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少し日は経ち、文化祭当日。1日目は校内のみでの発表であった。私とスバルはクラスの仕事に回り、奏は真宵と一緒にどこかに行った。後で行くとは言ったが、忙しすぎて、そっちに行けるかどうかは怪しい。思えば、準備期間中も働き詰めであった気がする。だからだろうか、スバルの顔には疲れが見えていた。大丈夫か、と聞けば、素直に「少し疲れた」と返してくる。前は「どうってことない」だったのだがな。どういう心境の変化なのか。
それよりも、何故か私の尻や胸を触って来る人間が多々いる。それは、誰しもがやってきていることだった。ここは風俗店ではない。そして、私は女ではない。女装喫茶と書いてあるだろう。男の身体を触っても喜ぶ男、なんだか寒気がしてきた。それに、触った後はご満悦な顔をしている。その顔を見た相棒、青筋浮かべ。触らせるだけは、私なら別にいいのだがな。
私と写真を撮るもの、私の絵を描くもの、わざわざ私にウェイターを頼むもの、様々な人間がいる。その中には以前、私の顔を催した団扇を作ってくれている女子もいた。ああ、そうだ。その子達に指名され、何か飲むかとか聞いたさ。だがな、スバル。お前は妬き過ぎだ。青筋では済まずに、目が充血しきっている。こいつ、休ませた方がいい。
「涼月くん、少し余裕も出て来たし休憩していいわよ」
「私が抜けて大丈夫か?」
「大丈夫!」
「礼を言う。ああ、スバルも休ませてやってくれ」
交代の声を掛けにきた女子に告げた。これで余裕は出来た。奏と真宵の二人を探しに行こうと和服で出ると、私の周りにいきなり人だかりが出来る。気にせずそのまま歩こうとするが、前にも人がいて進めない。
――待て。なぜ、私を凝視している、この男達。これでは休憩の意味がなかろう。
「おっ、可愛い子いるじゃん」
「キミキミ、どこのクラスの子?」
「……」
またもや私を女と勘違いする、ちゃらちゃらした男が4人。自分に指を指して、私かと確認すれば、頷いて。ここは店内ではないし、仕方ないといえば、それまで。だが、客引きとしてはもってこいの瞬間かも知れん。頭を切り替え、クラスへの貢献にベクトルを変えれば、そのまま口説いて来る男達に、作り笑顔で応対をし始めた。
「そうそう!キミむっちゃ可愛くね?俺らと一緒に回らないか?」
「ふふふ……お兄さん達。どうもありがとう」
「おお……っ!艶やか……」
「あら、貴女達も素敵よ」
奏に教えてもらった"ちらりずむ"なるもので、裏声を出して男を誘惑する。裾を少し捲り、太ももを見せれば、鼻を伸ばす野郎共。口調は奏を真似てみたものの、うまくいっているのだろうか。という心配は杞憂に終わり。
――ああ、チョロい。だが、騙しっぱなしは性に合わん。少し、現実に引き戻してやるか。こいつらで遊べたし、な。
「でも残念。私はね……男なのだ。涼月狼、という名の、な」
「えっ!?あの、涼月奏の、ボディガードさんっスか!?なんでこんな……」
驚いた顔、しかし太ももは凝視している。どう見ても女にしか見えん、という表情をしながら。化粧をしているから、その所為だろうか。女顔、と坂町にも言われていたし、より男達を騙せるのだろう。良い気はしないが、な。
途端、怖気つく彼等。私と知ってのことだろう。舎弟どもとの喧嘩は、割と知られているらしい。どこの野次馬が流したんだか。
「あっ、そうだ。狼さんのクラスは女装喫茶だった。クオリティかなり高くないですか?あ、喫茶店行かせて貰います!お茶とか沢山頼みますね!」
「私とスバルがグランプリの要らしいが……。悪いな、今は休憩中でな。それよりも、早く行かんと品物の待ちぼうけになるぞ」
流されたとはいえ、私も意外に有名なんだな。男達は人混みを掻き分けて私のクラスに向かっていく。大量の生徒はまだ私の後ろをついて来る。あまり後ろについてほしくはないんだが。涎を垂らしてこちらを見てくる女子生徒の姿から、私の身の危険を感じる。この学校、変態学園と改名しろ。
そしてやっとの思いで、3階の1年生の教室の廊下にいた奏と真宵らと合流する。後ろの人間はそれなりに少なくはなったが、ここのクラス所属である、真宵目当ての人間が多くもなった気がする。二人は私の腕に引っ付いてきたが、今はかなり歩きにくい状態だ、下手をしたら転んでしまう。
「奏、真宵。すまないが、離れてくれ。こけそうで怖い」
「やけに慎重ね?」
「お嬢様、和服はかなり歩きにくいはずですし、狼くんは馴れてませんから、離れた方がいいですね」
真宵はすぐに離れ、転ばないように、と手を繋いでくれた。奏も私の左手を握り、安定性を保たせてくれる。下駄とは、割とバランス感覚を要するものなのだな。水面を走るよりは楽だが。
