まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 ――この、血染めの手は、奏を抱きしめた。

 

 飛び出してきた奏を追いかけてきたスバルと坂町は、その光景に言葉を失っていた。構図では、私が奏を泣かせたというもの。だが、私は茫然と虚空を見続けていた。転がっていた筈の薬莢はいつの間にかカムイが回収しているも、血だらけの手は、ごまかせない。ああ、こいつらにも知られてしまった。私は、根っからの人殺しだということが。

 

 意識を取り戻す。奏の涙は胸に刺さり、彼女を離す。すまん、と言って、その場を立ち去ろうとするが、坂町は私を止めた。

 

「なにがあったんだ」

「……」

「黙ってないで、答えてくれよ」

「……」

「なんで!涼月が泣いてるんだ⁈」

「ジローくん。聞かないであげて」

「そんなわけに――」

「もう一回言うわ。聞かないで」

 

 冷たく坂町に言い放つ奏に、心配そうな顔をした坂町とスバル。私の顔は、今どんなことになっているのだろう。笑っている?悲しんでいる?それとも……。

 

 道を塞いだスバルは、私の顔を見た。私の手を見、顔を強張らせながらも、確信する。だけど、責めたりはしてこなかった。彼女には、覚悟ができていたのだろう。

 

「狼。ここはボクに任せてくれ」

「……すまん。坂町、後で必ず話す」

 

 4人を置いてけぼりにして、私は走り出した。気持ちだけは、浮ついていた。だから、こうでもしないと、落ち着かなかった。風を切り、心を冷まし。そうだ、私はその場から逃げたんだ。何をしてでも、落ち着かない。私は、このままでいいのだろうか。

 

 人が全員掃けた体育館、そのトイレに私は駆け込む。そして、蛇口を捻って、手を洗い、血を落として、正面の鏡を見る。その顔は、無表情。こういう時、泣けばいいのだろうか。泣き方がよくわからない。でも、私がしなければいけないことはわかる。

 

 ――落ち着け。

 

 いつも他の奴らに言っていること。なのに、私が今、浮き足立っている。心の整理もつけていない。あれだけ、自分で色々と聴いたのに、ショックが身体を駆け回っている。それで、あんなに取り乱したのだ。それに――。

 

 感情を爆発させるのが、怖かったのだ。

 

 その為に、一人になれる場所が欲しかった。殺しを見られた事にも、確かにショックを受けていた。なにより、私は怒りに飲まれていた。感情に、呑まれすぎていた。

 

 ――顔を洗う。冷たい水が、気を入れ替えてくれる。もう、大丈夫だ。私は、いつものオオカミに戻れる。ふるふる、と顔を振り、水を切って。私の手は、もう取り返しがつかない。だからこそ、この手で、人を抱きしめるしかない。そうだ。大丈夫。私は、何をしようと、ハル・ケーニッヒであり、涼月狼なのだから。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 校舎に戻ってのデブリーフィング。マサムネに、坂町達は無事だ、と言ってから、和服を受け取る。そのまま着付けも手伝ってもらって、コンテスト会場にたどり着く。意外にも参加者が多かったが、奏とスバル、真宵には敵わないだろう。勿論、紅羽もマサムネもレベルは高い。

 

 所謂、アピールタイムというスパン。私のために泣いていた奏は、いつも通りに接してくれた。メイド服を身に纏って、スカートをチラリとたくし上げる。その後ろから、静かに歩を進めるが、私にも注目がかなり寄せられ、大歓声を貰う。

 

 ――後で、奏に言わなければ。きちんと、済ますべきことを済ませて。

 

 アピールタイムが終わってから、投票集計の完了まで、野外ステージの舞台裏にて待機する。左手に違和感を感じるが、それは気にしなかった。マグナムの反動ではない。拳を振るった時のダメージでもない。逃げてしまった、自分への嫌悪感だ。自分で未来を決める、と言った。だが、どうしても、先程知った過去を引きずってしまう。しかし、もう落ち着いた。

 

『まさかの大番狂わせ!!優勝は、女装男子!!涼月狼!!』

「いやったぁっ!!わんこ先輩、賭けは私の勝ちですね!!」

「……そうか」

 

 2位がスバルと奏で、4位は真宵。6位まで私の知り合い。壇上に呼ばれては、トロフィーを受け取り。裸眼で周りを見渡せば、坂町もいつも通り。スバルには礼を言わなくてはならん。あの優しい顔、何かを悟った表情。ああ、改めて思う。こいつと、友達になれてよかった。

 

 そして間髪入れずに、コスプレコンテストへと移行する。舞台袖でスタンバっていた苺に脱いだ和服を渡せば、ウィッグとバンダナを着ける。

 

 ――尚更、貴様はこちらで生きるべきだ!!人を殺し、血を啜り生き延びる、戦いでしか生きられない兵士としてな!!

