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「それで、荷物は先輩達が持ってるから、一文無しなわけ」
「――厄介な話になってしまったな」
バイトの休憩に入ったマサムネ達からから話を聞き、私はふぅんと頷いた。彼女らに焼きそばを奢ってやれば相当腹が減っていたようで、3人とも2人前をペロリと平らげてしまった。腹拵えを済まさせたところで、どうするかを考えるが、答えはすぐに出てしまう。少し面倒になるが、うちの旅館に泊まればいい。
それで顔が引き攣る坂町。と同時、真宵に気付いた。そういえば、この前の文化祭で割と打ち解けていたな。苦労人体質同士だから、なのか。よくはわからんが。
「あれ、そういや日向もいたのか」
「私は狼くんの専属メイドですからっ!」
「奏が、家が燃えて身寄りのないこいつを拾ってきた」
「へえ。そりゃ災難にあったわね」
「いやいや、でも今は今で充実してるから」
マサムネとも打ち解ける真宵。こいつの人付き合いの上手さは見習わねばならんな。マサムネも変わった事だし、私以外の人間との付き合いをする、いい機会になるだろう。
そういや、奏とスバルは置き去りか。ドリンクをもう2本買い、坂町に真宵を任せて外に出れば、紅羽が私の存在から連想ゲームをし始める。そこで、私も、はっと気づいた。
「お義兄様が来てる、ということは……」
「ああ。……一緒には来たが、スバルは用事があって、海にはいないぞ」
「なぁんだ」
こいつらがここにいる以上は、スバルが女だと知られてはならないんだった。何か案を考えないと。ちょうど海の家付近に通りかかった奏とスバルを見つけ、そそっと彼女らを建物の影に誘導する。昨日話しておくべきだったな。少しだけ不思議そうに私を見る2人、だが事を話せば理解はしてくれるだろう。
「どうしたの?」
「紅羽達が来てる。お前が女だとバレたらまずい」
「あ、そうね」
「狼くん、カムフラ案見つけたよ。坂町先輩提案で、メガネ」
「――気休め程度にしかならんが、とりあえず、これかけろ」
片手に坂町の眼鏡を持って、こちらにやってくる真宵。他に案はあるかもしれんが、早めにそうしておこう。スバルに眼鏡をかけてやり、その後、坂町が紅羽らを連れてこちらにきた。無論、紅羽がそれに気付かぬ筈もなく。
――眼鏡だけではバレる……。後は頼む、奏。
「近衛先輩?」
「何を言ってるの紅羽ちゃん。この子はスバルじゃないわ。スバルの従姉妹の、小鳥遊ぷにゅるって言って――」
従姉妹。名前はこの際どうでもいい。姓――スバルの母方の姓なら、ごまかせる。従姉妹とすれば、確かに顔付きは似るかもしれん。それに、なにより、姓を私が知っていてもおかしくはない。坂町にだって、確か前に話したはずだ。
「この近くに住んでるの。彼女は私をこう呼ぶわ。『カナお姉ちゃん』ってね」
――ああ、悪ふざけなのか。もしくは、本気でそう呼ばれたかったのか。しかし、その呼び方は、より誤魔化せる。
顔を赤らめて、恥ずかしそうにしながらスバルがそう呼ぶ。いつも意識して出していたアルトボイスは、ソプラノボイスへ。耳を蕩かされ、心身ともに骨抜きになる奏。この前、私が
真宵と坂町がほっと胸を撫で下ろす。と同時、私にもそれは飛び火してきた。確信的に、スバルが口を開く。
「狼お兄ちゃんっ」
「……」
「狼お兄ちゃんと結婚しますっ」
――スバル。お前な。
「あっらぁ、愛の告白……」
「わんこ先輩に、許嫁が……」
「おらんぞ」
「『天井のシミを数えているうちに終わる』、って言ったあの夜は、嘘だったの?」
「お前と一緒のベッドで寝た覚えすらないぞ」
「お布団だったもん」
「私はソファで寝ていたぞ」
今のこの状況で、よくもまあそんな事を言えるな。スバル、お前も変態になったのか。誰の影響だ。
