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和服で二人と色んな店を回ったあと、クラスのシフトにまた入るために、教室に戻った。私と同時に小休憩を取った後、またホールに出ていたスバルと入れ代わる形になったため、真宵達を彼女に任せ、坂町の親友である黒瀬と共に店に入る。廊下からでもわかるが、かなりの人口密度。これが、私とスバルの効果か。先程と同じ顔もちらほらいるし、しかも、紅羽さえもいた。すれ違いになってしまったな。そして、連れているのは、見慣れない女子。褐色の肌、猫耳カチューシャに眼鏡をかけ。やたらと大きなその胸は、邪魔になりそうにも見える。その谷間に、メモ帳とペン。
「あ、わんこ先輩!」
「紅羽。その隣の、褐色の娘は?」
「どうも、ナクルは手芸部部員、鳴海ナクルです!」
「よろしく。涼月狼だ」
「わんこ先輩、とてもお綺麗ですよ?これはミスコン優勝間違いなしですね!!」
「いやいや紅羽ちゃん、優勝はスバル様でしょう!」
スバル様?こいつ、S4か見守る会のやつか?そういえば、鳴海ナクルからは、少し腐った臭いがするな。顔からも、少し怪しい雰囲気が漂っている。瞳は眼鏡と、スバルと坂町の絡み。そして、メモ帳にもそのような妄想がある、と匂いが告げた。
見守る会は、男の同性愛好きな――所謂腐女子とかいう奴らの集まりだったな。ということは、こいつは見守る会か。要らぬ知識を身につけてしまったな、全く。どこの誰のせいだか。黒瀬と共に席に案内し、ミスコンの話を続ける。
「お前らの予想はおそらく外れる。奏か真宵、紅羽が優勝するな」
「え、私は出ませんよ?ってか、マヨちゃんも出るんですか?」
「私がエントリーしておいた。坂町からも許可を貰っている」
「にゃにゃ!?衣装買ってないよぉ」
「大丈夫、紅羽ちゃんは制服が一番可愛いから!」
「鳴海の言う通りだな。紅羽が一番映える衣装は制服だと思う」
元気印のその姿、制服はやけにそれを主張している。リボンが揺れる度、こいつのプロレス技が坂町に炸裂する光景は、想像に難くない。てれてれとする紅羽――ちょろいな。先程のジュースのお返しに、二人に私からジュースと菓子を奢ってやろう。
レモネードを取ってこようと立つが、黒瀬がボトルとレモン、グラスに氷を、トレイに乗せて渡してくれた。気の利く奴だな、ありがとう、といって、彼女らにレモネードを注いでやる。フラッペの方が良いのだが、それは今ないしな。席を立って仕事を再開、といきたいが、またもや黒瀬は笑顔でそれを制した。
「午前やたらと働いたんだし、ジローの妹さんたちの相手をして休んでてくれ」
「いいのか?」
「おうよ!それに、お前がいるだけでもこの店儲かるし、お前が疲れて明日仕事出来なくなったらもっと困るからな」
「恩に着る。では、甘えさせてもらう」
「おう」
男らしい奴だ。坂町が信頼しているのも頷ける。あいつの関わる人間は、私と奏以外は、根はかなりいい。こんな私にも親切にしてくれるしな。与えられた好意には、なるべく背かずにいる。そうしたいと言っている者への礼儀だから。
話はコスプレコンテストへと変わる。ちゅるちゅるとレモネードをすする紅羽は、興味津々に聞いてきた。
「で、わんこ先輩はコスプレコンテストにも出るんですよね?」
「ああ。奏が勝手に決めた。"ソリッド・スネーク"のコスプレらしい。私はゲームはやらん、詳しくはわからん」
「その和服でも、わんこ先輩なら悠々勝てますよ!ナクルの眼鏡が言ってます、間違いありません!」
「眼鏡が見せるのは未来じゃないぞ」
「でもナクルは、眼鏡があると未来予知が出来るんです。嘘ですけど」
「本当に、わんこ先輩は優勝しちゃいますから!」
勝負事にやけに熱心な2人、トトカルチョでもやっているのだろう。しかし学生だ、そんなに高額な金額を賭けているわけでもないはずだ。
――私もその賭けに乗ってみるとするか。そうだな。奏に、1000円賭けよう。義姉に、弟からの手向だ。
「奏に1000円」
「え?」
「トトカルチョじゃないのか?」
「ばれましたか……。おっけーですよ!わんこ先輩、ノリいいですねっ」
「大体の魂胆はわかる」
「では、わんこ先輩は涼月先輩に1000円BET!」