 

「私は……」

「狼、行こうぜ?お客さんが待ってる」

 

 坂町の声。優しげなその声音に、ああ、と答えた。戦利品の、武器商人ののコートから、Mk.23を取り出し、サプレッサーを付けてステージに向かう。これがソリッド・スネークのスタイルらしいが、やはりそのキャラクターのことは詳しくない。

 

 ――この手は、銃を握るだけにあるわけじゃない。

 

 私の手は、人を殺すためにあるわけじゃない。

 

『こちらでも優勝候補!!涼月狼、ソリッド・スネーク!!』

 

 煽るMC、それに合わせて私は、適当に銃を構え、サポーターで一緒に来た坂町にCQCを掛ける。勿論、緩くかけているから、怪我などなく。これは、人を殺める技術。だが、私にとっては、生き残る為の業。そして、奏達を守る為の技。

 

『もはや優勝は間違いなし!二冠なるか?』

 

 生命のやり取りの人生。この世は全てそう。殺し合いの世界。争い、潰し合い、悲しませ……。しかし、そんな世界からは、私はとっくに飛び出していたはず。

 

『やはり優勝は、涼月狼だぁぁ!!』

 

 スピーカーは相変わらず喧しい。マイクの声がハウリングするほどに。私の優勝を告げるアナウンス、それに素直に従う。それよりも、私はやりたいことがあって。

 

 奏に、話をしたい。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 下にスニーキングスーツを着込んだまま、いつものスーツを着て、人気のない屋上のベンチに、トロフィーと副賞を隣に座らせ、一人佇む。私の弄ばれた人生。狂わされた過去。そして自分で決める明日。

 

 親から貰った本名は捨てたくない、だが殺人鬼がついてくる。そして、今の私は涼月狼。涼月奏のボディガード。――二つで一つ、私という人間。殺人鬼として、明日を生き抜いた過去の私も、ボディガードとしての今の私も、どちらも受け入れる。

 

 がちゃり、と扉を開ける音。いつもの黒い服装の奏だ。私が、ここに来てくれと頼んだのだ。きちんと、話をするために。そのまま彼女は隣に来て、私の方に向き直る。そこで、口を開いたのは、私の方からだった。奏の顔ではなく、空を見上げ。

 

「お前がいなかったら、あの時私は、恐らく自分の頭を撃ち抜いていた」

「――狼。過去を、知ったの?」

「ああ。私の本名、出生。あの男は、私の育て親だった。薬物を投与したのも、殺しを教えたのも、あの男だ」

「それで、あんなに取り乱していたのね」

「お前に、私が手を汚す所を見られたくなかった、というのも、もちろんある」

 

 きゅ、と拳を握りしめ、それを見る。今は、力が宿らない。だが、言うと決めた。

 

「それ以上に、感情を爆発させるのが怖かった。怒りや憎しみに呑まれてしまっていた私はより残忍で、相手を痛ぶる事、殺す事に、躊躇いを感じなかった」

「……」

「臆病、なのさ。私は、自分に対して――ハル・ケーニッヒという、私に対してな」

「――違う。貴方は、臆病なんかじゃない」

「違わない。でも――私は、君達のそばにいたい。私の使命は、君達を守ること、だから」

 

 ――そうだ。私は、自分の内の衝動に怯えていた。しかし、これを受け入れる事を、決意した。奏が、すべてを受け入れる、と言ってくれたから。

 

 汚れた手。しかし、自分の為にも、彼女達のためにも汚した手。その手で、奏に向き直って、自分から彼女を抱き締める。背丈は小さくとも、心の大きな、目の前の女性を。奏は呆気に取られた顔をするも、慈しむような表情で、私を見つめてくれた。

 

「私は、君達のそばにいる。やっと手に入れた家族だから」

「……うん。絶対、離れないで」

「ああ。もう、誤魔化さない。だから、時々は頼るよ、義姉(ねえ)さん」

「ふふふ。ねえさん、って初めて呼んでくれた。狼……ハル」

 

 本名を曝け出し、奏はその名で呼んでくれる。ぎゅう、と抱き返す細い腕には、慈愛の心が込められていて、この腕から離れたくない。そして、奏を離したくない。

 

 ――ハルか。しっくりくる名前だ。だがやはり、私は涼月狼らしい。彼女に狼と呼ばれる事が、なぜか幸せにも思える。そうして、私は改めて、決意を語った。

 

「君の恋心には、まだ答えられない。だが私は、君の心を守ることは出来る。そのために私は銃を取る。自分の意志の為に、ハルとして、涼月狼として、銃を取る」

「……約束してね。信じてる」

「ああ。――奏。これが、私からの決意だ」

 

 過去を受け入れられれば、強くなれるのだろうか。涙を流せば、強くなれるのだろうか。私には、わからない。だが、私は悟った。そして、奏がしてくれた様に、私からも、彼女にキスをした。