奏の笑顔、しかし眼は笑っていない。私はもう知らん、無駄に体力を消耗したくない。坂町が肩を叩いて慰めてくれる中、自分のレジャーシートの場所に戻り、ごろんと寝転ぶ。パラソルの日陰が涼しい。少しして、マサムネが、私が置いていった飲み物を持ってきてくれた。
「それにしても、スバル様の女装趣味があんなに凄かったとはね」
「知っていたのか?」
「バカチキとスバル様がデートしてたでしょ?ゲーセンとか行ったり。偶然見ちゃってさ。写真もある」
「ああ……。他人に見せないでくれないか。あいつが隠してる趣味だから」
「うん、わんこがそういうなら」
女性、ということはバレていない。それはよかった。だが変なイメージを植え付けてしまった。女装趣味……そして、ど変態ってことを。後者はスバルが悪い。私は無実だ。
その中でも、マサムネはこちらを見て笑ってくれる。主に、水着を見ながら。
「アタシの選んだ水着、着てくれててうれしいな」
「ああ。これ以外は着る気にならん。それに、日焼けしたくないからな」
「確かに白いからね。涼月奏も白いし」
「奏はどうかは知らんが、父の血が強いのだ。私はドイツ人と日本人のハーフでな」
「え?」
「私は、奏と血の通った姉弟ではない。私は戦災孤児でな」
●○●○●○
戦災孤児。そして、わんこが少年兵だったとは思わなかった。義理だってことは、大方予想はしていた、前からだけどね。鼻も高いし。ってことは……涼月奏と結婚出来るってことね。猛アタックの理由、わかった。
両親がわからない。顔も見たことがないらしい。ただ、最近、両親の人種がわかったのだと言っている。アタシは――両親の顔は知ってるけど、会いたくない。エゴのぶつかり合いの2人から逃げてきたから。もちろん、それよりもわんこは辛い――両親を殺した、っていうことまである。それは、確かではないそうだけど。それよりも、こいつは何でこんなに飄々としていられるんだろう。でも、1人にしちゃいけない人なんだ、ってことに気づいて。
「ねえ、わんこ」
「なんだ?」
「アタシ、あんたの傍にいるからね」
「変なやつだな。お前は既に私の傍にいるだろう」
「これからも、あんたの親友として、あんたの悩みも愚痴も聞くから。感情をもっとぶつけてきてよ」
「私としては、マサムネには結構頼っているつもりだがな」
母性本能がくすぐられた。親との縁ということについては似た状況におかれているわんこに、同情や親近感を感じられる。こういうことを自然とやれる彼は、ずるいなぁ。
日向さんが、スバル様と手を繋ぎながら、こちらにやってくる。専属メイド、っていうのはなんだか癪だけど、アタシだってメイド喫茶でバイトしてるから、ご奉仕なら負けないわよ。わんこがむくっと起き上がり、サンダルを履いて、二人に近付く。
「どうした」
「お嬢様が、宇佐美先輩に用があるから呼んできて、って。あ、私達は自由でいいって」
「そうか。マサムネ、あいつのわがままにしばらく付き合ってやってくれ」
「しょうがないわね」
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サングラスを掛けて、スバルと真宵と共にビーチを歩く。周りの人間からの視線が集中しているが、仕方ない。こんな無愛想な男が美少女二人と共に歩いているのだから。それよりも、やはりスバルはソワソワしている。それよりも、マサムネに用事とは、何なのだろう。また、お遊びか。
「あの……狼?」
「なんだ」
「あんなこと言っといてなんだけどさ。水着……」
「4月のと同じものだな」
「うん――って、そうじゃないんだよぉ……」
「ああ……。似合ってるぞ」