予想はしていた、手芸部内でそう呼んでいることは。マサムネめ。まあ、いいさ。私は犬なのだし。最早狼としての威厳はない。ただの学生で、犬で構わん。最近はクラスメイトもそう呼ぶようになったしな。気にしたらキリがない。
だが、飼い慣らすのには苦労するぞ。私は特にな。一芸もせん、飼い主の言うことは選ぶ。そして噛み付く。狼の本性は抜けんし、フォノンと呼んでいたあの頃の私と、反応は全く変わらんしな。可愛げもない。私だったら、こんな犬を捨てている。
「貴様らの予想が的中するか、私の賭けが成功するか、楽しみだな」
「あ、ちなみに兄さんもわんこ先輩に賭けてましたよ?」
「ほう、てっきりあいつはスバルに賭けていると思っていたが」
「新たなるカップリングですね!ジロスバならぬ、ワンジロ!」
最近知ったのだが、カップリングとは、恋愛のカップルの子とも指すらしい。例えば、スバカナであれば、スバルと奏。マサマヨだったらマサムネと真宵。なるほど、舎弟達の言っていたカップリングとはこういうことだったのか。攻めや受けと言うのもあるらしい。詳しくは聞いていないが。そこらの知識は奏が詳しいので、奏に教えてもらうとしよう。しかしな。
「坂町と私は、そんな関係じゃない」
「いやいやぁ、でもお似合いですよ!更にわんこ先輩は眼鏡をかけていたら……。あ、サングラスありましたね!」
「和服にグラスは似合わんぞ」
「じゃあ眼鏡はどうですか?ナルナル、その眼鏡貸してあげたら?」
「ですね!それではわんこ先輩?」
鳴海は眼鏡を外して私にかけてきた。樹脂製の鶴。度の入っていないレンズ。伊達眼鏡か。それにしても、少し大きめのフレームなのだな。頭を少し動かしたらズレそうだ。
落とさないよう、指で眼鏡の鶴を支える。その姿が、鳴海のツボに入ったようだ。というか、クラス中がこちらを見ている。まあいい、今日は見られる日だからな。大目に見てやろう。
「お似合いですよ、わんこ先輩!」
「ナクル的には、もうちょっと鋭い感じのメガネがいいですね!!」
「鳴海。サングラスかけてみろ」
「いいんですか?って、ブランド物のサングラスじゃないんですね?」
「防弾性能のある、UV完全カットグラス、とか奏が言って
いた。3000円で作れたらしい」
鳴海と同じように、彼女にサングラスをかけてやる。一気に渋い感じになった。が、あまり似合わないな。紅羽にも回してやる。うむ、似合わん。
「お前らにこのサングラスはまだ早かったな」
「ですね!でも兄さんなら……」
「いいかもっ。坂町先輩なら――でも坂町先輩は、やっぱり眼鏡かつスバル様とのカップリングが……」
「おい腐女子。あまり欲を出すなよ」
げっ、ともらす鳴海。眼鏡を返し、サングラスをしまうと、彼女は冷や汗をかきながら私を見てきた。図星か。何か企んでいるのか、果たして。取り敢えずはいい機会だ、甘い言葉で誘い出してみるとするか。
「私の相棒で良からぬことを考えるのはいいが、あまり表に出すなよ?」
「は、ははーっ」
後で、こいつを問い詰めよう。見守る会のメンバーを洗いざらい聞き出してやる。
◆◇◆◇◆◇
校内発表も終わり、私はスーツに着替えると、すぐに鳴海の所へ向かった。彼女の教室は、紅羽と一緒。既に誰もいなかったが、鳴海が私の前から歩いて来る。ターゲットがあちらから寄ってくるとは、なんという好機か。
私と対面する時、彼女は立ち止まった。先程のような能天気な顔をし、私のサングラス越しの目を見つめてくる。スバルの為にも、ここでこいつを尋問する、そう決めた。
「わんこ先輩?」
「話がある。"スバルを見守る会"の会員だろう、お前」
「はい、ナクルは"スバル様を暖かい目で見守る会"会長ですっ。よくわかりましたね?」
「匂いが教えてくれた。忠告はしておく。文化祭中に、スバル絡みで騒ぎを起こすことはやめてもらおうか」
「――もう、時既に遅し、です。S4と見守る会は明日、全面抗争に出ますから」
祭りの裏で、そんなことをしようとは。よもや、この女学生が。だが、私の狙いは上手くいった。こいつらがなにをするか、それを知るのが目的。それにしても、学生闘争時代か、今は。火炎瓶でも登場しようものなら、タイムスリップした感覚に陥るだろう。ゲリラ時代はよく投げていたがな。
それにしても、だ。いたいけな少女一人の為に、こんな下らない争いをするとは。S4と見守る会、どちらも潰してやらねばな。相棒の使命として、これは見過ごせん。
――S4と抗争?
