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二日目、文化祭は一般公開日。狼は午前の2時間だけ働いた後、和服で宇佐美のクラスに行き、彼女を迎えに行った。最近、宇佐美と親密になっている彼だけど、もしかして付き合っている?いや、有り得ないな。ボクが見るには、また友達。お嬢様やボクと同じ、一方通行の片想い。なのに、宇佐美はボクと狼とで一緒に回りたいらしくて。ボクも休憩を貰ったのでゆっくり出来るし、この格好のまま出歩けばいい宣伝になるだろうけどさ。なんか、いづらい。
「ジローがいれば、なぁ」
「アタシはあいつ、嫌いなんですけどね。わんこの唇奪ったし」
ああ、プールの事故のことか。あれはお嬢様が悪いんだし、狼が宇佐美を庇った結果だし、仕方ない。ボクも少し妬いたけどさ。それにしても、わんこって言い方好きだね、君。手芸部全員、その呼び方してるの知ってるよ。苺が言ってた。言い得て妙だなとは思ったけどさ。
しかし、何故か今の狼は無言だ。機嫌が悪いのか、と思えばそうでもない。表情は無いけど、機嫌が悪かったら、一緒に歩いてなんかない。どうしたんだろう、と少し心配になっている中、目の前には可愛い沈黙ヒツジの着ぐるみを着た人が、チラシをボクに渡してきた。1年生の教室、これは紅羽ちゃんのところか。沈黙ヒツジに悪いものはない。さあ、行こう。
「これ、昨日行ったな」
「また行ってもいいじゃない。スバル様のお願いよ?」
「……あの沈黙ヒツジ、鳴海か」
やけにハッスルしている着ぐるみ、ボクを見ては少し動きを変えたような気もする。でも、別に気にはしなかった。何か害を及ぼすような事はなさそうだったからだ。そのヒツジの案内で目的地に着くと、既にジローが一人で席に座っていて。多分、紅羽ちゃんの事を気にかけていたんだろう。全く、いいお兄ちゃんだ。ジローのそういう律儀なところは、ボクは好きだぞ。ちょうどいいや、相席させて貰おう。
こちらに気づいた彼、連れ添いの宇佐美に対してはしかめ面。何かしたのか君は、と思ったら、すぐさま始まる痴話喧嘩。仲良いんだな。
「なんでお前も一緒なんだよ、だるま屋ウィリー女っ!」
「そのネタ誰がわかんのよっ!」
「不服か、なら今度から轢き逃げロップイヤーって呼んでやるよ!」
「逃げてないでしょっ!バカチキの癖にっ!玉なしっ!」
何かあったのかを聞けば、狼は「JNCAPの衝突実験」としか言ってくれなかった。意味がわからない。轢き逃げ?自転車ではねられたりしたのかな。にしては、怪我とかないんだけど、ジローの身体。――そうだった、紅羽ちゃんのプロレス技で鍛えられてるんだっけ。なら、バイクあたりかな。それでも普通に人身事故なんだけどさ。
まあいいや。なんか楽しそうだし。ジローが言うには、やっぱり紅羽ちゃんのの店を回ってあげようかなって思ったんだって。黒瀬君を誘ったんだけど、シフトだったのを忘れていたらしい。うーん、彼、しばらく帰ってこないと思う。本職の人達にスカウトされてたから。ナース姿で。
それにしても一人、寂しい奴だな。仕方ないから一緒に回ってやろう。宇佐美は嫌な顔をしているが、ボクは人が増えて嬉しいな。ましてや友達のジローと回れるんだ。
それよりも。辺り一面を見回せば、なかなか凝った作り。喫茶店風味の店なんだな、ここは。注文を頼もうと手を挙げると、ウェイターの服を着た紅羽ちゃんがニコニコ笑顔でこちらにやってきた。うん、可愛い。似合ってる。ボクもそんな服着たい。
「兄さんっ。それにうさみん先輩に、近衛先輩!」
「紅羽ちゃん。注文頼めるかな?」
「ああはい!うさみん先輩も、わんこ先輩も、ゆっくりらぶらぶしていってくださいね!」
らぶらぶ、ねぇ。狼と宇佐美は、そんな関係じゃないぞ。狼は首を横に振り否定しているし、それに宇佐美はどこか残念そうな顔をして。うん、狼の隣に相応しいのは、やっぱりお嬢様ではないだろうか。勿論、ボクだって、狼の隣にずっといたい。真宵だって、宇佐美だってそうだろう。でも身分が違うんだ。だけどさ。