 

 感情を殺した兵士こそ、戦場では望まれる。それは私も同感だ。だが、私は今は兵士ではない。感情の起伏は確かに乏しいが、それでもまだ、心は生きている。

 

「んっ……。これで、心に応えない、なんて。ちょっとずるい」

「これが、君から教えてくれた感情表現だから」

「――それで、今日は許してあげるわ、ハル」

「君には、狼と呼ばれたい」

「そう。狼、下に行きましょ?皆待ってるわ」

 

 差し出された手を私は握る。胸一杯のトロフィーより、奏のこの温もりの方が価値がある。――力を抜こう。息を吐き、身体中の悲しみと共に外に無駄な力を出した。奏との日常。スバルや真宵、坂町、マサムネらとの日常。

 

 ――戦士としてではなく、またオオカミとしてではなく、一人の人間として。私は、こいつらを守り抜く。

 

 先に行く奏、その背中を見つめ、守るべく、扉を開ける。その時、入れ違いに、マサムネと会い。

 

「涼月奏。わんこを少し貸して」

「ええ。貴女も、狼に気持ちを伝えて」

 

 奏と言葉を交わす彼女。そうして、また二人きりになり。どうしたのだろうか、奏と話す時は、少しだけ目が吊り上がるのに。今日は、そんな気配はなかった。座ろ、と言われれば、いつもの様に、昼食を並んで食べている感覚になる。

 

 ――ありがとう。

 

 マサムネの口から放たれる言葉。少し照れているのだろうか、顔を照らす夕陽とは別の赤みがあって。

 

「アタシ、変われた気がする。あんたのおかげで」

「変われた?」

「うん。少しは、人を信じてもいいかな、って。アタシね、スバル様に面と向かって話せたの。でもそれは、スバル様だから、じゃないんだ」

 

 あの、勇気を見せた瞬間。マサムネが、必死に彼女を護ろうとしていた時だ。強い芯が通っていた、そうスバルが話していた。

 

 元々、この子は強い。何かがきっかけで、自分を信じられなくなっていただけだ。それを、私が何かで変えたのだろう。体育座りをしているマサムネは、空を見て、薄く笑う。その顔は、やはりどこか、力があった。

 

「面と向かって、本心から話してくれたのは、今まであんただけだった。勇気をくれたの、あんたは。だから、あんたの真似をしてみよう、って。そしたら、急に楽になった」

「私の真似?」

「うん。自分に正直に生きてるから。例えつまづいたとしたって、あんたはそれを見つめ直して、自分を受け入れて、生きてる。だから、他人を信じられるんだな、って。さっき、お姉ちゃんと話していたでしょ。自分を誤魔化さない生き方をする。――アタシ、だからもう、誤魔化さない。逃げない。だから、気持ちを聞いて」

 

 ――アタシは、涼月狼を、愛してる。

 

「マサムネ」

「あんたが恋愛に興味なさそうなのはわかってる。だけど、自分に正直になりたかったから伝えた。返事はしなくていいから」

「……すまない」

「謝らなくていいの、わんこ。アタシが勝手に気持ちを伝えただけ――うん。いったら、スッキリした」

 

 清々しい顔、険の取れた笑み。にかっ、とこちらを向いて笑う彼女に、私も、微笑んで見せた。

 

 時間を取ってくれてありがとう、下に降りよう、とマサムネは言う。そうして、階段を降りて、グラウンドに出れば、後夜祭として大騒ぎしている中で、真宵とスバルが話しかけてきてくれた。いつもと変わらぬ態度で。

 

「あっ、狼くん!二冠おめでとう!!」

「悔しいな、ミスコンでも狼に負けるなんて。でも、おめでとう」

「……ありがとう。お前らも、素敵だったぞ」

 

 様々な奴らと、様々な会話。どんちゃん騒ぎのお祭りの中、有志のバンドの音楽がBGMとなり、熱さをより引き立てる。私の人生も、まだまだ捨てたもんじゃない。

 

 ふとすれば紅羽がスバルに抱き着き、スバルは私に抱き着き、皆真似して私に抱き着いてくる。クラスのやつらも皆私に抱き着いてきて、いきなり胴上げを始めた。

 

「いよっ、三冠王!!グランプリ獲得の一番の貢献者、涼月狼に感謝を込めて!!」

「――黒瀬?坂町、これは」

「お前に皆感謝してるんだよ、素直に受け止めておけって」

 

 そうだった。うちのクラスが、展示店最高評価を受けていた。それの立役者としての労いらしい。なら、黒瀬の言う通り、素直に受け入れよう。

 

 その腕に身体を任せ空中を何度も舞う。クラスの奴らまでが、私に触れてくれている。以前は他人など触れたくもなかったのに、今はこうやって人と接していることが嬉しい。どこか幸せで、温かくて。

 

 だから、私は、ここにいることを、強く望んだ。

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