そのまま、私達は紅羽のいるクラスへ。だが、今はいないみたいだ。沈黙ヒツジのキーホルダー、大きな着ぐるみ。着ぐるみがこちらにやってきて、私達にここのメニューを渡してくれた。なるほど、飲食店でもあるのか。
「御注文がお決まりでしたら、このヒツジめを呼んでくださいまし、狼先輩!」
「ふむ?どうして私だとわかった?」
「紅羽ちゃんから聞いてたんですよ、和服を着た銀髪の人がいたら、それは狼先輩だって!それと皆さんはミスコン優勝者候補なので、VIP待遇!といっても、ジュース一本タダぐらいしか出来ませんが」
「タダ!!」
流石、真宵。貧乏魂が食らいついた。断る理由もないし、好意に甘えておくか。しかし紅羽はいい奴だな。兄に似て、懐が深い。良い嫁になりそうだ。そこで、すぐさま準備に入ろうとするヒツジを呼び止める奏。お前のいうことの予想は大体ついている。
「あ、グラスは1本でね。大きいのを」
「ラジャーっす!!」
「このイチゴ大福3つ」
「このヒツジめにおまかせを!!イチャイチャしちゃってくださいねぇ!」
奏のこれにはもう馴れた。それにしても、ノリのいい羊だ。真宵も喜んでいるようにに見える。なにも知らない奴等が、3本のストローで1つの飲み物を吸う私達を見たら、絶対に同性愛者に見られる。もうそれは諦めよう。
ぼー、っと店内を見回す。その中で賑やかに私に絡む奏と真宵。そして、素早くヒツジが大福と飲み物を出してくる。その仕事ぶりが素晴らしいな、私のクラスに来ないか。というわけにはいかんな。
「私の奢りだ。食べてくれ。それと、ヒツジ」
「はい?」
「1000円で買えるものを頼もう。君に奢ってやる」
「ひょえっ!マジすか!?ありがとうございます!!」
ヒツジは声音でもわかるようにかなり喜んでいる。彼?のサービスにはチップを払わねばな。後に紅羽にもなにか奢ってやろう。なに、親友の妹への手向だ。
にしても。
「うーん、あのヒツジくん、わかってるじゃない」
「ですね。ストローが絡み付いてます。えっちです」
「また、飲み辛そうな……」
軽いデジャブ。このストローは、飲み辛いという印象しかない。しかし、たまにはこんなのもいいか。
奏と真宵はニコニコしながら、メロンソーダを飲んでいる。この二人の関係、よくみたら姉妹に見えるな。奏と真宵から携帯電話を借りると、二人のその姿を撮ってやった。
「とても仲良しに見えるぞ」
「当たり前じゃない、真宵ちゃんは私の妹分よ」
「お嬢様……いや奏お姉ちゃんっ」
「そしてあなたは私の旦那様……!」
「流石に狼くんは渡しませんよ?」
「なら、私を仕留めてみせろ」
一言彼女らに言い、ストローに口をつける。周りから、おおっ、と声が上がり、「大胆だなぁ」とか「私が仕留めてくる」とか、色んな言葉が聞こえてきた。ここは狩場なのか。私は獲物か。
それに対抗するかのような、この2人の元気な声。燃えに燃えている。うむ、私は間違いなく、こいつらの導火線に火をつけた。
「かっこいいわね、その言葉。なら、私達は」
「全力で狼くんを狩りにいくね!」
「やってみろ」
意気込む2人、それをかわすつもりの私。そう易々と心を狩り取られる訳にはいかんし、させる気もそうそうない。どれだけ私をその気にさせられるか、楽しみだ。
二人は椅子をずらし、私に擦り寄りながら、笑顔でソーダを飲みつづける。真ん中のストローに口をつけると、二人の笑みは更に大きくなっていく。口を離し、私の頬に左右からキスをして、またさらにニコニコとしていった。
「大好きよ、狼!!」
「私も!」
「――おい、人目を考えろ」
愛情表現も、人前でここまでしてくるとは思わなんだ。私は二人の口に大福を放り、飲み物をぐびぐびと飲みつづける。大福を口に頬張りながらも、二人はまだ笑っていた。
ここまで笑顔を見せる奏は珍しいな。真宵はいつも笑っているが、奏は心から笑っていることは少ない。私やスバル、真宵、最近では坂町にしか笑っていない。少しは変われたのだろうか。愛想笑い、作り笑いとは別の、本心からの笑顔。自分を隠すことをしない、それだけでも、こいつにとっては、恐ろしいことであるのに。
――強くなったな。流石。
「奏の、心からの笑顔が見れて嬉しい」
「そう?あなたと真宵ちゃんと一緒だから、かしらね」
「私も、お嬢様と一緒にいられて嬉しいですよ!!」
やはり、奏は笑顔が似合っている。いつもの悪巧みをしている顔の何百倍も可愛い。いつもそんな無邪気な笑顔で、純粋な心でいてくれたらいいのに。――思えば、私は、この笑顔の為に、ボディガードをしているのだな。そういうのは、悪くはない。
「次はどこに行きましょうか」
「私は、お二人となら、どこでも!!」
行きたいところに行けばいい。今日は、自由気ままに、動けばいい。君達がそれで満足なら、私も満足だ。