まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 ベッドを与えられても、実際に寝られるわけではない。夜中も彼女を守らねばならない。だが、ここの屋敷のセキュリティは完璧だとわかったので、私は奏の部屋の前で寝ることにした。

 

 外から来た外敵が来たとしよう。家宅警備のサービスが万一動いても、最低3分はこちらに到着するのにかかるらしい。3分で人は何が出来る?人を5人ほど屠るのは容易いだろう。だから、咄嗟に行動出来るよう、彼女の部屋の前で眠るのだ。奏と私の部屋は近いが、その距離が命取りになるやもしれぬ。そういう意味では、ここで寝た方がマシなのだが。

 

「ご苦労様、狼。今はスバルがいるから、お風呂入ってきちゃいなさい」

「了解、現在の任務を近衛スバルに任せる」

 

 スバルは意外にも武術の嗜みがあるようだ。なるほど、強気でいた理由はそれか。彼女がいるなら安心していられる。私はその言葉を信じ、浴場へと向かった。

 

 あまりにも広いその浴場は、私一人で使うには勿体ない程で、大理石の床や、チタニウムのシャワーヘッド、とても高価な石鹸などが置いてあった。

今日の疲れを取るべく、置いてあった石鹸を取り、泡立てて、身体の垢を落とす。少し黒かった私の肌は、本来の白い肌に戻っていく。

 

 あちらの石鹸はかなり質が悪かったのだろう、洗っても洗っても落ちない。その代わり、香りだけは心地好かった。私の白人と誰かの混血と思われる白い躯が露になり、髪も輝きを増した銀髪になったのを確認し、湯舟に浸かる。システムバスの様で、腰や背中に水圧がかかり、マッサージをしてくれている。

 

 古傷に当たるが、痛くはない――それどころか心地良ささえ感じられた。私はマッサージの快楽に堕ちる前に、湯舟から出て、奏の護衛任務へと戻った。

 

 より一層白い肌を見た奏は驚き、私の手を触ってきた。すべすべした彼女の手に比べると、私の人を危めることしか知らない手は武骨過ぎて、彼女の手が羨ましく思えた。

 

「すごいつるっつるね。所謂卵肌」

「奏、早く寝てしまえ」

「狼の肌ってこんなだったのね」

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 朝5時に眼が覚めて、その場から立ち上がり、洗面しに風呂場へ向かう。ばしゃばしゃと適当に水を叩き付け、ネクタイを結い直す。その時、ガラガラと浴場から戸を開ける音がした。不審人物か、と思い、M92FSを片手に持って物影に隠れ、様子を覗いた。

 

 橙の長い髪。昨日とは違った、胸の膨らみ、丸い尻。どうやらスバルが朝風呂を取っていたらしい。銃を懐にしまって、一息。彼女は裸を見られるのは嫌だろうから、そのままの状態で話し掛けた。

 

「スバル」

「わっ、わわわわわっ!!??狼!?」

「そこまで慌てなくてもよいだろう。スバル、何故朝風呂を?」

「い、いいだろ別に!それより狼はなんだ!?覗きかっ⁉︎」

「そのような趣味はない。顔を洗いにきただけだ。私は奏の元へ戻る、なるべく早く着替えろよ」

 

 一言添えて、浴場を後にする。取り越し苦労も束の間、出た途端、に中年男性がこめかみに青筋を浮かべながら、私を睨んで来、襲いかかって来る。

 

 単調な動きだ。左ストレートが顔面を狙って来るが、当たってやる義理はない。軽くかわしてから腕を取る。私は彼を不審者だと思い、すぐさま彼の首元を腕で抑え、そのまま肩ごと折るように両腕で男を絞めた。

 

「お前は誰だ」

「それはこっちのセリフだ!お前、俺の娘に何しようとした!?」

「娘?お前はスバルの父親か」

 

 彼がスバルの父親だとわかると、拘束から解いて、ドアを閉め、浴場の前で話しはじめる。またもや取り越し苦労。はぁ、と息を吐いては壁にもたれ、彼に言葉を掛ける。

 

「すまない。私はまだ来たばかりだから、屋敷の事を良く知らないのだ。無論スバルを覗きに来たわけではない。顔を洗いに来たら、偶然な」

「信じられるかッ!てめえ何者だよ!」

「涼月狼という名前を貰った、奏のボディガードだ」

「スズツキロウ……よ、養子様……⁉︎これはまた大変失礼を致しました……。お許しください」

 

 焦り出す彼。顔は平静さを取り戻していき、いきなりスバルの父親は私に謝りはじめた。事故ともあれ、謝らねばならぬのは私だというのに。

 

「やめてくれないか、非があるのは私なのだ。あなたが謝る必要はない」

「そ、そうですか。ああ、わたくしスバルの父の流と申します」

 

 近衛流か。通りで執事の服――燕尾服を纏っているわけだ。朝一番から、キッチリとした服装で――私も人のことは言えないのかも知れない。起きてすぐにネクタイを締めているのは、仕事を意識しているからだ。そういう点では、彼と私は、プロ意識が高い、という点で似ているのかも知れない。

 

 ともかく、名前は覚えた。だが、なぜ彼は敬語なのだろうか。少し疑問に思ったので彼に聞いた。まさか、私につく、とは思い難いが。

 