この言葉が欲しかったのだろう。嘘は言っていない、だから素直に彼女を褒めた。真宵が少し妄想に頭を使っている時に、波がこちらに迫ってくる。その中で照れ隠しなのか、スバルが私に脚を引っ掛けて転ばそうとした。空中に跳んでなんなく避け、仕返しにスバルに水をかける。
「――やったな?」
「先に手を出してきたのはそちらだからな」
「むっ」
悪乗りしたスバルは私に水を思い切りかけてこようとするも、そこは私の視野の中。軽く身を捌いて避ければ、スバルはどたっと躓きながらコケそうになっていて、その身体を片腕でサポートして起き上がらせる。泳がずに水の掛け合いなら、このままでもいいか。
途端、彼女と視線が合う。キラキラ輝く瞳の奥。何を期待しているかはわからんが。
「すきあ――っぷ!!」
「隙がありすぎるのはお前だな、真宵」
「やったな?」
後ろから真宵が私に大量の水をかけようとするも、そちらをも避け。ふむ、これは逃げた方がいいな。マサムネと奏の用事は終わったようだ。何の話かはわからんが、おそらく旅館に泊まらせようというのは同じなのだろう。
ちょうどいい。奏のいる方向に走って逃げる。後ろからバシャバシャと水を掛けられながら。
「敵に背中を向けちゃだめじゃんかー!」
「戦略的撤退に恥は無し」
「待てー!!」
――奏達も楽しそうなことをしているではないか。マサムネがうさぎの物真似をしているし、坂町もそれを苦笑いしている。その中でスバルの水をジャンプして避け、奏の背後に回れば、あら?と気の抜けた声を出してきた。
「さあぷにゅるに真宵、お前らの大好きな奏に攻撃は出来るか?」
「狼――お兄ちゃんずるい!!」
「卑怯だよっ⁉︎」
「これこそ戦略だ」
「――ふふ、かかってらっしゃいな……?」
「残念ですが、楽しい逃避行はもう終わりです」
スバルとの戯れに奏を巻き込むも、彼女もノリがいい。のだが、それを終わらせる様なタイミングで流の声が聞こえてくる。やはり、奏を連れ戻しに来たな。仕事が早いというか、なんというか。
「お迎えに上がりました、奏お嬢様、狼様」
「――狼。この人だれだっけ?」
「ぬぉ⁉︎」
「近衛流。お前らには面識がないから知らんと思うが、スバルの父親だ」
「知ってる?」
「いや、知らない人だよ、真宵お姉ちゃん。そんな人、スバルお兄ちゃんにいたかな?」
「な、何を……」
流が動揺してこちらに近付いてくる――お前ら、仲直りしたんじゃなかったのか。いや、しかしここで下手に口を挟もうものなら、ぷにゅるとスバルが一緒だとバレるな。そんな中で一演技を打つスバル、私に抱き着き、怯えた顔をして私に訴えてくる。
――許せ、流。何か訳ありなのはわかるのだが。
「怖いよ狼お兄ちゃん!変態おじさんが近付いてくる!」
「流、少し落ち着いてくれないか。ぷにゅるがお前に恐怖心を感じている」
「お兄ちゃん、気持ち悪いよこの人!!」
「ぷにゅる!?誰ですかそいつぁ!?おいスバル、狼様はともかく、お嬢様を屋敷に戻るよう説得してくれ!!」
「私はスバルじゃないです!!っていうか、狼お兄ちゃんをともかく何て言う人は大っ嫌いです!!」
「お、おいいつまで……」
「いい加減にしてください!!」
演技じゃなかったのか、本気でスバルは嫌がっている。顔は少ししかめられ、それでいて、ぎゅううう、と力が入る手。意地でもこの地から離れん、という意思の表れか。
そして、最終通告。そこまでのセリフを吐くほどのことか。ああ、流。本当に後で詫びをする。だから、今だけは許してくれ。
「じゃないと、警察呼びますよ?」
「なぁっ!?」
そう言った矢先、スバルが、遠くの方を――いや、林の方を見つめている。
――ここらに住んでいる、小鳥遊。小鳥遊とは、スバルの母方の姓。駆け落ち。パズルのピースが段々と埋まっていくも、最後の一手は定まりきらない。
小鳥遊家ゆかりの地が、ここらにあったということだろうか。