――今は、ボクが一番親密度が高いんだ。ここにいる人間の中で、一番。だからボクは、狼とイチャイチャしたい。あの時から、ボクは、彼への気持ちを隠さないって決めたから。
「スバル。あれ」
「あれ?……わあっ!沈黙ヒツジじゃないか!」
そんな狼が指差した方は、沈黙ヒツジのキーホルダーやフィギュア。さっき決めたことをしよう。わざと彼にくっついて、彼の手を引っ張って、キーホルダーの所に引きずる。痴話喧嘩を続ける宇佐美とジローを一緒にして。
何も反応はないけど、少し甘えてみる。いいんだ、狼はそれで。ボクがしたいだけ。気にせずキーホルダーを2、3個取った狼は、どれがいいか、とボクに聞いてきた。どれも可愛い、やっぱり沈黙ヒツジは心を癒してくれる。でも、彼の綺麗な横顔には敵わなくて、少し見惚れてしまう。
「スバル」
「なに?」
「今日はやけに生き生きしてるな?しかも近い」
「ダメかな?ボクだって、昨日の疲れがあるんだ。君に甘えたい時だってある」
「ふむ。いいさ、甘えろ」
「そうこなくちゃ」
なんだ。狼だって、今日はいつもより優しいじゃないか。なにか狙っているのかな、もしかしたらボクの心かな。だとしたら、いつでも撃ち抜きにおいで。君のその銃で、ボクのハートをスナイプして。そうしたら、ボクは君に全てをあげる。もちろん身体も。優しく食べてね。
――何言ってんだろう。好きって、暴走する。適度に止めなきゃダメだ。でも、彼のコンテストまで、甘えちゃおう。甘えさせてくれる、って言ってたし。
「……坂町と宇佐美が消えた」
「は?」
急に現実に引き戻され、スイートタイムは引き裂かれて。ふとボクが気付いて、狼が振り返った。忽然と姿を消した二人、なにか怪しい。それに、沈黙ヒツジもいない。誘拐か、と思い、ボク一人廊下に出ると、階段の踊り場には、ヒツジの着ぐるみを着た鳴海とかいう女の子、そして宇佐美とジロー。どうしたんだ。
宇佐美の顔は真剣。そして、ヒツジを睨みつけている。話している内容に耳を傾けよう。
「バカチキ、逃げなさい。S4と見守る会の抗争に、こいつはアンタを引き込もうとしてる」
「はぁ?」
「あっれー?宇佐美先輩はS4に引き込もうとしてるんですか?」
「そんなつもりない、アタシはS4なんて抜けたわ。あんたらとS4の所為で、スバル様とこいつ、わんこが困ってんの」
――抗争?
耳を疑った。そんなことが起こるなんて、知る由もない。こちらに気づいた宇佐美は、取り乱したように声を上げた。
「す、スバル様!?」
「……宇佐美。詳しく聞かせてくれ」
ボクだって知っている。S4と見守る会。両方、ボクのファンクラブ。過激な行動を起こそうとしている両グループに、狼が頭を悩ませていることを。それでいて、ジローが巻き込まれそうになったことも。
深呼吸をする宇佐美。そして、真っ直ぐな眼をこちらに向けて、口を開く。その言葉は力強く、人を信じさせる力があった。
「アタシは元々、S4の人間でした。だけどもう、S4や見守る会に興味はありません。私利私欲の為に、暴力を厭わない会合をする集団。そんなことをする為に、アタシはS4に入ったわけじゃないから」
「なら、無関係の君が、どうしてこんなこと」
「わんこと一緒に、スバル様を、このフザけたグループの抗争に巻き込みたくない、巻き込ませない。そう、彼と約束したんです」
「約束……だって?」
「はい。アタシは……わんこの、親友ですから」
――なるほど。宇佐美と狼が親密になったのは、それだったか。にしても、この子は、芯が通っている。
S4に入っていた女の子が、面と向かって、腹を割っている。狼が言っていたこと――目が透き通っている。嘘をついていない目。だから、その言葉を信じられた。ボクの事が好きだった、だからこそ迷惑をかけない。その気持ちは、本物。狼と約束するってことは、嘘をついていないということ。
そんな中で、鳴海は口を開く。その態度は、抗争とやらを楽しみにしているよう。対照的だ。己の欲に塗れて、利己的なことしかしない。宇佐美の言う通りだ。
「全面戦争が開始されますよ!坂町先輩がS4に絡まれたら血祭りに上げられちゃいます!!とにかく、坂町先輩にスバル様!事を穏便に済ませたいのであれば、見守る会に協力を……」
――ジローが血祭り、だと?
