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「テスト終了です。お疲れ様でした」
都内某所の、涼月技研の特殊開発チーム実験室。ボディスーツの防火性、防弾性、保温性や撥水性などのテストを終えたあと、いつものスーツに着替えた。黒の背面と腹部の肩から腰一面を覆うチタンプレートは取り外し可能だと聞き、それを外し、専用のケースに入れ、その上からスーツを着ている。内部からの吸汗性能は抜群だし、水も外からは完全に弾き中からはすぐに出すから凄いものだ。なるほど、気に入った。
研究チーフから、私の目の前の自販機から買ったスポーツドリンクを受け取る。流石にここから屋敷までは遠いな。流に連絡を入れ、車の手配をしてもらう。30分ほどで着くとのことだ。
「しかし、凄い才能ですな。その若さで、あれだけのテストを全て熟すとは」
「才能なんかじゃない」
「なるほど。しかし、いいデータをありがとうございます。兵士の立場であった狼様のデータにより、よりいいものが作れるでしょう」
まともな兵士ではなかったのだが、それは大丈夫なのだろうか?少し疑問に残る、が、成績は良かったようで。北極圏を想定した極寒の中での行動、赤道直下の熱帯雨林の中でのアクト、プールを用意しての、1時間水泳。どれも大したことはなかった。
車を待っている時間を利用し、化学の勉強をし始める。といっても、有機化合物の生成を確認するだけだが。チーフはそれを見ると、頼んでもいないのだが、それを解説しはじめた。そういえば、彼等はかなりの高学歴だったな。
「わかりました?」
「ああ。助かる」
「でも、それ大学の範囲ですよね」
「そうなのか?間違えて参考書を買ってしまったかな」
「まあ、いいんじゃないんですか?悪いことではありませんし」
本屋にお勧めの参考書、と渡されたのだが。もしかしてほかの参考書もそうなのか?"マクマリー"とは、違ったのだろうか。確かに、教科書と比べて分厚いとは感じたが。
ぺらぺらとページを巡り、レベルを吟味し始めるチーフ。実績ある者の言葉は参考になる。だから、カムイの話を私は素直に聞いた。自分に出来ないことは、出来る物に聞け。それがセオリー。
「数学、物理……。あ、これは高校生用ですね。ただ、なかなかこれをやり切る人はいないですよ」
「2周した。8割ぐらい解けるようになった」
「それくらい出来たら、もうどこでも受かりますよ」
買い被りすぎではないか?そういう話をしていると、既に30分立っていて、流が私を迎えに来てくれた。参考書をしまい、流の後ろに着き、建物から出て、車に乗る。チーフには礼をきちんと言って。
「お疲れ様でした」
「ありがとう。そろそろ疲れてきたな」
「あれだけ動けば、普通は疲れますよ。疲れない狼様がタフ過ぎるんです」
「どこかのお転婆2人のおかげで、メンタルも更に鍛えられたからな」
「それだけ、狼様を信頼している、っていうことです」
走っている車の中で、流と共に笑った。あいつらの余計な行動で、精神面はほぼ無敵かもしれない。現に昔より強い自信はある。
スポーツドリンクを飲み干した時、信号待ちになり、流から差し入れのおにぎりを貰い、それを食べはじめる。青信号から少しして屋敷に着き、おにぎりを食べながら車を降り、自室に戻った。入ると真宵が待っていて、彼女に背広とスラックス、ワイシャツ、ネクタイを渡す。アンダーウェア的になっているこのボディスーツに隙間はなく、身体のラインがやけに出てくる。ジャージに着替え、食事に向かう。何故か奏もメイド服になっており、私の頬にキスをしてきた。お前、それ気に入ってるんだな。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま」
「反応してくれないの?あなたを労っているのに」
「なら、マッサージの方がいい。それに、もう慣れた」
「食べたらしてあげるわよ。真宵ちゃんと一緒に」
「はい!」
スバルは、自分が関係ないと言わんばかりの顔をしている。下手に発言したら彼女も餌食になる。それをわかってのことだろう。だが、こいつの顔は、いかにも混ざりたそうだ。
――なんなんだ、こいつらは。面倒くさい。
「あのピッチピチスーツ、脱いでないのね?」
「脱ぐのは大変だぞ」
「言ってたわね、あなた。そういうことを。匂いもそれなりに……」
「嗅ぐな。犬は私だけで十分だ」
「なら私を嗅ぐ?」
「しない」
話の変なこね回し。全く、癌がより進行しているな。より変態チックにいくこいつの頭、本当にどうにかしてしまった。プールの時に、こいつを抱えて全力疾走してしまったのが原因か?私の所為か?