ということは、マサムネも知っている?なら、何故教えてくれなかったのだろうか。なにか裏があるのか、疑問を抱く。詳しい事は、今から本人に聞けばいいか。それよりも、まずは目の前のコイツ――鳴海ナクルを止めねばなるまい。
「それでですね、わんこ先輩には助っ人を――」
「履き違えるなよ、小娘」
「はい?」
「私が手を貸す訳あるか。スバルにも、周りにも、迷惑をかけるようなやつらにな」
「――妄想は自由だ。そう言いましたよね、わんこ先輩は」
「言ったな。だが、抗争は妄想か?それで、スバルを悲しませるのか」
「そんなこと……。何と言われようと、そこまで来てるんです!私達の対立はっ」
「ふん。なら、私が見守る会とS4、両方壊滅させてやる」
威圧、そして脅迫。汚れ仕事は私だけでいい、今回も例にすぎん。立ち竦む鳴海の横を通り、その場から立ち去ってマサムネのクラスに入る。夕日が差し込む部屋、華やかに飾り付けられた中で一人だけ、ぽつんと佇むマサムネがいた。彼女は私に気づくと、疲れたように笑ってきた。
「ん……。わんこ、お疲れ様」
「ああ。それよりも、聞きたいことがある。明日、S4と見守る会の全面抗争が始まるらしいじゃないか」
「ああ……うん。アタシ、もう関係ないけどね」
「関係ない?」
「S4抜けたんだ、アタシ。つまらないし。自分達の私利私欲の為に、仲間を騙して一緒になってるみたいで嫌いになった」
初耳だ。抜けた、だと。確かに、理由は至極真っ当。だが、情報を得ていて、関係ないはずがない。彼女を責めるつもりは全くない、だからマサムネとの距離を詰め、彼女に穏やかに問う。知っていることだけを教えてくれれば、それでいい。
「マサムネ。お前を巻き込むつもりはない。だが、スバルへの毒牙をへし折る為、知っている事は全て教えてほしい」
「毒牙、って……。スバル様を巻き込む訳じゃあるまいし。確かに、スバル様に迷惑はかかるかもしれないけど、さ」
「それが嫌なんだ。アイツの知らん所で、利己的な欲望のぶつかり合いに巻き込まれる。相棒として、そんな事は許せん」
「――わんこ。お節介、って知ってる?」
「余計だ、とでも」
「うん。確かに、スバル様を助けたい気持ちはわかる。だけど」
――アタシのことも、救ってよ。
今にも泣きそうな眼、そして寂しそうな口調。この少女は、何を抱えて生きていたのか。それはよく知らない。だが、その言葉は、確かに心から出た、悲痛の叫びであった。しかし、何から救えばいいのか、わからん。
「あんたが好き。だから、助けてほしい」
「――私は、恋愛には興味はない」
「知ってる。涼月奏とのやりとり見てたらわかる。でも、アタシは諦められない」
「諦めろ、なんて言わん。――寂しいのか、お前」
「……うん」
一人暮らし、それでいて初めての友達。さぞかし、居場所がなかったろうに。それは、昔の私と同じだ。周りはすぐに死んでしまい、結局生き残るのは私だけ。血みどろになりながら、銃を握り、生きる為に殺し。そうして、孤独になっていた。
こいつも似たようなものだ。友達以上は考えられん。しかし、救えるのなら救いたい。付き合え、なんて言われても断る。だが、友達より深く、恋人よりも浅い関係なら。
「マサムネ」
「へへへ。ごめんね、困っちゃうよね。忘れ――」
「救うさ。
ちろ、と舌を出すも、その顔に元気はない。だからこそ今は、小さく、華奢なその身体を抱き寄せた。顔は見ず、それでも、満足とはいかないまでも、私なりに踏み込んだ関係を提示して。
――約束は、守る。
「信じてる、よ。アタシ、あんたのことだけ、信じられるから」
「お前に嘘は吐かん。救うさ、男に二言はない」
「うん。――親友よ。アタシたちは。だから……。アタシは、親友のあんたを救うから。スバル様を助けるの、協力する」