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奏を襲う凶弾、しかしこれは、私への挑発行為。幸いにも、他の人間が撃たれていなかった。こうも人が多いと射手を特定するのは難しい。が、硝煙の臭いが私を導いてくれる。いくらサプレッサーを付けていても、臭いや弾の軌道はごまかせない。今度はスバルの方にレーザーサイトが向けられる。当たらせはせん――坂町が気付き、スバルを押し倒して避けさせようとし、私はその射線上に自分の体を投げた。その刹那、弾丸は放たれ、私は素手でそれを掴み取った。
人混みを掻き分け、全速力で走る私に、レーザーサイトを当てては射撃してくる。その弾丸を避けたら、他の人間に当たってしまう――そんな事は許されん。だから、私は、いつもの様に弾丸を捕まえては捨てていた。進路上を退く大衆。出ていく射手。だが私から逃れることは出来ん。実弾を装填したM9を構えながら走り、大雑把に狙いを定め、腹部に実弾を叩き込んだ。だが勢いは止まらず走っている――防弾チョッキか。
M9では力不足、そしてM4は屋敷に。対抗手段は、近付いての格闘。それと、以前渡された
腰のホルスターからリボルバーを取り出す。大柄なグリップ、仕留め損なう方が難しそうなロングバレル。そして、規格外のシリンダー。この怪物のトリガーに指をかける。
ダブルアクションは、トリガーが重い。それが、これだけ大きなモノになると、尚更。だが、速射するならこちらの方が有利だ。今はまさしく、ダブルアクションで撃つべき。人目のつかぬ所まで辿り着いた途端、私は容赦なく、片手でマグナムを撃った。
小爆発が起きたかの様な衝撃が、左手に伝わる。反動は確かに大きい、だがこれは予想の範囲内だ。轟音が鳴り響き、放たれた50口径は、その男の防弾チョッキを破砕し、血を吹き出させ、地面に伏せさせた。このパワーは、大型動物の狩猟用に考えられたモノ、対人など想定はしていない。
1発だけで十分だ。撃たれても立ち上がろうとするその男に、ホルスターにマグナムを収めながら、襲い掛かる。深目にフードを被ったそいつを押し倒しながら。
「フヒヒ……。その腕前、そいつを片手で撃つパワー……。流石、ハル・ケーニッヒだ」
「またその名か。貴様、カムイの言っていた武器商人だな」
ドイツ語で話す男。仰向けにさせてから馬乗りになり、マスクを取る。片目に眼帯、鼻に弾痕。黒の短髪。人目の付かない校舎裏で、コートをめくると、様々な銃火器を隠し持っていた。
――この男に、見覚えがある。遥か昔に、見続けていた顔だ。
殺さなかったのは、聞きたいことがあったからだ。前回と同じ轍は踏まん、そう決意しながらも、胸元のホルスターからM9を取っては、額に銃口を押し付けた。
「奏を狙ったな。挑発といえ、何故だ」
「あれは、今の貴様の主人だろう。あの小娘を
「金、か。もう一つ。貴様は、私が殺したはずだが。何故生きている」
「人間を盾にしたおかげで助かったわ。再生治療でいくらでも蘇れるからな」
――子供の頃の、苦い記憶を思い出す。土砂降りのジャングルに作られた、夜営テントにグレネードを投げ込んだ。私に銃口を突き付けては脅し、戦わせていたこの男が寝ていたテントに、脱走したいが為に。
そうだ、私の人生を狂わせた一人は、こいつだった。薬漬けにし、私を殺人マシンに仕立てあげたのは。それを思い出すだけでも、怒りは煮え滾る。だが、冷静になれ。奏やスバルは守れた、私の事で怒りを出してはならぬ。
しかし、と、男は続けた。息が絶えそうになりながらも、ニヤニヤと笑いながら私を見る。その呼吸すら、私には許せそうになかった。感情で引き金を引いてしまいそうなくらいに。
「あれだけ人を殺したガキが、人を守る為に闘うなんてな。笑わせてくれるぜ。民間人どころか、あんな小娘の犬に成り下りやがって」
「犬で何が悪い。貴様の下で、無差別に殺し続けるよりマシだ」
「にしては、殺しの技術はより鋭くなっているぜ。銃を握った時の顔、撃った時の悦び……。人を殺す快感を、お前は忘れてねェんだ!だから、お前は人を殺すのさ!」
「違う……!私は、私の大事なものを護る……。そのために、人を殺しただけだ」
「都合のいい言い訳だな!人を殺したものは、罪悪感と快感を忘れない!だから、お前は人を殺す――お前はこちらで生きるべきだ!!人を殺し、血を啜り生き延びる!生という呪縛の感情しか持つことを許されぬ、戦いでしか生きられない兵士としてな!!」
「殺して快感など得るものか。殺めた時には、恐怖しかない」
「嘘をつけ!お前はガキの頃から、人を楽しんで殺していたさ!その呪縛からは、逃れはしねェ――がふっ」
