まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 涼月の者ならバレてもいい、というか既に知られている。そう考えた私は、3人娘で風呂に入るようにさせた。誰もそれに拒まなかったし、寧ろ親睦会みたいだと言っていたから、ベストな選択だったのだろう。他の客が入れんように貸し切りにしていたが、学園関係者でもない人間にバレたところで大したことはない。風呂に入る前に浴衣に着替えてしまえば、執事とは無関係に見える。

 

 見張りをする必要もない。つまりは、暇。だから、ソファを広げてベッドにし、寝転がる。ふむ、寝心地は悪くない。だが、脚の分が足りん。どうしてもはみ出てしまう。仕方ないな、贅沢は言うまい。それと……腹が減った。

 

「何か、食べに行くか」

 

 この旅館には売店はあるものの、軽食のようなものはない。少し出てくる、と奏達のスマートフォンにメッセージを残し、ブーツを履いて、少し山奥のコンビニに徒歩で向かう。多少は身体を動かさないと、鈍りそうだったからだ。

 

 入店時のミュージック、残り少ないおにぎりがあるものの、先客がいるらしい。ぴょんぴょんと飛ぶも届かないくらいの背丈。ふむ、譲ってやろう。そういうことで、私が最上段にあるおにぎりを取れば、小さくて、そして私のよりも白めの銀髪の幼女に、それを渡した。

 

「おっ、ありがとう――涼月わんこじゃねえか」

「……?もしや、手芸部か」

「おう。聞いたことねぇか、おれの名前」

 

 口を開き、やたらと耳に残る甘い声。目つきは鋭く、女ではあるが、粗暴な口調。なにより、少し強そうだ。もしやこいつが、苺の言っていたあたおかの化身か。

 

「鳴海シュレディンガー。覚えとけよ」

 

◆◇◆◇◆◇

 

 手芸部の合宿はここらあたりの土地だったらしい。今日は山の中で野宿、明日は無人島へ泳いで行く。昨日は何をしていたのだろう、こいつらは。

 

 そして、2人きりで山中へ。人の気配すらないこんな土地で、おにぎりを頬張りながら私に相対するこの女。何を考えているかはわからんし、何をしようとも別に大したことではない。ごくり、と飲み込んで、ワクワクしたような表情を浮かべ、私に声をかけてくる。その特徴的な声で。

 

「前から聞いてたんだよ、ウサミンとか紅羽に、苺からよ。『この学園で最強なのは、間違いなくわんこ』だってな」

「ふむ?それで、その副キャプテンが、私に何用だ?」

「あー、まどろっこしいな。つまりはだな。何かの偶然で今こうして会ってる。そんで、おれは、お前に興味を示している」

 

 ――ケンカしようぜ!

 

「は?」

「だから、ケンカ。殴り合い蹴り合いのケンカだ」

「スジの通らん喧嘩はせんぞ」

「ケチなこと言うなよ。勝ったらおれの処女やるよ」

「馬鹿なこと言うな、興味ない」

「まあ、冗談だ。それよりも」

 

 何かと思えば、手芸部の暇つぶしだったか。呆れてしまってモノも言えん。確かに強い女だ、だがやはり、私ほどではない。それに、スジの通らん、というところが肝心であり。無闇矢鱈に暴力を振るう趣味はない。

 

 ――理由なら、あるんだよ。お前、おれの妹泣かしたろ。

 

 その誘惑させるような声が、喧嘩の為のスジを通した。妹――ナクルか。確かに、体育館で泣かせたが、あれはあいつが悪い。かといって、こいつは妹の為に喧嘩させろ、とある意味真っ当な理由をぶつけた。ふむ、それならば、良い。

 

「ふむ、スジは通るな。よかろう、喧嘩してやる」

「手加減すんなよ?おれは強いぜ」

「わかるさ。だが、私ほどじゃない」

「言ってくれるぜ。全くよォーー⁉︎」

 

 右正拳突き。それも見事な切れ味、速度。動き易いジャージとはいえ、ここまでの速度は中々ない。だが、流よりかは緩いな。腹部で受けるも、大したことはない。心地良いくらいだ。

 

 全く通らないダメージに、シュレディンガーは驚愕する。こちらから手を出すつもりは全くなかったが、これは喧嘩だったな。なら、お望み通り、全力でやってやろう。

 

「私の腹筋は、本物の槍でなければ貫けんぞ」

「マジか……っでぇ!」

 

 驚いている暇は持たず、彼女は、やはりナイフの様に鋭い左ハイキックを見舞ってきた。が、動作は少し大きく、絶好のカウンターのタイミング――左拳を作り、脚を掻い潜りながら、虎落としを見舞う。みちっ、という聞いたことのない音、そしてそのまま吹っ飛び、木にぶち当たった。

 

