢様、是非とも狼を出しましょう」

「私も賛成です!」

「YES。お嬢様、流石です」

「コサメ……助けてくれ」

「いーやーだ。男なら、腹を括りなさい」

 

 このアホ共は……。なら私は、奏も真宵も出してやろう。ついでだ、スバルも叩き出してやる。にしても、充実した文化祭になりそうだ。こんなんでこいつらが笑うなら、女装も案外悪くないかもな。それで私に男が寄ってきたら、脱いでやろう。勿論、文化祭の時だけだが。

 

 仕方ない、と諦めて承諾する。決断が早過ぎる、とコサメに驚かれるも、男なら腹を括れ、との言葉に従ったまでまだ。しかも、それを言ったのはお前だろう。

 

「グランプリは無理だぞ。奏か真宵が取るだろう」

「あら、私と真宵ちゃん、狼にスバルの四傑対戦かしら?」

「ボクもやるんですか?」

「私も出るんですか!?」

「案ずるな、貴様らと紅羽も巻き込んでやる」

 

 マサムネは迷惑がりそうだからやめておこう。紅羽はノリノリで出てくれるだろうな。――奏の悪い病気が移ったのかもな。だが今回だけだ。悪乗りはあまり好きじゃない。

 

 いきなり私のスマートフォンが鳴り響いた。SNS――所謂、LINE(ライン)。勝手に奏が設定して、待ち受け画像なるものが肉球。しかも、それが様々な人間に知られている。だから、通知は大抵の人間はオフ。なのだが、一気に2通も届いた。一通は紅羽、もう一つはボンテージからだ。

 

"紅羽<わんこ先輩が女装するって兄さんから聞いたんですけど、よかったら出ませんか?"

 

"ボンテージ<俺らの出物、よかったら見に来てくれませんか?"

 

 ふむ。御祭り騒ぎがしたい奴らからのメッセージか。既読はつけるも、返信はしない。並大抵の事では私は返信をしないし、こやつらもそれを知っている。

 

 なるほど。予想以上に楽しめそうだ。今年は、人生が楽しい。こんな感情は初めてだ。

 

「誰から?」

「バカ共からだ」

「馬鹿はたくさんいるから、それじゃわからないわよ。真宵ちゃんとか」

「そうだな……。紅羽とボンテージだ」

「あー、確か坂町先輩の妹さん――っていうか、私のクラスメイトと、舎弟さんでしたっけ」

「自分を馬鹿扱いされたことはスルーか。なかなか賢い流し方だ」

「さすがにもう慣れたよ」

 

 それが一番賢い判断だ。そこからイジくってくるのが奏だが、果たして総てスルーできるだろうか。足を舐めろ、だとか、全裸になれ、とか。私の目の前で言ってきたのには、恐らく私の動揺を誘おうというのもあったのだろう。しかし、全て反応しなかった。

 

 馬鹿が回りに沢山いるのも悪い気はしない。私が馬鹿になる気はそうそうないし、馬鹿になる日もなる可能性も皆無だが。

 

 スマホを充電器に繋ぎ、トイレに向かう。コーヒーを飲み過ぎたか。久しぶりの真宵のコーヒーだったが、美味い。あいつの入れるのが屋敷で一番美味い気がする。

 

‡‡‡‡‡‡

 

 

 コサメさんの夕食の支度、そして苺さんのお掃除。その後に、狼くんがトイレに行ったあと、予想通りお嬢様の悪い病気が現れた。運悪く、狼くんの部屋で。

 

「さて、真宵ちゃん。先程狼に抱き着いた時の感想は?」

「和服の生地が気持ち良かったです」

「匂いとか嗅がないの?私ならやるけど」

「しませんって。ほのかにシャンプーの匂いはしましたけど」

 

 さらっと爆弾投下するよね、この子。全く、なにを間違えたら、こんな変態さんになるんだろう?――私も人のことを言えない気がするけど。妄想癖あるし。学校だと、お淑やかなお嬢様を演じているのにさ。対して、スバル様はお嬢様の紅茶を注いだあと、私に近付き、戻ってきたのを祝福してくれたのか、抱きしめてくれた。

 

「おかえり、真宵」

「ただいまです、スバル様」

 

 女の子と知ってからも、スバル様は私の憧れだ。凛々しい姿で仕事をこなす女性。素晴らしいと思う。

 

 スバル様が陽なら、狼くんは陰。日の当たるところで、スバル様は活躍する。ボディガードの狼くんは、いわば縁の下の力持ち。人目につかないところで、人一倍の活躍をしている。それは、このお屋敷にくる前から知っていた。後ろにいつもいて、冷静沈着で目立たず、常にお嬢様をお守りしている。彼の過去のお話は知っている、だからこそあんなに心が強く、暖かい人なんだろう。

 

 正直に言おう。私は狼くんに惚れている。お嬢様――奏さんもそうだろう、そしてスバル様も、多分宇佐美先輩も。家が燃えてしまい、身寄りのない私をこのお屋敷に招いてくれた、奏お嬢様。それを何食わぬ顔で受け入れたのが、狼くんだ。スバル様の秘密を知ったときも、狼くんの専属メイドとして匿ってくれて、ミスをしても「大丈夫か?」とか「無理するな」とか気遣う言葉をずっとかけてくれた。

 

 流石にまだ苺さんには、仕事の質や速さは負けるけど、バカみたいなミスや努力を短時間で沢山積ませてくれた狼くんのお陰で、私はメイドとしてやっていける。

 

『大事なのは「成る」こと、「在る」ことじゃない。「成ろう」とすること、「在ろう」と努力し続けることだ。さすれば、自然と「成る」し、「在る」のだ』

 

 スバル様も同じ様なことを言っていた。狼くんがスバル様にも言っていたらしい。深い言葉だ。私はこの言葉を忘れたことがない。

 

「文化祭、狼くんと回れないかなぁ?」

「あの子、無茶苦茶忙しいわよ?スバルや私、宇佐美さんと回ったりと……ね。そうだ、私と真宵ちゃんと狼で回らない?」

 

「いいんですか!?」

「ええ」

 

 これは、ある意味一騎打ちと受け取ってよろしいか?

この戦い、負ける気が不思議としない……。

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