「私の生き方は私が決める。貴様ごときに、私の生き方を決められてたまるか」
思わず、男の顔面に拳を叩き入れた。先程の男子生徒のような顔になるが、まだ息はある。好都合だ、こいつにはまだまだ聞きたいことがある。簡単には死なせん。
殺人に快楽など、感じたことはない。少なくとも、薬が切れていた時の私は、恐怖しかなかった。銃弾の一つで、簡単に人の命を奪える。その恐怖心との戦いは、未だに続いている。
「恐ろしい力だ……、流石私の息子」
「最後に聞かせてもらう。私は誰だ?」
「貴様は、ハル・ケーニッヒ……。ドイツ人と、日本人のハーフ。リベリアで生まれて3つになったお前を俺が誘拐し、チャイルドソルジャーに育て上げ、結果貴様は最強の兵士と成った。感情無く人を殺せる、最高の兵としてな……!」
――私は、両親がいたのか。しかも、そんなにはっきりとした人種が。確かに私は混血、それは知っている。だが、日本人のルーツがあるとは、思いもよらなんだ。しかし。
こいつが育ての親だというのか?幼児の頃から、育てられていた、だと?こいつに、戦闘技術と銃を与えられ、薬物によって強化された以外にも、何か手を加えられていたとは。
信じたくない。信じるはずもない。こんなクズの手で、育ったなど。
「お前は飼い主である俺にも噛み付いた!!自分の親も、貴様はその手で殺したんだ!!最高じゃないか!感情を殺した兵士こそ、戦場には必要なのだ!!だからこそ、貴様を求めているんだよ!俺のボスは!」
「そう仕向けたのは貴様だ、私を……こんな眼に合わせおって!!貴様は、私を殺人鬼に仕立てあげたクズだ!」
「そうさ!だが感謝してもらおうか、俺がいなければ今お前はここにはいない!今日を生き抜いてきたのは、誰のおかげ――っ」
もう、それ以上は聞きたくない。だから私は、脳天に思い切り拳を叩き入れた。ビクン、と跳ねる身体、じわりと広がる血の池。それでも、私は殴り続けていた。
私は、狼だ。私は、奏を守る銀狼。大切な者達がいる。守りたい奴らがいる。自分の為に生きたい自分がいる。だからこそ、コイツに育てられた過去を認めたくない。苦しみもがいた経験しか、得させなかったコイツを、殺しても殺したりない。だから、殴り続けていた。
「狼!!」
「奏……。来るなといったろう」
「おいボウヤ、やり過ぎだぜ。もう死んでるぞ、そいつ」
「――カムイ」
それも、後ろからやってきた奏に見られて、止めた。血こんな姿を見せない為に、来るなといったのに。血だらけの拳、それをゆっくりと下せば、いきなり目の前に現れたカムイが言葉を放ち。そして、カムイは男のコートを渡し、そいつを担ぐと、私に一言言う。
「もう、いいんじゃねェか」
「カムイ、私は」
「正当化しろ。殺したいが為に、お前は手を汚してるわけじゃねェ」
一瞬にして消え去るカムイ。そうして残るは、虚しさと、血だまりのみ。
今まで男を殴っていた拳を見つめる。ぐっ、と握り締めても、何も得られたものはない。大量に着いた血と、拳が切れて滲んでいる血が入り乱れる。その中で、奏は、その綺麗な手で指を開かせ、血が付くのも厭わずに、手を握ってくれた。
私が誰なのか。私は何を仕出かしたのか。私は、過去の罪をどのように償えばいいのか。最早、私はどうすればいいのか。正当化するとは、どうすれば。わからない。何もかも、今の私はわからない。
「狼」
「奏。私は、人殺しだ。ただの、殺人鬼」
「違う。貴方は殺人鬼なんかじゃない。私の、大切な人。貴方のした殺しは、貴方が自分を守るための手段」
「それでも、私は……っ。こんな汚れた手で、君を守るなんて、綺麗事を……」
うら悲しい気持ちになる。自らの罪を、両親をこの手で殺したことを、あいつの言いなりになっていたことを。悔しく、悲しく、辛い気持ちが、私を襲そう。もう、どうしていいのかわからない。葛藤、そして困惑。私の中で、何かが崩壊していく。そして、膝から崩れ落ちれていくその中で。
――奏は、私を抱き締めた。そして、唇を重ねた。
「いいの。私、貴方の全部を受け止める。貴方は、私の大切な人だから」
「……」
「狼、私の側にいて。私を守って。命令よ」
「――私は……」
――銃を握ることしか、人を殺すことしか出来ない、貧しい犬。そんな人間が、側にいていいのか。わからない。だけど、奏は今、泣いている。私の為に、泣いてくれている。
「あなたの過去は、あなたが望んだものじゃない。あなたの未来は、あなたが決めるの。あなたは、私の、最愛のおとうと」
「かな、で……」
「貴方が泣けないなら、私が泣く。笑えないなら、私が笑う。私は、お姉ちゃんだから。だから、頼りなさい……!」
力が抜けた。すう、と胸が軽くなる。そして私は、血のついた手で、彼女を抱き返した。