それよりも、腹拵えだ。夕食は和食ベース。和食が一番いい。茶碗のご飯を平らげ、真宵の淹れてくれた煎茶を飲みほした。コーヒーだけでなくお茶も美味いな。本当に、私には勿体ないメイドだ。
「デザートは……あんみつ」
「待て、口移しはするぬ――っ」
「遅かったわねっ」
それに対してこの姉メイドは……。
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大胆な行動に出るお嬢様にかなりのリードを許してしまった。マジで口移しとはね……。でも負けない。私も続いて狼くんに口移しして、彼を惑わせた。
更にスバル様も乱入し、狼くんは諦めてそれを受け入れ、終わったら足早に食堂から逃げて行った。恐らく部屋だな、私は彼を追い掛け、部屋にノックして入る。
「はは……ごめーん」
「はっちゃけすぎだ……ふっ」
「え?珍しいね、笑っちゃうなんて」
「考えてみれば、これが私の今の生活なんだなと実感しただけだ。今、私は幸せに満ちている」
「可愛い女の子3人に口移しされて?」
「お前らとこうやって楽しく騒ぐのが、だ」
狼くんは本当に柔らかくなったな。やっぱり、学園で友達が出来たり、お嬢様やスバル様とまた深い絆が出来たから、変わったのだろうか?そこに私の存在も混じっているとありがたいけど。いや、多分混じっている。だって、私を見る顔はとても素直なんだもん。
狼くんが腰掛けているソファの、彼の隣に座る。狼くんはそのまま、私を抱き寄せ、頭を撫で始めた。優しい手つき、指の感触。さりげなくこういうことをする彼の度胸は凄い。
「お前がいなきゃ、涼月家は完成しないな」
「そうかな?そう言ってくれるの、とっても嬉しいよ」
「私だけじゃない。スバルも奏もお前を必要としている。無論、私のメイドなのだから、私が一番、お前がいないと困る」
「一人で全部やれちゃうのに?」
「あいつらと騒がしいのも、最近は好きだ。だが、お前とこうやって、屋敷で穏やかに話すのも好きだ。流と愚痴の零し合いは、必ず酒が入るからな。しかし、スバルが酒が弱いのは、父親譲りなんだな」
「お酒弱いんだ、へえ。狼くんは?」
「恐らく、白人の血なのだろうな。かなり強い」
私の存在はあった。そして、私を一番必要としてくれているの彼だと言ってくれた。人間、必要とされて貰えるのは嬉しいけど、狼くんにそう想ってもらえる嬉しさは、とてつもなく大きくて。私の小さい身体で受け止めようにも、それは無理だった。だから、心で受け止める。ここで培った気遣い、真心。全部彼が教えてくれた。
狼にそのまま寄り掛かる。さっきのようなことを言ってくれていたんだから、少しくらいはいいよね。抱き寄せた腕の暖かさ、夏を忘れてしまうかのような心地。この腕の中、心がとても落ち着く。それでいて見上げれば、背丈の違いがはっきりとわかる。彼は、とても大きい。
「狼くん」
「なんだ」
「大好き」
「そうか」
でも、私の恋心は、まだまだ彼には届かないみたいだ。遠い道、千里の長城よりも長くて険しい道。でも、確かに彼に続いている。
終わらない道はない。だからこそ、人は目指す。まだ見ぬ終わりへと。