 間髪入れずに私はシュレディンガーの喉元を捕まえ、木にそのまま抑えつける。喧嘩なら、少しはエグいことをしても良いだろう。そうして私は額を持ち、後頭部をそのまま木に叩きつけた。

 

「痛え!なんだこれ!めっちゃ痛え!」

「……タフだな」

「そりゃな!というか、怖えよ!もういいよおれの負けで!死ぬかと思ったわ!」

 

 ――強い者ほど、力の差はわかるものだ。そして、賢い。シュレディンガーの脇に手を差し込めばそのまま抱え、地面に下ろす。タンコブのできた後頭部に、先程買ったアイスコーヒーのボトルを当ててやりながら。

 

 マジで殺されるかと思った、と満足げに語るシュレディンガー。そして話すは、私への称賛。あまり嬉しくはないのだがな。

 

「苺から聞いてたけどさ、やっぱり兵隊だな。通りでエグいわけだぜ」

「あいつ、なに喋ってるんだ」

「まあ、色々聞いてたよ。でも、おれの性格的にも実際に確認しねぇと納得できなかったからさ。ケンカ売ったわけだ」

「満足か?」

「ああ、もちろん。久々に胸が躍っちまった。勝った褒美だ、おれのこと犯していいぜ」

「興味がない。テントに帰れ」

「乗り気じゃねぇのな。――悪かったって、冗談だっつの」

 

 ビキ、と拳を鳴らせば、ヘラヘラ笑って謝るシュレディンガー。仕様のない女だ。また会おうぜ、と言って、幼女が森の中へ消えていく。

 

 ――食事、食べそびれた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「狼、くん……」

 

 7時頃、左腕に掛かる、かすかな重量。ピンク色の髪の毛。真宵が、私のベッドに入ってきていたのだ。そろそろ私も起きなければならぬため、布団を被せ、服を着替え、外の新鮮な空気を吸う。結局、昨晩は何も食べられず、空腹をお茶で誤魔化していた。寝汗もかいていたし、なにより真宵のよだれが私の腕に引っかかっている。目覚ましにちょうどいいと思い、朝風呂に入り、奏の部屋に入る。彼女も既に起きていて、坂町が寝ているのをいいことに私に抱きつき、いきなりキスをしてきた。

 

「おはよう」

「おはよう、狼。今日も元気に無反応ね?」

「ふむ。なら、今夜添い寝でもしてやろうか」

「え?いいの?」

「狭いソファでいいならな」

 

 しかも、真宵の涎つきだ。私の腕にもかかっている。それで寝られるのなら構わない。匂いはせんし、対して汚くもないのだがな。

 

 少しして、真宵が起きてきた。寝巻き姿のまま、眠そうに目を擦り。別に私に合わせずに起きなくていいんだがな。しかし、顔は洗ってこい。

 

「狼くん、お嬢様、おはようございます」

「おはよう」

「ごめんね狼くん、腕に……」

「腕に?」

「涎か。風呂に入ってきたし、別にいい」

 

 そういうことか。奏は呟いた。気づかれたのだ。よだれまみれになる、と。しかし逞しいものだ、寝床を変えれば良いという顔をしている。

 

「それよりも、ジローくんがなかなか起きないのよ」

「スバルも、今日は寝坊か」

「起きてたよ?部屋でお茶飲んでる」

 

 坂町に使った麻酔ハンカチは、私のものだったはずだ。あれは強力で、あまり嗅がせると昏睡状態に陥る。10秒以上は嗅がせてはいけない。のだが、坂町を見ていると、とても気持ち良さそうな寝顔をして、すやすやと眠っている。やはり、こいつの身体は異常だ。

 

 どんなに遅くても、10時頃には起きるだろう。それまでは気長に待てばいい。真宵の背後に回り、彼女の寝癖と浴衣を直し、腰をぽんと叩いた。顔も洗ってやり、きっちりとさせた後、二人で部屋に戻る。既に燕尾服を着ていたスバルが、備え付けのテレビの有料番組を見ていた。が、お前、そんな番組見るな。

 

「すっ、すすスバル様!?」

「あっ、いや!?これは、テレビ付けたら、これがっ!!」

「アダルトチャンネルなんぞ、ウチで好きなだけ見れるだろう。それより」

 

 真宵は手で顔を隠す。男女の一糸纏わぬ淫らな姿だが、全くもってうるさい。はあ、とすぐにチャンネルを回し、天気予報を見る。今日は快晴。しかも降水確率0%、最高気温35度。これは暑いな。

 

 気を取り直したスバル。先程のことは忘れてやろう、こいつの為にも。こちらを向けば、淡々と話をし始めた。

 

「そうだ、今日は海へ行く予定なんだ。狼、場所取り頼めるか?」

「ああ、構わんぞ。真宵、スバルを頼む」

「うん、わかった」

 