「なぜ私に敬語を使う必要があるのか」

「貴方が涼月家の養子であるからです。私は貴方の手足となり、仕えるべきだと存じました」

「要らぬ。親は子を見守らねばなるまい。私はあなたの子ではない。それに私は金で買われた、使い捨てのボディガードだ。私相手に敬語を使う必要はなかろう」

 

 まさか、は、確信へと変わっていく。はぁ、とため息を洩らせば、近衛流は気まずそうな顔をし、私に声をかけた。実際、私に執事や部下など要らぬ。全く持って逆の立場で、私は使われる存在なのだ。そこに尚更人員を入れるのは、無駄ではなかろうか。

 

「しかし狼様、」

「様も要らない。あなたの好きに呼んでくれ」

「私の義務でございます。使い捨てのボディガードならば、何故貴方は銃を持つのです?」

「死なないためだ。殺しに来たものは殺せ、そうすれば死なない。もちろん、奏は命を掛けて守る。だがそれよりも、死にたくはない」

 

 金を貰っている以上、使えずに死ぬというのは避けたい。恐らく、使わなかった金は回収されるのだろう。雇用主にとっては都合のいい形態だ。

 

 存在価値はなんだ?金でそれを評価するのだろう。価値とは、値段。ボディガードとしての価値は、命を賭けて守ることで高められる。しかし、私は死にたくない。二項対立、どうしても私の意地は譲れん。

 

「あなたが私に仕える必要はない。涼月の当主は多分望まぬだろう……監視以外はな」

「うたぐり深いですな、流石元ゲリラ。さぞかし修羅場を切り抜けて来たのでしょう」

「貴様の半分も生きていない小童の私に、修羅場などあるわけなかろう」

 

 そう言って流を振り切り、奏の所に戻る。一瞬見えた流の顔は、何処か哀愁が漂っていた。理由は聞かなかった、それを聞いて何の意味もなさそうだったから。

 

 奏の部屋に入ると、実に少女らしいレイアウト。奏は天蓋付きのベッドでまだ眠っているが、彼女の目覚まし時計が鳴れば、眠たそうな眼を擦り、虚気に私を見た。スバルが湯浴みをしている間、執事もどきをしてやろう。

 

「あら狼、おはよう……」

「ああ。スバルはそろそろ……」

「おはようございます、お嬢様」

 

 言いかけた時にスバルが現れたので、私は席を外す。しばらくして彼女が寝巻から普段着へ着替えて出て来ると、私にウインクをしながら食卓へと向かった。ついて来いということだろう。

 

 朝食は和食で、所謂箸を使い食べるものであった。昨夜と同様私は奏に座らせられ、不慣れな箸を本で見たのと同様に扱い食事をする。

 

「ああ、狼。今日はお嬢様がパーティに出席するから、お前も同行するように」

「了解」

 

 最初の大仕事、と捉えてよいだろう。私は早急に朝食を済ませ、身支度も完了させると、部屋に戻り、M92FSの予備のマガジンを胸に隠し持った。セーフティが掛かっているか、ハンマーがガタつかないかを確認し、銃を構える。手の震えもなく、銃口が指す目標も透き通って見える。小型のレーザーサイトのおかげもあるが。

 

 チャンバーに弾がないことを確認して、トリガーを引き絞る。かちゃん、とハンマーが動いて、準備は整った。サプレッサーを着けて、右脇のホルスターに忍ばせ、部屋を出る。ドアの脇には近衛流がいて、私に頭を下げた。

 

「お疲れ様です」

「私に付く必要はないと言っただろう」

「いえ、ご主人様の命ですから」

 

 当主の方に付けば良かろう、と言ったものの、流は私の後ろを淡々とついて来る。もしや、スバルの裸を見たことを気にしているのだろうか。事故であるし、私達に非があるわけではない。傷一つない、無垢な赤子の様な身体であったな。私の傷だらけの木偶とは違い。私も、戦地で無ければ、あのような綺麗な身体であったのだろうか。考えてみるも、顔の傷は痛みを発して、その思考を止めた。

 

 私には似合わぬ、ということか。ふん、ならそれでいい。今、生命があるだけでも儲けものだ。ここでタマを取られるわけにもいかん。

 

「今朝の件か」

「違います。あれは事故だと解っています」

「なら、当主の命以外に何がある」

「頼み事があるからです」

「執事が主人に頼み事か。私ではなく、当主に言え」

「狼様でないとできません。ボディガード……。スバルのそれを貴方に頼みたいのです」

 

 それが狙いで媚を売りに来たか。だが、私は報酬の無い仕事に命を張る義理はない。ましてや彼女と私は同業者であり、また情など私は微塵も持ち合わせていない。

 

 流を無視するが、彼はしつこくついて来る。途中で奏とスバルに出くわすと、流は奏に挨拶した。

 

「あら流、どうしたの?」

「おはようございます、お嬢様。私、今日より狼様の執事にもなりまして」

「私はいらん、と言ったがな。スバル、君を守れと言われたが、私は報酬の無いことには動かない」

「な、なら私が手足となり――」

「悪いが、それでは一銭にも為らない。身体を買われた以上、この命も金で買い取ってもらおうか」

 

 もっともな意見であろう、少なくとも私はそう思う。だが、奏がニヤリと笑うと、私に一つ提案してきた。

 

「なら私が肩代わりしましょう、それならいいわね」

「構わん。ただスバルがそれに頷くかどうかだ」

「ボクは、自分の身は自分で守る」

「だ、そうだ」

 

 結局、私の護衛などスバルには要らなかった。杞憂に終わったな、流。

 

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