いやだ、折角出来た友達なんだ。彼を守る。S4を潰すなら、見守る会側から出て、勝つしかない。それに――狼の悩みを、減らしたい。
本当は、戦うのはいやだ。怖い、身が震える。でも、それを乗り越えてこそ、ボクは狼の隣で、相棒としていられる。やるしかない。どちらか1つが無くなれば、きっと狼も楽になれるはず。そう、これはボクの為だけの戦いじゃない。狼がいつもやっている、守る為の闘い。
「わかった……。見守る会に協力しよう」
「え……?」
「スバル様!?」
「友達を守るためだ、仕方ない」
●○●○●○
スバル様とバカチキを連れていくナクルの、その口のうまさには脱帽しかねなかった。後輩のクセして、上手いこと言いくるめて。これじゃあ、わんこに合わせる顔がない。なのに、彼は、ぬっと現れて。
「マサムネ、スバルは」
「ごめんなさい、ナクルに連れてかれた……。バカチキが血祭りに上げられるのを防ぐために、って……」
「そうか」
アタシは約束を守れなかった。わんこは約束を守ろうとしてくれていたのに。これじゃ、嫌われちゃう。救って、なんて言っておいて、このザマじゃ、また離れていく。
なのに、わんこ――狼は、アタシの頭を撫でてくれていた。咎めることもせず、優しく。
ねえ。アタシは、約束を破ったのに。どうして、怒らないの?どうして、責めたりしないの?どうして、嫌わないの?
「あいつのことだ、坂町を守る為に自ら行ったんだろう」
「わんこ……。怒らないの……?」
「なんでだ。怒る必要はない。連れて行かれたのは結果論でしかない」
「だって……。巻き込んじゃったんだよ⁉︎アタシが、ちゃんとしてないから……」
「それでもお前は、最大限の努力をしてくれた。見て見ぬ振りをせず、スバルをきちんと見てくれていた」
狼は、怒る気配も見せない。きちんと、スバル様を見た。それだけが、彼の中では大事だったのかもしれない。
――人を、きちんと見る。だなんて。
アタシは今まで、そんなことをしてなかったのかもしれない。いや、していなかったんだ。憧れだから、って、勝手に壁を作って逃げていた。だけどさっきは本心で、"近衛スバル"という人間に立ち向かった。
それが彼なりの、アタシへの救済なのかもしれない。寂しい理由。それは、人をちゃんと見ていなかったから。だから、アタシは、人との間に垣根を作って、逃げて。それで、寂しいなんてほざいてた。都合が良すぎる。
わんこがアタシの頭から手を離した。その顔付きは、狼がこれから狩りをするような、気高きもの。すん、と鼻を鳴らして、ナクル達が消えていった方向に顔をやる。そして、アタシに話しかけてきた。
「ここまででいい、ここからは私がケリをつける。抗争開始の時間はいつだ」
「そろそろだって……」
「わかった。すまんが、お前をここで置いていく。怪我をさせんためにな」
その声は、怒気が含まれていた。矛先は、くだらない2つの会。どこまでも気遣いを忘れない彼は、踊り場でいきなり和服を脱ぎ出す。顔を隠すも、彼が下に着ていたのは、前に見たコスプレコンテスト用のスーツ。本物のスニーキングスーツらしく、アーマーをつけると、和服をアタシに預けてきた。
「そいつを持っていてくれ」
「うん。わかった。わんこ」
「なんだ――」
「任せたわよ、あの二人」
「――ああ」
アタシは、もう逃げない。逃げないから、彼に拳を突き出した。親友だからできること。逃げないってことは、自分の気持ちにも正直になること。それを拒まず、狼は自分の拳を突き合わせた。短く言葉を吐いて、バンダナを巻いて、走り出す。
――アタシは、ちゃんと待ってるから。信じてるから。