 スバルの頼み。旅館から出て、車からパラソルとレジャーシートを取り、歩いてすぐの海水浴場へ向かう。陽射しが眩しく、レザージャケットを着ている私がかなり馬鹿らしく思えたが、こうしないと肌が焼けてしまう。慣れてはいるはずなのだがな。先程露天風呂で気持ち良くなったところなのにな。

 

 風もない、そして潮が引いている。見晴らしが良く、波が来なさそうなところに、パラソルとシートを設置した。偶然にも海の家が近く、そこで軽食がわりにおにぎりを買って、やっとの食事。そして、シートに「涼月家」と書いた紙を乗せ、宿に戻れば、女将に挨拶をされた。

 

「あら、おかえりなさいませ狼さん。今度はお姉さんだけではなく、お義兄さんまで出来るなんて、さぞかし幸せでしょうねぇ」

「は?」

「奏さん、あの年で駆け落ちですって。若いっていいですねぇ……。情熱的な愛の予感が感じられます。応援致しますわよ」

「……あ、ああ。ありがとう。奏もきっと喜ぶ」

 

 なるほど、駆け落ちという名目で坂町を出汁に使ったのか。だが、このあと奏は絶対になにかやらかすぞ。とても過激なことを、女性恐怖症治療とか言って、絶対なにか、な。――もしや。駆け落ちという名目を使えば、旅館の貸切にも、強制帰還の防御にも、効力を発揮させられる、ということか。悪知恵が働きすぎていやしないか。

 

 女将と話していると、左手から坂町とスバルが歩いてくる。まだ麻酔が聞いているのか、坂町は頭を押さえていた。女将は私と似たような話をし、スバルは私の横へと移る。

 

「真宵は?」

「お嬢様に着いていった」

「そうか。坂町、気分はどうだ」

「近衛にCQCと怪しげなハンカチを仕込んだのはお前か?」

「技術は教えた。が、ハンカチを勝手に持って行ったのはスバル自身だ。それに、私も全容は知らん」

「通りで、近衛の体捌きが上手い訳だ。計画は知らんが、大体予想はつく」

「こんなところで話をしていないで、早く朝食に行こう」

 

 スバルが急かしてくる。腹ペコなのだろう、こいつの口元に若干よだれが垂れているのを見逃さなかった。が、朝食は逃げない、大丈夫だ。ゆっくり食べればいい。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 朝食を摂り、大浴場の脱衣所で水着に着替え、服を持って場所取りしていたところに行く。スニーキングスーツを着て来ればよかったな、顔は焼けるが、身体は焼けないから。先程旅館の売店で買った日焼け止めのボトルを空け、腕や脚、首、顔などに塗り、背中は、カラフルな水着を着た真宵に塗って貰う。彼女にも日焼け止めを塗ってやり、薄手のジャンパーとTシャツを着る。因みに下は、この前の、マサムネが選んでくれたブルーフレイムに狼の柄の水着。これで日焼け対策はばっちりだ。

 

「白人さんは大変なんだね」

「肌は弱い訳ではないが、日焼けの後が大変だ」

「なるほど。あ、坂町先輩が拷問されてる」

 

 砂浜で別のレジャーシートを引き、真宵とゆっくりしながら話す。麦藁帽子に、パーカーを羽織った姿。カーキ色のホットパンツみたいな水着。そういえば、真宵の肌も白いな。

 

 坂町が、甲羅干し状態の奏の背中に日焼け止めを塗っている。奏が変な嬌声を出し、スバルが坂町に怒って地面を掘り、彼を埋める墓穴を作っているが、そういやスバルも今日は女の格好なんだな。

 

「あ、坂町先輩が逃げた」

「スバルは奏になにか変なことをしたんじゃないか、と疑っているようだな。奏には灸を据えてやらんとな」

「それは、逆襲を喰らうんじゃ……」

 

 あいつの逆襲など別に怖くはない。怖いのは、妬いたときの奏くらいだ。それよりも、喉が渇いたので、真宵の手を引き、海の家で飲み物を買う。坂町もここに逃げ込んでいたよな。

 

「あれ?わんこ先輩とマヨちゃん?」

「ん。紅羽?に、鳴海に、マサムネ。お前らは……合宿か」

「あれ、なんで知ってるの?」

「シュレディンガーと昨日会った」

「んん⁉︎そりゃ知るかぁ……。その先輩たちとはぐれちゃってさ」

 

 見慣れたツインテール、少し甲高い声。出会うと思っていたが、やはりな。あまり気にせず缶ジュースのプルトップを開ければ、ぷしゅっ、という音と同時、坂町が海の家に突っ込み、そして鳴海の胸に激突した。胸は柔らかかったらしく、衝撃が緩和され、眼鏡だけが吹っ飛ぶ。

 

「坂町、大丈夫か」

「え、兄さん?」

「ば、バカチキ……」

 

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